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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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58話:技術と統治



――司令室。


部屋の中央に置かれた巨大な円卓。その上に広げられているのは、もはや軍事境界線や地形を描いた単なる地図ではなかった。


そこには、無数の「線」が走り、複雑な「点」が打たれ、それらが網の目のように絡み合って一つの巨大な「流れ」を形成していた。幾何学的でありながら、どこか生物の神経系を思わせるその図解を、リーヴは怪訝そうに覗き込んだ。


「……なんだ、こりゃ。新しい陣形か?」


リーヴが眉をひそめ、大剣の柄に手を置いたまま問う。


「通信網よ」


セレスは視線を資料から外すことなく、即答した。彼女の細い指先が、図の上を正確になぞっていく。


「魔導通信を中核に据えた、国家全域の情報伝達基盤。これを今日から本格的に稼働させるわ」


指先が示すのは、都市の中心部に位置する司令府。そこから放射状に伸びた線は、各居住区画、工業エリア、農業区、そして街の外縁部へと至る。さらには強固な防壁、点在する見張り台、そして物流の要となる補給拠点。


すべてが、目に見えない魔導の波によって繋がっていた。


「これで、司令部からの指示は一瞬で全拠点に届く。逆に、現場での異変も瞬時にここに集約されるわ」


淡々とした、事務的な説明。

だが、その言葉が持つ軍事的・政治的な意味の重さを、現場を知るリーヴが聞き逃すはずもなかった。


「……つまり、伝令を走らせる必要がなくなるってことか」


リーヴの声が低くなる。戦場において、伝令の死や到着の遅れがどれほど多くの命を無駄にしてきたか。彼女はその光景を嫌というほど見てきた。


「ええ」


セレスは深く頷いた。


「物理的な距離によるタイムラグ、伝達途中の事故、報告者の主観による情報の歪み、受け手の誤解釈――それらすべてのノイズを、このシステムで排除する。紙の上で引かれた線が、そのまま現実の血流に変わるのよ」


彼女の瞳には、一切の迷いがない。


「情報は全拠点で即時共有。これにより、判断の権限を各現場へ分散させる。中央の指示を待つまでもなく、現場の指揮官が最新の全体状況を把握した上で、その場での『最適解』を選べるようになるわ」


オルシェは、二人のやり取りを黙って聞いていた。

腕を組み、図面を見つめるその瞳は、技術の革新そのものよりも、それがもたらす「統治の変質」を見据えていた。


これは、単なる便利な道具の導入ではない。


「……人を、減らすんだな」


短く、オルシェが言った。


セレスは首を横に振った。


「違うわ」


一言で、その推測を否定する。


「人に『頼らない』だけよ」


そして、彼女はゆっくりと視線を上げた。その瞳は、透き通るような冷徹さを宿していた。


「特定の優秀な個人に依存するのではなく、組織という『仕組み』そのもので国家を回す。それが私の狙いよ」


沈黙が部屋を包む。

リーヴが、ゆっくりと肺の中の空気を吐き出した。


「……なるほどな。ようやく分かったぜ」


彼女は、自分たちがこれまで直面してきた、そして歴史上のあらゆる軍隊が頭を抱えてきた「宿痾」を思い浮かべていた。


・刻一刻と変わる戦況に判断が追いつかない。

・上層部の意図が末端に伝わる頃にはズレが生じている。

・無能な中介者が情報を握り潰し、流れを詰まらせる。


それらすべてが――。


「消える、ってわけか。その箱庭みたいな図面一つで」


「ええ」


セレスは迷わず肯定する。


「個人の突出した能力や、その日の体調、感情に依存しない。誰がその席に座っても、同じ情報を得て、同じ結果を導き出せるように構造を組み替えるの」


彼女は机の上の図を、コツ、と指の背で軽く叩いた。


「これが、私の考える『統治』よ」


その言葉には、抗いようのない重みが宿っていた。

それは強権による支配ではない。恐怖による管理でもない。

ただ、冷徹なまでに磨き上げられた「機能」としての国家。

巨大な機械のように、歯車一つ一つが狂いなく噛み合い、目的へと邁進する仕組み。


オルシェが、静かに口を開いた。


「……いいな。これで、アホは排除できる」


リーヴが思わず吹き出した。


「ハッ! 言い方は相変わらず雑だが、真理だな。無能な働き者が情報をかき回す余地をなくすってことだろ」


セレスも、わずかに口元を緩めた。彼女なりの、肯定の意思表示だ。


「ええ。人為的なミスは、構造によってほぼ駆逐できるわ」


・情報の非対称性による判断ミス。

・物理的な制約による伝達遅延。

・保身や無知による流れの詰まり。


それらすべてが、仕組みそのものによって、根こそぎ消し去られていく。


窓の外では、今日も多くの人々が汗を流して動いている。

家を建て、畑を耕し、剣を振るう。

だが、その活気ある日常の裏側では、セレスが張り巡らせた目に見えない魔導の網が、すべてを繋ぎ、監視し、制御し始めていた。


「……いい。これで、回る」


オルシェが呟く。


これは力だ。

数千の兵を並べる武力よりも、数万の金貨を積む財力よりも、はるかに強固な「国家」そのものを支える背骨。


「ええ、回るわ。止まることなく、淀むことなくね」


セレスが断言する。


人に頼らない。

幸運に頼らない。

不確かな感情に頼らない。


ただ、合理的な仕組みに従って動く。


その瞬間――。

辺境に生まれたこの国は、単なる「武装勢力の集まり」という皮を脱ぎ捨てた。

文明という名の鋼鉄の鎧を纏い、誰も到達したことのない「次の段階」へと、音もなく踏み出したのである。

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