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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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327  完全武装と王の出陣

 エデンの王城、カシューの執務室。


 普段は書類の山と格闘するための静かなその部屋は、今やエデンが誇る最強の戦力達が集う、華やかでありながらもどこか張り詰めた空気が漂う空間となっていた。


 部屋の中央に置かれた重厚な執務デスクの側には、ゆったりとした革張りの大きなソファーが向かい合うように配置されている。そのソファーの一角には、国王カシューが優雅に腰を下ろしていた。彼の左腰には、王の象徴にして最強の武具である『聖剣エクスカリバー』と『炎の魔剣レーヴァテイン』がしっかりと佩かれている。いつでも抜刀し、最前線に立つことができる戦闘態勢であった。


 カシューの隣、ソファーの真ん中には、災害級魔法使いの異名を持つエクリアが足を組んで座っている。彼女の衣装は、相変わらず露出の多いドレスのような漆黒の魔導ローブだ。豊かな胸元や滑らかな白い肌を大胆に覗かせながらも、黒と真紅の布地が幾重にも重なるそのデザインは、彼女の底知れぬ魔力と圧倒的なカリスマ性を際立たせている。左手の中指には、膨大な魔力を増幅させる『マギナリング』が光を放っていた。


 エクリアの右隣には、拳王グラザが静かに腕を組んで目を閉じている。彼はいつものように、極限まで無駄を削ぎ落とした漆黒の武闘着に身を包んでいた。鍛え上げられた鋼のような肉体から放たれる闘気は静かに凪いでいる。


 テーブルを挟んで向かいのソファーには、四人の女性陣が陣取っていた。


 右端に座るのは、聖女サティア。彼女は今日、城のメイド隊が総力を挙げて作り上げたという、魔法工学の粋を集めた特別な法衣を身に纏っていた。鮮やかなブルーのケープの下には、豊かな胸元を強調する白と黒のコルセット風の意匠が施され、スリットの入った真紅のスカートが彼女の白く美しい脚を覗かせている。清らかさの中にも戦場での動きやすさと少しばかりの妖艶さを兼ね備えたその姿は、見る者の目を釘付けにする。彼女の腰紐には、いつでも奇跡の治癒と浄化の力を振るえるよう、ターコイズブルーに輝く『メイデンロッド』が差されていた。


 ソファーの真ん中には、召喚魔法剣士カリナが座っている。彼女の衣装は、以前アレキサンドの剣術大会で準優勝を飾った際に着用していた、紫のコートとカーキの冒険者ドレスだった。フリルがあしらわれた白いブラウスに、動きやすいショート丈のプリーツスカート。そして、紫色のテールコート風のジャケットが彼女の燃えるような赤い髪と見事に調和している。絶対の自信と強者の余裕を感じさせる出で立ちだ。


 そのカリナのソファーの背後からは、弓術士のエヴリーヌがホクホクとした満面の笑みを浮かべ、背もたれ越しにカリナをギュッと抱き締めていた。エヴリーヌは、いつもの弓術士の衣装の色違いである、桜色を基調としたへそ出しの戦闘着を身に着けている。肩と胸元を守る黄金の装甲と、エメラルドグリーンの髪のコントラストが美しい。大好きなカリナに密着できている喜びに浸っており、彼女の愛弓は今はアイテムボックス内にある。


 そして左端には、相克と陰陽を操るカグラが静かに微笑みを浮かべて座っていた。普段はゆったりとした伝統的な狩衣を好む彼女だが、今日は全く違った。白と深い赤紫を基調とし、蓮の花をモチーフにした装飾が施された、和装ベースの極めて動きやすい戦闘衣装だ。大きく開いた背中と、絶対領域を強調する白いニーソックスが彼女のスタイルを引き立てている。


 ソファーの間に置かれたテーブルには、美しい細工が施された銀色のスリーティアーズが置かれ、そこにはメイド隊特製の焼き菓子や色とりどりのマカロンが上品に並べられている。高級な茶葉の香りが漂う温かい紅茶が、それぞれのカップに注がれていた。


 絵画のように美しいティータイムの光景。しかし、ここにいる全員が、いついかなる時でも最大の火力を叩き出せる『完全武装』の状態で寛いでいるという、極めて異常な空間であった。


「もう近場のアレキサンド以外は、各国の王達を乗せた魔導列車がエデンに向かって走り出している頃だね」


 カシューは香り高い紅茶を一口飲み、カップをソーサーに戻しながら静かに口を開いた。


「このまま無事に、何事も起きなければいいんだけどね……」


 その呟きには、一国の王としての深い懸念が込められていた。五大国連合の祝宴。世界中のトップがエデンに集結するこの歴史的な期間は、平和の象徴であると同時に、敵からすればこれ以上ない最高の標的となるからだ。


「にしし、そういうの完璧なフラグだぜ」


 エクリアがカップを持ったまま意地悪そうに笑う。


「まあ、いつ悪魔共が攻めて来てもいいように、俺達もこうして装備と心の準備は万全にしてるんだけどな」


 エクリアはそう言うと、自分を含め、一切の隙がない完全装備で固めた特記戦力の一同をぐるりと見渡した。


「まあな。この歴史的な機会に、奴らがちょっかいを出してくる可能性は極めて高い。だからこそ、いつでも戦場に飛び出せるようにこうして準備しているんだ」


 カリナはエヴリーヌに抱き着かれたまま、凛とした声で力強く同意する。


「ん、汚い悪魔の考えることなんて、所詮はワンパターン。この際に災禍六公の残りが来ようが、四天王が来ようが、どちらが来ても私が蜂の巣にして全滅させる」


 エヴリーヌもカリナの背中に顔をすりすりしながらも、そのエメラルドの瞳に冷酷な狩人の光を宿して言い放つ。


「そうだな。準備は万全にしておくに越したことはない。いつでも殺れる態勢を保つのが武の基本だ」


 グラザが目を閉じたまま低い声で同調する。彼から微かに漏れ出す闘気が、室内の空気を僅かに震わせた。


「はい。何としても、この五大国全てが揃う連合の安全は、私達の手で確保しなければなりませんからね」


 サティアは腰のメイデンロッドにそっと触れながら、慈愛と強い決意の籠もった声で頷いた。


「そうね。どうせあいつらを全滅させるのは、私達の必須事項よ。特記戦力全員を相手にして、まともに勝てる悪魔がこの世にいるとは思えないけどね」


 カグラが手にした扇子をぱちんと鳴らし、不敵で圧倒的な余裕の笑みを見せる。


「そうだね。備えあれば憂いなしだ」


 カシューは頼もしい仲間達の言葉に頷き、そして真剣な表情へと切り替わった。


「今回は僕も前線に出る。世界最強を誇る今のエデンの国王が、皆を戦場に向かわせて黙って玉座に座って待っているなんて、他国に対しても示しがつかないからね」


 王自らが剣を取るという宣言。しかし、その言葉を聞いたエクリアは、呆れたように小さく吹き出した。


「にしし、建前は立派だけどさ、本当は久しぶりに前線で大暴れしたいだけだろ?」


「まあね、それが結構本音なのはあるよ」


 図星を突かれたカシューは、隠すことなく少年のように無邪気な笑みを浮かべた。聖騎士カーズと共に建国初期の激動を戦い抜いてきた彼の中には、今も熱い闘争の血が流れているのだ。


「まあ、カシューがいれば前線はかなり安定するし、指揮系統も完璧になる。私も今日は体調は万全だからな。暴れる準備はできているぞ」


 カリナが腰の剣の柄を軽く叩いて頼もしく笑う。


「でも、カリナちゃんに聖衣ドレスはなるべく使わせないようにしないとね。奴らの真魔解放も制限があるし、絶対に無理はさせない。私達に慢心はないわ」


 カグラはカリナの身体を気遣うように釘を刺す。カリナの持つ絶対的な力は、同時に彼女自身を削る諸刃の剣でもあるからだ。


「ん、カリナに群がる羽虫は、私が弓で全て撃ち落として守る」


 エヴリーヌも抱き締める力を少し強めて宣言する。


「はい、私の聖女の術がある限り、誰一人として死なせません」


 サティアもまた、胸の前で両手を組み、神聖な魔力を微かに放ちながら誓った。


「にしし、まあ、みんな気合十分で頼もしいけどさ。そんなこと言っても、結局は向こうから攻めて来ないと俺達にはどうにも対処できないからな。奴らが普段どこに潜んでいるのか、その本拠地がわかれば、こっちから一気に攻め込んで全滅させられるんだけどな」


 エクリアが紅茶を飲み干して少し退屈そうに息を吐いた。


 特記戦力達が気を引き締めながらも、紅茶やお菓子で適度にリラックスし、来るべき戦いに備えていたその時だった。


 ジリリリリリリリリリッ!


 カシューの執務デスクの上に置かれた、魔導通信機がけたたましいコール音を鳴らした。その瞬間、室内の空気が一変する。寛いでいた特記戦力達の表情から一切の笑みが消え去り、極限の集中を伴う戦士の顔へと瞬時に切り替わった。エヴリーヌもそっとカリナから離れる。


 カシューは流れるような動作で立ち上がり、国王としての威厳ある顔つきで受話器を取った。


「私だ。……どうした?」


 通信機の向こうからは、焦燥感を滲ませた執政官アステリオンの緊迫した声が響き渡った。


『緊急連絡です! カグラ様の特務術士部隊からの式神による急報が入りました。……エデン南西の砦に、四天王クラスと思われる強大な悪魔が単独で出現したとのことです!』


 その報告に、カシューの目がスッと細められた。


「わかった。すぐに軍議を開く。玉座の間に残る代行達と、ライアンにクラウス、ガレオス、そして他国の騎士団の団長格や部隊長達を至急招集しろ」


『はっ! 直ちに!』


 通信が切れると、カシューは受話器を置き、集まった最強の仲間達を振り返った。


「……やはり来たね。しかも、どうやら単独で南西の砦に現れたみたいだ。世界最高の戦力が集結しつつあるこのエデンを、たった一人で落とせるとでも思っているのか。……随分と舐めてくれるじゃないか」


 カシューの口元に、氷のように冷たく、そして圧倒的な自信に満ちた笑みが浮かぶ。


「じゃあ、行くぞ」


 王の静かな、しかし絶対の命令。その言葉に対し、カリナ、エクリア、グラザ、サティア、エヴリーヌ、カグラの六人は、誰一人遅れることなく瞬時に右手を左胸に当てる臣下のロールプレイの姿勢をとった。


「「「御意、敬愛なるカシュー王よ」」」


 六人の声が見事に重なり、執務室に力強く響き渡った。



 ◆◆◆



 エデン王城、玉座の間。緊急招集の号令から僅かな時間で、広大な玉座の間には各部隊の長達が集結していた。


 一段高い玉座には国王カシューが威風堂々と腰掛け、その隣には執政官のアステリオンが険しい表情で控えている。王の御前、最前列にはカリナ達六人の特記戦力が静かに跪き、圧倒的な存在感を放っていた。


 その後ろには、召喚術士代行のリーサ、相克陰陽術代行のユズリハ、神聖術士代行のジュネ、弓術士代行のエリアス達。使者として他国へ向かっているクリスとレミリアを除く、エデンが誇る代行達が並んでいる。


 さらにその後方には、王国副騎士団長ライアン、近衛騎士団長クラウス、戦車隊隊長ガレオスの姿。そして、現在エデンに滞在している他国の精鋭部隊の長達――アレキサンドのガレス、ルミナスのセオドアにウィンディ、ヨルシカのハルカとマサムネが、事態の急変に顔を強張らせて控えていた。


 静まり返った玉座の間で、カシューがゆっくりと立ち上がった。


「皆、よく集まってくれた。単刀直入に言う。南西の砦に、恐らく魔軍四天王の最後の一柱と思われる強大な悪魔が攻め込んで来た」


 その言葉に、玉座の間にどよめきが走る。ついに、最後の四天王が動き出したのだ。


「敵は今は単独とのことだが、まだ各砦にも別の伏兵が奇襲を仕掛けてくる可能性は十分にある。だが……まずは、南西に現れた四天王を、我が国の最大戦力をもって完全に殲滅する」


 カシューは玉座の間を見渡し、力強く宣言した。


「特記戦力の六人、それに私も出る」


「はっ!」


 カリナ達特記戦力が一斉に頭を下げ、短く、しかし闘気に満ちた返事をした。しかし、その決定に黙っていられない者達がいた。


「へ、陛下! お待ちください! 陛下自らが最前線に出られるなど、余りにも危険過ぎます!」


 執政官のアステリオンが、血相を変えて一歩前に出た。


「そうです! 万が一、陛下に何かあれば、このエデンはどうなるのですか! 私達騎士団が必ずや敵を食い止めてみせます。陛下の出陣には、断固反対致します!」


 副騎士団長のライアンも、悲痛な声を上げてカシューを止める。クラウスやガレオス、そして他国の騎士団の団長格や部隊長達も、一国の王が未知の最強クラスの悪魔との戦いに直接赴くという前代未聞の決断に、ざわめきと反対の声を上げていた。


 その騒然とした状況の中、跪いたままのカリナが隣のエクリアに顔を寄せ、呆れたように小声で囁いた。


「まあ、そりゃそうなるよな」


「にしし、まあお手並み拝見だ。アイツは昔から口八丁だし、行く前に『王権発動する』って息巻いてたからな」


 エクリアが、カシューの説得の腕前を楽しむように笑う。


「ふむ。お前達の心配も、臣下としてはよく理解できる」


 カシューは反対の声を上げる者達に向かって、静かに語りかけた。


「だが、一つ聞こう。……これまでの合同鍛錬で、お前達の中で誰一人として、この私に一撃でも入れられた者がいたか?」


 その問いに、ライアンやクラウス、ガレオス達はハッとして言葉を失った。


「それは……っ!」


 誰も何も言い返せない。事実、カシューの剣技と戦闘力は、エデン国軍の全精鋭が束になっても全く歯が立たないほど、次元が違っていたのだ。


「いいか。今や我がエデン国軍は、他国も認める世界最強の軍隊となった。その最強の国の王である私が、未曾有の危機に際して常に玉座でふんぞり返っている訳にはいかないのだ」


 カシューの声に、王としての絶対的な威厳と、戦士としての凄まじい覇気が宿り始める。


「王が先頭に立って戦い、道を切り拓いてこそのエデンなのだ。忘れたか? 我が国は建国初期、私も聖騎士カーズや、ここにいる今の特記戦力達と共に最前線で戦い抜いてきたのだ。よいか! 悪魔共の脳髄に、エデンの国王はただの飾りではないということを、その身をもって知らしめる必要があるのだ!」


 カシューは腰の聖剣に手を当て、反対する者達を鋭い眼光で射抜いた。


「まだこれでも私の出陣に反対するというのであれば……私を今、ここで打ちのめしてみろ」


 国王の放つ圧倒的な威圧感と、誰も反論できない絶対の正論。玉座の間は、水を打ったような静寂に包まれた。


 パチ、パチ、パチパチパチパチ……!


 その静寂を破ったのは、最前列にいたカリナの拍手だった。カシューの王としての完璧な宣言に感銘を受けたカリナが拍手を送ると、それに続くようにエクリア、グラザ、サティア、エヴリーヌ、カグラの特記戦力全員が立ち上がり、カシューに向けて惜しみない拍手を送った。


「はあ……。陛下が一度言い出したら絶対に聞かないのは、古くからお仕えしている私が一番よく存じ上げております」


 アステリオンは深く溜め息を吐いた。


「ですが、危険だと判断した時は、必ず撤退して下さい。それだけはお約束を」


 忠実なる執政官の最後の懇願に、カシューは豪快に笑ってみせた。


「はははっ! エデンの王が、悪魔如きに背を向けて逃げられるわけがなかろう」


「アステリオン、安心しろ。カシュー王は私達が必ず守る」


 カリナがアステリオンの肩を叩いて力強く請け負った。


「はい。陛下のお身体を、決して悪魔の牙に傷つけさせたりはしません」


 サティアも聖女の微笑みと共に絶対の守護を約束する。


「ん、それに陛下は、かつて無敵を誇った伝説の聖騎士。心配するだけ無用」


 エヴリーヌはカシューの実力を認めるように頷いた。


「そういうことだ。俺達に任せとけ」


 グラザが闘志に満ちた笑みを浮かべる。


「そうね。カシュー王が負ける姿なんて、逆立ちしたって想像がつかないわ」


 カグラも同意した。


「陛下を害する愚かな者は、私達特記戦力が全力で薙ぎ払いましょう」


 エクリアはわざとらしい淑女の演技で優雅にカーテシーをして見せる。


「ああ、頼りにしているよ」


 カシューは特記戦力達の頼もしい言葉に、満足気に頷いた。


 もはや、ライアン達反対派には何も言うべき言葉は残されていなかった。特記戦力全員と国王が本気で前線に出る。それは、エデンという国家が放つことのできる最大最高の矛と盾が、同時に機能することを意味していた。


「カリナ、サティア。加護と浄化の術をエデン全土に展開してくれ」


 カシューが、二人に作戦の第一段階を命じる。


「ああ、任せろ」


 カリナは一歩前に出ると、左手を高く天へと翳した。彼女の瞳が、神秘的な魔力の光を帯びる。


「精霊王の加護よ、最大展開しろ! 『レグナ・スピリトゥス』!!!」


 カリナの叫びと共に、彼女の身体から七色の眩いオーラが爆発的に放たれ、玉座の間を抜け、王都全域、そしてエデンの広大な国土全体へと光の波となって広がっていった。


 『魂の共鳴』により、エデンに存在する全ての兵士や騎士と精霊との同調率が最大化される。さらに『完全耐性』の力が、悪魔が放つあらゆる精神干渉や呪いを無効化する。そして『王の循環』が全軍に無限の魔力を供給し、最も重要な効果――悪魔に対する絶対的な『存在特攻』が、全軍の攻撃に付与されたのだ。


 続いて、サティアが静かに進み出た。


「『エピファニー・オブ・セイント・メイデン』」


 彼女の透明な声が響き渡ると同時に、サティアの背に光り輝く巨大な幻の翼が顕現した。神聖術士としての能力を極限まで引き上げる、大規模奇跡を行うための自己強化特別儀式である。膨大な神聖力をその身に宿したサティアは、メイデンロッドを高く掲げ、祈りを捧げた。


「『カノン・オブ・ザ・ディヴァイン・ブライド』」


 それは、神の花嫁と呼ばれる最高位の聖女にのみ許された究極儀式。サティアの杖の先端から、純白の眩い光の柱が天を貫くように立ち昇った。光は上空で弾け、世界規模で癒しと祝福、そして絶対の浄化の光の雨となってエデン全土に降り注ぐ。


 悪魔の襲来と共にエデンの空を覆い尽くそうとしていたドス黒い瘴気は、サティアの放つ浄化の光に触れた瞬間に悲鳴を上げるように霧散し、エデンの空には再び美しい晴れ空が広がった。


 カリナとサティア、二人の特記戦力による規格外の加護と術の展開に、玉座の間にいる全ての者が息を呑み、圧倒されていた。


「ガレオス、装甲車を出せ。残りの者は、伏兵の襲撃に備えて待機だ。カグラの特務部隊からの連絡が入り次第、すぐに駆け付けろ!」


 カシューは術の余韻が残る玉座の間に向かって鋭く命を下した。


「「「はっ!! エデンのために!!」」」


 代行達と騎士達、部隊長達の力強い返事が轟き渡った。


「さあ、行こうか」


 左腰の二振りの剣を確かめながら、カシューがカリナに声を掛ける。


「ああ」


 カリナは力強く頷き、愛剣の柄を握り締めた。カシュー王を含む、エデンが誇る七人の最強の戦力達は、ガレオスの案内で玉座の間を風のように飛び出していくのだった。



 ◆◆◆



 エデン南西の砦。


 通常であれば、強固な防壁と魔導砲で守られた難攻不落の要塞であるはずのその場所は、今、異様な静けさと、息をするのも困難なほどの『重圧』に支配されていた。


 砦の遥か前方。土煙を上げて進軍してくるのは、数千にも及ぶ悍ましい姿をした魔界兵団。しかし、砦の守備兵達の絶望の視線は、その数多の兵団ではなく、兵団のさらに前方を、たった一人でゆっくりと歩いてくる『一体の悪魔』に釘付けになっていた。


 魔軍四天王の最後の一柱。大将格にして『歩く災害』と恐れられる存在。


 破界将アスヴァル・ドレッドハウル。


 身長2mを超える筋骨隆々の巨体には、一切の無駄な肉がない。浅黒い皮膚には、地殻変動を思わせる岩盤のような亀裂の紋様が刻まれている。頭部からは、黒曜石のような光沢を放つ太く短い二本の角が生え、その根元には不気味な赤い魔紋が脈打つように走っていた。背中には、数え切れないほどの戦歴を物語る、破れた跡がいくつもある巨大で分厚い皮膜翼が広がり、深紅の縦裂きの瞳孔が、常に世界を押し潰すような重圧を帯びた視線を放っている。


 肩には黒鋼の巨装甲を身に着け、腰には呪われた鎖状の魔導具を巻き付けている。動きを妨げない重装鎧を纏った彼の手には、先端が重力核のように空間を歪ませている超重量の『魔槍グラビトン』が握られていた。


 ズン……ズン……!


 彼が一歩足を踏み出すごとに、その尋常ではない存在の質量によって、地面が微かに陥没していく。近づくだけで周囲の空気が沈み込み、砦の兵士達は目に見えない巨大な手に全身を押し潰されるような錯覚に陥り、立っていることすらままならない状態だった。


 彼の持つ能力『重界侵蝕』。空間に目に見えない『重圧層』を発生させ、対象の肉体、魔力、そして精神の全てに同時負荷をかける存在圧殺型の絶対能力である。最大発動時は、都市一つがそのまま地中へと沈下するレベルという、まさに災害そのものであった。


「どいつもこいつも、四天王の面汚しが」


 アスヴァルはエデンの防壁を睥睨しながら、地の底から響くような低い声で吐き捨てた。他の四天王達が、エデンの特記戦力達の前に次々と敗れ去ったことは、彼の耳にも入っていた。寡黙で、主であるネグラトゥスを「深淵そのもの」として絶対の忠義を誓う彼にとって、仲間の敗北は己の誇りを傷つける忌まわしい事実であった。


「俺が一人で、このエデンを、この国に集結してくる各国の国王共を、まとめて血祭りにあげてやる」


 アスヴァルは魔槍グラビトンを軽く地面に突いた。ただそれだけの動作で、周囲数十メートルの地盤がゴアァッ! と音を立ててすり鉢状に崩落した。


「抗うな。沈め。……主の前に立つ資格は、潰れぬ者のみだ」


 圧倒的な質量と威容。


 五大国の王達がエデンへと向かう中、世界を物理的に押し潰さんとする最凶の絶望が、南西の砦を飲み込もうと歩みを進めていた。その絶望を前に、エデン最強の矛と盾であるカシューと特記戦力達が、今まさに激突の地へと急行していた。

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