再会
アドルが吸血鬼の聴覚と視覚で念入りに島を探ってくれている。……船って制止したままだとちょっと酔うけど、上を向いてじっとして耐える。うぷ。
「岬のほうに人影が見えた気がしたが……。まあ、この距離なら向こうには見えていないだろうから心配はないな」
思わず、それならよかったーと納得しそうになる。……いや待て。このいかにもな感じ。これってフラグってやつでは? 悪い意味での!
「本当に? もしかしたら超人的な存在が居てバレバレなんてない?」
楽天的に考えられればいいんだろうけど。あの場所は本当に危険だからまずい。常に一番悪い予想をして対策を考えないと。
「……シノア様から聞いただろう。セレティスにはもうろくな人間は残っていないと。よしんば、残っていたとしても私やレトがいる。何とでもなるさ」
「ならいいけど」
「ところで、力を使って消耗している。血を頂きたいが構わないだろうか?」
……あ、これまでそんなそぶり見せなかったから忘れてた。そういえばこの人吸血鬼の先祖返りだった。
「チサ様にはこれからのことがあるし、ララリアは演奏で疲れているわ。どうぞ私のを」
「いいえ! エリーゼこそ歌って疲れているわ。私なら大丈夫よ。各地の公演で体力だってついたし」
と、エリーゼとララリアが先を争って血をあげようとする。いやいや、二人とも年齢私と同じかそれ以下じゃん、ここは私が。
「今度こそ殺す気か」
……うん、この世界の人間には毒だったよね。この身体。
「血を吸われることに負担はないのか?」
レトがアドルを睨みながら言う。やっぱり、妹の血を吸われるのはやっぱ気分よくないのかな。
「負担? あるだろう。女性の場合はただでさえ毎月血が失われるのだから」
「なら二人から吸え。そのほうが負担も両方軽いだろう」
というわけで、目の前で吸血行為が行われています。
「あっ……」
「……んっ……!」
数ある魔物の中でも吸血鬼はとてもこう、淫らな印象を受けます。地球の蚊みたいな、うるさい音たてて血を吸う微小な生き物だったらどうもしないんだろうけど、アドルめちゃ美形だし。しかし、戦力温存のためとはいえ、年下少女二人に負担を強いて何か居心地悪い……。色んな意味で。
「お気になさらないで。知識以外は私、足手まといですもの」
「セイレーンの海路を抜けた後は私、用済みだし。せめてこれくらいはね」
あう……ごめんなさい。
何はともあれ、二人の体調が落ち着いたら、丁度いい場所を探って上陸と決まった。決行は、深夜。
「どこへ行っていたの?」
セレティスのほぼ中央に位置する城。オレムとローブの男がそこに入るなり、絶世の美女と言っても差し支えない、典雅なドレスを着た女性が出迎えた。
「ああお母様。ただの散歩ですよ」
ローブの男は女性を母と呼んだ。しかし女性はそれに反応することなく、オレムを真っ直ぐに睨み一喝する。
「何をしていますか! 貴方はこの子の世話役でしょう! この子の身体は強くありません。外出などよくも」
「申し訳ございません、メアリー様」
オレムは謝罪の見本のような姿勢をした。深く頭を下げ、萎縮したような声で詫びる。
「……やめてよ。怒鳴ることの出来る立場なの?お母様は」
それを制止したのは、ローブの男だった。
「ボクが行きたいって言ったんだ。岬までなら……」
「口答えするんじゃありません! 母は、ただ心配しているのです」
「病弱な身体をですか。急成長させた反動で外界からの刺激に弱くさせたのは誰でしたっけ」
オレムは戦々恐々としていた。この親子は顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。親の心子知らずとはよく言ったものだ。心配する母メアリーの言葉を曲解してばかりの彼は、一体何がそんなに苛立たしいのか。
「可愛くないことを言うんじゃありません! どうして素直になってくれないの!? どうしていつも貴方は」
「……父の遺伝子は優秀ですね。生まれ落ちた時から意識があり、過去のことが何でも見えた。だから体力の分は知識でカバーしますよ。貴方に心配されるいわれは無い」
「……ユーシャ!」
たまらず、メアリーは息子の名前を叫んだ。その名前を呼ばれた瞬間、ユーシャはローブを母に向かって投げつけて背を向け歩き出す。
「花畑に――ケイト姉さまのところへ行きます。……頭を冷やしたいから」
深夜、人目につきにくいこじんまりとした砂浜を見つけ、そこに船を寄せ、静かに上陸する。砂浜に立った時、チサは呟かずにいられなかった。
「……ここが、セレティス」
ケイトのいる島。ケイトが、ここに、やっと……。
万感の思いに胸を震わせていると、レトがチサに近寄り、そっと手を握り締める。
「?」
「チサ、必ず、ケイトを助けようね」
「……うん」
「大丈夫。ケイトはきっと分かってくれる。チサがずっとケイトを想ってきたこと。チサの想いが本物だってこと」
おかしい。一応、君と私って、恋人関係じゃなかったっけ? ケイトのことは問題に思ってないの? 女だから歯牙にもかけない? それとも、まさかレトは。
「チサ様、こちらに。あそこなら昼間でも人目につきにくそうですわ」
エリーゼが洞窟の前で手を振っている。……今はやめよう。ケイトのことだけ考えるんだ。
船旅で疲れた一同は今はぐっすり眠っている。起きているのは偵察に出ているアドルと私だけ。私はぼんやりと洞窟の入り口を見つめていた。近くから波の音が常にする。それが余りにも自然で、ここがあんまり人のいない島だって忘れそうになる。
『おかえり、チサ』
――――幻覚が見えた。ケイトが、笑って私を出迎える夢。あの日、本当ならそうなるはずだったんだ。
でも、本当は、現実は――ケイトもいいように操られてただけ。勇人くんの通った道を通っただけ。私のところに来たのは、運命でも何でもない。……私の好きなラノベだったら、勇人くんが無双してこの世界を改革しそうなものだけど。現実は、私の先輩にあたる人は、哀れな最後を遂げるしかなかった。
あの時これがあったら、彼を救えたのに。ポーチに大切にしまってある三枚の命の葉を、確認のためにもそっと取り出す。
その時だった。
海風が洞窟に勢いよく吹き込んで、葉っぱを全て飛ばしてしまった。
「――――!」
エリーゼもララリアも、レトも眠っている。何もしていない、何の戦力もない私がこれ以上無駄な苦労をかけさせる訳にはいかない。静かに立ち上がって追いかける。洞窟内なんだから、そんな遠くにはいかないから大丈夫、だと思っていた。
「ちょ、待って……」
ところがどうしたことか、葉はひらりひらりと舞うように前へ前へ進んでいく。それでも一枚は洞窟内でキャッチ出来た。二枚目は洞窟の外で捕まえられた。三枚目が……。
「こ、これ以上はさすがに誰かに見つかっちゃうんじゃ。でも三枚揃ってないと蘇らせられないかもしれないし、欠けさせるなんて……」
三枚目の葉は、まるで引っ張られているように飛んでいく。実際は海風で煽られているだけなんだろうけど。モタモタしていたら見失ってしまう。もし、大事な時に葉が揃ってなくて、ケイトが無駄死になんてことになったら……私の行動は早かった。脇目も振らず追いかける。
手を伸ばして何度も空ぶる。葉っぱはまるで、実態がないみたいだった。でも夜とはいえ、四つの月明かりで鮮明に見えるのだからそんなことはない。
追っている最中に気づく。まさか敵の罠? そうだとしても、あの葉を失えない。もし罠に引っかかったと喜んでいるなら大間違いだ。その浮かれている最中に飛び蹴り食らわせてやる。葉を捕まえるのが先だけどね!
「……っ。……っ! ……!! つ、捕まえた!」
長い葛藤のすえ、どこか小道のような場所でようやく三枚の葉は揃った。捕まえた葉をポーチにつっこむ。ジッパーをきちんと閉め終えたあと、心からの安堵の溜息を漏らす。
「………………ぅっ」
心臓が止まるかと思った。人間は助かった、と思った瞬間の不意打ちはかなりきくと言うけれど、身をもって体験した。誰か、近くにいる。誰? アドル? 目だけを動かしそれの正体を探る。
「……………………くっ……」
アドルではないようだが、同時に警戒する対象なのか疑わしいほどの弱々しい声だった。月明かりの中で凝視する。まず目に入ったのは、周辺に散らばるピンクの切り花。落とした本人? はうずくまっていて、人間ではあるようだが男か女か、子供か大人か判別つかない。呻いている様に聞こえるけど、演技なんだろうか?
「ゲホッ……ぅぇ…………………」
こちらに気づいている様子はない。落ち着いて去れば、無事に皆のところに戻れるだろう。この島の人間は残らず油断できない。苦しんでいたところで何。放っておけばいいんだ。下手に首を突っ込むとろくなことにならないと散々学習したじゃないか私!
「…………………………」
荒い息遣いだったが、それも弱々しくなった。今なら、今なら……。
ふと、元の世界の日常を思い出した。私物を隠されてくすくす笑い。授業中見えないように蹴りを入れてるつもりの女子グループのボス。他の同級生は見て見ぬふり。もし、もし私が物語の主人公だったら、絶対こんなの無視しない。苦しんでいる人を放っておいたりしない。力ない人が苦しんでいるのを見て、何もしないなんてしない。
実際は色んな人を自分から苦しめてるくせに。目的のためにロスやマイスル、イルースを勝手に傷つけた。ジルを弄んだ。アティなんて。
……それが決定打だった。これ以上、人間から遠のきたくなかった。
「大丈夫ですか?」
道端でしゃがみこむ何者かに近づき、背中をさする。その人は起き上がる力がないのか、黙ってされるがままだった。
「……水を………」
レトとエリーゼから水が合わないと危険だから持って行くように、と言われた携帯用の水筒を差し出す。その人は震える手で受け取り、懐から錠剤タイプの薬? を出して一気に飲み込んだ。関係ないけど、でかい錠剤を飲みこめる人ってすごくない? 喉につまりそうで怖くて、私いつも噛んじゃうんだよね。……絶対効き目悪くなってるけど、怖いものは怖い。粉薬のほうが好きだわ。などととりとめのない考えをしている間に、その人の呼吸は落ち着いてきた。反対に私は焦ってきた。
助けちゃったけどどうしようこれ。うーん……。良い人だったら説得して味方に、悪い人だったらこの場で決着をつけよう。何にしろ、助けたことは後悔しない。落とし前は自分でつけてやる。
「……ハァ…………。大分、楽になったかな」
ずっと胸を押さえてうつむいていたその人は、そう言って顔をあげ、私の方を向いた。
「……っ」
三つの意味でびっくりした。
一つ、その人の容姿が非常に良かったこと。
二つ、まさかの和風美人であったこと。黒の長髪で黒目……懐かしさすら覚える。
三つ。男か女かぱっと見て区別がつかないこと。はっ、まさか男の娘?
「どうも。助けてくれて有り難う。ボクの名前はユーシャと言います。貴女は……?」
「キ、キラキラネーム? ボクッ娘?」
「は?」
ユーシャ、勇者って。しかも下手な女の人顔負けの美しい容姿で『ボク』 って。いや、会ったばかりの人に勝手に期待して勝手に幻滅するとか何様なんだ自分は。
「あの……」
意識を元に戻すとユーシャさんが困ったような顔をしていた。これはいけない。
「ご、ごめんなさい。私は千沙です」
「……可愛い名前だね。それにしても、こんな時間にこんな所でどうしたの?」
「落し物が風に飛んで行っちゃって」
ここって私くらいの少女は珍しくないのかな? 知らない人と会っても不審がられないって。
「風? ああ、そう。ここは海が近いからね。こうやって花をちょくちょく代えにいかないと、すぐ傷んでしまう」
そう言ってユーシャさんは周りに散らばる花を、屈んで集め始めた。あ、私も手伝おう。
「ケイトを拾うの手伝ってくれるの? 有り難う」
手が止まったのは言うまでもない。
「この花、ケイトって言うの?」
手に一本だけ持ったそれは、花びらが数多くあり、上にいくほど濃いピンクになるお洒落な雰囲気の花だった。ケイトが花の名前だって言うのは、コリスが言っていたから知っていたけど、実物は初めて見た。ピンク、ケイトの髪色。
「そう。広い地域で見られる花。その愛らしさゆえに子供の名前によく使われるね。ボクの姉様もこの花から名づけられたと聞くし」
……いかにもなこの島出身の人間で、ケイトという名の姉? 頭がガンガンしてきた。この人は何者なんだろう? 敵? それとも味方? 無関係な人? それとも関係者なの?
「母はいい顔しないけど、ボクは一人あんな場所で眠るケイト姉様が不憫で……こうして一日に二回、花をやりに行ってるんだ。朝と夕に。今日は夕方にちょっとやることがあったから、こんな時間になってしまってね。夜の墓参りとか他の場所だったらホラーだね」
眠る? ケイト? 墓参り?
「早く終わらせないと心配して様子見に来るかもな。よっと……」
呆然とする私の前で、ユーシャは立とうとしてふらつく。咄嗟に手を差し伸べて彼? を支える。
「何度も……ごめん」
「気にしないで」
元来コミュ症の私にはこの後の言葉が続かない。何て言ったものだろう。困った時はお互い様? 正体分からない相手にそれはないな。慣れてるから? いいえ世話をかけてる方の人間です。貴方素敵だし! とか? いくら私でもそれはちょっと……。と考えて言葉につまって下を見る。すると、ユーシャの靴紐がほどけているのが分かった。スニーカーっぽいけど、この島の民族衣装的なものなのかな。まあ異世界文明なんて、深く考えると頭パンクするからほどほどに流すに限る。それよりも。
「ほどけてますよ」
そう言ってかがんで靴紐を縛る。特に意味はない行動だけど、見た以上は知らんぷりって言うのもあれだしね。病弱な人に立ったり座ったりは辛そうだし。無事に結び終わって上を見ると、ユーシャはポカンとした表情をしていた。それが何だか可笑しかった。
「ふふ。はい、終わったよ。次はどうする?」
笑って言うと、ユーシャが無表情になった。ん? もしかして無礼だったかな……。
「……どうも」
「? いえいえ」
何か、言葉といい態度といい、不機嫌っぽい? 何が気に障ったのかイマイチ分からないけど、悪化する前に逃げるべきかな。そうでなくても様子見に来るとか言ってたし……。
「ええと、じゃあ私はこのへんで」
じりじりと距離をとって元来た道……とは違う道を行こうとする。つけられたらまずい。
「待ちなよ」
それを止めたのはユーシャ。そんなはっきり言われたら戻りづらい。もしかしなくても関わってはいけないタイプだったのか? 万が一の時はスカートの下に短剣があるけど。
「こんな月夜に急いでお別れなんて無粋じゃないかな。少しボクと散策してみない? チサ」
「え、でもお墓参りに付き合っちゃっていいのかな」
「ケイトの墓の辺りは、この島で一番風光明媚な場所なんだ」
ケイトの名前を出されたら、私は百パーセント勝てない。そのあと自分でなんて言ったか覚えてないけど、私はユーシャに着いて行って、そこで。
「ほら、ここがボクの一族代々のお墓。セレティスの住民は皆、ここが終焉の地なんだよ」
墓標が立ち並ぶ夜の墓場。不思議と怖いとは思わなかった。水平線が見えるし、近くにケイトの花が咲いている。墓場なのが惜しいくらいの綺麗な光景だ。
「ほらあそこ」
石が立ち並ぶ中でそれはひときわ目立った。
「ガラスの棺。王女の身分にふさわしいだろう?」
物語のお姫様のような……ううん、彼女は本当のお姫様だ。異世界の、セレティスの。ふらふらと棺に近寄る。何度見ても、私の知ってるケイトだった。墓場にいると聞いて、白骨化していたらと最悪の事態を考えていたけれど、それは回避されたようだ。彼女は眠っているようにしか見えない。ふと書かれた文字に気づく。
『ケイト・セレティス メアリーの意思に逆らった罪を清めるためにここに眠る』
メアリー。ラスボスはやっぱり彼女なのね。戻ったらレト達とあの乗っ取り王妃もどきをどうするか考えなきゃ!




