354 王と女王の城下街デート
城壁の門を抜け、カシューとシャーロットは城下へと歩き始めた。シャーロットは極自然な動作でカシューの左腕にしがみつき、ふわりと微笑みかける。
「カシュー様、エデンのどこを案内して下さるの?」
腕に押し当てられる柔らかな感触に、カシューは内心で激しく困惑しながらも、王として平静を装って口を開いた。
「そうですね……。エデンは中心に王城があり、東に商業区、西には教育区、南に居住区、北に工業区があります。商業区には店や総合組合、教育区にはエデン王立学園があり、幼年期からの一般教育、少年少女からは未来のエデンの戦力を育てる学園と職人達等を育てる学園があります」
「まあ……!」
「ええ、居住区はまあ、そのまま多くのエデンの民が住んでおり、公園などの施設も多くあります。そして北区の工業区では、この度開通した魔導列車や今後造船予定の魔導戦艦の研究などを行い、エデンの民が日常的に使う魔法工学の製品などを作ってもいますね」
そこで一度言葉を切り、カシューは思案するように視線を巡らせた。
「シャーロット殿が楽しめるとすれば、商業区にある特記戦力のエクリアの行きつけのブティック『モード・ド・エデン・セレスト』や、世界各国の料理が楽しめるレストランなどですかね。民の暮らしぶりを見るのも、王の立場からすれば興味深いかもしれません。教育区の学園の教育の様子や、北区の魔法工学の研究や製品、魔導戦艦の造船の進捗具合を見るのも面白いかもしれません。あとはそうですね……、商業区には最近室内リゾートプールがオープンしたんです。天候に関係なく温水のプール、まあ人工の浅い湖のようなものです。水着を買わなければいけないですけどね」
エデンの多彩な魅力について語るカシューの横顔を見つめ、シャーロットは感心したような、それでいてどこか自国を省みるような小さな溜息を吐いた。
「まあ……。エデンの街並みはあの装甲車というものの中から眺めて、他国とは一線を画すものだと建物ひとつを取ってみても思いましたが、それほど楽しめるような施設が揃っていますのね。素晴らしいですわ。私はマギナの魅力について語れと言われてもそこまで思いつきません。五大国の一国として歴史は長いですが、区画もそこまで厳密に分かれているわけでもないですし、今の説明を聞くと自国が雑多な状態なのだと思いました。ふふ、エデンの街を歩くのが楽しみですわね」
二人は石畳とアスファルトで美しく整備された城下の街並みへと足を踏み入れた。
「では、どちらに行きましょうか?」
「ふふっ、それはカシュー様が決めて下さいませ。殿方にリードされたいですもの」
悪戯っぽく微笑むシャーロットに、カシューは小さく頷いた。
「わかりました。ではまずはエデンの最新のファッションがお気に召すかはわかりませんが、セレストに行ってみましょうか」
「はい、カシュー様!」
シャーロットが弾んだ声を上げた瞬間、周囲を行き交う住民達がピタリと足を止め、ざわざわと騒ぎ始めた。
「カシュー?」「もしかして陛下がいらっしゃるのか?」
その不穏な気配に、カシューは顔を強張らせ、慌ててシャーロットの耳元へと顔を寄せて小声で囁いた。
「シャーロット殿、余り大きな声で『カシュー』と呼ばないでくれますか。お忍びですし、このように敷地的には小さな国なので、国民達は皆私の顔を知っております。私が城下にいることが知られればパニックになりますので」
「なるほど、確かにそうですわね……。あの祝宴での『カシュー陛下万歳』という国民達の声を聞いた身としては、国王陛下の名を国民の前で安易に呼ぶわけにはいきませんわね。ではどのように呼べばよろしいですか?」
「そうですね……では、『カイト』とお呼び下さい。私のこういう場面で使う仮名ですので」
「まあ、わかりましたわカイト様。ではわたくしのことはシャルとお呼び下さいませ。マギナの女王がこうして城下を歩いているのもきっと大騒ぎになりますわ」
くすりと上品に微笑む彼女に、カシューは安堵の息を漏らした。
「わかりました、シャル殿」
「シ・ャ・ル、で! 『殿』はいりませんわ。お堅い呼び方をしていては自然ではありませんし、何よりデートぽくありませんからね」
下からじっと覗き込んでくるその甘い瞳に、カシューは完全に観念して肩を落とした。
「はあ……わかりました、シャル」
「ふふ、それでいいですわ。では行きましょうカイト様」
満足気な笑みを浮かべたシャーロットは、カシューの左腕にさらにぴたりとくっつき、二人は連れ立って商業区へと向かうのだった。
◆◆◆
執務室。
エクリアが事前にカシューへと仕掛けておいた盗聴器を通じて、その会話を聞いていた特記戦力達は、大いに盛り上がっていた。
「にしし! カイトってあいつのリアルの名前じゃねーか。今までそんな仮名設定聞いたことねえぞ」
エクリアが腹を抱えて笑い転げると、カリナも腕を組んで深く頷いた。
「ああ、ネチケット的に私達はリアルでオフ会をする仲だが、その時でも基本は人前以外はキャラネームで呼び合うからな。確かにあいつのリアルの名前は海斗だったな」
「ふふ、それにしてもシャーロット女王、いえ、シャルさんですか。彼女は結構グイグイきますね。カシューさんが押されているのを見る、いえ、聞くのは珍しいですね」
サティアが可笑しそうに微笑むと、グラザが真顔で口を挟んだ。
「うん、まあ、でも頑張ってるんじゃないか?」
相変わらずの中身のないスッカラカンな言葉である。
「ん、さすが残念脳筋チキン。毎回言うことがスッカスカ。でもカシューが若い子にタジタジになっているのを想像できて面白い」
「スッカスカで悪かったな! 全く、エヴリーヌの口はどうにかならないのか」
顔をしかめるグラザをよそに、カグラはどこか懐かしむような声を出した。
「どうにもならないわよ。でも何だか甘酸っぱいわね。この世界で100年も生きている私達からしたら、こう何だか新鮮でむずむずするわ」
「俺はまだ30年だけどな。100年も生きている身からすれば子供の感覚だろうなあ」
エクリアの言葉に、カリナはふと合点がいったように呟いた。
「なるほど……。みんなが私に対して過保護な感じがするのは、それだけの年月をこの世界で積み重ねてきたっていうのがあるからなんだな」
「ふふ、それはあるかもしれませんね。リアルでは私達は同年代ですけど、この世界で過ごした時間の分、カリナさんが可愛らしく見えるのは確かにあります」
サティアが慈愛に満ちた笑みを浮かべ、膝の上に座るカリナをその柔らかな身体でそっと抱き締めた。
「あー、なるほど。確かに庇護欲をそそられるのは、それだけこの世界で私達が長く過ごしたからなのかもね」
便乗したカグラまでもが右側からギュッと抱き着き、カリナは二人の間で身動きが取れなくなってしまった。
「……おのれ肉コンビめ……その堕肉でカリナを誘惑している」
エヴリーヌがジト目で凄むが、純情なグラザは素っ頓狂な声を出した。
「肉って何だ?」
「にしし! エヴリーヌと比べてカグラにサティア、俺も含めてプロポーションがこう胸とか尻がボンキュッボンって感じだろ。それを肉って言ってんだよ。エヴリーヌはスレンダーだからな」
「お、おお、そうか、聞くんじゃなかった」
エクリアが笑いながら解説すると、グラザは気まずそうに目を逸らした。
「相変わらず純情ねー。100年も無駄に座禅なんてしてるから女に免疫がないままなのよ」
「ん、男として情けない」
「今俺の話はどうでもいいだろ! カシューのことが中心じゃないのか?」
顔を真っ赤にして怒鳴るグラザに、カリナは苦笑して場を収めにかかった。
「ああ、そうだな。もうグラザをいじるのはやめてやれ、エヴリーヌ、カグラ」
「あはは、ごめんねー」
「ん、ごめん脳筋チキン」
「相変わらず、全く謝罪になっていませんね」
サティアが呆れたように頭を抱えると、エクリアがまたしても大笑いした。
「にしし、まあエヴリーヌのキャラは立ってるからな。これはこれでおもしれーじゃん」
「ん、さすがナルシストネカマは良いことを言う」
「何で俺にまで飛び火するんだよ」
エクリアの鋭いツッコミが響き、執務室はどっと大きな笑い声に包まれた。
◆◆◆
カシュー達は、エクリアの行きつけである『モード・ド・エデン・セレスト』に到着していた。近代的なビルのウィンドウには色鮮やかでお洒落な衣服を着せられたマネキン達が飾られており、その洗練された光景にシャーロットは目を輝かせた。
「まあ……! ここがエクリアの行きつけのお店、エデンの最新ファッションのお店なのですわね!」
「では入ってみましょうか、シャル」
カシューは腕を組まれたまま、そのガラス張りのドアを開けて中に入った。内部は色とりどりのお洒落な衣服が整然と並べられ、この中世ファンタジーの世界とは別世界のように感じられる煌びやかな空間である。店内には買い物を楽しむ国民達の姿も多く、二人が入るやすぐにお洒落なファッションに身を包んだ店員が歩み寄ってきた。
「いらっしゃいませ!」
カシューは伊達眼鏡の位置を軽く整え、落ち着いた声で告げた。
「ああ、良ければ彼女に似合う服を見せて欲しい」
「はい、エデンの最新ファッションの服を何着か持って帰りたいですわ!」
「畏まりました! では此方にどうぞ!」
店員は二人を奥へと案内すると、試着室の側にあるガラス張りのテーブルに様々な衣装を並べ始めた。ハンガーに掛かった状態の色鮮やかな服を数着見せながら、滑らかな口調で勧めてくる。
「こちらなどは彼女さんのピンクの綺麗な髪にお似合いでしょうね」
「シャル、合わせてもらうといい」
カシューがそっと背中を押すると、シャーロットは弾んだ声で応えた。
「はい、わかりましたわカイト様」
彼女が前に出て数着を身体に合わせてもらっていると、店員がふと口を開いた。
「ひょっとして他国の方ですか? 魔導列車の御陰で他国からもここに来て下さる方が多いんですよ。これも全てカシュー陛下の政策の御陰ですね」
「ごほごほっ!」
カシューは誤魔化すようにわざとらしい咳払いをした。シャーロットは勧められた衣装を身体に合わせながら、面白そうに店員に尋ねた。
「まあ、カシュー陛下はエデンではどう思われているのですか?」
「はい、カシュー陛下はかつてはあの伝説の聖騎士カーズ様、今は行方不明のこの国の騎士団長と共にエデンを建国され、最前線で最強の騎士王として戦ってこられたお方です。このエデンをここまで発展させ、魔法工学の御陰で国民の生活は豊かになり、教育にもお力を入れられておられます。西区の学園ではエデンの将来を担う若者がしっかりとした教育を受け、未来の国軍や私達のような服飾や、技術者など様々な道があります。しかも国民人気も非常に高いんですよ! あの輝くような青髪に碧眼、イケメンですから女性人気はもう凄いですよ!」
うっとりとした顔で熱弁を振るう店員の横で、カシューは顔を引きつらせて再び「ごほごほっ!」と大きな咳払いをした。
「まあ、素晴らしい国王なのですわね、ねえカイト様?」
「あ、ああ、そうだね、シャル」
カシューが引きつった笑いを浮かべたのを見て、店員は不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。
「おやお客様は……その綺麗な青髪がカシュー陛下みたいですね」
無邪気に微笑む店員からそっと視線を逸らし、カシューは「ふぅ……」と、心底疲労したように重い息を吐いた。
その後、シャーロットは気に入った服を数着試着し、カシューはその度に真面目に褒め、シャーロットは「まあ、嬉しいですわ」と頬を染めた。
結局、彼女は気に入った服は全てレジでスマートに会計を済ませた。さすがはマギナの女王だけあってセリンも潤沢に持っている。シャーロットは自分のアイテムボックスに衣装を収納し、満足気な笑みを浮かべた。
「随分買ったね、お気に召して頂けたようで良かったよシャル」
「ふふっ、さすがはあのお洒落で有名なエクリアの行きつけのお店ですわ。エデンの最新ファッション、大変気に入りましたわ。マギナにこの店の二号店でも作って欲しいですわね」
再びカシューの左腕にしがみつく彼女に、カシューは安堵したように息を吐いた。
「満足してくれたようで良かった。では出ましょうか、そろそろランチの時間ですから、どこかで取りましょう」
「そうですわね、もうそんな時間ですか……」
カシューは、見送りのために「お買い上げありがとうございます!」と頭を下げる店員に尋ねた。
「この近くでお勧めのレストランはあるだろうか?」
「そうですね……ここの近くには美味しいお店は多いですが、グラン・リュミエールというお店が少し高級ですが美味しいですよ。お客様方は他国の貴族様のようですし、エデンの内陸の幸に魔導列車がもたらした他国の海の幸まで楽しめますから、きっとご満足頂けると思います」
「ありがとう、じゃあ行ってみることにしよう」
「ふふ、楽しみですわ」
二人は店員に見送られて退店し、グラン・リュミエールへと向けて再び連れ立って歩き出すのだった。エクリアがこっそりと取り付けた盗聴器に気付くことなく、自分達の行動が筒抜けになっていることなど知る由もなかったのだが。




