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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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第33話:崩壊



防壁の崩落現場から立ち昇る黒煙が、夜空を汚していた。

先ほどまでの激闘の余韻は、今や冷たい敗北感へと姿を変え、街全体に重くのしかかっている。

瓦礫の山となった石材、折れた柱、そして火の手が上がる民家。

そこには、さっきまで確かに存在していたはずの「安息」の欠片もなかった。


「……なんでだよ」


静寂を破ったのは、絶望に震える男の声だった。

オルシェが顔を上げると、そこには崩れた家屋の前で立ち尽くす一人の住人がいた。

男は汚れ、煤けた手で、もはや家とは呼べない瓦礫の山を指差していた。

その指先は小刻みに震え、男の瞳からは、理解しがたい現実に対する怒りと、やり場のない悲しみが溢れ出している。


「勝てるって言ったじゃねぇか……あんたが、俺たちを守ってくれるって、そう言ったじゃないか!」


その言葉が、鋭い氷の楔となってオルシェの胸に突き刺さる。

周囲を見渡せば、暗闇の中から次々と人々の姿が現れた。

家を焼かれた者、怪我人を抱える者、あるいは恐怖で足がすくみ、ただその場に座り込む者。

彼らの瞳に宿っているのは、かつて向けられていた期待や信頼ではない。

そこにあるのは、剥き出しの恐怖。

癒えることのない不安。

そして、裏切られたという確信に基づいた、冷淡な疑念。


「あの化け物は、また来るんだろう?」

「防壁があんなに簡単に壊されるなんて……」

「オルシェ様がいれば大丈夫だと信じていたのに」


ひそひそと交わされる声が、不吉な羽音を立てる虫のように、風に乗ってオルシェの耳に届く。

英雄としての光が強かった分、落とされた影は深く、昏い。

人々にとって、ヴェイル・アル=ゼノスという圧倒的な「死」を退けられなかったオルシェは、もはや希望の象徴ではなく、死を招き寄せた元凶にさえ見えているのかもしれなかった。

平和に慣れかけていた彼らにとって、防壁の崩壊は日常の死を意味し、オルシェの敗北は世界の終わりを予感させた。


オルシェは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

右手に握られた剣は半ばから折れ、使い古されたボロ布のように無残な姿を晒している。

魔力は枯渇し、肺に吸い込む空気は焦げた匂いと砂埃に満ちていた。

脳裏には、ヴェイルの冷ややかな笑みと、最後に残した言葉が呪いのように反芻されていた。


『お前はまだ、勝ち切れない』


その言葉通り、自分は何も守れなかった。

敵を討ち漏らし、誇りとしていた防壁を塵へと変えられ、人々の心に、一生消えないであろう深い傷跡を刻んだ。

かつて感じたことのない喪失感が、手足の先から冷たく這い上がってくる。


一歩、前へ踏み出そうとした足が、地面に縫い付けられたかのように重い。

何か、この場を収めるための言葉が必要だ。

リーダーとして、守護者として、希望に満ちた言葉を投げかけなければならない。

戦いはまだ終わっていないと、次は必ず退けてみせると、血を吐くような覚悟を告げるべき瞬間だ。

だが、乾ききった喉からは、薄っぺらな強がりさえ出てこなかった。

自らの無力さを、誰よりも、何よりも痛感しているのは、今、この場に膝をつきそうな自分自身なのだから。


「……すまない」


ようやく絞り出した声は、風に消えそうなほどひどく掠れていた。

謝罪。

それが、今の自分に許された唯一の言葉だった。

だが、その一言は、燃え盛る火に油を注ぐようなものだった。

謝罪を口にするということは、守る側の人間が、守られる側の人間に「ギブアップ」を宣言することに等しい。

人々が求めていたのは反省の弁ではなく、崩れぬ安心だったのだ。


「謝って済むのかよ! 俺たちの家は、これからの暮らしはどうなるんだ!」


男の絶叫が、夜の街に空虚に響き渡った。

それは男一人の怒りではなく、街全体の叫びだった。

リーヴが耐えかねたように眉を吊り上げ、男に向かって口を開こうとする。

乱暴な言い方でこの場を鎮めようとする彼の優しさを、オルシェは右手をそっと上げることで制した。

反論する権利など、今の自分には一欠片も残っていない。

守ると約束し、その義務を果たせなかった事実は、何物にも代えがたい「崩壊」となって、目の前に無残に横たわっている。


月明かりに照らされたオルシェの背中は、いつになく小さく、脆く見えた。

溢れ出す魔力も、全てを見抜くはずの鋭い鑑定の目も、今は何の役にも立たないガラクタでしかない。

街を覆うのは、ヴェイルが残した死の気配と、それ以上に重い人々の拒絶。

ただ、冷たい夜風が、打ちのめされた者たちの間を虚しく、どこまでも冷酷に吹き抜けていった。


家々から上がる火の手が、オルシェの影を石畳に長く引き伸ばす。

その影は、まるで自分自身を嘲笑う巨大な怪物のように見えた。

人々は一人、また一人と、彼に背を向けて去っていく。

残されたのは、崩れた壁と、消えない火種。

そして、かつてないほどに深く、暗い孤独だけだった。


オルシェは震える拳を握りしめたが、そこには以前のような熱はなかった。

あるのは、冷え切った自責の念と、ヴェイルとの間に横たわる、到底埋めることのできない絶望的な距離。

英雄として持ち上げられた時間は一瞬で過ぎ去り、彼は今、ただの「敗北者」として、焼け焦げた街の瓦礫の中に沈んでいた。


夜は、まだ明けない。

崩壊の音は、オルシェの心の中で、今も止まることなく響き続けていた。

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