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第104話 眠りを分ける花

 外の大広間では、花が一斉に震えていた。


 私は核の内側にいる。


 でも補助糸を通して、外の輪の様子が流れ込んでくる。


 リディア様が指示を出している。

 カッサが保留糸を結び直している。

 イオが声を枯らしながら記録を続けている。

 候補者たちが記憶保留花を支えている。


 そして無花者たちが、空白の冠を掲げている。


 花ある者は夢を結び、花なき者は夢を逃がす。


 古文書の言葉が、今ようやく形になろうとしていた。


 黒い花冠の内側で、私はアシュレイ陛下のそばへたどり着いた。


 彼は眠っている。


 苦しそうではない。

 むしろ、あまりに深く眠っていて、戻る理由を見失っているように見えた。


 周囲には記憶の花弁が積もっている。


 王妃の声。

 母の手。

 兵士の恐怖。

 無花者の名前。

 民の小さな朝。


 全部が彼の周りに降り積もり、柔らかな棺のようになっていた。


「アシュレイ様」


 呼んでも、彼は目を開けない。


 白い誓約花を近づける。


 花は光るが、眠りは深い。


 外から、トマの声が聞こえた。


「道、いっぱい作るよ!」


 空白の冠が光る。


 無花者たちの輪から、眠りの細い道が外へ伸びた。


 記憶保留花へ。

 布花へ。

 空の鉢へ。

 人々が声に出した名前へ。


 眠りが少しずつ流れ始める。


 アシュレイ陛下の周りに積もった花弁が、ふわりと浮いた。


 私はその中から一枚を手に取る。


 誰かの朝の茶の香り。


 それを外の記憶保留花へ流す。


 次の一枚。


 子どもの笑い声。


 布花へ。


 次の一枚。


 兵士が震えながらも逃げたいと思った恐怖。


 これは消してはいけない。


 恐怖は、生きるための記憶だから。


 私は白い花を通して、その恐怖を持ち主の名前へ返す。


 外の輪で、誰かが泣いた。


「思い出した。怖かったんだ」


 その声に、黒い花冠が軋む。


 眠りを分ける作業は、救いだけではなかった。


 忘れて楽になっていた痛みも戻る。


 それでも、本人の場所へ返す。


 王一人の器にしない。


 リディア様の声が響く。


「花ある者、記憶名を結んでください! 花なき者、道を開いて!」


 候補者たちの花も力を貸した。


 アリアナの氷晶花は、泣けなかった記憶を割らずに保った。

 メイベルの金貨草は、記録と取引を結び直した。

 フィオナの祈願百合は、清めずに覚える祈りを支えた。

 クララの名のない芽は、望みの空白を守った。

 ユリアの従順花は、従うのではなく寄り添う形で列を繋いだ。

 エレナの喪花は、失った人の名を留めた。

 セレスティア様の咲かない蕾は、無理に咲かせない保留の中心になった。


 王妃候補たちの花が、王の眠りを分ける輪の一部になっている。


 黒い花冠の中心で、アシュレイ陛下の指が動いた。


「ミラ」


 声がかすかに聞こえた。


 私は息をのむ。


「ここにいます」


「眠い」


 こんな時なのに、少し笑ってしまった。


「はい」


「でも、戻る」


「待っています」


 眠りの花弁が、さらに外へ流れる。


 王宮中の誓約花が、眠りを少しずつ受け取り、少しずつ逃がしていく。


 誰も全部を奪われない。


 誰も全部を背負わない。


 共眠誓約が、古い形ではなく、新しい輪として動き始めた。


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