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第110話 公爵の失脚

 戴冠十周年儀式の翌日、ヴァーン公爵の処分が決まった。


 貴族院議席の剥奪。

 王妃選定への不当介入。

 花冠院不正への資金提供。

 候補者への圧力。

 証人買収。


 罪状は多かった。


 しかしアシュレイ陛下は、公爵家そのものの取り潰しを選ばなかった。


「罪は公爵本人と協力者へ返す。家門に属する者全員を罰して終わらせれば、また誰かが黙る」


 セレスティア様はその裁定を聞き、長く黙っていた。


 彼女は父を憎んでいる。


 でも、憎むだけで切り捨てられない。


 その複雑さを、裁定は残した。


 公爵の最後の審問は、王宮の小講堂で行われた。


 大講堂ではない。

 家門の派手な象徴も、貴族院の威圧もない場所。


 セレスティア様と公爵夫人も出席した。


 公爵は痩せて見えた。


 怒りが消えたわけではない。

 だが、自分の言葉で周囲を動かせない状況に初めて置かれ、何かを失っているようだった。


 アシュレイ陛下が処分を読み上げる。


 公爵は黙って聞いていた。


 最後に、セレスティア様が発言を求めた。


「お父様」


 公爵は彼女を見た。


「家は、わたくしが継ぎません」


 公爵の目が見開かれる。


 私も驚いた。


 セレスティア様は続ける。


「今のわたくしが継げば、父を倒した娘という物語で家がまた固まります。まずは評議制に移し、母と家臣、領地代表、監査役で再建します」


「では、お前は何になる」


 公爵の声はかすれていた。


 初めて、命令ではない問いに聞こえた。


 セレスティア様は少し考える。


「しばらくは、咲かない蕾のままでいます」


 公爵の顔が歪む。


「まだそんなことを」


「ええ。咲く時を、自分で決めるためです」


 夫人が静かに涙を拭いた。


 セレスティア様は父へ小さな箱を差し出した。


 中には、保留箱。


 私が用意した大きめの箱だ。


「父への怒りと、まだ捨てられない愛情を入れてあります」


 公爵は箱を見た。


 理解できない顔。


 でも、目を逸らさなかった。


「許すという意味ではありません。忘れるという意味でもありません。ただ、今すぐ答えを出さない場所です」


 彼女の声は静かだった。


「お父様にも、いつかご自分の花を見る日が来ればよいと思います」


 公爵は何も言わなかった。


 それで十分だった。


 審問が終わると、公爵は近衛に連れられて退室した。


 ヴァーン家の強すぎた蔓が、ようやく切られた。


 切られたというより、ほどかれ始めた。


 セレスティア様は小講堂の窓辺に立つ。


 胸元の蕾はまだ閉じている。


 でも、もう痛そうではなかった。


「ミラ様」


「はい」


「わたくし、王妃にならなくてよかったわ」


「はい」


「でも、王妃候補になったことまで無駄ではなかった」


 その言葉に、私は頷いた。


 彼女が候補者だったから、候補者本人宣言が生まれた。

 咲かない蕾があったから、咲かないことの意味が変わった。


 失ったものは多い。


 でも、そこから続く形ができた。


 セレスティア様は小さく笑う。


「あなたたちが本当に婚約する時は、面倒な花冠を用意してあげる」


 私は顔が熱くなった。


「まだ、そういう話は」


「待っているのでしょう。知っています」


 彼女は楽しそうだった。


 公爵は失脚した。


 けれど、彼が作った檻の中にいた人たちは、檻の外でそれぞれの形を探し始めていた。


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