第102話 呪いの核へ
アシュレイ陛下が目覚めないまま、三日が過ぎた。
王宮は不思議な静けさに包まれていた。
王が眠っている。
それだけなら危機だ。
だが広場では記憶保留花が増え続け、候補者たちは臨時評議を支え、花冠院暫定評議会は記録を整理している。
王が不在でも、国は完全には止まらなかった。
それは良いことのはずだった。
けれど、私は寝室の扉の前で足が止まるたび、胸が押し潰されそうになった。
彼は戻ると言った。
私は待つと言った。
待つことは信じることだ。
でも、何もしないことではない。
四日目の朝、リディア様が白い顔で書庫へ来た。
「眠りの核が、戴冠花冠に残っています」
机の上に広げられたのは、黒鱗に覆われた古い戴冠花冠の解析図だった。
王が眠ったことで、眠りの大部分は王の体から花冠へ移った。
しかし花冠の中心に、黒い結びが残っている。
先代王が作った、眠りを王へ集める核。
「これをほどかなければ、陛下は目覚めてもまた器に戻されます」
リディア様の声は硬い。
「ほどけますか」
「外側からは無理です」
分かっていた。
呪いの核へ潜る必要がある。
花の最後の感情を読む私の力。
契約花。
夜明け竜胆。
記憶保留花。
すべてを使って、戴冠花冠の内側へ入る。
危険は大きい。
私は母の声の最後をすでに失いかけている。
さらに何かを失うかもしれない。
リディア様は私を見た。
「止めたいです」
「はい」
「でも、あなた一人にしかできない形ではなくなりました」
彼女は紙を広げた。
潜行手順。
私が核へ触れる。
リディア様が補助糸を管理する。
カッサが保留糸で戻り道を作る。
イオと記録官が全反応を記録する。
候補者たちが記憶保留花の輪を支える。
トマを含む無花者たちが夢抜け道を開く。
そして、アシュレイ陛下の眠りの中から、彼自身が戻る道を選ぶ。
一人ではない。
その言葉が、手順そのものになっていた。
私は頷いた。
「やります」
その日の夕方、王宮の大広間に輪が作られた。
中央に戴冠花冠。
その奥に、眠るアシュレイ陛下。
周囲に記憶保留花。
さらに外側に候補者、修復師、職人、記録官、無花者たち。
不格好な輪だった。
でも、王を中心にしていない。
眠りの流れを一か所に集めないため、あえて輪の中心を空けている。
私は白い誓約花を胸に、戴冠花冠の前に座った。
セレスティア様が近づく。
「怖い?」
「怖いです」
「よろしい」
彼女は自分の蕾を指で押さえた。
「怖くない人に、こんなことは任せられないわ」
少し笑った。
ノア様は短く言う。
「戻ってください」
「はい」
リディア様が補助糸を私の手首へ結ぶ。
カッサの灰色糸が、その外側を支える。
イオが泣きそうな顔で記録板を握る。
「全部、書きます」
「お願いします」
私は戴冠花冠に触れた。
黒い鱗が冷たい。
白い誓約花が光る。
世界が沈む。
眠りの底へ。
呪いの核へ。
そこには、巨大な黒い花冠があった。
中心で、アシュレイ陛下が眠っている。
そして彼の周りに、失われた記憶の花弁が降り続けていた。




