生存本能
千沙とユーシャがケイトの墓に詣でていた頃、彼の住む城の奥では、メアリーが妖しい呪いをしていた。暗い部屋にて一人目的の場所まで歩くメアリー。壁の一部分に不自然にかかったカーテンを剥ぎ取ると、そこには鏡があった。それに映る自分をしばらく無言で見つめたのち、ぽつりと彼女は呟く。
「古代の遺産ね……。無かったほうがいっそ楽だったのかしら? ……そんなことないわね。正確な情報を知ることが出来るなんて、メリット以外のなにものでもないわ」
迷いをうかがい知れる言葉を吐いた後は、鏡に向かって呪文を呟く。
『鏡よ鏡、この世で一番魔力が強い人間は誰?』
すると鏡はメアリーの顔を映すのをやめ、そこにユーシャの姿を映し出した。例の墓場と思しき場所で佇むユーシャ。それを見て二重の意味でほっとする。あの子は身体が弱い。倒れていたらすぐにオレムを派遣したところだ。そして一番魔力が強い人間で迷わずユーシャを出した。魔法使いの故郷たるこの島で、その当主の魔力が弱いなんて洒落にならない。ユーシャが産まれる前まではケイトを映していて、いつも苦々しく思っていたから心より安堵する。
安堵? 果たしてそれだけか。そもそも、魔力を持って産まれて来たならラッキーくらいの考えだったのに。
だって、あの子は皇族の種じゃないのだから。
適当に異世界から拉致した少年の息子。召還だけでも手一杯だったが、その後に問題を起こされては困る。『死んでも構わない人間』 とだけ条件をつけて引っ張ってきた。凡庸な少年だった。凡庸じゃないところと言ったら、遠まわしに拒絶しているというのにいつまでもせがんでくるデリカシーの無さくらいだろうか。おかげで予定より早く身ごもったのはいいけれど。取り柄もないのに欠点だけは一人前な、最も手に負えないタイプだった。おかげで子供に余計な情を持たずに済むから、それも結果的には良かったのかもしれないが。だって、私が産むのはここを支配する復讐の道具だもの。
産んですぐに培養機に放り込んだ。
早く大きくなってね。世界にその姿が映し出されたら、全ての人間がこう思うのよ『なんだ、立派な跡継ぎが出来ていたのか』 って。その後は私が世界を牛耳るの。他の人間と違うからってネグレクトした両親、苛めてきた故郷の連中、拉致されたあげく白痴の男の妻にされたここでの屈辱。絶対忘れるものか。世界は見下してきた女に支配されるのよ。
「初めまして、お母様」
そいつはそう言った。十七、八くらいの見た目に成長させたそれは、裸の状態で培養機の中から、ゆっくりと自分から出てきた。足首まで伸びた黒い長髪をうざったそうにしながら。それは、私からすれば恐怖の光景でいしかなかった。
なぜ喋れるの? 動けるの? 私は身体しか成長させないように設定したはずだけど? 目の前のこいつは本当ならゼロ歳児並みの知能しかないはず。
「実の父親は、見た目に出てないだけで、潜在的には優れた人だったということです。まあ、書類上の父親も同じだと思いますが」
何を言ってるのかしら。貴方の父親は一人よ、由緒正しいこの島の。
「そんな嘘は無意味です。全てがボクには見えるのだから。何ならいつも尋ねていた鏡に聞いたらどうです?」
あなた、誰なの? どこまで知っているの? 私の邪魔をする気なの?
「別に。どうもしません。お母様の野望も邪魔するつもりもありません。ただ……」
ボクの邪魔はしないでください。貴方もまた父上の仇なのだから。そう言って、不気味がる母をおいて部屋を出て行った。
あてが外れた。あれは傀儡にならない。それどころか、驚異的な魔力は私を知らぬ間に葬りかねない。カワダユウト。これはお前の復讐か――――。
実の息子に複雑な思いを抱きながら、メアリーはそっと鏡に布をかけた。鏡の中からでも全てを見透かしそうな息子が怖かった。
「ケイト……さん。目を開けて。ねえ」
少し離れたところではチサがケイトを起こそうと話しかけている。無駄なことを、と思わずにいられない。
呪いは原則、かけた人間にしか解けない。それは魔力を有り余らせるボクでも例外はない。母の魔術を解くのは難しい。とはいえ出来なくはないが、今のケイト姉様(表向きの系図上は姉) を力ずくで起こしても、脳か精神かその両方か……ただでは済むまい。
それにしても、さん付けして関係を気取られないようにとか無駄な努力もいいところ。過去のことでボクの知らぬことはない。母がケイトを引きずり戻そうとして、くっついてきたオマケのことなんてとっくに知ってる。勿論、間接的に実の父を死に追いやったことも。
「チサ、もう……」
四つの月はすでに中天に昇っている。真夜中だ。いつまでもここにいると、チサのお仲間が来るだろう。その前に彼女を言いくるめたい。彼女についてきたメンバーはチサの意志を尊重する者ばかりだから、彼女を懐柔すればどうとでもなる。……それにしても、この女はそんな魅力的だろうか?
「ユーシャ……ごめんなさい、もう少しだけ、もう少しだけ」
「ボクもそろそろ帰らなくちゃいけない。でも、女性一人残して戻るほど薄情ではないつもりなんだ」
セレティスにはボクと母とオレムしかいないから、彼女が誰かに乱暴なんて可能性はまずないのだが、彼女が暴れてここを台無しにされるのは困る。ボクのお気に入りの場所を荒らすのはさすがにね。見張っていないと何しでかすか分からない。……そういうところが保護欲や好奇心をくすぐるのだろうか? 自殺寸前でケイトに助けられただけあって、どこか儚げな雰囲気がある。そしてケイトに依存しているだけあって、ケイトのことで何をするか分からない。……間違っても恋人にしたいタイプじゃないと思うのだが。チサには趣味の悪い男を察知する能力があるのかもしれない。
「そうだよね。ごめんなさい」
「……落ち込まないで。昼間にも来ていいから」
「いいの!? ありがとう!」
そう喜ばれると困る。殺す決心が鈍りそうになるから。
月明かりの中、最初に会った小道のとこまで送ると言って、ユーシャがついて来てくれた。ユーシャくんマジ紳士。島に住む一般人なのかな? ……そんなはずないよね。いくらなんでもこの島で。もしかしたら罠にかけようとしているのかもしれない。探りをいれてみるかな。
「ここ、綺麗な島だよね。ずっとここに住んでいるの?」
歩きながらお喋り。コミュ症だけど、天気と故郷と過去の話なら人は大体食いつくってことは知っている。
「そう。生まれて一度も出たこと無い。出たいと思ったところで、母や執事に止められるだろうしね。ボク、身体弱いし」
「……そうなんだ。でもこの島、私が旅してきた中でも一番綺麗なところだと思うな。ねえねえ、他にも名所はある?」
「行きたいの? それなら歴史的背景を知ってからをお奨めするよ」
「歴史……例えば?」
「西の岬から見えるセイレーンは、元は初代に呪いをかけられた人間とか」
……倒しちゃったあとで聞きたくなかった。ちょっと気分が悪くなるけど、ぐっとこらえて疑問をぶつける。
「初代?」
「そう。初代……この世界を創った男だよ。学園都市の教本にも記載されない真実の話。知りたい?」
こくんと頷く。情報は少しでも多いほうがいい。まあ、百パーセント信用はしないけどね。それで、ユーシャの話によると。
《昔々、この世界に偉大な一人の魔法使いが降り立ちました。天から来たとも、何もないところから現れたとも言われております》
「あ、学園都市の教本には『天から神が降りて~』 とかあったけど、それ初代さんなの?」
「そうなるね。さすがに名前は伝わらなかったようだけど」
《その魔法使いは男で、名をゼルメル。彼は何もないこの大地を、自分の血で支配しようと決めました》
「血? 確か神話によっては血から神様が生まれたみたいなことはザラだけど」
「さすがにそこまで人外じゃなかったらしい。子孫によって支配するって意味だよ」
「ああ子孫でね。でも一人で来たって……あれ?」
《ゼルメルは、元の故郷で讒言により異世界流しの刑になったとも、元々風来坊で気まぐれにワープして来たとも、嫌われていたから追い出されたとも言われています。どれにしろ、彼が子孫を得るには方法は一つ。他所の世界から引っ張ってくるしかない》
「――!」
「酷い話だろ? この島の人間は、人を拉致することを何とも思っていないよ。そうやって繁栄したのだから」
《やがて一つの村が出来るくらいに、ゼルメルの子孫は島に満たされました。でも彼の心は満たされませんでした。どんな偉大な魔法使いでも、老いには逆らえなかったのです。それに、現状では子供は皆兄妹なのですから》
「近親婚……」
「まずいよね。そういえばどこだか、近親婚やりすぎて最後の当主が虚弱体質だったって噂聞いたけど、あれは……」
「ね、ねえねえ、続き聞かせて!」
《やがて偉大な魔法使いの最後の時が訪れました。後継者を指名したのち、ゼルメルは異世界から数人の男女を召還びました。そして息絶えました。セレティスの島を中心として、彼の血を濃く受け継ぐ者がそこの当主兼世界の支配者に。血を受け継がない者は庶民に。それが彼の遺言でした》
「ギリギリまで他の血をいれないとか、案外独占欲強い人?」
「だろうね。先祖にあたる人を悪く言うのもなんだけど。それにここで終わっていればまだ良かった」
《ゼルメルの妻だった女達は、彼が死んだあとに彼以外の男を見て、何人かは浮気に走ったと言います》
「……拉致しておいて浮気も何も……」
「ゼルメルにそれは通じない。色々な意味で、彼は規格外すぎた」
《恐ろしい事に、浮気をした女達は、血を吐いて死んだり、錯乱の末自殺したり、魔物に変化したりとみななんらかの罰を受けたのでした。ゼルメルが、自分に不都合なことをするとそうなるように仕組んでいたのでしょう。異世界適応の魔術が混乱するように。ただ、ゼルメルとそもそも関係を持っていない女達はいくら浮気をしても変わらないのを見ると、確実に自分の種が残るようにとの意志だったのでしょう》
「そこまで!? というか、セイレーンってその時の?」
「そう。哀れな女達の成れの果て。でももう覚えてないんじゃないかな? 大昔の話だし。もう千年くらい前のね」
《すっかり怖くなった女達と子孫は、ゼルメルの遺言に忠実になりました。やがて世界には人が溢れました。しかしゼルメルの直系が今も実権を握っているのは相変わらず。その直系も、能力を維持するために常に四親等以内の結婚を強いられています。昔一度、当主が庶民と婚姻したのですが、著しく子の能力が劣化したことを受けて親族内結婚を推奨するようになったのです。少しずつ先細る直系。やがて二人まで後継者が減っていき……手段を選んではいられない、初代もしたのだからとついに召還に手を出しました》
「……少し前には伯父姪の結婚で生まれた兄と、いとこ同士で生まれた弟という腹違いの兄弟がいたけど、両方死んだっけ」
「え、それじゃあ、跡取りは……」
「兄のほうが頑張って、第一子に長女ケイト、第……二子に長男の……なんだっけね。とにかく跡取りはもう大丈夫だから」
第二子って、確か血が繋がってないんじゃなかったけ。メアリーさんが勇人くんを召還して作ったって。ゼルメルさんの天罰どこ行った。……風化したのかな? でもメアリーさんはそれをも恐れず召還して別の男と……ってことだよね。それで彼女も被害者で、そもそも国の伝統で。ああなんか混乱してきた。
「ざっとこの島の歴史を言ってみたけど、どう? 参考になった?」
「え、ああ、うん。ありがとうユーシャ」
「お礼なんて。ボク、人と話すの好きだから、チサと話せて嬉しい。他の人はみんな、ボクを子供扱いする人ばかりだし……」
「跡取りだから?」
その表情が凍った。けど悪意や敵意は感じられなかった。さすがにここまで聞かせられてとぼけたふりは難しい。どうせなら先制しようと思った。手は太ももの剣を掴んでいる。
「……隠すつもりはなかったんだよ?」
「そうだよね。学園都市も知らないような話をペラペラと……舐めてかかってるか、何か目的があるかだよね。ただ、最近生まれたばかりの割に、随分大きいなとは思ったけど」
「父より老けさせることなんていくらでも出来るよ。この島はゼルメルの直系の地だからね」
「それで?」
彼は困ったように笑って言った。
「君を待っていた。佐倉千沙」
身長差から一気に距離をつめられ、片手を握られる。も、もう片方の手は、剣を抜いているからな。
「ケイト姉様を、何とかして起こしてほしい」
「え」
いや、それは私も願っていることだけど、けど。
起こしたら君もまずくないか? お母さんのせいで眠ってる状態なわけだから、逆らうことになるし、そもそも本当ならここの当主を継げる資格があるのって……。
「ケイト姉様が起きない限り、ボクは当主になれない」
どっちにしてもなれないのでは? という言葉を抑える。
「姉様が継承の際に必要な呪文を、母さんに伝えてくれなかった。そのせいでボクはいつまでも立っても皇位につけない」
あ、そういえばそんな話、シノアさんがしていたような。
「ゼルメルの血の力は侮れない。このボクでも視ることが出来なかった。だから本人から聞き出すしかなかったのに……」
『無駄です。どっちにしろ、今の私では魔力が足りないのですから』
『貴女、一番の魔力保持者だったじゃないの。大量の魔力をどこへやったというの』
『別れ際に、大切な友達へ。そもそも、貴女が余計なことをしたからこうなったのです。……父のことだって!』
『お黙り! もういいわ。別に継承呪文なんかなくても、私は私の息子に島を継がせてみせるわ』
『ゼルメル様は許さないでしょう。自分の血縁以外になんて……』
『それが生きてるなら私はここにいないわよ。それに血縁なら貴女がいるじゃないの。すぐにあの子を大きくするわ。息子と結婚なさい。血は繋がってないんだし、いいでしょう?』
『お断りします。メアリー、貴女は反逆者です。私は直系として貴女を牢に入れねばなりません。そして友人を探しに行かなくては……』
『魔力もないのに偉そうね。貴女がそのつもりなら、呪いをかけてあげる。次に目覚めた時、ケイト、貴女は全てを忘れて息子と恋に落ちるのよ』
『……!』
「……ケイト姉様が帰ってきた、その日の夜のことでした」
淡々とやり取りを語るユーシャ。語り終えて、目から涙が溢れ出している私を見てぎょっとした。
ケイトは、私を友達だと思ってくれてた。連絡がないのも、見捨てた訳じゃなかった。異世界で生きていて不自由がなかったのは、ケイトが安全と引き換えに私を守ってくれたから……。
「そこまで思ってもらえて……姉も浮かばれるでしょう」
「がっでにころざないで……」
鼻声で答える。みっともないが、ケイトに関することだから仕方ない。それより、こういうことまで教えてくれるなら、ユーシャは王位が欲しいだけで敵ではない?
「ボクは当主として、世界を監視する義務がある。……できれば無くなってもいいと思ってるけど、それでも今まで合った物が急に消えるのは無用な混乱を生む。呪文だけ教えてもらえればいいんだ。それが出来たなら、ボクの魔力で君とチサを安全な世界に逃がしてもいい」
鳶が鷹を産んだのだろうか。すごい出来たこと言ってるような。それに私にも最高の条件じゃないですか。ケイトを連れてこの問題の多い異世界を離れて、地球に帰還! それこそ望むところです! ただね。
「私、魔法とか詳しくなくて……」
「それでも、解ける可能性があるとしたら、君しかいない。なんせ君にはケイトの魔力が宿っているのだから。朝か昼にまたあの花畑に来て、ケイトを起こしてくれないかな? 仲間も連れてきていいから」
……怪しいところは、ないよね。仲間も連れて来ていいとか、陰謀するにもお粗末すぎるし。どっちにしろ、私の目的はケイトのみだし、よし!
「じゃあ、明日の昼にまた行くから」
「うん……楽しみにしてる」
そしてセレティス突入の当日から起こった、奇妙な出会いはとりあえずその日の幕を閉じた。後から考えると、あれはケイトの導きだったんだろうか?




