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106/120

第106話 ほどく戴冠花冠

 古い戴冠花冠を修復する案は、すぐに却下された。


 却下したのは、アシュレイ陛下自身だった。


 大広間の中央に置かれた花冠は、眠りの核を失っても黒鱗を残している。夜明け竜胆の光、白い誓約花の欠片、保留糸、戦争記録の灰。多くのものが絡み合い、かつての形を保っていた。


 修復師としては、直したくなる。


 元の形へ。


 戴冠式の日の花冠へ。


 だが陛下は首を振った。


「元に戻すべきものではない」


 その言葉に、私は王妃エリシアの残響を思い出した。


 壊れる前に戻そうとしないで。


 壊れたあとに残ったものも、その人の一部です。


 続けられる形に。


 リディア様も頷いた。


「古い戴冠花冠は、王を器にする構造を持っています。完全修復すれば、その思想も戻ります」


 カッサが杖で床を叩く。


「だったらほどくんだよ。糸は切るよりほどく方が難しいけどね」


 花冠院暫定評議会は、古い冠の解体儀を正式に記録することにした。


 王宮前広場ではなく、花冠院の大講堂で行う。


 かつて私が罪人として立った場所。

 院長が失脚した場所。


 今度は、古い冠をほどく場所になる。


 作業は一人ではできない。


 リディア様が王都式の封印糸をほどく。

 カッサが地方の保留糸を支える。

 イオが記録する。

 パウルとニナが花冠院の若手を率いる。

 候補者たちは、それぞれの花で一部を受け持つ。

 フロレアの無花者たちは、眠りの逃げ道を保つ。


 私は白い誓約花を通して、冠が最後に守ろうとしたものを見る。


 触れると、戴冠花冠は重かった。


 王であれ。

 眠るな。

 恐れるな。

 民を守れ。

 罪を隠せ。

 国を勝たせろ。


 命令が積もっている。


 その奥に、幼いアシュレイの小さな願いがあった。


 眠りたい。


 たったそれだけ。


 私は泣きそうになる。


「ここからほどきます」


 リディア様が銀針を入れる。


 黒鱗が一枚外れる。


 外れた鱗は、消えなかった。


 記録台に置かれる。


 罪の証として。


 次に、王妃エリシアの夜明け竜胆の糸。


 これは切らない。

 新しい冠へ移すため、保留箱に入れる。


 先代王の命令糸は、記録官立ち会いで封印資料へ。


 花冠院の隠蔽糸は、教育用記録へ。


 フロレアの保留糸は、新しい基礎技術として採用候補へ。


 ひとつひとつ、場所を決める。


 ほどくとは、捨てることではない。


 何を残し、何を記録し、何を二度と使わないか決めることだ。


 作業の終盤、アシュレイ陛下が自ら花冠へ触れた。


 王が戴冠花冠をほどく。


 講堂の全員が息をのむ。


「私は、この冠に守られた」


 陛下は言った。


「同時に、縛られた。だから礼を言い、別れる」


 彼は最後の王家糸をほどいた。


 古い戴冠花冠は、形を失った。


 花弁、糸、鱗、記録片。


 それぞれに分かれて、白い布の上に置かれる。


 私は胸が痛かった。


 でも、悲しいだけではない。


 終わらせることも、修復の一部なのだ。


 アシュレイ陛下は、ほどかれた冠を見つめていた。


 王冠のない王。


 でも、今までで一番王らしく見えた。


「新しい花冠を編む」


 彼は言った。


「王を中心に置かない花冠を」


 その言葉から、次の仕事が始まった。


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