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死にたがりの円舞曲

 今日は運動靴が無くなった。昨日は教科書が掃除用具入れの上にあった。みんなどうしてこんなことするんだろう。ねえお父さんお母さん。


『恥ずかしいわ。あなたもう高校生でしょう。お母さんがあなたくらいの時は苛めっ子を殴り倒したわよ。本当に私の子供なの?』

『はあ苛め? お前みたいな年頃の女の子をからかうのは……そう嫉妬だよ。深く考えるんじゃない。お前が可愛いから意地悪してるんだそうだろう? ハハハうちの娘もやるなあハハハ』


 この人達、話聞く気ないな。

 親すらこんな調子なら、私は誰に悩みを打ち明ければいい。友達っぽいのは一応いた。


『え、佐倉さんと私が友達? 違うよ。私いつも一人な佐倉さんが可哀相だから一緒にいるだけ。ボランティア。だからそういう勘違いはちょっと困るかな……』


 そういうものなんだ。私からは友達認定って出来ないんだ。相手からの許可を待つのが友達なんだ。私ったら友達でもないのに馴れ馴れしかったな。友達って難しいんだな。


 親も友達もいない。唯一の楽しみはファンタジー小説を買って読むことだった。そこでは夢や希望もあった。誕生日を祝ってくれるような両親や許可のいらない友達もいた。それを読んでいる間だけは、現実を忘れることが出来ていた。


『廃品回収に出したわよ。そろそろ受験に備えなさい。あんなもの読んでたら馬鹿になるだけだわ』


 それまで保っていた、細い細い糸がぷっつり切れる音がした。それから気がついたら学校で、いつもみたいに靴が無くなってて、もういいや、死んでやるって思って、フェンスに足をかけた。


 そこで、ケイトに会ったんだ。

 ……ファンタジーにしても、ジャンルは魔法少女ものだと思っていた。シンデレラの魔法使いのように、私の運命を変えてくれたから。あんなに優しくされたの、初めてだった。ううん。魔法が無くても「つらい、悲しい」 と言ったら何も言わずそっと寄り添ってくれる人だから、きっと好きになっていただろう。他の人は、そんな気持ちの存在を認めてくれなかったから余計にそう思った。


 でも残念なことにジャンルは異世界ものだったから、私は彼女を追って知らない世界に足を踏み入れることになった。ずっと後になって、あの子が私を友達って言ってくれてたのを知った。もう私の人生は、ケイトに友達って言われるためにあった、それでいいような気がした。


 ただこれ、ラスボスのいる異世界トリップものだった。そしてラスボスは、かつての自分と同じ死にたがりだった。





「なんだ……その目は」


 昔を思い出して、思わず生ぬるい視線になる。そうなんだ。魔法が使えるチートでも、死にたくなっちゃうんだって思って切なくなる。私はケイトが助けてくれたけど、この人にはまだ誰もいないみたいだ。

「可哀相な人」


 ぽつりと呟いたその言葉は、この人というより過去の自分に向けたものだ。けど目の前の男はそんなことには気がつかない。


「馬鹿にしているつもりか? 愚かだな。ボクにはお前を一瞬で殺す力がある。命乞いをするなら許してやらなくも無い。ああ、お前は最初から死ぬことを願っていたな。なら、横の女子供から殺すか?」

「そしたら、私が狼狽すると思う?」

「……!」


 あの時、ビルの屋上を死に場所に選んだのは、派手に死んでワイドショーに出ればいいと思ったから。それで同級生達が、マスコミにえげつなく追い掛け回されればいいんだって思ってた。マスコミに、権力に、力に媚びていた。所詮自分のものでもない力を当てにしていて、子供だった。



「お前は、一体なんなんだ……」


 恨むまでもなく、憤るまでもなく、ただ哀れなものを見るようなまなざしの千沙。培養機から出てからというもの、何故こいつだけが思い通りにならない。産みの母すら手の内だ。魔力は無制限。魔法も自由自在。……急成長させた弊害で身体は病弱となったが、それも薬である程度何とかなる。思い通りにならないのは、それが腹立たしいのは、ただこいつだけ。なぜ?


「ユーシャ。君には合ってないんだよ。この世界が。だって、君のお父さんは……」

「そうだな。お前が殺した!」


 培養機に居た頃の話だ。夢で遠くのことを見ていた。弱い父が勝手にやけを起こして死んだ。それでも遠因は間違いなく、千沙にある。


「ごめんなさい」

「謝って済むと思ってるのか! 思ってるなら死ね! 思わないでもお前は死ね! 何がケイトだ、恩人だ。この世に信じられるもの何一つ無いんだ。お前みたいなご都合女の望みが何もかも叶ってたまるか! この世界に生きているものは、全員死ぬんだ!」


 どうして彼女は信じたんだろう。それが叶っていくんだろう。その過程を見ていくと


 こんな腐った世界で、自分も何かを信じてみたくなった。


 それが出来るような生まれじゃないと考え直して、また死にたくなった。



「結局、この世界が悪いんだ。始祖ゼルメルの箱庭に過ぎないこの世界。召還で人を増やしていったから、召還が罪深いものなんて思っていない。魔法で腐り落ちるまで縛り付ける世界。母の凶行も父の召還と末路も、表向きの父の痴れ者ぶりも。そんな憎しみの連鎖で産まれたボクすらも。死ぬべきなんだ」


 どこに希望を持てばいい。何に縋ればいい。泥の中でいつも、助けを求めて宙をきる手。培養機ににこやかに話しかける母が精神的に振り払う。城にある肖像画の父上はまるでこう言っているみたいだった。『異物』

 実の父は恵まれた立場の少女に嫉妬した。父がボクに会っていたなら……惨めに死んだ自分に比べ、セレティスの跡継ぎとして下にもおかぬ扱いで育つボクなんて――憎悪しかないだろうというのは容易に想像がつく。


「滅ぼすしかないんだ。死ぬしかないんだ。皆そう言うんだ!」


 呪詛の言葉を吐き出すユーシャに、千沙は口をつぐむ。勇人を間接的に死に追いやったことは、確かに彼女の負い目になっていた。


「――――みっともない」


 勇人と直接の関係もないレトだけが、この一方的な口論に横槍を入れた。


「まるで子供の癇癪じゃないか。いや、実際子供か。思い通りにならないのは周りのせいって。そんな責任転嫁は幼児の頃で済ませておけ」

「……口を慎め小僧。魔力により過去の全てを知るボクの知識は大人以上だ。たかだか数年生きただけの子供が意見なんかするな」

「お前の経験じゃないだろ。やっぱりお前、単なる頭でっかちのガキじゃないか」


 ユーシャは歯軋りをした。間を置かずにレトは風に吹き飛ばされる。千沙は恐怖と驚愕で口を覆う。が。

「……!」


 飛ばされる直前に目で合図をされた。ケイトのところに行け、と。心配だけど、第一の目的が先だ。千沙はユーシャの横をすり抜けてケイトの遺体に走り寄る。

 傷口からはなおも血が溢れていた。おまけに顔に奇妙なまだら模様が浮かびつつある。死斑だ――。急がなくては。震える右手を左手で打って三枚の葉を出す。ポーチから出したところで顔の横に剣が突きつけられる。


「待て。今蘇られても迷惑だ。先に手枷を付けさせてもらう。お前は動くな」


 耐え切れずに泣き出した。もともと彼女の情緒は苦難に強いようには出来ていない。今まで異世界でやってこれたのは、ひとえに運のよさとレトのひたむきな愛情の賜物だった。


「ケイトが何するっていうの! 怖がってるのあんただけよ!」

「殺した女が蘇るんだぞ。脅威だ」

「殺さなきゃよかったんじゃん! ああ、全員殺す予定? 死ぬなら自分一人で勝手に死になよ! 私はそうするつもりだった!」

 邪魔をしてくるユーシャを視界にいれるのも億劫で、ケイトの遺体に突っ伏す。あの日が、自殺未遂の夕方が百年も昔のようだ。まさかあれが助かって、異世界で他人の自殺に巻き込まれるとは思いもしなかった。


「死ぬつもりでいたのに……どうしてお前はボクの気持ちが分からない? 全てに復讐したくはないのか?」

 その台詞にぐっと言葉をつまらせる。彼の気持ちは痛いほど分かった。けど。


「遅すぎる。私はケイトに出会ったしまった。ユーシャだって、いつか自分の事を分かってくれるような人に出会ったら、こんな事、したくなくなるよ……」

「それは……千沙、君が……」


 二人の後ろで轟音のような羽音がした。レトのドラゴン化だ、と気づいたのは千沙のほうが早かった。ユーシャが後ろを振り返った隙をついて、ケイトの目と口の上に三枚の葉を置く。


「!」


 レトの狙いと千沙の行動には気づいたが、いくら魔法の申し子でも二つ一気に相手は出来ない。先に片付けるとしたら……。ユーシャはレトに向かって一言、二言呟く。突風がドラゴンの巨体を切り裂いた。


「千沙の周りを蝿のようにウロチョロする男……! 息の根止めてやる!」


 何時に無く激情にかられてそう呪ったものの、それは実行されることは無かった。何故なら――――ケイトが止めたからだ。


 植物が手足に絡みつく。墓場一帯に生えるケイトの花の蔓だ。荒い息の下でケイトが呪文を唱えている。


「ケイト、無茶しないで……」

「今無茶しないでいつするの? 私一人じゃ彼を止められないもの」


 半泣きの千沙と満身創痍のケイトが二人寄りそっている。ケイト、表向きには姉にあたる人間。……後継の儀式さえ終わっていれば、あんな身分に胡坐をかいた甘ったれ、生かしておかないのに。


「チサ、今のうちにドラゴンくんと彼女達を……」

「う、うん…………。え」


 辺りに風が吹き荒れる。動きを封じたくらいじゃ、ユーシャの力は止まらないのかと絶望を感じる。


「待ってチサ! この力は……」


 ケイトが最後まで言い終わることなく、千沙達はその場から消えた。


「……っあの女!」

 ケイトが消えたと同時に植物の魔法は切れ、ユーシャは自由になる。縛られていた反動で、地面に膝をついた状態で考える。生まれて間もない彼にも、先ほどの風の魔法の主が誰かは分かった。――――母だ。城の中にいるのは分かっている。周りを見ればレトや少女二人の影もない。あの自分が一番女がここまで気を配るなど考えられない。誰か裏に回っていたのか。まあそんな事はどうでもいい。すぐにまとめて消すのだから。

 そのまま城に向かおうと立ち上がり――――よろけた。

 魔力を消費しすぎた。すぐに、薬を……。懐から錠剤を取る。この薬、元々は異世界に身体を適応させる薬らしいが……ハーフの自分は身体が異世界人寄りで、この世界に合っていないのだろうか。それとも大きすぎる魔力がアレルギーになっているのか? それとも――――ゼルメルの呪いなのだろうか。

 やめよう。どうせ克服できているものだ。それにもうすぐ、こんな苦しみともおさらばなのだから。


 その場にうずくまり、呼吸を整える。

 落ち着いたところで、千沙達をどうするか思案する。


「母のところにいるなら厄介だ。オレムを使うか……」




 まず目に入ったのはアドルだった。見るからに不機嫌そうな様子。……実際失態を犯しまくりだから、とてもばつが悪い。自然に目を逸らしてしまう。


「チサのお友達でしょうか? 助けてくれてありがとうございます。私の名はケイトといいます。よろしければお名前を聞かせてください」


 不貞腐れている千沙の脇でケイトは上品に尋ねる。いや、上品でもないか。服の血が目立たないように振る舞っている。……原因はほぼ私だけど!


「アドル。アドル・ファジェシオル」

「あら? もしかして、シノア叔母様のご子息でしょうか?」

「……さすがに知っているか」

「アドル様……祖母がしたこと、お許し下さい」

「今さらだ。許すも許さないも無い。過ぎたことだ……それより、治癒の力はないのか? そこの男と少女二人に施してやれ」


 シノアさんの名前が出て、因縁の二人だったんだ……と奇妙な気持ちになったのもつかの間、その一言でパニックになる。そうだ、レトが、エリーゼが、ララリアが!


「簡単です。チサ、心配しないで」


 さっと身を翻し、近くに倒れている三人に手を当てて呪文を唱えるケイト。エリーゼとララリアは衝撃で気を失っていただけらしく、元から軽症とのこと。問題はレトだ。切り裂かれたショックで人間に戻ったその身体は、無残の一言だった。深い切り傷が何十箇所も……。もし、もしケイトで治らなかったら、いっそ楽にしてあげて、三枚の葉で……。


「駄目よチサ。あれは助けられるのは一人につき一名だけ。それも心から大事に思ってる人のみ。かつて資料ごと葉を廃棄しようした妖精の長老は、愛人を治そうとして失敗。八つ当たりをしたのよ」


 ケイトが察したのかレトを治療しながらも忠告してくれた。それ、本当? ユニコーンの時と違って、慎重に使ってよかった……。


「チサ。私のこと、ずっと思ってくれてたのね。異世界で一人、大変だったでしょ?」

「! 当たり前じゃない。ケイトは、私の大事な人だもの」

「ありがとう……。ドラゴンくんの事も、私頑張るから」


 今ケイト、複雑そうな顔した? 一瞬だったけど。疑問に思っていると、アドルが近づいてきた。

「放っておいてもいいだろう。お前が魔法を使えるわけではないのだから」

 そりゃそうだけど、人情ってものがあるでしょ、人情ってものが。

「それより、元凶の女と話をしてこい。まったく、ここまで来るのは大変だったんだぞ」


 元凶って言うと……。思わず辺りを見回す。

 薄暗い部屋の奥。細くて小さな女性が震えていた。顔立ちは、少しだけユーシャに似ていた。


 あの人が、メアリー?

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