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第109話 戴冠十周年儀式

 戴冠十周年儀式の日、王都は晴れていた。


 本来なら、王の栄光を祝う日だった。


 だが広場に掲げられた布には、栄光より先に記録が並んでいる。


 先代王による眠りの戦争利用。

 共眠誓約の改変。

 王妃エリシアの異議と死。

 花冠院の隠蔽。

 貴族院と家門による王妃選定の歪み。

 記憶が降る夜の被害。


 隠さない。


 その上で、新しい誓約を結ぶ。


 アシュレイ陛下は、王冠をかぶらずに壇上へ立った。


 旧い戴冠花冠は、ほどかれた形で透明な箱に収められている。


 新しい花冠は、まだ完成していない。


 儀式の中で編むからだ。


 王が完成品を受け取るのではなく、人々の前で編まれる過程を見せる。


 広場には多くの人がいた。


 怒っている人もいる。

 泣いている人もいる。

 ただ見届けに来た人もいる。


 それでいい。


 祝福だけの場ではない。


 アシュレイ陛下は声を上げた。


「私は、王家の罪を公表する」


 同じ言葉を、今度は眠りに落ちずに言った。


 保留糸の輪が広場全体に張られている。

 記憶保留花が各所に置かれている。

 無花者たちの空白の冠も、花ある者たちの誓約花も、同じ輪の中にある。


 眠りはざわめいた。


 でも、暴れなかった。


 陛下は罪状を読み上げた。


 一つずつ。


 そのたびに、記録官が鐘を鳴らす。


 清めの鐘ではない。


 記録の鐘。


 忘れないための音。


 王妃エリシアの名が読まれた時、私は白い誓約花を握った。


 母の名が協力者として読み上げられた時、胸が震えた。


 エリナ・リース。


 王妃とともに共眠誓約の補助花を守り、記録を未来へ渡した修復師。


 私の母が、初めて公の記録に戻った。


 涙が出た。


 痛みは少し鈍い。


 でも誇りは、ちゃんと届いた。


 罪状公表のあと、新しい花冠を編む儀式が始まった。


 中心には何も置かない。


 輪の一部として、王家の夜明け竜胆。

 フロレアの保留糸。

 無花者の空白布。

 候補者たちの花粉。

 記憶保留花の紙片。

 怒りの花。

 許しではない監視の花。

 小さな祝福花。


 私は白い誓約花の花粉を差し出した。


 アシュレイ陛下はそれを見て、静かに頭を下げた。


 カッサとリディア様が編み始める。


 王都式と地方式。

 儀式と生活。

 花と空白。


 それらが一つの輪になっていく。


 完成した花冠は、豪華ではなかった。


 けれど、呼吸していた。


 アシュレイ陛下はそれを受け取る前に、人々へ向けて言った。


「この花冠は、私の所有物ではない。王が間違えば、花は閉じる。民が傷つけば、花は記録する。誰か一人に眠りを集めれば、花冠はほどかれる」


 彼は膝を折った。


 王が、花冠を受け取るために頭を下げる。


 リディア様とカッサが、新しい花冠を彼の頭へ載せた。


 広場の花が揺れる。


 眠りは来た。


 けれど、奪う眠りではなかった。


 短く、柔らかい眠気が広場を通り抜ける。


 人々は互いの名を呼び合い、花がそれを支えた。


 誰も倒れなかった。


 アシュレイ陛下は目を閉じ、数呼吸だけ眠った。


 そして目を開けた。


 広場に、朝のような静けさが広がった。


 戴冠十周年儀式は、栄光の祝いではなく、記録と結び直しの儀式として終わった。


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