355 特記戦力の絆と交差する想い
執務室。
エクリアが事前にカシューへとこっそり仕掛けておいた小型の機械――盗聴器を通じて、カリナ達特記戦力の面々は、カシュー達が『モード・ド・エデン・セレスト』での買い物を終え、次にグラン・リュミエールへとランチに向かうということを知った。丁度その時、カリナの小さなお腹が「ぐー」と可愛らしく鳴った。
「ふふ、私達もお腹がそろそろ空きましたね」
「にしし、そうだな。じゃあここの通信機でメイド隊の勤務室に連絡して、俺がランチを注文してやるよ」
サティアが上品に微笑むと、エクリアもにししと笑って立ち上がった。エクリアは執務デスクに置かれた電話型通信機の受話器を取り、メイド隊執務室へと繋がるボタンを押した。しばらくのコールの後、受話器の向こうから応答がある。
『はい、こちらメイド隊執務室隊長のリアです』
「もしもし、私はエクリアですわ。今陛下の執務室に特記戦力全員が集まって色々と今後の話し合いをしているところですの。陛下はシャーロット女王とお出かけになっておりますが、私達はここで一緒にランチを取りたいと思いまして。陛下は外でお食べになるでしょうから、代わりに特記戦力の人数分のランチを運んで下さいますか?」
瞬時に完璧な淑女の演技へと切り替わったエクリアの声色に、背後の面々は顔を見合わせる。
『畏まりました。ではすぐにお運び致します』
「ええ、ありがとう。お待ちしていますわ」
エクリアは甘い声でそう言って通信を切ると、ソファーに戻りながら「運んでくれるってよ」と、あっさり素の口調に戻って話し始めた。
「いつもながら凄い切り替えだな。私は一人称を切り替えるのでやっとなのに」
カリナが苦笑交じりに感心すると、エクリアは悪びれもせずに笑った。
「にしし、まあ30年もやってればな」
「まあ凄いのはわかるんだが、その演技で男連中を手玉に取って遊ぶのは面白いのか?」
グラザが純粋な疑問を口にすると、エクリアはニヤリと口角を上げる。
「にしし、おもしれーからやってんじゃん。あのこっちにデレデレになるのが見てて楽しいんだよなー」
「ん、さすがナルシストネカマ。その胡散臭い演技に騙される男共もある意味残念」
エヴリーヌが一切の容赦なく毒を吐き捨てる。
「まあねー。あんなに媚びた感じで演技して楽しいのかはほんと謎よね」
カグラもパタパタと扇子で扇ぎながら呆れたように言った。
「まあ中身がどうかなんて相手にはわからないから何とも言えないが、私も似たようなものだからなあ……」
カリナはそう呟き、自分の小さな両手を見つめた。徐々に精神の侵食が進み、女性らしく振舞う自分がいる。まだこうして客観視できるだけマシなのかもしれないが、それがすでにできなくなっている部分もあることに、カリナ自身は気付いていない。そんなカリナの微かな翳りを察し、サティアがぎゅっと抱き締め、その華奢な背中に顔を摺り寄せた。
「大丈夫ですよ。カリナさんの精神侵食は、必ず私達が何とかしますから」
「そうよ、カリナちゃんが悪いなんて思うことはないんだからね」
右側からはカグラも加わり、カリナをさらに強く抱き締めた。
「ああ、ありがとう。しかしグラン・リュミエールか。聞こえて来た声からは高級なレストランぽいけど、誰か行ったことあるのか?」
カリナが気を取り直すように尋ねると、カグラは首を傾げた。
「うーん、そこは知らなかったわね。まだまだエデンには名店が存在するのねー」
「ん、カシュー達の様子を聞いて美味しいのなら、今度カリナを連れて行く」
「いいわね、じゃあ私も行くわ」
「も、もちろん私も行きます!」
エヴリーヌの提案にすぐさまカグラとサティアが食いつく。
「ん、肉コンビが便乗して来た。更に肉をつける気でいる」
「はは、相変わらずカリナは人気だな」
グラザが豪快に笑うと、カリナは不思議そうに小首を傾げた。
「そうかな? いつも通りだろ」
「にしし、天然たらしは気付いてないからな」
「ん、カリナは可愛い。要するに女神」
「カリナにはまあ確かに、さすが元日本代表候補だったんだなと思わされるようなカリスマ性は感じるな。少女の姿でも言葉に重みがある」
グラザが深く頷くと、エヴリーヌは満足気に微笑んだ。
「ん、それはそう。どこかの残念なコメントしかできない脳筋チキンとは違う」
「俺を引き合いに出すなよな」
「にしし、まあカリナがいなかったら俺達特記戦力が揃うこともなかったんだ。素直に存在をありがたがっとこうぜ」
エクリアの言葉に、執務室の空気がふわりと温かくなる。
「そうですね。私を見つけて背中を押してくれたのもカリナさんです」
「そうね。カリナちゃんじゃなかったら、ワダツミにいた私を見つけるのは難しかっただろうし、ヴォイド・リチュアル・サンクトゥムとの戦いももっと被害が出てたわ」
「俺もカリナのあの拳が効いたからな」
「ん、私をシュート・ホライズンから救い出してくれたのはみんながいたから。でも、カリナが黄金のサジタリアスの聖衣で私の淀みを浄化してくれたから。だからカリナじゃないときっと無理だった」
次々と紡がれる感謝の言葉に、カリナは照れ隠しのように鼻の頭を掻いた。
「別に私だけの力じゃない。精霊王の加護があるから被害が少なくできるのもある。まあでも、とりあえずみんなが揃って良かったよ」
そのカリナの照れたような笑顔に、一同は温かな笑い声を響かせ合うのだった。
◆◆◆
その頃、カシューとシャーロットは、紹介されたグラン・リュミエールへと到着していた。その外観は、重厚な黒漆喰の壁面と、西洋の緻密なステンドグラスが見事に融合した、高級感溢れる和洋折衷の佇まいを見せている。
「ここですね。じゃあ入りましょう、シャル」
「はい、楽しみですわね、カイト様」
二人が扉を開けて中に入ると、落ち着いた照明の店内で、お洒落なメイド服に身を包んだ給仕の女性がすぐさま出迎えた。
「いらっしゃいませ! お二人様ですか?」
「ええ」
「ああ、二人だ。いい席が空いていたらお願いしたい」
「はい、今ならまだ空いていますから、景色の良い窓際の席へご案内します」
案内されたのは二階の奥、大きく取られた窓際の特等席だった。窓の向こうには、エデンの綺麗な街並みが広がっている。すぐに女性が上質なメニューを渡してくれた。
「ご注文はどうされますか?」
「ここは初めて来ますの。お勧めして頂いたので」
シャーロットが微笑むと、カシューは給仕の女性へと告げた。
「シャル、ウチの仲間は普段旅先では常に初めての店に入ることになるから、こういう時はその店のお勧めを頼むのが一番だと言っていました。なので、ドリンクとランチはお勧めを頼むよ」
「はい、最初は迷いますもんね。間違っていないと思いますよ。ではウチのお勧めのドリンクとお食事をお持ち致しますね」
給仕の女性は恭しく一礼し、去って行く。彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、カシューは向かいに座るシャーロットへと微笑みかけた。
「カリナやカグラ、エクリアがいつも言っていたんですよ。旅先ではお勧めを頼むのが一番だと」
「なるほどですわね。それは普段旅をしている者達にとっては一番効率的ですものね」
ここでカシューが給仕の前でカリナ達の名前を出さなかったのは、彼女達がこの国の特記戦力としてエデンの誰もが知る存在だからである。カシューは関係者と思われて、無用な騒ぎを起こさないように配慮したのだ。その細やかな気遣いに気づいたシャーロットは、「ふふっ」と楽しげに笑った。
「さすが騎士王様、周囲への配慮も完璧ですわね。素晴らしいですわ」
頬を微かに染めて見つめてくる彼女に、カシューは落ち着いた笑みを返した。
やがて、美しいグラスに注がれたドリンクが運ばれて来た。エデン特産の果実を絞った、透き通るような微炭酸のノンアルコールカクテルだ。二人はグラスを傾け、喉の渇きを上品に癒す。
「カイト様は、あの100年前の五大国襲撃事件を経験していらっしゃいますの? わたくしはまだ産まれる前でしたから噂でしか聞いていませんが、想像を絶する戦いだったみたいですわね」
シャーロットの問いかけに、カシューは当時を懐かしむように静かに語り始めた。
「そうですね。五大国を悪魔の大軍が襲った。それは周りの小国にも飛び火した。アレキサンドの近くのエデンも例外ではありませんでした。当時エデンにいたのはサティア、グラザ、カグラ、エヴリーヌのみ。私も前線で戦いました。代行達もまだ未熟だったため、ほぼこの五人で戦ったようなものです。国は半壊、多くの国民を失いました。特記戦力達も心に傷を負ったり、各自の事情でエデンを離れ……30年前にエクリアが戻って来るまで、私は何とかしてエデンを復興させないといけないと必死でした。今では発展した国になりましたが、そこまでに100年……気が付けばそれほどの時間が流れましたが、カリナが戻って来てからは塵尻になってしまった特記戦力もエデンに集結し、代行達も当時よりも成長しました。後は残りの悪魔を討つのみです」
その言葉を聞いたシャーロットは、ふと寂しそうな憂いを帯びた瞳をカシューへ向けた。
「この世界には、カイト様のように見た目が変わらない方々が稀にいます。長命なエルフでも魔人族でもない、人間種の姿なのに、彼らでも老いていくのに姿が変わらない。マギナにもそういう生産職の方や冒険者の方がいますわ。カイト様もきっと同じなのでしょう。きっとわたくしの方が、先に老衰してしまうのでしょうね」
その切実な呟きに、カシューは胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。PCである自分達の存在が、元NPCである彼女のような者達にはそのように見えているのだと、改めて突きつけられた気がした。
「そうかもしれません……。ですが、私もこれからの悪魔との戦いには命懸けになります。寿命関係なく、私達は前線で戦う以上は常に死のリスクを負っていますからね」
「ふふ、そうですわね。でも、悪魔を討伐することが使命のように、カイト様の行動を見ていると思えてしまうのですわ。まるでその先に、何かがあるとわかっているかのような……」
「それは……」
カシューは言葉に詰まった。この世界が虚構であり、自分達は悪魔共を駆逐して元の現実世界に戻る。それはこの世界の住人である彼女には伝えてはいけない、女神アリアとの絶対の約束なのだ。カシューは胸の内の葛藤を隠し、精一杯の笑顔を作った。
「この世界を、悪魔の脅威から完全に守るためですよ」
「ふふ、そうですわね。わたくしは何を気にしていたのでしょう。お恥ずかしいですわ」
シャーロットは誤魔化すように扇で口元を隠してパタパタと扇いだ。その時、絶妙なタイミングでランチのコースが運ばれて来た。
前菜として供されたのは、清流で獲れた新鮮な川魚の刺身をカルパッチョ仕立てにした一皿だった。透き通るような身に、特製の和風オリーブソースが美しく掛けられている。メインディッシュは、分厚く切り分けられた極上の赤身肉のロースト。そこに赤ワインと醤油をベースにした芳醇なソースがかけられ、湯気と共に食欲を唆る香りが立ち上っていた。
「美味しいですね、シャル」
「ええ、本当に。お肉も柔らかくて、ソースの味が絶妙ですわ」
二人は上品にナイフとフォーク、そして箸を使い分けながら料理を口に運ぶ。川魚特有の臭みは一切なく、身の締まった歯ごたえが広がる。メインの肉は噛むほどに旨味が溢れ出し、和洋折衷のソースが素材の味を極限まで引き立てていた。
和やかな空気の中、コースはデザートへと進む。運ばれてきたのは、濃厚な抹茶のティラミスに金箔をあしらった芸術的な一品だった。シャーロットは一口サイズのティラミスを専用の小さなスプーンですくうと、悪戯っぽい笑みを浮かべてカシューの口元へと差し出した。
「はい、カイト様。あーん」
「えっ……あの、シャル、ここは店内で……」
「あーん、ですわ」
引く気配のないシャーロットの甘い笑顔に、カシューは周囲の客の視線を気にしながらも、観念して小さく口を開けた。
「……あーん」
「ふふっ、美味しいですか?」
「……はい、とても」
顔を微かに赤くするカシューの反応に、シャーロットは満足気な笑みを浮かべた。至福の食事を終える頃には、ランチタイムのピークを迎え、店内は多くの客で混み始めていた。
「シャル、そろそろ出ましょうか。混んで来たので顔バレする可能性も高いです」
「そうですわね。美味しかったですわ、エデンは料理も洗練されていますのね」
カシューはレジへと向かい、スマートに支払いを済ませる。
「ありがとうございました」
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「美味でしたわ。またエデンに来たときには来たいくらいです」
店員に丁寧に見送られながら、二人はレストランを後にした。
「さて、どうしましょうか?」
「そうですわね、やはり北区の工業区の中を見てみたいですわ」
シャーロットは外に出るなり、再びカシューの左腕にしっかりとしがみついた。
「では行きましょうか」
カシューは微かに苦笑しつつもその重みを受け入れ、二人は北区へと向けて歩き始めるのだった。特記戦力のメンバーがその会話をこっそりと聞いているとも知らずに。




