353 見送りの朝と国王の胃痛デート
五大国連合結成を祝う華やかな祝宴から一夜明けた、翌朝。
エデン・セントラル駅。魔導列車の全ての中継地点となる、その巨大な駅の改札前コンコースには、各国の威信を示すような豪奢な装飾が施された制服に身を包む、大勢の近衛兵達の姿があった。
デートの約束で帰国を一日ずらしたマギナのシャーロット女王以外の国王達は、今日この魔導列車でそれぞれの国へと帰還する。
東のルミナス聖光国のジラルド王。北の陰陽国ヨルシカのソウガ王。西の武大国アーシェラのサキラ女王と、その息子シリュウ。その道中のフィンからは、ドルガン国王とレイラ王妃、娘のレナ。そして、エデンのすぐ北西に位置する騎士国アレキサンドの老王レオン。
見送りに訪れたのは、エデン国王のカシュー。特記戦力のカリナ、カグラ、エクリア、グラザ、サティア、エヴリーヌ達が見送りに、帰国を明日に控えたシャーロットも、彼らを見送るためにその場にいた。
「本当はもう少しゆっくりしていってもらいたいのですが……魔導列車の出発が朝早いもので、申し訳ありません」
カシューが、名残惜しそうに各国の王達へ頭を下げる。
「なに、気にすることではない。前回の三カ国連合のときもそうであったしな」
ジラルドが豪快に笑って応えた。
「そうだな。それに、エデンは居心地が良過ぎる。これ以上長居すると、帰るのが億劫になってしまうからな」
レオンも白髭を撫でながら、温かい笑みを浮かべる。
「うむ。遅くなれば、その分公務も溜まってしまうからな」
ソウガが真面目な顔で頷く。昨夜の完全な敗北のショックからは、どうやら立ち直ったようだ。
「それに、魔導列車を使えば半日で来れるのじゃ。来ようと思えばすぐに来れる。我が国の軍を、エデンで徹底的に鍛えてやってくれ」
サキラが頼もしげにカリナの肩を叩く。
「わたくしは明日帰りますので、皆様とはここでお別れですわね。次は、魔大陸侵攻の際に、我がマギナでお待ちしておりますわ」
シャーロットは優雅に扇を広げて微笑んだ。
「はい、その通りです。五大国の国軍は、ここエデンで徹底的に鍛え抜いておきます。……では次は」
カシューが右手を差し出すと、五人の国王達も力強く手を重ねた。
「「「「「魔大陸侵攻の際に」」」」」
国王達は声を揃え、固く、未来を誓い合うような握手を交わし合った。
「ではな、カシュー殿。此度の酒も格別だった。また会おう。……シャーロット殿、エデンでのカシュー殿とのデートを存分に楽しむがいい」
ジラルドがニヤリと笑い、近衛兵達を連れてVIP専用の改札に向かおうと背を向ける。そして、カリナの方を振り返った。
「カリナよ、息災でな」
「はい、またお会いしましょう。セラフィナ様にもお礼を伝えておいて下さい。祝宴で、素晴らしいドレスを着させてもらいましたと」
カリナが笑顔で答える。
「うむ、ではな」
ジラルドは改札を抜け、東のルミナスへと繋ぐ『ルミナス号』へと乗り込んでいった。
「私はすぐ近くだからいつでも来れるが、エデンは確かに心地良い。だが、国王として緊張感は大事だな。我が国の騎士団を徹底的に鍛えてやってくれ」
レオンがカシューに向き直る。
「はい、もちろんです」
「カリナも、身体には気を付けるのだぞ」
「はい、ありがとうございます」
「うむ、ではな」
レオンは近衛兵達と共に、北西へ向かう『アレキサンド号』へと歩み去る。
「では、私も行こう。カシュー殿、世話になった。……シャーロット殿、カシュー殿にたくさん甘えるといい」
ソウガが真顔でエールを送る。
「はは……」
カシューが引き攣った苦笑いを浮かべ、シャーロットは「はい、もちろんですわ」とカシューの左腕に嬉しそうにしがみついた。
ソウガはカリナの前に進み出ると、決意に満ちた目で告げた。
「カリナ殿。私は……諦めないぞ」
「はい、私も、世界平和を諦めません」
カリナが力強く、そして完全にピントのズレた返答を返す。
「……、ふっ、まあよい。悪魔を完全に駆逐してしまえば、いくらでも時間はあるからな」
ソウガが自嘲気味に笑う。
「あははははっ!」
カグラが後ろで堪え切れずに吹き出した。
「カグラ姉上も、世話になった。我が国軍もしっかり鍛えてくれ」
「ええ、ソウガ君も元気でね」
ソウガも護衛の術士達を連れて、北へ向かう『ヨルシカ号』のホームへと向かって行った。
「さて、そろそろ妾達も行こう。良いか、シリュウよ」
サキラが息子のシリュウに声を掛けると、シリュウはトテトテと歩み寄り、カリナの右脚にギュッとしがみついた。それを見た同じ方向へ向かうフィンのレナも、負けじとカリナの左脚にしがみつく。
「ほらほら、魔導列車があるからいつでもすぐ来れるし、すぐに会える。……元気でいるんだぞ」
カリナは泣きそうな顔をする二人を、両腕でひょいっと軽々と抱き上げた。
「うん……っ」
「じゃあね、カリナお姉ちゃん。ばいばい……」
二人が寂しそうに、しかしそれでも元気に手を振る。カリナは二人を優しく撫でてから、それぞれサキラとレイラの腕に返した。
「カリナよ、世話をかけたな」
「いえ、光栄なことですよ」
「そなたのその真っ直ぐな心と瞳が、この世界を救うのじゃろうな」
サキラがカリナを優しく見つめる。そして、シャーロットの方を向いてウインクした。
「うまくやるんじゃぞ」
「はい、サキラ殿もお気をつけて」
サキラはシリュウの手を引き、近衛兵達と共に西の『アーシェラ号』へと向かった。
「じゃあ、俺達も行くよ。カシュー、お前は本当に凄いやつだ。また会おう」
ドルガンがカシューに右手を差し出す。
「ああ、もちろんだよ。フィンは近いんだ、いつでも遊びに来てくれ」
カシューも力強く握手を交わした。
「カシューさん、それにカリナさんに皆様も、大変お世話になりました」
レイラが深々と頭を下げ、レナを抱いて同じくアーシェラ号へと向かって行く。
やがて、汽笛の音がコンコースに響き渡り、各国の魔導列車が次々と発進していく。各国の威信を乗せた鋼鉄の巨体が、朝の陽光を反射しながら、それぞれの帰路へと就いていった。
「さて……、帰ろうか、エデンの王城へ」
カシューが一行を見渡して言った。駅のロータリーで待機していたガレオス率いる戦車隊の装甲車二台に分乗し、先頭車両にはカシューとシャーロットが、後方車両にはカリナ達特記戦力が乗り込み、一行はエデン王城へと帰還した。
◆◆◆
カシューの執務室。
カシューはソファーのいつもの場所に腰掛け、真ん中にエクリア、隣にグラザが座っている。向かいのソファーには、右からカリナを膝に乗せて背後から抱き締める形でほくほく顔のサティア。その隣にカグラとエヴリーヌが腰掛けていた。
テーブルの上には淹れたての紅茶と、スリーティアーズに乗せられた色とりどりの美しいお菓子が並べられている。
「ふぅ……、とりあえずひと段落だね」
カシューが紅茶を一口飲み、安堵の息を吐く。
「ああ、お疲れ様。これで、五大国連合の結束は揺るぎないな。……後は、マギナの港で魔導戦艦の造船か?」
カリナが尋ねる。
「そうだね。魔大陸への大橋が落ちていたら、の話だけどね。造船に取り掛かる前に、一度偵察に行く必要があるね」
「そうだな、じゃあ私が行くよ。召喚体に乗って空から行けば、往復で数日だしな」
「ん、カリナが行くなら、私も当然行く」
エヴリーヌが即座に手を挙げる。
「それなら私も行くわ。カリナちゃんの精神安定系の術が必須だしね」
カグラも続く。
「それなら私も同じです。アバターの侵食が深層心理の奥深くで、カリナさんの自我と激しくせめぎ合っているということがわかりましたから。毎日の術の行使は絶対に必要です」
サティアもカリナを抱き締める腕の力を強めながら、真剣な表情で立候補した。
「うーん……。残りの恐らくリーダーであろう災禍六公の存在が現れていないこの状態で、エデンから四人も特記戦力を出すのはリスクが高いね。偵察は、ガレオス達戦車隊に行かせようかと思ってるよ」
カシューが冷静に判断を下す。
「そうなのか? 俺も召喚体に乗ってみたかったな」
グラザが少し残念そうに呟く。
「にしし。カリナが行くところには、みんなぞろぞろとついて行きたがるなー」
エクリアが悪戯っぽく笑いながら、クッキーを齧った。
「まあ、祝宴をあれだけ派手にやり過ぎたからね。三日は完全な休日を取ってから、本格的な鍛錬に入る予定だし、君達もしばらくはゆっくりしたらいいよ。僕は……」
カシューが深い溜め息を吐く。
「今から、シャーロット女王とエデンの城下街を視察だ」
「ん、視察ではない。デート。さっき他の国王達が言ってた」
エヴリーヌが容赦なく訂正する。
「まあ……。祝宴でうっかり口を滑らせたのは僕だけど、そもそもこの状況の切っ掛けを作ったのは君達だからね、カグラ、エクリア」
カシューがジト目で二人を睨む。
「にしし! まあ、現実世界に戻る前の、良い想い出作りの一つだろ」
「そうよ! 私達がこの世界を出る時は、このVAOの世界がどうなるかなんてわからないんだから。今のうちに、王様としての役得を楽しんどきなさいよ」
エクリアとカグラが、全く悪びれる様子もなく笑い飛ばす。
「ひゃっほいひゃっほーい」「ひゃっほい♪」
エヴリーヌとカグラが、肩を組んで上半身だけで謎のステップを踏んで囃し立てた。
「カシュー、大丈夫か……?」
カリナが本気で心配そうに尋ねる。
「はい、若くとも彼女は五大国の女王ですからね。デートと言えども、言葉一つで外交問題になりかねませんし、気が抜けませんね」
サティアもカシューの気苦労を察してフォローする。
「はは……。全くだよ、どうしてこうなったかなあ……」
カシューが乾いた笑いを零す。
「まあ、なんだ、あれだ、……頑張れよ」
女性関係の免疫が全くないグラザが、精一杯の励ましのつもりですっからかんな台詞を吐いた。
「ん、残念脳筋チキンは言うことが毎回すっからかん」
エヴリーヌが即座に鼻で笑う。
「悪かったな、残念で!」
グラザがムキになって言い返す。
「にしし。まあ、気楽に楽しんでこいよ」
エクリアが笑って、カシューの背をバンバンと叩いた。
「はあ……。これから城門前のホールで待ち合わせだし、着替えて来るよ」
カシューは重い足取りで隣の自室に戻り、数分後、私服に着替えて出て来た。
その出で立ちは、エデンの魔法工学と現代的なセンスが融合した、非常に洗練された『綺麗目なファッションスタイル』だった。仕立ての良いダークグレーのチェスターコートの下には、落ち着いたブラウンのニットソーと、襟元の白いインナーが覗く。黒の細身のパンツが長身のシルエットを引き立て、足元はキャメル色の紐がアクセントになったスウェード調の黒いシューズでまとめられている。
目元には知的な印象を与える黒縁の伊達眼鏡。そして、万が一の事態に備え、右腰には聖剣エクスカリバーが入った鞘を、レザーベルトでしっかりと吊るして佩いていた。
「おおー」
一同から、感嘆の声が上がる。
「そんな服持ってたのね。凄く似合ってるじゃない」
カグラが目を丸くする。
「まあね。視察に行くときに、国王のいつもの真っ赤な衣装じゃ目立ち過ぎるからね。メイド隊に作ってもらってたんだよ」
カシューが少し照れくさそうに眼鏡の位置を直す。
「ん、カシューはイケメン。残念脳筋とは大違い」
エヴリーヌが容赦なくグラザに被弾させる。
「綺麗目で、とても素敵ですよ」
サティアが微笑む。
「ああ、スラッとしてるから、コートがよく似合うな」
カリナも素直に感心して褒めた。
「さあ、行ってきな」
エクリアがスッと立ち上がり、カシューのコートの背中のしわを整えながら、力強く背中を押した。
「うん、じゃあ行ってくるよ。夕方には帰るから、もし何かあれば、カリナ、みんな、通信機で連絡してくれ」
カシューは少し気が重そうに手を振り、執務室を出ていった。
◆◆◆
城門前の巨大なホール。そこでは、完璧なおめかしをしたマギナの若き女王シャーロットが待っていた。
彼女の衣装は、一目で極上品とわかる、漆黒の生地に細やかなフリルとレースが幾重にもあしらわれた、美しいゴシック調のドレスであった。
ふんわりと広がったスカートの裾からは、黒のシースルータイツに包まれた艶やかな脚が覗き、足元はストラップの付いた上品なアイボリーのパンプスで整えられている。特徴的なピンク色のロングヘアは美しく編み込まれ、黒のヘッドドレスで飾られていた。まさに、おとぎ話から抜け出してきたような絶世の美女の姿である。
「まあ……! 素敵な衣装ですわ! これがエデンの最新ファッションですわね、とてもお似合いですわ!」
シャーロットはカシューを見るなり目を輝かせ、ごく自然にカシューの左腕にしがみついた。
「いえいえ、さすがはマギナの女王だけあって、とてもお洒落な衣装……いや、ドレスですね。とてもお綺麗ですよ」
カシューも気苦労を隠し、さらりとスマートに彼女を褒め返した。
「まあ……、今日のために特別に持って来た甲斐がありましたわ。……では、エデンの城下街を楽しみましょう!」
シャーロットが蕩けるような笑みを浮かべる。
「陛下、お気をつけて! いってらっしゃいませ!」「シャーロット女王陛下も、エデンを存分にお楽しみ下さい!」
二人は門番に重厚な城門を開けてもらい、恭しく見送られながら、活気溢れる城下街へと歩き出した。
◆◆◆
『では、エデンの城下街を楽しみましょう!』
『陛下、お気をつけて! いってらっしゃいませ!』『シャーロット女王陛下も、エデンを存分にお楽しみ下さい!』
執務室。
エクリアがテーブルの上に置いた、小さなレーダーのような魔導機械の発信器から、二人のやり取りと門番の声が、ノイズ一つなくクリアに聞こえてきた。
「にしし、感度良好」
エクリアが悪戯っ子のように笑う。
「おい、これって……盗聴器か? いつの間に……って、さっきコートを整えたときか!?」
カリナが呆れ果ててエクリアを見て言う。
「ご名答ー」
「ん、これはいい仕事。これであの二人が、どんな『らんでぶー』をしているか筒抜け」
エヴリーヌが目を輝かせて発信器を覗き込む。
「アンタ、よくこんなえげつないもの持ってたわね」
カグラが感心したように尋ねる。
「カリナが、ロスが出ないように小さい魔法石の欠片をくっつけて大きくしてから、俺も工業区によく呼ばれるようになっただろ? だから、職人に頼んで試しに作ってもらったんだよ。まあ、これ一個しかないけどな」
「まあ、今回はカシューさんの動向が外交的に気になりますからいいとは思いますけど……。私達に、特にカリナさんに絶対に着けないで下さいよ?」
サティアがジト目でエクリアを睨む。
「まあ今回は確かに気になるが……。お前は、マジで恐ろしいことをするな……」
グラザが少し引いた目でエクリアを見た。
「まあ、今回だけのお試しだ。本来は、悪魔が来たときに拠点に逃げ帰る前に取り付けようと思って考えたもんだけどな。あいつらって神出鬼没だし、どこをどう移動してるのかわからねえからな。亜空間でも移動してるんだろうなと思ってな」
エクリアが真面目な顔で本来の開発用途を語る。
「ん、それについては発想も神ってる。……でも、もしカリナや私達に着けたら、その時は……」
エヴリーヌがスッとアイテムボックスから愛弓アルテミスを取り出そうとする。
「ちょっと! アンタはすぐに暗殺しようとするんじゃないの! さすがのエクリアでも、味方にそんな真似はしないわよ」
カグラが慌ててエヴリーヌの手を押さえた。
「にしし! そうだぜー。今回はたまたまだ。いくら俺でも仲間同士でそんなことはしねえから安心しろって」
「まあ、確かに敵の拠点を探る意味ではナイスな発明だとは思うが……。自分がやられると想像すると嫌だな。お前、これは今回限りにしとけよ?」
カリナが念を押すように言う。
「わかってるって。……じゃあ、カシューのデートの行方を、会話から追っていこうぜ」
エクリアが楽しそうに笑い、発信器のボリュームを少し上げた。
こうして、カリナ達は執務室でお茶とお菓子を楽しみながら、発信器から聞こえてくる『カシューとシャーロットのお忍びデート』の行方を、完全な安全圏から見守ることとなったのだった。




