第25話 幼少期③
自分が上杉謙信の娘ではないかという疑惑が生まれて3ヶ月が経った。この頃になると以前よりも視力がぐんと上がり、ハッキリと見える訳では無いが、近くのものであれば見えるようになっていた。だから、毎回抱っこしてもらった時はすごく近くでじっと見て触ってみたりしてる。赤ちゃんがたまにお母さんの顔を触ったりじっと見つめていたりしているのってこういう事だからなのかもしれない。
「トラってば、今日も元気ね」
よしよしと背中や頭を撫でられるとなんだか不思議な感覚になっていた。本当に赤ちゃん返りした気分になる。成人女性が赤ちゃん返り返りしてもグロいだけだと思うんだけど、見た目は子供中身は大人の某少年探偵みたいなものだし、許して欲しい。あれは本人があざといから許されているだけのような気もするけれども。
「うーっ!」
「それは私ね。伯母上、というのよ」
「あーっ!」
最近は1音の母音ならしっかり発音できることが分かり、言葉を覚える練習を始めた。伯母に積極的に話しかけては、指さしたものの名前を教えてもらい、真似して発音しようとしている。
「この子、まるで母上の話してることがわかっているかのように話しますね」
「ええ。あの子そっくりで賢いのね」
ポンポンと頭を撫でてくれる伯母の手にぐりぐりと頭を押し付けた。人に撫でられるって案外安心するものだな。
ちなみにだが、わたしの部屋には伯母や父・アキカゲ以外に伯母の娘(つまりわたしの従姉妹でアキカゲの姉)だという人達もやってきて、どちらが年上か定かではないが、名前はキヨとモモというそうだ。
「叔父上の子供なら存外私たちが思っている以上に賢いかもしれませぬね」
「ええ。将来が楽しみだわ」
それからも積極的に発音するようにしている。産まれたての赤ちゃんがなぜ喋られないのか。わたしは医者でもなんでもないので詳しい話は難しいが、直感的にはまだ話すための知能や舌の筋肉が未発達なのだろう。知能に関して言えば、わたしの中身は成人女性だから問題ないだろうが、問題は舌の筋肉だ。どうやって鍛えればいいのかよく分からないがとりあえず口の中で舌を積極的に動かしてみることにした。そしてこれは可能性の話だが、ついこの間まで「だー」とか「あー」とか話してた赤ちゃんが急に真顔で「我思う故に我あり」とか話し出したら割と本気で何かに取り憑かれてると思われるだろうから最初は「ぱぱ」とか「まま」などの簡単な2音の発音を目指そうと思う。
そして言葉の発音と共に始めたのは歩くことだ。多分いきなり立つことは出来ないだろうからハイハイから初めて筋肉をつけようと思う。産まれたての赤ちゃんが歩けないのは立つための筋肉がきちんと備わっていないからだ。ハイハイで部屋の端から端まで動いてみる。つかまり立ちも練習中だけど、やっぱりなんて言うか怖いね。初めて竹馬に乗ろうとした時のことを思い出した。立とうと思えば立てるんだけど、足に上手く力が入らなくて滑って転びそうで怖い。それでも、早く立てた方が便利だとは思う。
この練習のおかげか分からないが、数ヵ月後には簡単な単語のみならば喋られるようになっていたし、何かに掴まりながらならば歩けるようになった。
「まあ、トラはもう歩けるようになったのですね」
「やはりこの子もあの子同様なにかの生まれな代わりなのかもしれないわね」
まさにその通りですとも言えるわけが無いので愛想良くニコッと笑った。
「たた!」
「はいはい。なにかしら?」
「まんま!」
「わかったわ。お苗」
「はい」
乳母のお苗に抱えられてわたしはご飯を食した。そろそろ固形物が欲しいけど、歯はまだ生え揃えてないし、難しいかな。
「あら、トラはもう話すことも出来るのですね」
「ええ。やはりこの子は賢いのね」
本当はもっとハキハキと話せるが前述通りいきなりまだ生まれてそんなに経たない赤ちゃんが「吾輩は猫である」などと話し出しても嫌なわけで、もう少し時期を見て話せるレパートリーを増やしていこうと思う。保育に関わったことは無いが、発語にも発達段階があると思う。例えば最初は「あー」とか「うー」とかの簡単な母音の発音からところから始まる。そして、その後「パパ」や「ママ」などの子音も組み合わせた2音の発音が出来るようになる。そこからは簡単な単語、そして単語を組みあわせた会話が出来るようになるる。……だと思う。早くまともに喋りたいという気持ちはあるが、いきなりはまずいだろうと言う感情がある。そこで今は幼児語を使って話している。色々段階を踏んだらもう少しはっきりと喋られるといいんだけど。




