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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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363  ランチと衝撃の真実そして訪れた災禍の凶報

 ランジュ・ド・セレストでの熱気あふれる買い物を終えた特記戦力の一行は、エデンの活気ある東の商業区の石畳をのんびりと歩いていた。


 相変わらずカリナの両手は、左右からカグラとサティアにしっかりと繋がれ、背後からはエヴリーヌがぴったりと張り付いている。傍から見れば過保護を通り越して異常とも言えるそのフォーメーションを、少し離れた後ろから歩くチェトレが苦笑いを浮かべながら見守っていた。


 ――ぐきゅるるるぅ……。


 その時、カリナの小さなお腹から、なんとも可愛らしく、それでいて自己主張の激しい音が鳴り響いた。


「あら、そう言えばもうそろそろお昼なのね。カリナちゃんのお腹の音を聞いたら、私まで何だかお腹が空いてきちゃったわ」


 カグラがカリナの頬にすりすりと頬を寄せながら楽しげに笑う。サティアも優しく微笑んで頷いた。


「いいですね。チェトレさんの歓迎も兼ねて、どこかでランチにしましょうか」


「あら、そう? だったらぜひご一緒したいわ。エデンの料理は王城でも頂いたけれど、城下のレストランにも興味があるのよね」


 チェトレが期待に目を輝かせると、カリナは恥ずかしそうにお腹を押さえながら「うーん、どこがいいかな……」と考え込んだ。


「ん、カシューがマギナのシャーロット女王とデートで行った、高級なレストランに行ってみたい」


 エヴリーヌが背後からボソリと提案すると、カグラがパタッと扇子を広げて悪戯っぽく笑った。


「いいわね。あのデート以来、私も気になってたのよ。中々の高級店らしいじゃない」


「ふふ、それは名案ですね。きっと美味しいものが食べられますよ」


 サティアも賛同する中、その会話の端緒を拾ったチェトレが「え、ちょっと待って」と目を見開いて立ち止まった。


「カシューが、初期五大国の一つのマギナ魔法国……その女王とデートしたの? どういうこと?」


 驚きを隠せないチェトレに対し、カリナが肩をすくめて事情を説明する。


「カグラとエクリアが、私と一緒にマギナへ国交の使者として行ったときに焚き付けたんだよ。そのせいでシャーロット女王はカシューにぞっこんだ。カシューはちょっと困惑してたけどな」


 その言葉を聞いたチェトレの表情が、目に見えて複雑なものに変わっていく。呆れ、驚き、そして――微かな動揺。


「そう……カシュー、まさか他国の女王に手を出すなんて……。ずっと一人で、真面目に国を治めてると思ってたのに……」


 ぽつりとこぼれたその言葉に含まれた『微かな熱』を、鋭いエヴリーヌが見逃すはずがなかった。


「ん、チェトレは、ひょっとしてカシューが好き?」


 一切のオブラートに包まない、エヴリーヌのドストレートな剛速球の質問。その瞬間、チェトレは肩をビクッと跳ねさせ、顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「えええっ!? い、いやいや、そういうのじゃなくて! カシューとは国王同士で色々と話をする機会もあって、あの二刀流が凄くて頼りになるとか、相棒だった聖騎士カーズが盾持ちだったから私も真似して聖騎士クラスに切り替えたとか、エデンのこの発展具合と100年も一人で真面目に国王をしていたから素敵だなー、なんて……全く思ってないわよ! ただのフレンドだし!」


 両手を振り回しながら一気に捲し立てるチェトレ。本人は必死に否定しているつもりなのだろうが、そのしどろもどろな態度は、もはや「好きです」とメガホンで宣言しているようなものであった。


「ははーん。なるほどなるほど」


 カグラが悪戯な笑みを浮かべ、面白いおもちゃを見つけたようにチェトレへと歩み寄る。


「チェトレの想いはよーくわかったわ。まあ、シャーロット女王はNPCだし、現実的に結ばれることなんてないわ。私達はチェトレの恋路を応援するわよ」


「えええっ、だから私は何もそんなことは言ってないわよ! ただ、あの国王としての完璧な振る舞いに、エデンを最強国家にしたその手腕に憧れているだけで……!」


 必死に弁解を重ねれば重ねるほど、その狼狽ぶりからカシューへの並々ならぬ好意がダダ漏れになっている。そしてエヴリーヌがチェトレの肩にポン、と手を置いた。


「ん、チェトレの想いはよくわかった。カシューにも本当の春が来た。ねえカグラ」


「ふふふ、そうね……。シャーロット女王との三角関係、面白くなってきたわね。でも安心して、私達はチェトレの味方よ。現実世界に戻ったら派手なオフ会をするから、そのときはチェトレも一緒にはっちゃけましょう。そしてカシューに想いをぶつけるのよ」


 カグラがもう一方の肩に手を置き、扇子で口元を隠しながら微笑む。左右から完全に退路を断たれたチェトレは、顔から火が出そうなほど赤面していた。


「ふふ、素敵な話ですね。応援しますよ、チェトレさん」


 サティアも両手を合わせて楽しげに笑う中、当のカリナはぽかんとした顔で呟いた。


「へー、カシューはモテモテだな」


 自分自身がカグラ、エヴリーヌ、サティアという絶世の美女達から異常なほどの想いを寄せられていることに全く無自覚な、見事なまでの天然発言である。


「ん、カリナのそういう鈍感なところも好き」


 エヴリーヌがすかさずカリナの背中に回り込み、ぎゅっと抱き着いて頬擦りをする。


「本当にそんなつもりじゃないからー!」


 なおも抵抗を試みるチェトレだったが、カグラからの生温かい視線がそれをあっさりと封殺した。


「はいはい、バレバレなのよ。まあでも、アタックするのは現実世界に戻るまでは我慢よ? この世界で子供ができちゃったら、その子はNPCになっちゃうからね」


「ん、大丈夫。サポートする。チェトレ、任せて」


 エヴリーヌがぐっと力強く拳を握り、サティアも「チェトレさんは誤魔化すのが下手ですね」と悪戯っぽく笑う。完全に包囲網を敷かれたチェトレは、ついにガクリと肩を落として観念した。


「はあ……。まあ、もういいわ。カシューのことは好きよ。誠実で気を配れるし、あの国王としての立派な振る舞いを見たらね……。この世界で頼れるフレンドがカシューだけだったとわかったときに、心から安心したしね……」


 両手で顔を覆いながら白状するチェトレを見て、カグラとエヴリーヌのテンションが最高潮に達した。


「あはは! これは面白くなってきたわね!」


「ん、カシューはもっとひゃっほいするべき」


 エヴリーヌとカグラが肩を組み、「ひゃっほい! ひゃっほい!」と謎のステップを踏んで喜びの舞を踊り始める。


「はあ……私は本当に誤魔化すのが下手なのね……」


 頭を抱え、今日一番の深い溜息を吐くチェトレ。その賑やかな様子を見ながら、カリナが口を開いた。


「まあ、現実世界に戻ってからいくらでも時間はあるさ。早くあのお店に行こう、本当にお腹が空いたよ」


「そうね、ここから近くにあるはずよ。確かグラン・リュミエール(偉大なる光の館)だったわよね」


「じゃあ行きましょうか」


 カリナの言葉を合図に、再びカグラとサティアがカリナの左右から手をしっかりと握り、エヴリーヌが背後から密着する。チェトレは赤くなった顔の熱を冷ますように頭を抱えたまま、一行は目的のレストランへと歩き始めた。


 しばらく大通りを進むと、やがて周囲の建物とは一線を画す、高級感溢れる佇まいのレストランが見えてきた。重厚な黒漆喰の壁面に、西洋の緻密なステンドグラスが見事に融合した、和洋折衷の美しい建築。それが『グラン・リュミエール』だった。


「へえ、凝った造りだな。高級感がある感じがするよ」


「じゃあ入りましょうか」


 カリナが感心して見上げる中、カグラが先陣を切って重厚な扉を開け、中へ入る。落ち着いた照明が照らす店内では、すぐにお洒落で洗練されたメイド服に身を包んだ給仕の女性が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ! ……ええっ?!」


 女性は丁寧な挨拶の途中で、来店した客の顔ぶれを見て言葉を失った。


「これは……カリナ様にカグラ様、サティア様にエヴリーヌ様まで! 特記戦力の方々がいらっしゃるなんて光栄です! それに、あの黒い鎧の方は……?」


「彼女はカシュー王の友人で、これからは特記戦力と一緒にエデンのために戦ってくれるチェトレだ。彼女の歓迎も兼ねてるから、良い席は空いてるかな?」


 カリナが気さくに尋ねると、女性は「まあ、そうなのですね!」とパッと顔を輝かせた。


「では、二階の窓際のお席が見晴らしも良くてお勧めですので、ご案内致しますね」


 案内されたのは二階の奥、大きなテラスの窓からエデンの近代的な街並みが一望できる特等席だった。丸いテーブルを囲んで座ると、女性が上質な装丁のメニューを渡してくる。


「ご注文はどうされますか?」


「ここには初めて来るから、この人数でシェアしながら楽しめる、お勧めの料理をお願いするわ。あとドリンクもね」


 カグラが代表して注文すると、女性は「はい、畏まりました」と恭しく一礼した。


「確かに最初は迷いますもんね。では、お勧めのボリュームある豪華なセットをお持ちしますね」


 女性が奥へ去って行き、カグラの注文に応じ、運ばれてきたのはエデン特産の果実を絞った透き通るような微炭酸のノンアルコールカクテルだった。喉を潤しながらサティアが店内の優雅な内装を見渡しながら微笑んだ。


「さすが高級なレストランだけありますね。どんな料理が出されるか楽しみです」


「この世界は旅の途中の宿なんかでも食べたけど、料理が美味しいわよね。その点は助かるわ」


 チェトレの言葉に、エヴリーヌが真顔で頷く。


「ん、しかもアバターの身体だからいくら食べても太らない。その点はある意味助かる」


「そうだな。エデンは内陸だったから山河の幸が豊富だけど、魔導列車の開通の御陰で、五大国の近くの海からの海産物も新鮮なまま届けられるようになったからな。アーシェラの中華やマギナのイタリアンにフレンチ、ヨルシカの和食なんかも楽しめるしね」


 カリナがエデンの食糧事情の発展を誇らしげに語る。


「海鮮がエデンでも食べられるのは大きいわよねー」


「はい、VAOは中世ファンタジーがコンセプトの世界ですけど、料理はそんなことないですからね。ある意味、ご都合主義的なこの現実に感謝ですね」


 サティアがくすくすと笑うと、チェトレは少しだけ寂しそうな目を伏せた。


「へえ、あなた達はこの現実になった世界を色々と旅して来たのね。これが本当にただのアプデだったら、もっと純粋に楽しめたのにね……」


「ん、もうすぐ魔導戦艦もマギナの港で造られる。魔大陸に乗り込んで悪魔を討伐して、現実世界の和食をみんなで楽しむ」


 エヴリーヌの力強い言葉に、チェトレは顔を上げ、力強く頷いた。


「そうね。この虚構の世界から必ず抜け出しましょう」


 そうして談笑していると、先程の給仕がワゴンを押してやって来た。テーブルに並べられたのは、エデンの豊かな山河の幸と、魔導列車がもたらした新鮮な海鮮を見事に融合させた、和洋折衷の豪華な料理の数々だった。


 運ばれてきた料理の数々に、五人の視線は釘付けになった。前菜は、清流で獲れた新鮮な川魚の刺身と、瑞々しい海のホタテをカルパッチョ仕立てにした一皿。透き通るような身に、色鮮やかな特製の和風オリーブソースが美しく輝き、見た目にも華やかである。


 スープは、エビやムール貝、白身魚など、他国から届いたばかりの魚介の旨味が限界まで凝縮された濃厚なブイヤベース。サフランの香りが食欲を強く刺激する。


 そしてメインディッシュは、分厚く切り分けられた極上の赤身肉のロースト。そこに赤ワインと醤油、香味野菜を煮詰めたものをベースにした芳醇なソースがかけられ、肉汁と合わさって食欲を唆る香ばしい湯気が立ち上っていた。付け合わせの温野菜も彩り豊かだ。


「おお、美味そうだな……!」


 カリナが目を輝かせ、五人は一斉に料理に舌鼓を打ち始めた。


「ん、美味しい。川魚の臭みが全くないし、オリーブソースとの相性が抜群」


 エヴリーヌが上品にカルパッチョを口に運ぶ。


「このブイヤベースも素晴らしいわ。海鮮の出汁がしっかりと出ていて、トマトの酸味が絶妙ね。これならいくらでも飲めそう」


 カグラがスープを一口飲み、うっとりとした溜め息を吐く。


「本当ね、お肉も凄く柔らかいし、噛むほどに旨味が溢れてくるわ。ソースもお肉にぴったりだし、このブイヤベースも魚介の出汁が深くて、エデンのレストランのレベルの高さがわかるわね」


 チェトレも目を輝かせながら料理を味わう。


「本当に和洋折衷のソースが素材の味を極限まで引き立てていますね」


 サティアもフォークとナイフを器用に使いながら微笑む。五人で賑やかにシェアしながら食べる料理は、味覚だけでなく心までも満たしていくようだった。


 そしてコースの最後に運ばれてきたのは、濃厚な抹茶のティラミスに金箔をあしらった、宝石のように美しいデザートだった。


「はい、カリナちゃん。あーん」


 カグラが一口サイズのティラミスを専用の小さなスプーンですくい、カリナの口元へと差し出した。


「え、自分で食べるよ……」


「いいから、あーん」


 有無を言わさぬカグラの笑顔に押し切られ、カリナは恥ずかしそうに小さく口を開けた。


「……あーん」


「ふふ、美味しい?」


「……うん、抹茶の苦味と甘さが丁度いい」


 カリナがもぐもぐと頬張る姿を見たエヴリーヌも「ん、次は私。カリナ、あーん」と続き、サティアも「私からもどうぞ。はい、カリナさん、あーん」と嬉しそうにスプーンを構える。次から次へと差し出されるスプーンを、恥ずかしそうにしながらも律儀に「あーん」と受け入れて食べるカリナの可愛らしさに、三人は蕩けそうなほどだらしない笑顔を浮かべていた。


「ふふふ、カリナちゃんは本当にみんなに愛されてるのね」


 チェトレが微笑ましくその光景を眺めていると、エヴリーヌが真面目な顔で振り返った。


「ん、カリナは女神。私達にとって一番大切。好き」


「そう言えば、カリナちゃんの抱えている問題って何なの? 昨日言ってたわよね」


 チェトレのふとした問いかけに、テーブルの空気が少しだけ静かなものに変わった。カリナはスプーンを置き、自分の小さな両手をじっと見つめながら、ぽつりと口を開いた。


「ああ、チェトレにも知っておいてもらった方がいいかもしれないな……。私の実年齢は、実際はもっと大人なんだ。でも、この『少女のアバター』に精神を侵食されていっているみたいでな」


「精神を……侵食?」


「訳もないのに勝手に涙が出たり、侵食の症状が出たら精神が、自我が塗りつぶされて行くような感覚になって、震えが止まらなくなるんだ。女神アリアの神の魔法で侵食は緩やかになったんだけど、止まったわけじゃない。このまま長い時間この世界にいたら、私の自我はこの少女のアバターに完全に塗りつぶされてしまうかもしれないんだ」


 カリナの悲痛な告白に、チェトレは息を呑んだ。


「そんな……大変なことじゃないの。カシュー達が急いでいる感じがしたのは、カリナちゃんを救うためっていう理由もあるのね……」


 チェトレが痛ましそうにカリナを見ると、カグラが静かに頷いた。


「侵食は緩やかだけど、確実に進んでいるわ。私とサティアの術で毎晩、毎朝それを浄化して、可能な限り食い止めてるのよ」


「はい……。カリナさんの疲労が溜まった時、それは肉体と精神両方ですが……その時に症状が出やすくなります。私達はカリナさんの深層心理の奥でせめぎ合っている自我と、アバターの侵食を中和して和らげているんです」


 サティアの説明を聞き、チェトレは深く納得したように頷いた。


「そう……だからあなた達は、あんなにも過剰なくらい、カリナちゃんの側にいつもいるのね」


 彼女達が抱える、あまりにも重い十字架。そのシリアスな空気が場を支配した――その時だった。


「ん、そう。だから私はカリナの母乳係」


 エヴリーヌが、なんの衒いもなく、ドヤ顔でそこそこの大きさの胸を張った。


「は……?」


 チェトレの思考が完全にフリーズした。直後、カグラが扇子でエヴリーヌの頭をスパーン! と容赦なくひっぱたいた。


「今そういうのをぼかして、真面目に話しているのよ! 全くアンタは!」


「え、なに? 母乳ってどういうこと!?」


 目を白黒させるチェトレに、サティアが「はあー……」と本日最大の溜息を吐いた。


「カリナさんのアバターは、まだ幼さの残る少女のものです。その少女のアバターの『誰かに強烈に甘えたい』というような症状が、発作の時に出るんです。彼女は現実でも早くに両親を亡くしていますから。その強烈な母性を求める症状を鎮めるために……私達は母乳で、カリナさんを鎮めているんですよ」


「ん、そう。カリナの母乳係の一番は私。次にカグラとサティアに、カリナの側付きのルナフレア」


 エヴリーヌが誇らしげに指折り数えると、カグラも「まあ、そういうことね」と当然のように頷く。


「え? えええええっ!? じゃあ、みんな出産もしていないのに母乳が出るの!?」


 常識外れな事態に、チェトレが椅子から腰を浮かせんばかりに驚愕する。


「ん、カリナへの愛があれば、奇蹟が起きる」


 エヴリーヌがドヤ顔で言い放つ。


「はあ……この世界だからこそ起きた奇蹟なのかしら……。でも、それくらいカリナちゃんが大切だということは、痛いほどよくわかったわ……」


 チェトレが呆れと感心が入り混じった顔で溜息をつくと、エヴリーヌがチェトレの鎧の胸元から溢れる豊満な谷間をじっと見つめた。


「ん、チェトレも中々良い肉をしている。母乳出るかもね」


「いやいやいや! さすがに私には無理よ! それはきっと、あなた達の異常な執念……じゃなくて、愛があるからこそできることよ!」


「ん、まあ確かにそれはそう。チェトレはカシューが好きだから、カリナを想う気持ちが足りない」


 再びカグラの扇子が、エヴリーヌの頭をスパーンとひっぱたいた。


「アンタはそういうことを言うんじゃないわよ!」


「あんまり母乳とか言わないで欲しいんだけどなあ……」


 羞恥に顔を真っ赤にしたカリナが、テーブルに突っ伏して抗議する。


「あの症状のときは私であって私じゃないんだ。恥ずかしいから本当にやめてくれ……」


「ん、ごめんカリナ。今後は気を付ける」


 素直に謝るエヴリーヌに、カリナは顔を上げて真剣な眼差しを向けた。


「わかってくれたらいいよ。とにかく、私の状態は結構深刻なんだ。以前よりも疲れやすくなっているし、いつあの症状が出るかわからない。だから……いつも術や身体を張って鎮めてくれる彼女達には、本当に心から感謝してるんだ」


 カリナの素直な感謝の言葉に、三人の顔に優しい笑みが広がる。チェトレも、この女性陣の絆の深さを改めて実感し、深く頷いた。


「そうなのね……わかったわ。カリナちゃんを救うためにも、早くこの世界から抜け出さないとね」


 その言葉に、カグラ、エヴリーヌ、サティアが力強く頷き返した。


 そうしている内に、ランチタイムのピークを迎えた店内は客で混み始め、カリナ達特記戦力の姿に気づいた客達のざわめきが大きくなり始めていた。


「あれはカリナ様じゃないのか!?」「カグラ様にサティア様、エヴリーヌ様まで、特記戦力の方々がいらっしゃるぞ!」「こんなところでお目にかかれるなんて……!」


「さて、お客も増えて来たし、そろそろ王城に帰ろうか。ここにいたらお店の迷惑になるしな」


 カリナの提案に、カグラも苦笑しながら同意する。


「そうね、有名税ってのも大変ね」


「まあ、仕方ないですね」


「エデンの特記戦力は、本当に国民の希望なのね」


 チェトレが感心する中、エヴリーヌがスッと立ち上がった。


「ん、今日は私が払う。シュート・ホライズンから救ってもらったお礼も兼ねて、チェトレの歓迎も同時」


 一同はエヴリーヌの厚意に感謝し、席を立った。レジでエヴリーヌがスマートに支払いを済ませると、店員が深いお辞儀で見送ってくれた。


「ありがとうございました!」


「美味しかったよ、また機会があれば来る」


 カリナが笑顔で答え、カグラやサティア、エヴリーヌ、チェトレも「ごちそうさま」と声をかけ、一行は店を出て王城へと向かって歩き出した。



 こうして、チェトレを加えた一行の、賑やかで和やかな一日が過ぎていく中――。その平和な日常は、唐突に鳴り響いた『絶望の悲報』によって無惨に打ち砕かれることとなる。



 ◆◆◆



 エデン王城、カシューの執務室。


 カシューは執務デスクに腰掛け、山積みの書類と格闘していた。ソファーのいつもの場所では、エクリアとグラザが優雅に紅茶の香りを楽しんでいる。


 平穏な午後の静寂。だがその時、カシューの左耳に装着されている、各国の王や有力な冒険者達と繋がっているイヤホン型の通信機に、突如としてルミナスのジラルド王からの緊急通信が割り込んだ。


『カシュー殿! 聞こえるか!!』


 尋常ではない焦燥を含んだ声に、カシューは手を止め、通信機に指を当てた。


「これはジラルド殿。こちらからもそろそろ連絡をしようかと思っていた頃ですが……いかがされましたか?」


『カシュー殿! ウチの王女の……セラフィナが攫われたのだ!!』


「何ですって!?」


 カシューが弾かれたように立ち上がる。ソファーにいたエクリアとグラザも、ただ事ではない空気を察して表情を険しくした。


『現場には手紙が残されていた……! 『人質を返して欲しくば、エデンの特記戦力、精霊王の加護を持つ小娘と国王のカシュー……エデンの南西にある黄金城に来い』と……! 署名は、『災禍六公首魁、アスモディル・ヴェイン』となっていた……!』


「災禍六公……! やはり、水面下でそのような碌でもないことを計画していたのか……!」


 カシューがギリッと奥歯を噛み締めたその時――。通信機に、数箇所から一斉に緊急のコールが鳴り響いた。


「っ……!?」


 異常事態を悟ったカシューは、すぐさま通信機を調整し、スピーカーモードに切り替えてジラルドや室内のエクリア達にも聞こえるように設定した。


『カシュー殿か!!』


 通信回線から飛び込んできたのは、アーシェラの女王サキラの悲痛な声だった。


『災禍六公に、我が息子シリュウが攫われたのじゃ!!』


『サキラ殿もか!? 同時に、このようなことをしてくるとは……!』


 ジラルドが驚愕の声を上げる。


「アーシェラのシリュウ王子も……! やはり、要求は『エデンの戦力で黄金城へ来い』という内容ですね。他にも通信が繋がっています。念のために、ヨルシカのソウガ殿とアレキサンドのレオン殿にも繋ぎます」


 カシューが回線を拡張すると、次に繋がったのはフィンのPC国王、ドルガンからの怒声だった。


『カシューか!? 娘のレナが攫われた! 犯人は……!』


「災禍六公だな、ドルガン」


『ああ、その通りだ!! ふざけやがって……!』


 さらに、別の回線から聞き慣れない男の声が響いた。それは、エデンからシルバーウイングの本部へと、セリスが念のために置いてきた通信機からのものだった。


『カシュー国王陛下でしょうか?! 私はシルバーウイングのメンバーの剣士、ジェラールと申します! 何かあったときにエデンへ連絡をするようにと、セリス団長が通信機を置いて行かれたので、それから連絡させて頂いております!』


「うむ、何があった!?」


『以前、私達はカリナさんに命を救われたのですが……そのときお世話になった息子のヤコフが、災禍六公という悪魔に攫われました……!!』


「……わかった。要求はそのためにはエデンの戦力で黄金城へ来い、というものだろう?」


『はい、その通りです……! どうか、どうか息子を助けて下さい……!!』


「わかった。お前は軽挙妄動せず、暫しそこで待っていろ」


 ジェラールとの通信を保留にした間に、ヨルシカのソウガとアレキサンドのレオンとの通信が繋がった。


『カシュー殿か、何かあったのか?』


『うむ、どうやら他にも通信が繋がっておるようだな』


「ソウガ殿、レオン殿。……最後の災禍六公が、ついに動き出しました」


 カシューの沈痛な声が、通信回線を通して五大国の王達へと伝えられる。


「ルミナスのジラルド殿のセラフィナ姫。アーシェラのサキラ殿の息子のシリュウ王子。フィンの王女レナ。さらに、シルバーウイングの過去にカリナが救ったという少年ヤコフまでもが……同時に攫われました」


『なんと……! 遂に動きだしたというのか!』


『しかし、抵抗力のない幼子を攫うとは、なんという卑劣な……!』


 ソウガとレオンが怒りの声を上げる。


『私は明日の魔導列車でエデンへ向かう!』


『妾もじゃ! 一度エデンへ向かう必要がある!』


『カシュー、俺も明日向かうぜ!』


 ジラルド、サキラ、ドルガンが即座にエデンへの集結を宣言する。


『カシュー陛下、セリス団長へお伝え下さい……私達では、到底お役に立てません……』


 ジェラールの悲痛な声に、カシューは力強く答えた。


「わかったジェラールよ、お前はそこチェスターの街で待っていろ。必ず助け出す」


 そして、最後の一つの通信がカシューに繋がった。


「これはマギナだな。シャーロット殿、何かあったのか?」


 だが、応答したのはシャーロットの可憐な声ではなく、マギナの宰相である男性の、ひどく震えた声だった。


『カシュー国王陛下……! 私はマギナの宰相、ジェームズと言います……。我が国の……!』


「何があった!?」


『シャーロット女王陛下が……災禍六公を名乗る悪魔に攫われました……!!』


「っ……!!」


 カシューの頭の中が真っ白になった。数日前に、レストランで自分に優しく微笑みかけてくれていた、あの愛らしい女性までもが攫われたのだ。


「くっ、おのれ……! シャルまで……ッ!!」


 怒りでカシューの表情が歪む。


「……わかった。エデンの戦力で、必ず救出に向かう。そなたはマギナでの公務もあろう、国を空けるわけにはいかないはずだ。私達に任せておけ」


『私も、これは看過できない問題だ。明日の魔導列車でエデンへ向かう』


『私もだ。マギナの女王まで攫われたのだ、じっとしてはおれん』


 ソウガとレオンもまた、エデンへの合流を即座に決断した。


「みなさん、ありがとうございます。……必ず、救い出します」


 カシューが通信機に向かって誓いを立てた、まさにその瞬間だった。


「陛下! 失礼致します!!」


 執務室の重厚なドアが乱暴に開け放たれ、青ざめた顔のメイド隊の隊長リアが、息を切らして駆け込んできた。


「何事だ、リア!」


 リアは震える手で、一枚の紙切れをカシューへと差し出した。


「カリナ様の自室へ物資をお運びしたときに、インターホンを鳴らしてもルナフレアさんが出て来られないので、スペアキーで中に入ったのですが……! 室内は争った跡があり、テラスへのガラスが割られ、この紙切れが落ちていました……! ルナフレアさんが……、攫われました……!!」


「なっ……!?」


 カシューがひったくるようにその紙切れを受け取る。そこには、インクを叩きつけたような乱暴な殴り書きで、こう記されていた。


『精霊王の加護を持つ小娘の大事な側付きを返して欲しくば、エデンの南西にある黄金城へ来い。エデンの特記戦力とカシュー、貴様もだ。増援はいくらしても構わんぞ。できるだけ早く来ることだな。

 ――災禍六公首魁、アスモディル・ヴェイン』


 静寂が、執務室を満たした。それは、怒りが極限に達したことによる、嵐の前の静けさだった。


 カシューは通信機に向かって、地獄の底から響くような声で告げた。


「ジラルド殿、サキラ殿、ソウガ殿、レオン殿、ドルガン、シルバーウイングのジェラールに、マギナ宰相ジェームズ……」


 カシューは、握りしめた拳から血が滲むほどに力を込めた。


「奴は……エデンを完全に敵に回した。必ずや、討ち取る……!」


 通信を聞いていたエクリアとグラザも言葉を発することなく、無言で、静かに拳を握り締めていた。その瞳には、底知れぬ殺意が宿っている。


 エデンの逆鱗に触れた、最後の災禍六公。首魁アスモディル・ヴェインとの、凄絶なる戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。

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