359 執務室の日常と新たなるピース
カシューの執務室。
世界の真実と今後の目標を共有し終え、少しだけ和らいだ空気の中、カシューはふと思い出したようにチェトレへ尋ねた。
「そう言えば、ペガサスに乗ってここまで来たらしいけど、道中はどうしたんだい? 過去のギルドカードはもう使えないから、各地の街に入るのにも苦労したんじゃないのかい?」
「そうね……」
チェトレは頷くと、身に纏ったセクシーな鎧の胸元から、古い『Aランクのギルドカード』を取り出して見せた。
「胸の谷間から取り出すとは……おのれ、またしても肉が増えた……」
エヴリーヌがギリリと歯噛みして悔しがると、カグラが「今はそんなことはどうでもいいでしょ」と、持っていた扇子でその頭をスパーンとひっぱたいた。
「ああー、私がインしたときと同じだな。今はそのカードはもう使えない。どうやって道中の街に入ったんだ?」
カリナの問いにチェトレは苦笑する。
「一応これを見せて、事情を説明して何とか入れてもらったわ」
「旅で訪れただけだから、まあ問題はなかったんだろうね。でもこれはもう100年前のものだから効力がない。カリナのときと同じように、また僕が総合組合に書状を書こう。明日にでも行くといいよ」
カシューはそう言うと執務デスクに移動し、エデンの組合長に向けての書状をサラサラと書き上げた。そこに国王の印を押して封をし、チェトレに手渡す。
「最低でもCランク以上じゃないと、他国に任務で入れないんだよ。最初はそのせいで私も苦労したなあ」
カリナはそう言いながら、懐から金色の『Aランクの組合カード』を出して見せた。
「へえ、今はそうなってるのね」
チェトレが感心していると、サティアがハッとしたように顔を上げた。
「カシューさん、よく考えたらエヴリーヌさんも100年もあのシェルの中にいたから、今の組合カードを持っていないはずですよ。エヴリーヌさんの分も更新しないとマズいかもです」
「ん、そうだった。あれからずっとエデンにいるだけだから忘れてた」
エヴリーヌもアイテムボックスから、チェトレと同じ過去のAランクのギルドカードを取り出した。
「にしし、よく気付いたなサティア。マギナへ行くのに魔導列車に乗れないとこだったぜ」
エクリアが笑うと、グラザは腕を組んで考え込んだ。
「俺は一応更新はしていたからAランクのままだ。しかし二人は100年のブランクがある。いきなりAランクカードは発行できないんじゃないのか?」
「ああ、私も最初はBランクスタートだったな。Aランクには悪魔を討伐してからなれたが……特記戦力と、その補佐的なポジションが組合のカードを持っていないのはマズいな」
カリナの懸念を受け、カシューは再びデスクに戻り、エヴリーヌの分の書状も急いで書き上げた。
「ん、感謝。じゃあ私も明日は組合に行く」
カシューから書状を受け取るエヴリーヌに、カシューは説明を加えた。
「カリナが戻って来たときはまだ今のような状態じゃなかったからCランクの要求をしたけど、今回は特記戦力と、その補佐というポジションのチェトレの更新だからAランクを要求しておいたよ。組合長がどう判断するかは何とも言えないけど、事情は書いてある。素直にAランクを更新してくれたらいいんだけどね」
「私の時はBランクの雑魚と模擬戦をさせられたな。今回はすんなりといけばいいんだけど、心配だし私もついて行くよ」
「じゃあ私も行くわ。チェトレ、この世界に来たばかりだから着る服も少ないんじゃないの? アカウントの共有倉庫が使えなくなったからね。あの中に入れてたものはおじゃんよ」
カグラの忠告にチェトレは目を丸くした。
「え、そうなの!? あの中にはレアなものもかなり入れてたんだけど……」
「あれは参りましたね……。まあ仕方ないと考えるしかないですけど、その分アイテムボックスにはほぼ制限がないので、今後は全部そこに入れる方がいいですね」
サティアが同情するように微笑むと、チェトレは溜息を吐いた。
「そうね……。旅の途中で下着類なんかは多少道中の街で買い足したけど、この際だし、ちゃんと揃えておいた方がいいわね」
「ん、私もそういう買い物は余りしていない。基本的に側付きのエミリが準備してくれてるけど、じゃあ私もそういうものも買いに行く」
エヴリーヌも便乗すると、エクリアがにししと笑った。
「現実になっちまったからなー。アイコンいじって着替えが完了するわけじゃないもんな。自分で着替えないとだからな」
「せっかくだし、明日はそういう今後必要な物も城下で買い揃えるといい。エクリアはそういうお勧めのお店とか知ってるんじゃないかい?」
カシューが尋ねると、エクリアは顎に手を当てて考え込んだ。
「そうだな。『モード・ド・エデン・セレスト』なら下着類も一通り揃ってはいるが、下着の専門店じゃないしな。うーん……商業区に系列店のランジュ・ド・セレストって店があるから、そこがお勧めだ。チェトレもサティアも俺くらいの大きさの胸があるからな、ナイトブラはお勧めだぜ。寝ている時に胸の重さで仰向けになったら、皮膚が引っ張られて痛いんだよなー」
エクリアはそう言うと、自分の巨乳をセクシーな衣装の上から両手でむにゅもにゅと揉みしだきながら語った。
「…………」
グラザはサッと顔を逸らし、「さすがにこの会話はついていけんな」と赤面して呟く。それを横目で見たエヴリーヌが「ぷっ、純情脳筋チキン」と小さく吹き出した。
「へえ、そんな専門店まであるのね。せっかくだから私も行くわ」
「ナイトブラですか……。いつも横向きで寝てしまうから考えたことはなかったですけど、試してみてもいいですね……」
カグラとサティアも興味津々だ。
「エクリアは女性アバターを楽しんでいるのね。いいわね、じゃあ今後絶対必要になるし行ってみるわ」
チェトレが楽しげに頷くと、カリナが少し真面目な顔で忠告した。
「……あと、この身体はアバターなのに生理がくるぞ。そういう用品も買っておいた方がいい。まあ私達は側付きが全て準備してくれるから楽だけどな」
「そうだね。後でメイド隊のリアに、チェトレの身体のサイズに合う当面必要になるものは揃えさせるよ。部屋は貴賓室を使ってもらう。特記戦力の居住区にあと一つ空いている部屋があったはずだし、ゆくゆくはそこをチェトレが使えるように整えておこう」
カシューは手際良く今後の手配を口にする。
「側付きは……またアステリオンにスカウトさせるとする。エデンのすぐ北にはエルフの住む森があるからね。そこには妖精族も一緒に住んでいる。今後の戦いのためにはチェトレにも妖精の加護が必要だろうしね。僕もあった方がいいんだろうけど、聖女の神聖術が使えるサティアもいるし、僕の生活空間には側付きを置く場所がないからね」
「はい、カシューさんの状態異常やデバフは私がすぐに回復させます」
サティアが力強く請け負うと、チェトレは申し訳なさそうに眉を下げた。
「何だか至れり尽くせりで申し訳ないわ。……妖精の加護って、状態異常完全無効の凄いものよね? って、エデンの特記戦力は全員持ってるの?」
チェトレが驚きの声を上げると、カリナ達全員は無言のまま、右手の甲に刻まれた『側付きの妖精族から与えられた加護の紋章』を揃って見せた。
「はあ……、そういうところまで完備してたなんて。エデンが強いはずよね……」
チェトレは感服したように深く溜息を吐いた。
「まあエデンの立地が良かったね、エルフの森に妖精族まで一緒に住んでたから」
カシューはそう言って笑うと、執務デスクの電話型通信機でメイド隊の勤務室に繋いだ。数回のコールの後、『はい、こちらメイド隊勤務室、リアです』と応答があった。
「私だ」
カシューの声色が、瞬時に『王の顔』へと切り替わる。
「長年行方不明だった友人であり、かつてのロザリアの城主のチェトレが今日エデンを訪れた。今後は特記戦力と共に戦ってもらう。当面の生活必需品、着替えなどや生理用品を寸法を取って準備してくれ。特記戦力の居住区には空き部屋が一つあったはずだ、そこをチェトレに使ってもらう予定だ。それまでは貴賓室を使ってもらう。今すぐ手配してくれ」
『はっ、畏まりました陛下』
「チェトレは今執務室にいる。早速頼む」
『はっ、すぐに伺います』
「うむ、任せる」
カシューが通信を切ると、チェトレは心底ホッとしたように微笑んだ。
「ありがとうカシューにみんな。エデンは温かいのね」
「それがエデンの良さだからな。もうすぐメイド隊が来るぞ」
カリナが笑いかけると、チェトレはふと思い出したように尋ねた。
「そう言えば、聖衣って何なのかしら?」
「召喚体と真に心を通わせた召喚術士のみが纏うことができる、凄まじい力を持つ鎧よ」
カグラは真剣な声で答え、エヴリーヌも頷く。
「ん、カリナ以外に纏える者は見たことがない」
「召喚体が鎧に変化して身体に装着されるんです。魔力を精霊力に変換し、とんでもない技を放ちますが、現実となったこの世界では精神的にも体力的にもかなり疲労します。まさに奥の手ですね」
サティアの説明にエクリアも笑って同意した。
「にしし、あれはまさにチートって感じだからなー」
「ああ、あの状態のカリナには普通の人間ではまず勝てん。それほどの力を秘めているが反動も大きい。カリナにあれを使わせないように、俺達だけで勝負を決めないといけないんだがな……」
グラザが悔しそうに拳を握ると、カシューも同意するように呟いた。
「今相手にしてる悪魔共は一筋縄ではいかないからね。最終的には頼らざるを得ないっていうのが悔しいところだね」
「そんなものがあったなんてね……。私も召喚術はある程度は使えるけど、まさかの要素があったのね。是非見てみたいわ」
チェトレは期待を込めて言い、カリナは少し照れたように鼻の頭を掻いた。
「今後の戦いで嫌でも使うことになると思うよ。まあペガサスやユニコーンを纏うくらいなら大したことはないから、鍛錬の時にでも見せるよ」
「まあ、それは嬉しいわ。ありがとうカリナちゃん」
チェトレが微笑んだその瞬間、執務室のドアがノックされ、リア率いるメイド隊達が「失礼します、陛下」と入室してきた。カシューはチェトレの手を引いて立たせ、メイド隊へと紹介する。
「こちらがチェトレだ。じゃあ後のことは任せる」
「ん、じゃあ明日の午前に組合とランジュ・ド・セレストに行こう。今日はゆっくりするといい」
エヴリーヌの言葉に、チェトレは「ええ、よろしく」と言いながら歩み出る。すると、リア達メイド隊が素早い動きでチェトレを囲み込んだ。
「では、後はお任せ下さい」
リアは有無を言わさぬ迫力でそう告げると、嵐のようにチェトレを連れて退室していった。
「メイド隊の勢いは相変わらずだな」
その光景にカリナが苦笑すると、カシューは満足気に深く頷いた。
「さて、これで色々とピースは揃ったね。新生エデンとして、新たなスタートだ」
「「「おおー!」」」
カシューの言葉に、特記戦力達の力強い声が執務室に響き渡る。こうして新たに強力な仲間チェトレを迎え、明日はギルドの更新や買い物のため、揃って城下へと繰り出すことになったのだった。




