第106話 ほどく戴冠花冠
古い戴冠花冠を修復する案は、すぐに却下された。
却下したのは、アシュレイ陛下自身だった。
大広間の中央に置かれた花冠は、眠りの核を失っても黒鱗を残している。夜明け竜胆の光、白い誓約花の欠片、保留糸、戦争記録の灰。多くのものが絡み合い、かつての形を保っていた。
修復師としては、直したくなる。
元の形へ。
戴冠式の日の花冠へ。
だが陛下は首を振った。
「元に戻すべきものではない」
その言葉に、私は王妃エリシアの残響を思い出した。
壊れる前に戻そうとしないで。
壊れたあとに残ったものも、その人の一部です。
続けられる形に。
リディア様も頷いた。
「古い戴冠花冠は、王を器にする構造を持っています。完全修復すれば、その思想も戻ります」
カッサが杖で床を叩く。
「だったらほどくんだよ。糸は切るよりほどく方が難しいけどね」
花冠院暫定評議会は、古い冠の解体儀を正式に記録することにした。
王宮前広場ではなく、花冠院の大講堂で行う。
かつて私が罪人として立った場所。
院長が失脚した場所。
今度は、古い冠をほどく場所になる。
作業は一人ではできない。
リディア様が王都式の封印糸をほどく。
カッサが地方の保留糸を支える。
イオが記録する。
パウルとニナが花冠院の若手を率いる。
候補者たちは、それぞれの花で一部を受け持つ。
フロレアの無花者たちは、眠りの逃げ道を保つ。
私は白い誓約花を通して、冠が最後に守ろうとしたものを見る。
触れると、戴冠花冠は重かった。
王であれ。
眠るな。
恐れるな。
民を守れ。
罪を隠せ。
国を勝たせろ。
命令が積もっている。
その奥に、幼いアシュレイの小さな願いがあった。
眠りたい。
たったそれだけ。
私は泣きそうになる。
「ここからほどきます」
リディア様が銀針を入れる。
黒鱗が一枚外れる。
外れた鱗は、消えなかった。
記録台に置かれる。
罪の証として。
次に、王妃エリシアの夜明け竜胆の糸。
これは切らない。
新しい冠へ移すため、保留箱に入れる。
先代王の命令糸は、記録官立ち会いで封印資料へ。
花冠院の隠蔽糸は、教育用記録へ。
フロレアの保留糸は、新しい基礎技術として採用候補へ。
ひとつひとつ、場所を決める。
ほどくとは、捨てることではない。
何を残し、何を記録し、何を二度と使わないか決めることだ。
作業の終盤、アシュレイ陛下が自ら花冠へ触れた。
王が戴冠花冠をほどく。
講堂の全員が息をのむ。
「私は、この冠に守られた」
陛下は言った。
「同時に、縛られた。だから礼を言い、別れる」
彼は最後の王家糸をほどいた。
古い戴冠花冠は、形を失った。
花弁、糸、鱗、記録片。
それぞれに分かれて、白い布の上に置かれる。
私は胸が痛かった。
でも、悲しいだけではない。
終わらせることも、修復の一部なのだ。
アシュレイ陛下は、ほどかれた冠を見つめていた。
王冠のない王。
でも、今までで一番王らしく見えた。
「新しい花冠を編む」
彼は言った。
「王を中心に置かない花冠を」
その言葉から、次の仕事が始まった。




