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112/120

第112話 頼る誓約

 新しい花冠を身につけたアシュレイ陛下は、最初の誓約を行った。


 場所は王宮前広場。


 王座の間ではない。


 花冠院の講堂でもない。


 記憶が降った夜に、人々が互いの名を呼び合った広場だった。


 そこには、今も記憶保留花が並んでいる。


 母の蜂蜜菓子の甘さ。

 夫のくしゃみの音。

 初めて咲いた誓約花の隣にいた人。

 母の声の最後。


 私の記録も、その一つにある。


 王の誓約は、広場の中央ではなく、輪の一部で行われた。


 アシュレイ陛下は人々の前で頭を下げる。


「私は、王として頼ることを誓う」


 広場が静まった。


 頼る。


 王の誓約としては、奇妙な言葉だ。


「私は、眠りを一人で抱えない。罪を一人で清めたふりをしない。民の痛みを王冠の中へ隠さない。判断を記録し、異議を受け、必要な時に止められる王であることを誓う」


 新しい花冠が光る。


 外側の記録層が淡い金。

 中間の保留層が灰色。

 内側の眠り層が青く。


 そして中心の空白に、風が通る。


 貴族院の一部は苦い顔をしている。


 強い王を求める人々にとって、頼る誓約は弱く見えるのだろう。


 だが広場の人々は違った。


 フロレアの女将が涙ぐみ、トマが誇らしげに冠を掲げ、老夫婦が手を握っている。


 弱さを隠す王より、頼ると誓う王を信じたい人がいる。


 フィオナが神殿代表として前へ出た。


「神殿は、王の頼る誓約を記録します。清めではなく、継続監査として」


 メイベルは商都代表と並び、誓約の履行記録に商業監査を入れる提案を出した。


 アリアナは北方の冬支援と記憶保留花制度を結びつける。


 セレスティア様は候補者本人宣言の恒久化を求める。


 それぞれが、王の誓約へ自分の制度を繋げていく。


 頼るとは、丸投げではない。


 互いに責任の糸を持つことだ。


 私は修復師代表として前へ出た。


 正確には、まだ代表という肩書きは重い。


 でもリディア様に押された。


「あなたが言い出した保留箱です」


 と言われたら、逃げられなかった。


 私は白い誓約花を掲げる。


「花冠院は、壊れた花をすぐ不良や処分とせず、保留と再読の制度を設けます。修復師一人の読み取りに依存せず、記録、補助、本人同意を原則とします」


 言葉は硬い。


 でも、胸は熱かった。


 第三修復室は、処分室ではなくなる。


 壊れた花が戻る場所になる。


 アシュレイ陛下は私を見て、小さく頷いた。


 誓約の最後に、彼はもう一度人々へ向き直った。


「私は頼る。だから、あなた方も王だけに任せないでほしい」


 広場に風が吹いた。


 新しい花冠の空白を通り、記憶保留花を揺らす。


 その風の中で、王の誓約花が咲いた。


 色は一つではなかった。


 青、白、灰、金、そして空白。


 頼る誓約は、王冠よりもずっと人間らしい花だった。


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