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105/120

第105話 目覚めの代償

 アシュレイ陛下が目覚めた時、大広間の花は半分散っていた。


 彼はゆっくり目を開けた。


 最初に見たのは、王冠ではなかった。


 天井でも、近衛でもない。


 白い誓約花を抱えた私だった。


「ミラ」


 名前を呼ばれた瞬間、私は膝から崩れそうになった。


 戻った。


 彼は戻った。


 大広間に安堵が広がる。


 ノア様は顔を伏せ、リディア様は泣き、イオは記録板に涙を落とした。カッサは「起きるのが遅い」と文句を言い、トマはその場で座り込んだ。


 アシュレイ陛下は体を起こそうとした。


 すぐにノア様が支える。


「急がないでください」


「どれくらい眠った」


「七日です」


 陛下は目を閉じた。


 七日。


 十年の不眠のあとに来た、長い眠り。


「記憶は」


 彼の問いに、広間が静まる。


 リディア様が答えた。


「全員が何かを少し失いました。ただし、記憶保留花によって名前と場所は記録されています。戻ったものもあります。戻らないものも」


 陛下は深く息を吸った。


「私が」


「一人で奪ったのではありません」


 私は言った。


「でも、被害はあります」


 逃げないために、両方言う。


 陛下は頷いた。


「記録を見せてくれ」


「休んでから」


「王として」


「人として休んでからです」


 自分でも驚くほど強く言った。


 広間の一部から小さな笑いが起きる。


 陛下は少しだけ困った顔をした。


「では、人として少し休む」


 その言葉だけで、また泣きそうになった。


 だが、安堵だけでは終わらない。


 私は自分の代償を確認していた。


 母の声は、少し戻った。

 けれど、別のものが欠けている。


 母の痛みの一部。


 置いてきたのだから当然だ。


 思い出せる。

 母を失った悲しみもある。

 でも、子どもの頃から胸の奥に刺さっていた鋭い棘が少し鈍い。


 それは救いでもあり、喪失でもあった。


 痛みが私を作っていた部分もある。


 陛下は私の顔を見た。


「君は何を失った」


 隠せない。


 隠してはいけない。


「母に置いていかれた痛みの一部を、置いてきました」


 彼の目が揺れる。


「それは」


「戻したいかどうか、まだ分かりません」


 正直に言った。


「楽になった気もします。でも、寂しいです」


 陛下は手を伸ばしかけて、止めた。


 そして白い誓約花へ指を添えた。


「記録しよう」


「はい」


「君が失ったものも、国が失ったものと同じように」


 私は頷いた。


 自分の代償を、特別扱いで隠さない。


 大広間の片隅に、新しい記録簿が開かれた。


 眠り分有記録。


 そこに私は書いた。


 ミラ・リース。

 母に置いていかれた痛みの一部。

 状態: 喪失ではなく分有。

 備考: 母の名、手、声の一部は保持。


 書き終えると、白い誓約花が静かに揺れた。


 アシュレイ陛下はその記録を見て、長く黙っていた。


「ありがとう」


 彼は言った。


「戻ってきてくださって、ありがとうございます」


 私が返すと、彼は少し笑った。


「待つと言っただろう」


「はい」


 彼は戻った。


 でも、すべてが戻ったわけではない。


 だからこそ、ここから先は目覚めた後の仕事だった。


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