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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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57話:本物の使者



――昼。


新興国家の正門前。

太陽は天頂にあり、選別の列は相変わらず地平線の彼方まで途切れることなく続いていた。

連日のように繰り返される作業。門をくぐり未来を掴み取る者と、冷徹に撥ねられ過去へと戻される者。その境界線には、もはや日常としての淡々としたリズムが刻まれていた。


その単調な空気のなかに、一台の馬車が静かに滑り込んできた。


それは、つい先刻去っていったエリシアの馬車のような、目を引く豪華さはない。むしろ一見すれば、街道をゆくどこにでもあるような商人の荷馬車のようにも見えた。

だが、その実体は明らかに異なっていた。

徹底的に無駄を削ぎ落とした、堅牢な造り。車輪の音一つとっても、完璧な整備が施されていることがわかる。そして何より、馬車を囲む護衛の数こそ最小限だが、その一人ひとりが纏う空気には、一切の隙がなかった。


門前の騒がしさが、波が引くようにわずかに、しかし確実に変わった。


「……ようやく、マシなのが来たか」


リーヴが、壁に預けていた身体をゆっくりと起こし、低く呟いた。

彼女の目は、獲物を狙う肉食獣のように鋭く光っている。


オルシェは何も答えない。

ただ、静かに視線を馬車の扉へと向けた。


扉が開く。

降りてきたのは、一人の男だった。


年齢は中年の域に差し掛かっているだろう。装いは装飾を排した簡素なものだが、その仕立ての良さは隠しようがない。そして何より、その立ち姿には、虚勢や驕りといった無駄な力みが一切含まれていなかった。


男は一歩、迷いのない足取りで前に出た。


そして――。

大勢の民衆と、殺気立った兵士たちの見守るなか、深く、丁寧に頭を下げた。


その瞬間、門前にいた全員が、わずかに息を呑んだ。


今までこの国を訪れた使者や使節団、あるいは偵察を兼ねた貴族たちとは、明らかに次元が違っていた。

これまでの連中は、過剰な礼儀で媚びを売るか、あるいは恐怖を隠すために傲岸に振る舞うかのどちらかだった。

だが、この男の礼には、そのどちらもない。


現状を正確に把握し、相手を正当に評価した上での、合理的な敬意。


男が顔を上げる。

その視線はまっすぐ前を見据えているが、そこには一片の挑発も、卑屈さもなかった。


「初めまして。突然の訪問、失礼いたします」


声は低く、落ち着いていた。喧騒のなかにあっても、不思議なほどよく通る。


「私は、ある勢力の使者として参りました」


余計な肩書きは一切口にしない。

自分の背後にある権力を誇示することもしない。

ただ、今この場で最も必要な事実だけを、過不足なく伝える。


セレスが一歩、オルシェの横に並ぶようにして前に出た。

彼女の冷徹な知性が、目の前の男の価値を瞬時に計測する。


嘘はない。計算の狂いもない。そして、自分を高く見せようとする無駄な虚飾もない。


「……用件を。私たちは忙しいの」


セレスが短く、鋭く問う。


男は一瞬だけ、門の向こう側にある街の活気と、そこに流れる独自の規律に視線を巡らせた。そして、すぐにオルシェへと視線を戻す。


この場で、誰が真の決定権を持ち、誰の意志によってこの国が駆動しているのかを、彼は一目で見抜いていた。


「率直に申し上げます」


間を置かない。

言葉を選びすぎて、相手に思考の隙を与えるような真似もしない。


「我々は――貴殿らと敵になりたくない。それだけを伝えに参りました」


その一言が放たれた瞬間、周囲の空気がピタリと止まった。

降伏の宣言ではない。かといって、同盟の打診というほど甘くもない。

ただ、明確な「拒絶の拒絶」。


リーヴが、口元を歪めてわずかに笑った。


「……ハッ。随分と分かってるじゃねえか。自分たちが今、どんな怪物の前に立ってるかってことをよ」


男はその言葉に反応しない。

無意味な煽りに乗ることも、不必要なやり取りをすることもない。

ただ、分析から導き出された事実だけを、盤上に置く。


「現状を分析した結果、導き出された結論です」


男は淡々と、しかし確かな説得力を持って言葉を続ける。


「貴国の戦力、民衆の統制、そして何よりオルシェ殿、貴方の意思決定速度。……それらすべてが、既存の国家という枠組み、その限界値を大きく逸脱している。まともにぶつかれば、勝敗に関わらず、我々の損失は許容範囲を超える」


評価に感情は含まれていない。

新興国家を恐れているわけでも、見下しているわけでもない。

ただの冷酷な現実。


オルシェは、しばらく無言のまま男を見ていた。

瞳の奥で、男の魂の重さを測る。

これまでの有象無象とは違う。

自らの足で立ち、自らの頭で世界を見ている人間だ。


「……続けろ」


短く、許可を出す。


男は小さく、しかし深く頷いた。


「我々は、干渉しません。貴国がどのような秩序を築こうとも、口を挟むつもりはない。敵対もしない。その約束をここに置きます」


「その上で――」


一拍。男の声に、実務的な重みが加わる。


「相互不干渉の条約。そして、互いの益となる限定的な取引を提案します。無理に懐へ踏み込むつもりはありません。我々は、適切な距離を保つことこそが、最も永く続く関係だと信じています」


欲張らない。無理を言わない。

相手の警戒心を煽らず、しかし自分たちの存在価値はしっかりと示す。

それが、この場、この状況における唯一の最適解であることを、彼は完璧に理解していた。


セレスが、小さく、しかし納得したように息を吐いた。


「……まともね。少なくとも、話の通じる相手だわ」


これまでのように、一方的な支援を餌に支配を目論んだエリシアのような手合いとは、根本的に質が違う。

話が通じる。論理が通じる。

だからこそ――これ以上なく油断のならない相手でもある。


オルシェは、わずかに視線を細めた。


「名前は?」


男は、一切の躊躇なく即答した。


「名は重要ではありません。我々の世界では、名は看板に過ぎない。もし私という存在に価値を見出していただけるのであれば――」


そこで男は、今日初めて、わずかに口元を緩めた。


「これからの結果で、覚えていただければ幸いです」


沈黙が流れた。

だが、それは以前のような不快な拒絶の沈黙ではなかった。

互いの実力を認め、領域を画定させるための、厳かな合意の静寂。


リーヴが肩をすくめ、剣の柄から手を離した。


「いいじゃねえか、オルシェ。久しぶりに、まともな脳みそを持った人間が来た。追い返す理由もねえだろ」


誰も、否定しなかった。


門は常に開いている。

だが、この男は、選別を受けに来た民ではない。

対等な立場で、未来の可能性を交換しに来た「交渉者」であった。


そして。

この瞬間。

「本物」が訪れ、自らの意志を置いたことで。

辺境に生まれたこの場所の立ち位置は、もはや単なる「反乱勢力の拠点」から、大陸の勢力図において無視し得ない「一つの極」へと、完全に確定した。


男は再び一礼し、自らの馬車へと戻っていく。

その背中に向けて、オルシェは言葉を投げることはなかった。

だが、その視線は、消えゆく馬車の轍の先にある、新しい時代の予兆をしっかりと捉えていた。

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