終止符は混乱の中で
「メアリー、さん?」
姿を見つけた時の私の行動は早かった。これまで色々あったんだもの。いかにも怖がってます、な人に尋問くらい屁でもない。つかつかと歩み寄って向き直る。
その女性の顔かたちは美しかった。ユーシャみたいな大きな子供がいるとは思えないくらいの……あああれ、特殊な方法だっけ……とにかく綺麗な人だった。銀の巻き髪、白い肌、大きな瞳。絵本のお姫様みたいな人だ。
実際は、私とケイト、勇人くんにユーシャ、色んな人を巻き添えにして苦しめた張本人。
「……初めまして」
「……!」
その反応が予想外だったのか、彼女は驚いた表情を見せた。さすがに、こっちが戸惑う。私みたいな特別な力もない一般人に何を怯える必要があるのか。
「ふ、復讐するつもり? あんな人外まで引き連れてこんな所に来て」
人外、というとアドルがなんかしたのかな。――――それにしても、悪いことしてるって自覚はあったんだ。ほとんど震え声で発されたその言葉に憐れんだ視線で返す。
「な、何よその目は」
「私にそのつもりはありません。私はただ、ケイトに会いたかっただけだから」
「なら、どうしてここまで」
「貴女が最大の障害になるかと思ってたけど、今となっては……。それに私、実のところ貴女には感謝しているくらいですから」
意味が分からない、といった表情を見せるメアリー。自室で一人くつろいでいたら、霧に変化した吸血鬼に脅された。墓場にいる、お前の子息以外の人間をここに呼べ――。シノアから聞いたことがある。異能力を持った息子を守るためにあちこち放浪していたら、ある村に着いた時に幼い息子を残し、突然セレティスに召還れたのだと。息子のことを思うと、罪もないケイトに当たってしまう、とぼやいていた。ああ、私の、私だけの帝国は、皮肉にも同じ立場の人間によって崩壊するというのか。そう思っていたのに。
「貴女がこんな無茶してくれたから、私が生きている……」
「? 何を言っているの?」
「ただの事実です」
元はあのユウトと同じ世界の出身らしいが、ユウトと違い、読めない女だ。それにしても復讐のつもりでないなら……。
「あの。ユーシャは、貴女には止められないんですか?」
もしかしたらいい人かも、と一瞬思いかけたが、そんなことはない。今理解した。こいつは人の地雷を的確に踏み抜く女だ。
「止められてたらこんな事になっていないわ! あんたあいつの父親と同じ出身なんでしょ! この化け物! 最下層の人間を拾ったつもりなのにあんな魔物が生まれるなんて……化け物が生まれる世界だったなんて……。化け物は帰るか化け物らしく消えてよ! あんな子供知らないわよ!」
「分かりました」
久しぶりの大声に堰切ったように息をする。しかしその言葉に一瞬息を忘れる。
「私別にいいんです。もうケイトは戻ってくれたし。これ以上のことなんて。ただ……」
千沙はちらり、とレトを治療するケイトを見る。治療中はずっと呪文の唱えていたが、ぷつりとその詠唱がやむ。同時にケイトが床に倒れこむ。慌ててケイトのもとへ駆け出して支えた。
「ドラゴンくんは……もう大丈夫」
か細い息の下でケイトは千沙に微笑んだ。千沙は自分でも知らないうちに、安堵の表情を浮かべていた。しかしすぐに疑問が湧き上がり、その顔つきを険しくする。
「あの、図々しいかもしれないけど、すぐに地球の日本に行けたりなんて……」
「ごめんねチサ。最低一日、休ませて。私一人じゃとても」
「なら、メアリーさんに頼めば何とかなる?」
「それなら……」
くるっと振り返ってつかつかと歩きながらさらに近寄ってくる。そしてやつは一言。
「異世界の日本に戻ります。力を貸してください」
腸が煮えくり返る思いだった。何を言ってるんだこの女は。
「ちょっと! 自分だけ安全なところに戻る気!?」
「え……そんなこと言われても。私、自分が元居た場所に帰るだけですけど。あ! でもケイトは連れて行きます。いいよねケイト?」
振り返ってケイトに尋ねる千沙。ケイトは暫し迷いながらも答える。その仕草には「突っ込みたいけど私には意見しにくい」 という言葉に出来ないものが垣間見えた。それを知ってか知らずか無視して千沙はメアリーと問答する。
「ええと、それは勿論いいのだけれど……」
「私とケイトは異世界の地球の日本に行きます。……これで何か問題でもあるんですか?」
「大有りよ! 何で私があんな化け物と一緒にいなきゃいけないの!」
「……自分の息子じゃ」
「やってたら勝手に産まれたのよ! そのくせちっとも思い通りじゃないんだから! それでも傍目にはオレムの言う事を聞いてしおらしいかと思っていたのに。チサ、あんたの存在をかぎつけてから何だか情緒不安定だし。私にどうしろっていうのよ!?」
だからって私に何をしろと言うんだろう。ケイトに会えればこの世界に未練もない。……悲惨な末路となった勇人くんのことは確かに気がかりだけど。
「オレム……そうだわ、オレムは今どこに」
ケイトがたった今気がついたように呟いた。ええと、オレムさんって誰。
「正真正銘この島出身だというのに、後手に回りすぎではないのかしら」
治療を受けて立ち上がれるまでに回復したエリーゼが皮肉をチクリ。こんな状況でなんだけど、やっぱりエリーゼとケイトってちょっと似てる。王族なんだから、元を辿れば同じということを考えれば当然か。そのエリーゼの横でわたわたしたララリアがフォローしている。
「え、エリーゼ。ケイトさんは今まで呪いで意識不明だったし、生き返った直後に殺されるしだし仕方ないよ」
「まあ、そうですけれど」
ここに来るまで散々世話になった二人だから、ケイトの肩を持つのも難しい。かといって二人をたしなめるのも無傷な自分には恥ずかしい。そういう意味も含めて、二人から目を逸らし続ける。
「……ごめんなさい。そうです。私があの時、どこか遠くへ、違うところへ、ここではないどこかへなんて、無責任極まりないことを考え、実行したのが全ての原因だから……。結果、多くの人を巻き込んだ」
項垂れて自分を責めるケイト。何か意外。ケイトって失敗なんかしない完璧な人だと思ってた。会えない間に美化されたのもあるかもしれないけど。でも、ケイトが原因って。
「それは違うな。この混乱の直接的な原因はそこのメアリー妃だ。しかし動機を探れば彼女もまた被害者。……結局はゼルメルに行き着く」
今まで黙っていたアドルが口を出した。ゼルメル……ケイトのご先祖様でもあるから私には責めにくいです。まあとりあえず。
「メアリーさん。黙って私とケイトを――勇人くんを引っ張ってきたあの世界へ戻してください」
「……断っても押し切りそうねアンタ。でも、ケイトだけって……」
ちらりとレトのほうを見るメアリーさん。子供も犠牲にする無神経な人なのに、なんでそんなとこに気を回すのか。いや。いらぬ世話だから、むしろ無神経ゆえになさる技かも。
と、自分のことは棚に上げてメアリーをジト目で睨む千沙。
「ケイトは恩人でここに居られなくて、あと一回向こうに行った実績ありますから」
「……外の噂を聞く限り、ドラゴン少年もかなりの恩人なんじゃないの? 意識不明のうちに置いてくの? それにそこの女の子二人も……」
あえて視界にもいれなかったエリーゼとララリアを話題にするメアリーさんの、KYぶりにいらっとくる。ほんの少しの沈黙を破ったのはララリアだった。
「正直、チサは女神か何かだって思ってたから。空に……異界に還るのは、それは普通のことだから。覚悟はしていたよ。私は送り出すつもり」
情けは人のためならずってこういうこと? ……恩売っといてよかったなあなんて下世話な考えが浮かんだ。しかし、エリーゼはそうもいかなかった。困惑した表情で問い詰めてくる。
「兄は貴女に尽くしたというのに、置いていくのですか?」
……これ、どうとったらいいの? エリーゼには私、嫌われてる、よね? 兄さんが気にかけてるからそれに付き合ってるだけだよね?
「兄がお嫌いですか?」
「嫌いじゃ、ない」
「兄にも居場所はありません。私はつてはありますから、兄だけでも連れて行ってもらえませんか?」
「私、急いでるの。ユーシャが来る前に、手の届かないところに行ってしまいたいの。三人分なんて……メアリーにも迷惑だし非効率的じゃない。助けただけでも感謝してほしいくらいなのに」
「貴女は兄を何だと思っていたのですか?」
「正直者は馬鹿を見るの典型」
「チサ様!」
素直に面倒くさい、と思う。エリーゼには感謝している。けど、私は最初から目的は同じ。ケイトにあって、叶うなら連れ帰る。……他の人間なんて。
ほんの少しでも、レトに粗があったらよかったのに。目的や手段はどうあれ、決めたことをやり遂げたら一定の人は評価してくれる。ここでレトも連れて帰っていいの? なんて私が言ったら、自分がただの尻軽になりそうで怖かった。許されることがないような感じがして、恐ろしかった。
恐ろしい? 何がだろう……私は異世界に来てもまだ、両親やクラスメートにどう思われるのか怖いのかな。異世界に来てもやっぱり、臆病なのは治らなかったのかな。
コンコン
背筋に冷たいものが走った。誰かが、この部屋の扉を叩いている。もたもたしている間に、彼が来てしまった?
「メアリー様……」
ユーシャの声じゃない。この島でメアリーとユーシャ以外にいる人っていったら……さっきのオレムって人? メアリーがアドル達の横をすり抜けて、扉の向こうの人物に問いかける。
「オレム? どうしたの?」
オレムって人であっているらしい。
「メアリー様の自室から複数人の話し声が聞こえたように思いまして。この老いぼれの聞き間違いならいいのですが」
「心配しないでいいわ。独り言よ。……そこに、ユーシャはいる?」
「ユーシャ様、ですか。いいえ。昼頃ケイト様の様子を見に行くと出て行って、それきりです」
オレムさんって暢気な人? そのお昼に、あの墓場では修羅場が起こってたというのに。
「お体が弱い方ですので心配です。様子を見に行こうかと思っております」
「いいわよ。身体以外は万能じゃないあの子。可愛い子には旅をさせよっていうでしょ、苦労も経験させなきゃ」
「さようで……」
匿ってもらっている身で思うのもなんだけど、薄情だな。メアリーさん。
「そういえばメアリー様、継承式はいつになさいますか。ユーシャ様も外見は相応に育ちましたゆえ、そろそろ……」
「? それはケイトが起きてからって……」
「ええ、ですから尋ねたのです。そこにいらっしゃるのでしょう?」
短く細い悲鳴がメアリーの口から漏れた。と同時に、扉が歪む。扉の向こうにいたのはユーシャだった。その後ろに老人が見える。ああ、あれがオレムさん。やっぱりユーシャの味方なのかな。……そうだろうな。貴重な跡継ぎって立場だし、表面上は。
舌打ちしてアドルが足止めを試みるも、相手が悪すぎた。ユーシャが手を翳しただけで、アドルは壁に叩きつけられる。
勇人くんって本当なら世界を救う勇者になりえたんじゃないのかな。島のことを調べているうちに独裁政治に気づいてその制度を崩壊させて民には本当の自由が云々。などと思わず現実逃避をしてしまった。だって勇人くんって私の中ではひたすら悲劇の主人公ポジションだったのに、息子のチートぶりはどういうことなの。
気が本当に遠くなりかけるのを、怯えるエリーゼやララリアの悲鳴にも似た絶叫で我に返る。ケイトにいたっては真っ青な顔色だった。
みんな、みんな渡しに巻き込まれてここまで来たんだ。だったら、私がなんとかしないと。止めないと。ユーシャはどこか億劫そうに歩きながら、ララリア達に手を翳す。
「待って、他の人には手出ししないで!」
「……」
虚ろな目で彼はこっちを見た。鳥肌がとまらない。それでも虚勢を張って睨みながら言う。
「復讐したいのは私だけでしょう?」
「復讐? そうか。そうだな……」
少しの間が何時間にも何百年にも感じられる。
「あの人はね、連れてこられた時は美女に言いくるめられて、ひたすら贅沢な生活をして、最後はゴミのように捨てられた」
幸せを全然知らない人の絶望より、幸せを少しでも知っている人の感じる絶望のほうが強いという。比較対象があるから余計に不幸を感じてしまうらしい。絶頂から叩き落された勇人くんの絶望は計り知れない。
「千沙、君も同じ目に合ってみる?」
それってつまり、ケイトからもらった言語能力とかを奪ってその辺にテレポートってこと? いやそんな悠長なことしなくても、環境に適応する魔法を解けば私なんか……。で、でも私一人で、ケイトもエリーゼも、ララリアもレトもアドルも死なないなら。しっかりしろ私。もともと死んでた命じゃないか。
「……他の人は助けてくれる?」
「もちろん」
ゆっくりとユーシャに向かって歩き出す。
「チサ! やめて!」
ケイトが叫んでいるけど、今は無視する。これが、これが最善なんだ。視界の隅で見えた、震えながらお互いに抱きついているエリーゼとララリアは泣きそうな表情をしていた。やけに長く感じたけど、数秒ほどでユーシャのもとにはついた。
殺すなら、殺せばいい。そう思っていた。
が、着いた途端に彼は、私の腕が抜けるかと思うほど強く引っ張り、強引にキスをしてきた。
「……………!?」
足癖の悪さに定評のある私が容赦なく蹴りを入れるのは自然だった。
「ちょ、何するのよ!」
「あの女が彼としていたのはこういう事だ。その身が孕むまで続けられていた。もう分かるだろう?」
つまり疵物にしたあと弱った状態で放り出すって寸法か! えげつない!
「どうする、拒むか?」
…………ええと。私そういうことに対してちょっとトラウマがあるというか。必然的にアティのこととか思い出して……うぇ。
うずくまった千沙。床にぼたぼたと胃液が落ちる。
「そこまで拒絶するのか。お前は……」
逆流するものを全部吐き出そうと必死で、ユーシャの声は届いていないし返事も出来ない。今まであえて思い出さないようにしていた、第二の恩人アティ。村の人の噂では、処刑後に公開解剖したら妊娠が分かったらしいという嘘か本当か分からないようなものもあった。私、していてもなんらおかしくないのは知っている。
「何にしろ、お前には姉上の魔力を長期間体内に保持していた実績がある。子が産まれたらボクをも上回るだろうな。来い」
まだ酸っぱいものを吐いている私に何の遠慮もなく、ユーシャは私の腕を掴んで立ち上がらせる。ぞっとして振り払おうともがく。死の恐怖ではない、生理的嫌悪が私を突き動かす。
「ユーシャ様、彼女は嫌がっておいでです」
母であるメアリーも、ケイトもエリーゼ達も恐怖で動けない中、執事らしいオレムだけが悠然と抗議した。嬉しいけど、この人、本当に何考えてるんだろう。この暴走を許している時点で色々まずいと思うのだけれど。
「だからなんだ。セレティスの秘密を守るためにも、子孫を繁栄させるためにも、千沙を娶るのはお前にとっても歓迎するべきことだろう? 何より、殺すのはいけないとお前が止めた。ボクはこれでもかなり譲歩している」
「時間はまだございます。もっと時間をかけてもよろしいではないですか。一体何をそんなに、行き急ぐように……」
「……うるさい!」
魔法を使わないのは、世話になっている身内同然の男への情ゆえか、体力温存と計算したためなのか、ただ単に疲れているのか、ユーシャは彼を突き飛ばすだけで止めた。
後になって、この時は疲れていたのだろうと思った。突き飛ばしたはずみで、ユーシャの拘束が解け、床にへたりこんで千沙はまたえづいた。真っ先に駆け寄って来たのはオレムだった。ユーシャはおそらく、魔力の負荷に襲われていたのだろう。引っ張り上げる力も、今考えると魔力で補っていたのでは……。
その目に性的なものは一切無く。ただ体調の悪い人間を気遣うものであると本能的に察し、千沙は差し出された手を取る。立ち上がろうと体重をかけて失敗したと思った。相手も老体で、後ろにバランスを崩し、巻き込まれないように反射的に千沙は彼を引っ張ろうとして、抱きつく形になった。ユーシャは嫉妬深い男だった。
次の瞬間には、老人の背中に長剣が刺さっていた。おそらく、ケイトを刺したものと同じ――。




