356 過去の傷痕と紡がれる鋼鉄の夢
王城の執務室。
メイド隊が運んで来た豪華なランチを囲みながら、カリナ達特記戦力の面々は、エクリアがカシューにこっそり仕掛けた盗聴器から流れて来る二人の会話に耳を傾けていた。食事中ということで、カリナはサティアの膝から降り、今はカグラとサティアの間のソファーにちょこんと腰掛けている。
「へー、あのレストラン感じ良さそうね。いつか行ってみましょうか」
「ん、カリナ一緒に行こう」
カグラとエヴリーヌの誘いに、カリナは食事の手を止めて頷いた。
「ああ、そうだな。その内行ってみよう」
穏やかなランチタイムの中、エクリアがふと真面目な顔で口を開いた。
「それにしても、100年前の五大国襲撃事件ってのはそんなにヤバかったのか? 俺がインしたときには、エデンはもう復興終わりに差し掛かってたからなあ」
その問いに、サティアは過去の傷を思い出すのを憚るような、痛ましげな表情を浮かべた。
「はい……。あれは私達も、VAOのゲームとしての感覚がまだ抜けていませんでしたから……。実際に戦争が起こるとこういうことになるんだと、思い知らされた出来事です。エデンの民が、命を持ったNPC達が、血を流して死んでいく。悪魔の、魔軍の数が異常に多かったのもありますが、カシューさんが言っていた通り、代行達もまだそこまで育っていない状態でしたからね。ほぼ、カシューさんにカグラさん、エヴリーヌさん、グラザさんと私で戦ったようなものです」
「私は世界樹の森になぜかインしてしまったからね。遭難しかけて死にそうになって、精霊達の助けで何とかエデンに帰還した瞬間だったから、ぶっちゃけ意味不明だったわ」
カグラが当時を思い出し、パタパタと扇子を扇ぐ。それに続くように、グラザも重い口を開いた。
「俺は最前線でカシューと一緒に戦い続けていた。魔物の返り血や悪魔の黒い血が飛び交い、斃しても死体が消えない。何の冗談なのかと思ったもんだ。精神状態が徐々におかしくなっていくのがわかったくらいにな。だから、今ではまあ恥ずかしいもんだが……俺の拳では敵をぶっ壊すことしかできないのだと思い込んで、エデンを離れてしまった」
「ん、エデンを襲った魔軍は片っ端から矢で射殺した。でも、キリがなかった。そして魔軍の中心に、私の全てをぶつける『アルテミス・ジャッジメント』を撃った。でもそのせいで、世界から『弓』として定義されるという、ある意味最悪のバグが起きた。気が付いたら、シュート・ホライズンのあの概念殻に囚われてしまった。精霊王が精霊結界で守護してくれなかったら、私は消えていたかもしれない」
淡々と語るエヴリーヌの言葉に、カリナは静かに息を吐いた。
「みんな、壮絶な戦いを経験したんだな……。その後のエデンを、カシューはよく復興させたな」
「俺もその戦い参加してればなー。被害はもっと少なくできたかもしれねえのにな。何で俺とカリナだけ、ちょっとログアウトしてただけでこうも何十年も時間がズレるんだろうな」
エクリアが悔しそうに髪を掻き毟る。
「ああ、それもそうだが……。シャーロット女王の言葉、元NPC達は私達をあんな風に見てるんだな。100年も姿が変わらなければ、それは不気味に見えて当然か……」
カリナの呟きに、カグラは同意するように頷いた。
「そうね。シャーロット女王がカシューと結ばれても、私達は元の世界に帰るという目標がある。そして結ばれても私達は変化しない。彼女の言う通り、老衰するのは彼女が先になるわね」
「そんなことまでわかっていたんなら、どうしてマギナで焚き付けるようなことしたんですか?」
サティアがジト目で睨むと、カグラは悪びれもせずに笑った。
「それはそれよ。あれ、エクリアも一緒にノリでやったんだから」
「そうそう、ノリだよ、ノリ」
同意するエクリア。
「はあ、まあ恋愛ごとは個人の自由だから何とも言えんが、そこまでわかってて焚き付けるとか、お前ら鬼だな」
グラザが呆れ果てたように息を吐く。
「ん、常識的に考えるとそれはそう。でも、カシューにはこの世界でひゃっほいして欲しい。ずっと私達を探したり、エデンのために頑張ってきたんだし」
「まあ、迷惑を掛けた私達が言う資格はありませんけど、カシューさんはエデンをここまでほぼ一人で発展させたんですからね。この世界を出る前に、少しは甘い思いをしてもいいんじゃないかとは思います」
サティアの言葉に、カグラも深く頷く。
「そうね……。私もエデンが苦しい時に、私怨のためにヴォイド・リチュアル・サンクトゥムを追って勝手に行動してたんだし。カシューの苦労は大変だったでしょうね」
「まあ確かにそうだろうけど、これから元の世界に戻るのに、残されるシャーロット女王はたまったもんじゃないだろ。もうあそこまで焚き付けてしまった以上は、戻りようがなさそうだけどな」
カリナが現実的な懸念を口にするが、エクリアはにししと笑い飛ばした。
「まあ細かいことは気にすんな。俺達が抜け出た後にこの世界がどうなるのかなんて、はっきりわかったわけじゃないだろ。今をエンジョイするのも大事だぜ」
「お前はそういうところの線引きがあっさりし過ぎてるなあ」
グラザの呆れ声に、すかさずエヴリーヌの毒が飛ぶ。
「ん、それはそう。100年もうじうじ仙人してた脳筋とは違う」
「なんで俺がそこで落とされないといけないんだよ!」
純情な格闘術士の抗議をスルーし、カリナは自身の小さな両手を見つめてぽつりとこぼした。
「でも、この世界に100年か……。私の今のアバターでは無理だな。そんな時間もいたら、精神の侵食が完全に進んでしまう。残された時間もあとどれくらいあるのかわからない。それまでに必ず悪魔との勝負をつけて、女神アリアにこの虚構の世界を創り出した存在を何とかしてもらうしかないな」
「はい、私達がカリナさんのことは支えます。ですがシャーロット女王は中々に鋭いですね。悪魔を斃すその先に何かがあるかのように思える、そしてカシューさんが、いえ私達もそうですが、それを使命かのようにしていると……。女神アリアとの約束があるから、カシューさんは上手く誤魔化してましたけど」
「ああ、NPCに伝えることはできない。何とか誤魔化したが、彼女は不思議に思ってはいるだろうな」
カリナが神妙に頷くと、エヴリーヌは感心したように言った。
「ん、さすがはカシューだった。これが脳筋チキンだと、私達まで女神アリアの約束を破ったことにされていた」
「何でいちいち俺をオチに使うんだよ!」
真っ赤になって言うグラザに、エクリアが笑って場を締める。
「さて、次は工業区か。あそこじゃあもう変装する必要もないだろうな。部外者だと入れないし。まあ気を取り直して、あいつらのデートの様子を聞こうぜ」
その言葉に、カリナ達は再びランチを口に運びながら、盗聴器から聞こえる声に耳を澄ませるのだった。
◆◆◆
王城の裏手に位置する『北の工業区』。そこは区画全体が一つの巨大なガレージのような、壮大な光景を見せる場所だった。巨大な鉄骨が空を覆い、蒸気と魔力の光が交錯する。ハンマーが鉄を叩く音や魔導機器の駆動音が、ひとつのシンフォニーのように響き渡っている。
その巨大なガレージの内部へ、カシューと、彼の左腕にしがみついたシャーロットが入っていく。
「まあ……、凄い施設ですわね。ここにエデンの魔法工学の技術が詰まっていますのね」
「はい。最近は来れていなかったので、魔導戦艦の進捗を見るのには調度良かったかもしれませんね」
二人がさらに奥へと入っていくと、作業着に油染みをつけた工場長の男性が慌てて駆け寄って来た。
「困りますよ、ここはデート会場ではないんですから! 我々はカシュー陛下からの指令で、エデンが誇る魔法工学の研究をしているのですから!」
見知らぬカップル(と思われている)に厳しい態度を取る工場長に、カシューは苦笑した。
「まあ、ここまで来ればもう変装は必要ないか」
そう言ってカシューが伊達眼鏡を外し、素顔を見せる。それを見た工場長は目を丸くし、直立不動になった。
「こ、これは陛下ではありませんか! 失礼致しました! 本日は視察の予定は入っていなかったはずですが……」
「こちらのマギナのシャーロット女王がエデンの魔法工学に興味を示されてな。先程まで城下にいたのでな、騒ぎになっては困る。だから変装していたというわけだ」
カシューの紹介を受け、シャーロットは優雅にカーテシーをして微笑んだ。
「マギナ女王シャーロットですわ。本日はカシュー様とデートなのです」
「はっ、そういうことでしたか。これは失礼致しました。どうぞごゆっくり見学なさって下さい!」
工場長がビシッ! と敬礼する横で、あくまで『デート』を強調するシャーロットの台詞に、カシューは密かに頭を抱えた。
「まあいい。魔導戦艦の研究の進捗はどうなっている? 幸いなことに、マギナの南の港を借りることができた。魔大陸のあの島への大橋が無事な可能性は低いからな」
「ではこちらへどうぞ。現在戦艦のパーツを造船中です」
工場長に案内された先には、魔法工学の粋を集めた、現実世界の戦艦を思わせる巨大なパーツ群が建造中だった。装甲には、エデンで精製された最高硬度の白銀鉱が惜しげもなく使用されている。
カシューはアイテムボックスから、カリナ達が上位悪魔の討伐で手に入れた『闇の魔力結晶』を、今ある分全て取り出して工場長へと手渡した。
「ありがとうございます。これで更に研究が進みます」
深く頭を下げる工場長に、カシューは真剣な面持ちで尋ねる。
「動力は十分に足りているか?」
「そうですね……、計算的には今回の魔力結晶を合わせてもギリギリと言った感じです。もう一つ同じ結晶があれば、かなり余裕を持ってエンジンの動力になるでしょうが……」
「なるほど……。残りの災禍六公は一柱。そいつを討てば、動力の問題はクリアーだな」
「はい、今後その上位悪魔と相対する可能性があるということですね」
「ああ、残りの災禍六公は全て片付けた。このまま逃げるなんてことは悪魔共の性質からしてもないだろう。何か良からぬことを企んでいなければいいのだがな」
カシューは不穏な予感を振り払うように首を振り、力強く告げた。
「まあいい、それはこちらで何とかしよう。お前達はこのまま各パーツの製作を続けてくれ。マギナですぐに組み立てが可能な状態にし、魔導列車で運べるようにしておけ」
「はっ、畏まりました!」
工場長は敬礼すると、周囲で働く職人達に向かって振り返り、腹の底から声を張り上げた。
「お前達! 我等の魔導戦艦の完成は近い! 各自気合を入れろ! 陛下の期待を裏切るなよ!」
「「「おおー!!!」」」
職人達から地鳴りのような咆哮が返ってくる。その熱気に満ちた空間で、カシューは穏やかに言った。
「では私はシャーロット殿を色々と案内する。お前達は各自の持ち場で作業に集中しろ」
「はっ!」
職人達は一斉に敬礼し、凄まじい熱量で各自の仕事へと戻っていった。シャーロットは、火花を散らしながら組み上げられていく魔導戦艦のパーツ群を眺め、感嘆の声を漏らした。
「凄いですわね……。このような金属が海を駆けるなんて、まるで夢物語ですわ。そしてそれがマギナの港から魔大陸へと出港するなんて、想像するだけでもわくわくしますわね」
「はい、その夢物語を現実にするのが、私達の魔法工学の技術です。魔導列車も最初は夢物語から始まったものですが、今では各国を異常なく走行しています。彼らの技術と情熱があれば、夢物語ではなくなります」
誇らしげに語るカシューの横顔を見つめ、シャーロットは艶やかに微笑んだ。
「ふふ、夢を語るときの男性は魅力的ですわね」
「はは……、それはありがたいお言葉です」
直球の賛辞に困惑した表情を浮かべるカシューは、話を逸らすように先を促した。
「では、その他のセクターも見てみましょうか」
「はい、是非」
二人は並んで、日々の魔法工学の発明研究や製品の作成過程などを見て回る。その距離感と親しげな様子は、どう見ても仲睦まじいカップルそのものだった。作業の手を休めた職人達が、遠巻きにヒソヒソと噂話を始める。
「おい、カシュー陛下もいよいよご結婚なさるのか?」「いや、視察だと仰られていたぞ」「だが、マギナの女王陛下と腕を組んでおられるのだぞ。国王同士の距離感ではないだろう」
そんな賑やかな活気と噂話に包まれた工業区を隅々まで見学し終え、二人は工場長や職人達に「お気をつけて」と見送られながら、王城の北門側へと歩き始めた。
「工業区の様子はいかがでしたか?」
「はい、皆生き生きとしていましたわね。これもカシュー様が国王だからなのでしょう。彼らはあなたの期待に応えようと必死でしたわ。マギナでこのようにわたくしに期待してくれている国民が一体どれだけいるのでしょうかしらね……」
自嘲気味に呟くシャーロットに、カシューは優しく声をかけた。
「シャーロット殿のような、若く未来のある方が女王なのです。マギナの民はきっと幸せですよ」
「ふふ、そうでしたら良いのですけどね。……カシュー様、お耳を貸して下さい」
「何でしょうか?」
カシューが疑いもなく膝を屈め、顔を近づけたその瞬間。シャーロットは背伸びをし、カシューの頬にチュッと柔らかな口づけを落とした。
「これでマギナの港を貸す条件は済みましたわ。では王城に帰りましょう!」
驚きで固まるカシューをよそに、シャーロットは悪戯が成功した子供のように微笑み、再びカシューの左腕にしっかりとしゃがみつく。
「はは……」
カシューは最早完全にノックアウトされたように苦笑いを浮かべるしかなかった。笑顔のシャーロットに腕をホールドされたまま、彼らは北門から王城へと帰還するのだった。
――もちろん、執務室でその一部始終を聞いていたエクリアやカグラ、エヴリーヌが、悲鳴にも似た大騒ぎをしていたのは言うまでもない。
その後、執務室に戻ったカシューにエクリアの仕掛けた盗聴器があっさりとバレて、エクリアはこってりと小言を言われることになるのだが、当のエクリアにとっては全く効果などなかったのである。




