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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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34話:対立

夜の闇は、さらにその深さを増していた。

崩落した防壁から立ち昇る煙が人々の不信感と混ざり合い、重苦しい沈殿物となって街の広場に溜まっている。

「すまない」というオルシェの言葉は、謝罪としてではなく、敗北の追認として人々の耳に届いた。

救世主として担ぎ上げられた若者の、あまりにも脆い虚像が剥がれ落ちた瞬間だった。


その沈黙と絶望の渦を、一喝が切り裂いた。


「――ふざけるな」


低く、地を這うような声。

だが、その芯には鋼のような硬質さと、沸騰する寸前の怒りが込められていた。

声の主は、リーヴだった。

彼はオルシェを庇うように立っていた先ほどまでの位置から、ゆっくりと正面へと回り込む。


「謝るな」


鋭い視線が、オルシェの瞳の奥深くまで突き刺さる。

それは敵に向ける殺気よりもなお鋭く、冷徹な一瞥だった。

オルシェは思わず息を呑む。かつてないほどの威圧感。

共に死線を潜り抜けてきた戦友の、見たこともない表情がそこにあった。


「お前は間違ってる。決定的にだ」


リーヴの宣告に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。

逃げ惑っていた民衆も、火消しに走っていた兵たちも、二人の間に流れる異様な緊張感に気圧され、動きを止める。

オルシェは言葉を返そうとしたが、喉の奥が熱い塊に塞がれたように動かない。


「全部守る? 誰も死なせない? 街も、民も、仲間も、自分のプライドもか?」


リーヴが吐き捨てるように言った。


「そんなのはな、戦場じゃただの“死に方”だ。自分一人で完結するならまだいい。だが、お前は指揮官なんだよ。お前のその甘っちょろい願望のせいで、現場の判断が遅れ、守れるはずだった命が零れ落ちる。今日の失態がまさにそれだ」


「……俺は」


「黙って聞け」


オルシェの反論を、リーヴは容赦なく遮った。

彼は一歩、また一歩と距離を詰め、逃げ場を奪う。


「選べ、オルシェ。今この瞬間から、お前の中で優先順位をつけろ」


「選ぶ……?」


「そうだ。守るものを。そして――捨てるものをだ」


その言葉は、オルシェにとって何よりも残酷な毒だった。

これまでの彼は、持てる力と知略を尽くし、あらゆる犠牲を回避する「最適解」を求めてきた。

それが正解だと信じていた。犠牲を前提とする戦いなど、敗北と同じだと考えていたからだ。

だが、ヴェイルという「規格外の異物」を前にして、その理想は無残に粉砕された。


「全てを抱え込もうとする奴は、結局何も掴めないまま両手を塞いで、目の前の敵に首を撥ねられる。それが戦場の理だ。お前はヴェイルを殺したつもりになった。なぜだ? そこで戦いを終わらせて、一刻も早く『安全』を確保したかったからだろう。確認を怠ったのは、慢心じゃない。欲張ったからだ」


リーヴの言葉は、オルシェが自分自身でも気づかないふりをしていた深層心理を暴き出していく。

「早く終わらせたい」「誰も傷つけたくない」という慈愛に似た傲慢さが、詰めの一歩を狂わせた。


「……捨てるなんて、そんなこと」


「できないと言うなら――」


リーヴが最後の一歩を踏み込んだ。

二人の距離は、剣を交える間合いよりも近い。

リーヴの瞳には、かつて傭兵として地獄を見てきた男の、濁りのない冷徹な現実主義が宿っていた。


「お前は、指揮官失格だ。今すぐその剣を捨てて、どこか安全な山奥にでも引きこもれ。お前の甘い理想に付き合わされて死ぬ連中の身にもなってみろ」


周囲の兵たちの顔色が、リーヴの苛烈な言葉に引き攣る。

だが、同時に彼らの目には、ある種の納得も浮かんでいた。

理想だけでは腹は膨らまないし、命も守れない。

ヴェイルが去った後の惨状を前にして、彼らが求めていたのは、耳触りのいい謝罪ではなく、血の通った「勝利への指針」だったのだ。


オルシェは、握りしめた拳から血が流れるのも構わず、俯き続けていた。

自尊心が、理想が、これまでの歩みが、親友の手によって解体されていく。

だが、その瓦礫の中から、かすかな熱が生まれようとしていた。

それは謝罪でも、後悔でもない。

もっと昏く、もっと剥き出しの、生存本能に近い意志。


「……捨てるのが、指揮官の仕事か」


低く、絞り出すようなオルシェの声。


「ああ。地獄へ行く順番を決めるのが、上に立つ者の役目だ」


リーヴは突き放すように答え、背を向けた。


「立て。いつまで膝をついている。敵はまだ、闇の中で笑っているぞ」


オルシェは、震える膝を力ずくで押さえつけ、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳からは、迷いという名の光が消え、底の知れない深い闇が広がっていた。

何かを捨てる覚悟。

それは、彼が「人」としての温かさを一部喪失することを意味していた。


夜風が、冷たく防壁の裂け目を吹き抜ける。

崩壊した街の中で、二人の男の対立は、新たな「怪物」の誕生を予感させていた。


「……わかった。次は、選ぶ」


オルシェの言葉は、もはや誰への謝罪でもなかった。

それは、自らの魂に刻み込んだ、決別の誓いだった。

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