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ある一人の執事の死

 声が出ない。驚きで。


 ありのままに起こったことを話すと、転びそうなところを初老くらいの男性に助けられたと思ったら、次の瞬間その人の背中に刃物が突きたてられていた。


 理解不能な出来事にあうと、人間は意味不明の行動を取る物だと思う。


 まず「あれ、私夢でも見てるんだろうか」 と一瞬現実逃避。身体から力が抜ける。しかし重傷の身でも私を支えようとするオレムさんに正気に返る。次に現状を把握しようとする。どう見ても殺傷事件。最後に実行者――――冷たい目でこちらを睨み続けているユーシャを見る。これがよく分からない。敵ではなかったよね? メアリーよりユーシャに尽くしてたよね? 動機が分からないから混乱するしかないんだが。


「……なに、やってるの?」


 掠れた声で張本人に問いかけるのが精一杯だった。


「どうせ何もかも滅ぼすつもりだったんだ。そいつは死期が早まっただけにすぎない。どっちにしろ、こいつは色々知りすぎていた」

「お世話になった人じゃ……」

「ボクを育てたのは機械だ。こいつでも、ましてメアリーでもない」


 そう言うと、彼は長剣を引っこ抜いた。昔テレビで見た医療番組を思い出す。刃物が刺さった時の対応。『……この場合ですが、無理に抜いてはいけません。むしろ深々と刺さっているなら抜くほうが危険です。刺さった時点で栓の役割になっており、抜くと失血死の恐れがあります。まずは救急車に連絡、怪我人の意思の有無の確認、怪我の場所や時刻、方法をご存知であれば止血の……』


 血が吹き出て、あれが本当だったのだと思い知る。目の前で起こったグロい光景に、意識が遠のいて私は何も出来なかった。いっそ狂ってしまいたかった。


 奇声のような悲鳴が部屋に満ちる。私ではない。一番普通の女の子の感性を持っているララリアだった。

 まだだ。まだ狂えない。せめてララリア達を逃がさなきゃ。オレムさん、可能なら助けなきゃ。床に倒れたオレムさんに声をかける。


「だ、大丈夫ですか。意識はありますか。これは何本に見えますか」


 三枚の葉は使えない。こんな状況でも私はまだ、これが狂言なのでは疑っている。


「……お手数を、おかけして……すみません……」


 まともな文章を喋ろうと息を振り絞って言うのが生々しかった。


「あ、あの、しっかりしてください。大丈夫です、大丈夫ですよ。ねえケイト……」


 ちらりとケイトを見るも、彼女はちょっと嫌がってる感じだった。理由は簡単だ。さっき自分を殺した義弟がオレムのすぐ近くにいるから。で、でもこのままオレムさんを見殺しにするわけには、やっぱり。ケイトのもとへ連れて行こうとする私を、万力のような力でオレムさんが止める。怪我してるのにどこからそんな力が、と考えて、怪我してるからこそ全ての加減が出来ないのか、と思い至り胸が痛くなる。


「治療は、いりません……」

「え、でも」

「ユーシャ様を、どうか、よろしく、お願いします……」

「……オレムさん!」


 殺されても忠義を尽くす気だ。と思った瞬間、私の中の好感度が跳ね上がる。忠臣蔵とかハムレットとかオイディプスのアンティゴネとか弱いんだよ。むしろ弱くない人いるの? 男の人は苦手だけど、死にゆく人間までにさすがに嫌悪はわかない。しわくちゃの手を思わず握り締める。

「腹が立つ」


 ユーシャが何か言ってる、と思った時には、オレムさんの身体が蹴り上げられていた。魔法の力もあるのか知らないが、血を垂れ流すオレムの身体は吹っ飛んで壁に激突した。彼の通った後には血の道が出来た。余りのことに一瞬だけ絶句した。でも床にずり落ちたオレムさんが呻き声をあげているのを聞いて、とにかくオレムさんの苦しみを和らげてあげたい一心で、彼のところに走りよろうとして……ユーシャに腕をつかまれる。


「離して! オレムさんが!」

「放っておけ。どうでもいいとボクは言ったはずだ」


 解らない。どうしてそんなに冷酷になれるんだろう。


「ユー……シャ、様」


 言葉を話しているというより、空気が言語っぽく聞こえるような息遣いだった。命が燃え尽きようとしているんだと誰でも分かるような。オレムは力を振り絞って、ユーシャに呼びかけていた。

「うるさいな」

 可愛げがないどころの話ではない。そんなオレムに何の情も見せず、振り返りもせずユーシャはそう言った。それでも、オレムは呼びかけ続ける。

「ユーシャ、様……島の……未来は……」


 その一言でユーシャの中で何かが切れたのかもしれない。勢いよく振り返って死に掛けのオレムに吐き捨てる。


「セレティスの番人は往生際も優秀だね。教えてやるよオレム、ボクは全てを滅ぼすつもりだ。未来なんか知らないよ。ついでに白状するとね、オレム。お前が今まで跡継ぎと信じていた人間は、罪人だ。ここにいるのは皇族を騙る偽物なんだよ。ボクは母が不倫で産んだよそ者の種だ! ここの血なんか一滴もない!」


 激高するユーシャは、今まで見た中で一番人間らしかった。


「……存じて、おりました……」


 その言葉を聞いて恐ろしいものを見たような顔をしたのも、彼の弱さを感じた。


「そんな馬鹿な」

「……あの時、メアリー様から、貴方様を、渡された……あの時」



 分娩室にあたる部屋で赤子を受け取ったオレムは考えていた。

 髪の色も目の色も違う。セレティスの跡継ぎは始祖ゼルメルの特徴を濃く受け継ぐ。なのに、この男児は黒目で黒髪だ。多少はケイトのように薄くなっても、大抵は赤毛に近くなるというのに。


 殺そう。


 幸いメアリーは産んだ直後で動けそうも無い。今こそ好機。表情も変えず、生まれたばかりの嬰児の顔に、そっと濡れた布を被せようとする。

 ふと、その指を赤ん坊が握り締めた。その瞬間、オレムの頭で何かが弾けた。


 殺して何になるというのだろう。元から潰れそうな家系だったではないか。今ここで直系が絶えたとあれば世界が混乱する。別に、偽物でもよくないか? 平和のためなら……。


「一度は、貴方様を殺そうとしました……」


 素性も目的も知っていた。のに、ユーシャも止めようとしなかったというオレムさん。胸の奥にかすかに憎悪が灯る。これって貴方がきちんと動いていれば、ケイトも私も無事で、メアリーさんの暴走もなくてユーシャだって狂わなかったって話じゃないの! ……さすがに死にそうな人を前に文句は言えないが。


「嘘だ」


 それに私が言わないでも、私より関わりの深い人がそれに文句を言ってくれそうな雰囲気だし。


「……申し訳、ありま」

「嘘だ。それなら何で、どうして言ってくれなかったんだ。跡継ぎだから、優しいんだって、直系だから、世話してくれてるんだって、血が繋がっていると思われているから、生きていられるんだって……ボクはずっと」

「……」

「それならボクが悩んでいたのは何だったんだ? お前のちっぽけな自己犠牲で、ボクはずっと用済みに認定されたら殺されるって苦しんでいたというのか?」


 オレムさんは泣いていた。ユーシャの容赦ない文句に返す言葉なく、ただ目から水を出していた。


 ふと、私は元の世界に同じような人はいたかな、と思った。何かあったら心配してくれそうな人。……それを考えたら、ユーシャがちょっと妬ましかった。同じ境遇になりたいとは思わないけど。


「偽物でもよかったと言ったな、ボクを担ぎ出してどうするつもりだったんだ! 何がしたかったんだ! 言え!」

「……どうか……幸せに……」

「!」


 責めるような口調で言うユーシャ。彼はオレムが、断絶の罪が怖かったから偽装に協力したと思っていたのかもしれない。オレムさんの様子を見るに、完全にそのつもりは無かったっぽいから、聞いといて勝手にダメージを受けてるように見える。ギャグか。


「……オレム」

 ユーシャは私を掴んでいた手を力なく離した。そしてふらふらとオレムのところに行く。私は一瞬迷ったけど、行くべきじゃないと思った。だって、今なら逃げられる。後ずさりでケイトのほうへ近づく。


 ユーシャは夢でも見ているみたいに、オレムに触った。現実感のない動きで、血にまみれたその手を握った。オレムさんは、ほんの少し笑ったように見えた。そして静かに目を閉じた。


「……?」


 部屋の中では、目の前の彼以外、全ての人間が理解していた。オレムは今死んだ。知ってか知らずか、ユーシャは手を握り返したり揺さぶったりしている。段々イライラしてきたのか、強く揺すると衝撃で口から血と水が出ていた。……魂がある身体の反応じゃない。水が腕にかかって初めて察したのか、今度はガクガク遺体を動かす。それでもその目は開かないし、どれだけ呼びかけても返事はしない。

 堪りかねて、思わず申し出る。


「命の木の葉っぱ、使う……?」


 チート中のチートアイテム。三枚の葉。ケイトいわく情が通っていないと発動しないらしいけど、今のユーシャなら大丈夫のはず。


 振り向いたユーシャはすぐに手を伸ばして受け取る。しかし、オレムさんの遺体を前にしてしばらく動きが止まる。


「使ったら、全てが元通りになると思うか?」

「え? た、多分」

「……なる訳ないだろ。こんな方法で生き返らせたって……ボクはここの人間ではない。生きていていい存在なのか、結局分からない」


 ユーシャって案外父親似なのかも。思いつめたら一直線というか、根が真面目だから堕ちたらどん底までというか、毒を食らわば皿まで思考というか。……やっぱ自分に似てるな。


「じゃあ、どうする?」

「言っただろ……どうもしたくない。ただ、父を殺した母の息子なんて訳の分からない存在なのはやめたい」

「ってことは、死ぬの?」

「そうだな……それが一番いいな……」

「付き合うよ」


 一緒にコンビニ行こうか、くらいのノリで言ってみる。もうユーシャには何の脅威も感じない。ケイト――――恩人も助けた。異世界に来た目的は果たした。日本に戻っても居場所なんてないし。ここに滞在するのも色々と面倒くさい。それならば。


「どういうつもりだ?」

「私、君のお父さんの死の原因でもあるんだよね。罪滅ぼし?」

「ああ成る程」

「ユーシャが嫌ならいいけど」

「そんなこと……ない。千沙と一緒なら……」

「じゃあ……」


 私が先ね。と言ってユーシャが落とした長剣を拾ったところで、二人の人間に止められた。一人は後ろから抱きつかれ、一人は剣を握り締めて阻止している。


「助けておいて……先に逝くなんてやめて」

「チサ。どうしてもそれを実行するなら、僕もつき合わせて」


 ケイトとレトだった。必死でしがみ付いて止めるケイトに、いつ意識が戻ったのか剣を人から奪い取るレト。……ケイト、止めてくれるのは嬉しいけれど。レトも……。


「ケイトは女王様になればいいんじゃないかな。レトも何だかんだで教養あるからどこだって生きていけるよ」

「チサ!?」

「もしかして、ユーシャのこと……?」


 レトがあらぬ疑いをかけてくるけど……でもある意味正しいのかもしれない。


「二人とも、死にたくなったことある? 実行したことは? ないよね。ドラゴンの姿でだって生きていたし、死ぬくらいなら異世界に逃亡できちゃうし。ユーシャは、私と似てるの。世界を巻き込んで死にたいなんて考える破滅的なところ。……放っておけないじゃん」


 類は友を呼ぶ、そう考えてふと思った。異世界トリップの締めくくりは、ラスボスと心中とかドラマチックだな。しかもそのラスボスも少なからず因縁があった人だし。何のとりえもなかった私だけど、こんな物語に出てきそうな体験出来て、結構人生楽しかったかも。




 だから、これ以上を望むのが怖い。


「チサがいないのに、女王なんてなっても仕方ない!」

「……チサがいなくなったら、僕だって生きている意味がない」


 なのに二人がそれを(くつがえ)すから。生きていていいのかなって思わせるのは、毒だ。パンドラの壺に残った希望は実は毒という説のように。


「もう、いいよ……」


 私達の後ろでぽつりとユーシャが言った。


「オレムは生かすことに希望を見出した。ならボクも倣おうと思う。千沙、君は自分の世界に帰れ。もちろんケイト姉様も、そこの忠犬も連れて行って」

「え?」


 そんなご都合展開が許されるものか。私がこの世界に来て、確実に数人は不幸になってるし、一人は死んでいる。


「死にたがりには最大の罰だろう? ……姉様。レトも異存は?」

「ないわ。私もここには未練がないし」

「……同じく」


 いや、本人無視して話を進めないで。




 でも、本当に? 本当に二人を連れて日本に帰れるの?


「話がまとまったところで、姉様」

「……姉?」

「失礼。ケイトさん。皇位継承の儀式をしてくれないかな? 君が伝授されたんだろ?」

「! 何に使うつもりですか? 皇位はどうでもいいって……」

「そりゃあ勿論、セレティスを滅ぼすため。だって誰もいなくなるんだし、後始末は誰かがしないと。ああ母さん。その前には出て行ってもらうけど、ご了承ください」


 カーテンにくるまって震えていたメアリーさんだが、その動きも止まった。二人で抱きあいながら事の成り行きを見守っていたララリアとエリーゼもこの事態に驚きを隠せないようだった。


 うん。でもこのジェットコースター展開に一番ついていけてないのは私だと思う。

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