第24話 幼少期②
「……可愛らしい子、ですね」
「ええ。あなたの娘だからよ」
という二人の会話からやはりわたしはこの男の子供なのだと悟った。彼は優しくわたしの頭を撫でた。全く今の状況が把握出来ない。とりあえずこの男の娘で隣の女性の姪、そしてその横にいるアキカゲという少年の従兄弟だと悟った。
「して、あの噂はどうされるので?」
アキカゲが無愛想に告げた。父は僅かに顔を曇る。噂とは一体なんのことだろうか。なんにせよこの反応を見るかぎり良くは無いのだろう。
「トラ姫様は叔父上によく似ていると思います。しかし、母上にも似ていると思うんです」
そういえば、言われてみればだが、わたしの父やその家族がいるのは分かるが、母は一体誰なだろうか。
「トラの母について公表するつもりは無い」
「なっ━━! ならば、家中の噂をどう払拭するおつもりで?」
「わしは近いうちに出陣しようと考えている」
出陣――その言葉に、私は耳を疑った。いや、けれども。なるほど。家臣たちの視線を戦に向けさせ、あえて噂から目を逸らさせようというのだろう。
戦。出陣。まさかとは思っていたが、これは本格的に、誰か歴史上の武将の家に転生している可能性が出てきた。
戦国オタクの血が騒ぐ。誰だ、誰なんだ。誰の娘に、私はなってしまったんだ。
「出陣……一体どこに……?」
「関東だ」
関東。東京、神奈川、埼玉、千葉、群馬、茨城。現代ならそのあたりだろう。しかし、戦国時代の「関東」と言えば、北条家の支配地域。関東平定に乗り出した武将といえば――
「またですか」
「関東平定のためだ。致し方がなかろう。あと、お前も出陣するぞ」
「え、私もですか……!」
「ああ。今回の戦いは初陣となるが、油断はするなよ」
「は、はぁ……」
このやりとり。アキカゲに初陣を与え、関東へ遠征――これは、これはもしや。まさかの、上杉謙信……!?
だが、上杉謙信は女説があるくらいで、確かに生涯独身、生涯不犯を貫いた人物とされている。子供はいない。いや、いたのは養子だけ――景勝は、確か謙信の姉の子で、養子として迎えられたはず。
……じゃあ、この世界線は? もしも仮に、謙信に娘がいたらという仮定の、もうひとつの戦国なのでは?
私の父が謙信――いや、未確定だが、状況証拠がどんどん積み上がっていく。
「まあ、良かったじゃない。アキカゲ」
伯母が微笑みながら、アキカゲに言った。
「初陣を果たせば、あなたの名も家中に知れ渡るわ。どこに出しても恥ずかしくない若武者になるのだから」
「……トラ姫様の名が、先に広まってしまいそうですけれどね」
アキカゲはふっと目を細めて、私を見た。
「でも、それでも構いません。私は……この子を守ると、決めましたから」
守る?従兄弟が私を? ちょっと待って、そんな死亡フラグみたいなセリフを赤子の私に言わないで。
思わず心の中でツッコミを入れたくなるが、身体が動かせるわけもなく、私はただ、小さな手をほんの少しだけ動かして応えた。
アキカゲが微かに笑った。




