358 虚構の世界の真実と交わされた誓い
カシューの執務室。メイド隊が用意した紅茶と、スリーティアーズに美しく盛られた色とりどりの菓子を囲み、特記戦力の面々とチェトレが席に着いていた。
カシューはいつもの執務デスク近くにあるソファーの右端に腰掛け、その隣に彼に促されたチェトレが座った。さらにその左隣にエクリア、左端にグラザが腰を下ろした。テーブルを挟んだ向かい側には、右からサティア、真ん中にカリナを膝に乗せてご機嫌なカグラ、そして左端にエヴリーヌという配置である。
「さて、何から話そうかな……」
カシューが紅茶のカップを置きながら切り出すと、チェトレは少し緊張した面持ちで口を開いた。
「カシュー、エデンの特記戦力……。ねえ、あの怪物聖騎士カーズはいないの? 私達とのPvPのときにも彼がいなかったから辛うじて引き分けにできたけど、彼がいたら間違いなく負けていたわ。それに、そんな女の子いなかったわよね?」
チェトレの視線が、カグラの膝の上でクッキーを齧っているカリナへと向けられる。
「カーズはこの現実となったVAOの世界には来ていないよ。彼女はカーズの妹のカリナだ。規格外の召喚術に刀、ソード両方の剣技に魔法剣技、格闘術もこなせる、今のエデンの特記戦力だよ」
「カリナだ。よろしく、チェトレ」
カリナが片手を上げて挨拶すると、チェトレは少し驚きつつも微笑み返した。
「ええ、よろしくねカリナちゃん」
「にしし、その設定で突き通すのか?」
エクリアが意地悪く笑うと、カグラが不思議そうに首を傾げた。
「あら、エクリア演技しないの?」
「PC同士なんだし、これから嫌でもつるむことになる。演技するだけ面倒だ。でもNPCの前では、俺は完璧な淑女で通してるからな。この設定忘れんなよ、ロザリアのチェトレ」
「え? あの、とんでもない魔法をぶっ放す災害級魔法使いエクリアよね? 中身は男だったの?」
目を丸くするチェトレに、エクリアは悪びれもせずに笑う。
「にしし、まあな。でもNPC達は知らねえからな。この見た目でしか判断できねえしよ。まあよろしく頼むぜ」
「ああ、なるほど……。アバターボックスならそういうこともできるわね。わかったわエクリア。こういう場以外では女性として振舞っているってことね」
「そういうこった」
納得した様子のチェトレは、改めて向かいのソファーに座る面々を見渡した。
「そしてその法衣は聖女の神聖術を使うサティアに、カリナちゃんを乗せているのが、相克術と陰陽術を高レベルで使いこなせるカグラだったわね。そして、そのエメラルドグリーンの特徴あるお下げは……」
「ん、エヴリーヌ」
「そうだったわ、エグい弓術士よね。そして奥の黒い武闘着、拳王グラザね」
一人ひとりの名前を挙げたチェトレに、サティアが優しく微笑みかける。
「あのPvP以来ですね、チェトレさん」
「まあ、私達にとっては100年振りだけどね。久しぶりチェトレ。その特徴ある露出の多いユニーク装備の黒い鎧と盾で、思い出すのは楽だったわ」
カグラがパタパタと扇子を扇ぎながら言うと、グラザはその際どい装備から必死に目を逸らしながら咳払いをした。
「あ、ああ、グラザだ。PvPではその大盾で、こちらの攻撃を相当に防がれたからな。覚えている」
「ん、脳筋純情チキンだから、チェトレの装備の露出に照れている。情けない。そして、エデンへようこそチェトレ」
「うるさいぞ、エヴリーヌ」
エヴリーヌの容赦ない毒舌にグラザが抗議の声を上げる中、チェトレは表情を引き締めた。
「ええ、ありがとう。でも……100年って何? 私が数時間ログアウトしている間に、VRゲームの世界が現実になって100年も経過しているの? じゃああなた達は、100年もこの現実世界で生きているの? はあ……、脳の処理が追い付かないわ……」
頭を抱えるチェトレを見て、カリナは懐かしむように小さく笑った。
「はは、この反応はかつての自分を見ているみたいで面白いな」
「俺はまだ30年だけどな。この世界ではPCは姿が変わらねーのさ」
エクリアの言葉に、チェトレは信じられないものを見るような目を向けた。
「そんな長い時間、この世界に囚われているのよね……。よく平気な顔してられるわね……」
「私はまだ最近来たばかりだ。まだ1年も経っていない。最初は私も混乱したよ。魔物の返り血を浴びて、自分のステータスも見れないしわからないから、肉体への直接的なダメージでしか異常は理解できない。ログアウトもできない。身体を使って戦いを経験しないと、強くなった実感はないしな」
カリナが淡々と語る過酷な現実に、チェトレは絶句した。すかさず、カシューが静かに、しかし重みのある声で語りかける。
「チェトレ、君の混乱はよくわかる。僕達も最初は大掛かりなアプデでも来たのかと勘違いしたくらいだ。順を追って話そう。そして、僕達がこれから話すことは信頼できるPCにしか話せない。君に覚悟がなければ僕達は喋れないし、巻き込むことはできない」
カシューの真剣な眼差しに、場の空気がピンと張り詰める。
「国賓として君の身柄は保証しよう。でも、僕達がこれからやろうとしていることは、この世界の根幹を揺るがすことになる。それを聞く、僕達と一緒に戦う覚悟がなければ、巻き込むことはできないからね」
「……正直何が起こっているのかはさっぱりだけど、あなた達は『この世界から抜け出すため』に行動しようとしているってことよね?」
チェトレは迷うことなく、強い瞳でカシューを見つめ返した。
「じゃあもちろん聞くわ。私もこの今の意味不明な状況から抜け出したいし、そのために私の力が必要ならいくらでも貸すわ」
「わかった。反故にすれば、女神アリアに僕達全員の魂を制約で縛られることになるから、覚悟して聞いて欲しい」
「ええ、今更後には引けない。覚悟だって、ここまでの旅でしてきたわ。話して欲しい」
チェトレの決意を受け、カシューと特記戦力の面々は、順番に言葉を継ぎながらこの『世界の真実』を語り始めた。
100年前に五大国を悪魔の大軍が襲い、その影響はPC達の治める国々にまで及んだこと。その五大国襲撃事件で、かつては最強を誇った五大国も今は力を失っていること。そして、この世界を現実に変えた、天界に敵対する強大な『存在』がいること。
「天界からそいつを追ってこの世界に来た女神アリアによれば、この世界はその存在によって創られた虚構だそうです」
サティアが静かに告げる。
「現実世界から魂の強い者だけを取り込み、時間を加速させ、長い時を生きたPC達がどのような行動を取るのか観察している……魂の実験場なんだと」
続くグラザの言葉に、エヴリーヌも頷く。
「ん、PCが多くいたVAOなのに、この世界にPCが少ないのは、現実世界に魂の強い者が少ないかららしい」
「この世界から抜け出すためには、この世界の存在の楔となっている悪魔を駆逐しなければならない。私達はそのために戦って来た」
カリナは真っ直ぐにチェトレを見て言った。
「そして、五大国をエデンを中心に対悪魔戦線という連合を組み、近い内にかつてのロザリアがあった場所――今は魔大陸と呼ばれる場所に乗り込み、今の魔軍の指揮を執っている『深淵公』を討つことが、今の私達の目標だ」
そこまでを一息に語り、さらにカシューが補足する。
「これまでの表の階級であった公爵を頂点とした悪魔の階級以外の存在……裏の階級の『堕落男爵』『影霊子爵』『獄炎騎士』『災禍伯』に『大公』や『魔軍四天王』、そして『災禍六公』はあと一柱まで、カリナを中心としたエデンの特記戦力達が討ち取って来た」
「悪魔を駆逐すれば、その存在も姿を現すだろうということらしいわよ。その存在には人間では絶対に勝ち目はないから、最後は女神アリアに任せるしかないのだけどね」
カグラは扇子を閉じ、ふうっと息を吐く。最後にカシューが最も不確定な事実を告げた。
「現実世界に戻ったときに、この世界がどうなるのかは……僕達にもわからない……」
圧倒的な情報量と、あまりにもスケールの大きい世界の真実。チェトレはただ黙って、それらの言葉を脳内で反芻していた。
沈黙を破ったのはカリナだった。
「現実世界に戻った時に私達がどうなっているのかは、現実に戻ってからのお楽しみだそうだ。でも、チェトレも私やエクリアと同じで、少しの時間ログアウトしていただけだとわかった。加速していたのはこのVAOの内部世界だけで、現実世界では時間が経っていないのかもしれない……」
「なるほど……。僕はインしている状態で突然この状態になった。君達はどうだい?」
カシューが周囲を見渡すと、カグラが答えた。
「私は数分休憩して、ログインし直した時には襲撃事件の前だったわ。遭難して、やっとのことでエデンに戻った時に襲撃事件が起きたのよ」
「俺はインしっぱなしだったからエデンにいたな」
「私もグラザさんと同じです」
「ん、私もインしっぱなしだった。代行のエリアスを鍛えてたら、突然人格を持ったみたいに話し始めたから何事かと思った」
三人の言葉を聞き、エクリアが顎に手を当てて納得したように呟く。
「なるほどな。インしっぱなしだったやつらは100年前からで、ほんの少しでもログアウトして入り直した連中はその時間によって誤差があるのか……」
「ああ……。だから、時間の加速はこの世界の中だけで行われたことで、現実に戻っても恐らくそれほど時間は経っていない可能性がある。現実世界でも同じだけ時間が経っていたら、さすがに現実の肉体が持たないはずだ」
カリナの鋭い考察に、全員の顔がハッとしたように上がる。
「この仮説が当たっていれば、インした直後の現実の時間軸に戻れるはずだ。要は、私がログインした2125年だ」
「なるほど……。確かに、今の僕達のこの身体はアバターだ。現実でも同じだけ時間が経過していたら、いくら長生きだとしても100歳は超えていることになるね……」
カシューが安堵したように息を漏らすと、サティアも顔を輝かせた。
「そうですね。じゃあ抜け出したら、今までの変わりない現実世界に戻れる可能性が高いとうことですね……!」
「まあ、そりゃそうよねー。現実世界の私達が長時間補給もなしでこの世界では100年も経っているなら、とっくの昔に現実の自分は死んでるわ」
カグラは心底ホッとしたように肩をすくめた。
「確かにな。じゃあ俺達は、この世界での100年の記憶を持ったまま現実に戻れるということなのか……?」
「ん、100年も仙人みたいなことしてた脳筋チキンには大した記憶はない。私もあの概念殻内部での記憶しかないから、脳はまだ若いはず」
「悪かったな!」
グラザの反論を笑い飛ばし、カシューは力強く頷いた。
「よし、希望が見えて来た。必ず元の世界に戻って、みんなでオフ会をしないとね」
その言葉に、一同は固く頷き合う。一連の会話を聞いていたチェトレは、「はあ……」と深々と溜め息を吐いた。
「あなた達は、凄い戦いをしてきたのね……。しかも悪魔って、通常はレイドを組んで戦うレベルじゃないの。それを何体も斃してきたなんて、さすがエデンの戦力ね……。私の国のPC達は誰もインしてなかったわ。魂の強い存在じゃなかったってことなんでしょうね」
チェトレは少し寂しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「でも、魔大陸……ロザリアがあった場所にはどうやって乗り込むの? 私は召喚体のペガサスで何とか脱出したけど、ロザリアへの大橋は崩れて海に沈んでたわよ」
「そうか、崩れていたか……。でもチェトレの御陰で偵察に行かせる手間が省けたよ。計画通り、マギナで魔導戦艦を造船して海から乗り込む」
「にしし、いいじゃん。最終決戦には、それくらい派手に乗り込まないとな」
エクリアが拳をバシッ! ともう一方の掌に合わせる。
「そうなのね……。じゃあ、あれが深淵公……」
チェトレの表情が、かつてないほどに険しくなる。
「私がインしたのは、玉座の間の入口前だったわ。あの玉座にいたとんでもないのが恐らく深淵公って奴ね。でも、アイツが喚び出した『七魔将』ってのが待ち受けてるわよ。私はインした直後に物陰から見たわ。深淵公ってのが、『人間共が侵入して来たら迎え撃て』って言ってたから」
「深淵公に、その配下の七魔将か……。それに、奴らが復活させようとしている『主』という存在がいるはずだ。魔大陸に乗り込んでからが勝負だな。聖衣を連続で使用しないといけないかもしれない……」
カリナが厳しい表情で思考を巡らせると、サティアは優しくその肩に触れた。
「カリナさんだけに無理はさせませんよ」
「そうよ。七魔将か何だか知らないけど、私達で、それにセリスやエリックもいるわ。さらにチェトレもいるんだから、総力戦よ」
カグラはカリナをぎゅっと抱き締め、エヴリーヌもその小さな手をしっかりと握る。
「ん、誰一人欠けることなく帰る」
「そうだな。これまでの戦いで、奴らの実力はそれなりに理解している。勝てない相手じゃない」
グラザが力強く拳を握り込む。
「にしし、全部まとめて俺の極大魔法で消し炭に変えてやるよ」
不敵に笑うエクリアに続き、カシューも確信に満ちた声で言った。
「そうだね、僕達の力を合わせれば不可能じゃない」
その揺るぎない結束と信頼の光景に、チェトレは「ふふっ」と口元を綻ばせた。
「エデンが強かった理由がわかるわ。この絆の強さが、あの最強のエデンを作っていたのね。……もちろん、私も一緒に戦うわ。この世界に生きている人達には悪いけど、ここは私達の世界じゃない。元の世界に戻るために戦いましょう」
チェトレの力強い誓いに、カシューは深く頷いた。
「ありがとう、チェトレ。カーズの不在は、スタンダードな盾持ちの君に任せる。共に戦おう」
「あのレベルを期待されても困るけど、私にできることなら何でもやるわ」
「じゃあ、明後日からの騎士団の訓練にチェトレも参加して欲しい。手合わせもしたいし、各国の軍も一緒に鍛えることになっているから、頼むよ。それに、この今の現実となった世界での戦いに慣れておく方がいい。動いた分だけスタミナも消費する。ゲームの感覚でいたら確実に死ぬからな」
カリナの真剣な忠告に、カシューも念を押すように告げた。
「ああ、死は死だと思う。それは覚悟して欲しい」
「わかったわ。じゃあこれからよろしくね、エデンのみんな」
チェトレが差し出した手に、カシューが、そしてカリナ達が次々と手を重ねていく。ここに、現実世界への帰還を誓う新たなる戦力が加わり、特記戦力達は決戦の地、魔大陸へと向けての決意を新たにするのだった。




