因縁は島にて微笑む
行きの時と違って、帰りは一瞬だった。パック長老が「あまり口外しないで下されば」 と言って移動魔法だかなんだかを使ってくれたのだ。心配しなくても、そんな暇じゃないから大丈夫。
さて、シノアさんのところに一旦戻ろう。妖精の森への入り口に割りと近いところにシノアさんの家はある。何でも、私達のことを見越してここに住むことにしたんだとか。ありがとうございます。
平凡(私)と結構なイケメン(レト)と、十人中五人は振り返りそうな可愛いこ(エリーゼ)と凄いイケメン(アドル)で目立ちすぎますから、このパーティーメンバー。人目につくのが最小限で済んで助かります。おしゃべりしながら歩いていくと、ほどなく、シノアさんの家が見える。
……次はいよいよセイレーンの海路。そういえば「対抗手段を連れて来る」 とか言っていたけれど、もう来ているんだろうか? 案外まだ戻ってなかったりするのかな。だったら鍵がかかっているかも。
とりあえず鍵がかかっているか確認しようと玄関の戸を開け……ようとして、それは勢いよく開いた。中から少女が飛び出す。その子は私を見て歓喜の表情を浮かべた。
「チサ! ああやっぱりチサだわ、懐かしい!」
み、見覚えはあるんだけど、思い出せない。誰だっけ? そのまま言うと悪いよね、よしここは……。
「……オ元気ソウデ何ヨリデス」
「敬語なの? 私の今の地位はチサが作ってくれたようなものなのに。あ、もしかして顔が変わったから違和感あるとか? 稼いだお金でいい医者に診て貰ったから、確かに大分印象違うかも」
地位ある人? 顔が変わった?? だめだ思い出せない。
「そうだ……これお返しします。結局数回しか使わなかったから。あ、もったいないって意味です! 絶対、綺麗な状態で返そうと思ってたの」
そう言って少女は、化粧ポーチを私に差し出した。
「……ララリア!?」
異世界に慣れない頃、とりあえず生活のためにもケイト探しの費用のためにもバイトしようとした。仕事があるよ~なんて言ってきたおじさんの口車に乗ってホイホイとついて行った。そこは主に若い少女の売買現場だった。ドヴィスは黒歴史。そんな中でおそらくその場で一番醜い少女、ララリア。その容姿で自信を完全に無くしていた。何となく自分を見ているようで、異世界テンションも手伝って持っていた化粧道具で綺麗にして、ステージも手助けした。成功したところで逃げたから、その後はよく知らないけど。
「びっくりしたよ。チサの名前出したら『私も会いたい!』 って言って。知り合いだったのね。どこで会ったのやら。この世界一の演奏家に」
シノアさんが語る。っていうか、世界一って。上手いとは思ったけど。
「そんな、大げさです。女性で年少で、ステージに鳳凰が現れたなんて評判があったから少し……というか、かなり盛られていると思います」
ああ逃げる時の。ディケドラルトに嗅ぎつけられるし、失敗だったかなーって思ってたけど、ララリアのためだったんだと思えば結果オーライ?
「でも大商人のムルキーアのとこに居るんでしょう? 認められたようなものじゃない」
「実際にお会いしてから判りましたが、あの方も多趣味な方ですから何とも……」
何か近所のおばさん方のおしゃべりと化しそうなので止める。本題に入りたい。
「あのシノアさん、セイレーンの海路に行くために必要な人って、ララリアなの?」
「そうよ。セイレーンは世にも美しい声で船乗りを魅了し難破させる。対抗するには同じくらい美しい歌声、もしくは演奏で相殺するしかない。耳栓は無駄よ、脳に直接響くから」
それでララリアなんだ、納得。
「船はムルキーア様に頼んで借りられました。チサ、恩返しさせてほしいの」
あの時は、昔の自分みたいにちっぽけな存在だと思っていたのに……。こういうのなんて言うんだっけ。ああ、情けは人のためならずか。
その夕飯は大所帯だった。「狭い家が余計狭いわ。でも今日で終わりね」 とシノアさんは言った。
うん。追われてる身だから、一刻も早く旅立つ必要があるものね。そう考えると興奮したのか、中々寝付けないでいた。
「チサ、眠れないの?」
ソファーで横になる私にララリアが話しかけてくる。
「ちょっとね。でも、ララリアのほうが大変じゃない? セイレーンと勝負するのはララリアだし」
「負けることは考えない。不安になるだけだから。……いざとなったら、私、死んでもチサ達をセレティスに行かせるから」
「ねえ、どうしてそこまでするの?」
ララリアは少し困ったように笑った。
「どうしてって、チサは恩人だもの。力になりたい、困ってるなら助けたいって思うのはおかしい?」
「……そんな大した事、したかな」
「したよ。チサはそう思わなくても」
私は卑怯者だ。彼女で実験している。もし、私がケイトにこう言われたら……。
「そんな過去の事で……私はもうララリアに何も出来ないよ? 報酬もない。力もない。あの時の私は優しかったかもしれないけど、今は色々あって荒れてる。ララリアが尊敬するような人間じゃない」
さあ、どうするの?
「でも、私を変えたのは間違いなく貴女。それを嬉しく思う気持ちは、きっと生きている限り続く。……迷惑だったかな? でもごめんなさい。何かしたいと思わずにいられないの。お節介だと思ったら言って」
「……バカ」
ケイトが、私と同じ気持ちで居てくれたらいいのに。
私のしている事、誰か間違っていないと言ってほしい。
ララリアすら妬ましい。どうしてそんな強いの。
どうして私はここにいるの。
神様はどうして、こんな運命を与えたの。
海の香りは異世界でも変わらなかった。打ち付ける波の音に少しノスタルジックな気分になる。
早朝に出発。乗組員は口の固い船頭と、私とレト、ララリア。シノアさんが「語り継ぐ人も必要だろう」 とエリーゼとアドルも乗船させることになった。まあ、人が多いほうが賑やかだけど。
「じゃあ、出発しますよ……ん? 空に何か」
見上げると、空を飛ぶ船が見えた。ディケドラルトだ。いつかは来ると思ってたけど、今ならセーフだ。
「出航して! 早く!」
セレティスへの海路も空路も危険しかない。だから向こうもまさかここまでは追ってこないだろう。こっちには切り札があるけど、あっちには何もないはずだからね。雷、風、嵐、雹と悪天候が全部揃った中を突っ込むなんて真似はしないだろう。
「……上空で止まっている」
後部で空を睨むレトが言う。
「その先は嵐の雲の中ですもの。流石に止まるしかないでしょう」
エリーゼがレトに答える。その意見には同意。
「油断するな、さっそくお出ましだ。ララリア!」
前方を見ていたアドルが遠くの岩場にセイレーンを発見した。すぐにララリアが動く。
セイレーン。私の世界でも船乗りを歌で惑わし船を沈没させる、恐ろしい魔物として知られているけど。あとサイレンの語源なんだっけ? 何にしろ、怖い。縋るようにララリアを見ると、落ち着き払って演奏をしていた。虚勢でも、今のララリアかっこいいわ。
『ねえ、ここへいらっしゃいな――――私たちと結婚して――――楽しみましょう――――短い生を――――謳歌しましょう――――波の褥で――――』
人間と魔物が結婚。妖精と人間でも問題あったというのに。そんなおかしい理屈なのに、歌声を聴いていると何故だかもっともらしく聴こえる。あのセイレーン達のもとへ行くのが、海に身を投げ出すのが、この上なく素晴らしいことに思えてくる。歌声で洗脳……今は洒落にならない。
ララリアは無心で演奏している。ツッコミ入れられるだけの正気を保っていられるのは、間違いなくこの演奏のおかげだろう。でも……正直ちょっと辛い。周りを見ればレトもアドルも屈んで耳を押さえている。無駄だと知っているのに。船もさっきからちっとも進んでいない。船頭もやられている? このままじゃ……。
『――――導きたまえ――――』
その歌声がした時、急に身体が軽くなった。歌声の主を探すと、エリーゼだった。
『病める者を導きたまえ、健やかなる者を導きたまえ――――――喜ぶ者を導きたまえ、悲しむ者を導きたまえ――――――富める者を導きたまえ、貧しい者を導きたまえ――――――愛し、敬い、慰め、尽くすことを導きたまえ――――神よ心におはします神よ――――』
もう、動くこともできる。ただもう一刻も早くここから抜け出したくて、備え付けられていたオール使い必死に漕ぐ。少しでも足しになれば。
全員、無我夢中で船を動かす。死にたくない一心だった。やがて歌声が朧になったころ、波音が後ろでした。見ると、セイレーンが海に次々身を投げていた。
「……魔物は人間に負けたと確信するや、命を絶つのです。プライドが高い生き物だから」
知識はパーティー随一なエリーゼが説明してくれる。極端な生き物だな、とそれを聞いて思った。でもやっぱり自殺していく光景は……
私には、思い切りが良く、有限実行のかっこいい光景に思えてちょっと羨ましい。もとは、私が死ねないから、この物語が始まったんだよなあ。
「チサ、あんまり見るものじゃない」
そっと目に手を被せて、レトが視界を遮った。
「心配してくれるの?」
「当たり前だろ」
「ありがとう……」
気づいてないの? 私、ケイトに会ったら貴方を捨てるつもりだよ。私は、私を助けてくれる人がいないと生きていくのが嫌なんだもん。ケイトより長く一緒にいたけど、ケイトがいなければ会うことも、言葉が通じることもなかった。
どうして、あんな出会いでこんな関係なんだろうね。
「そういえば、エリーゼの歌。あれは一体なんだったの?」
自分の気持ちを誤魔化すためにも、先ほどのエリーゼの歌をだしに使う。エリーゼは照れくさそうに答えた。
「自慢みたいで恥ずかしいのですが、私、家庭教師から歌の才能があると言われたことがございますの。あの時は何かの足しになればと、私もう夢中でした」
「足しどころかお釣りが来るよ。……ああだからだったのか。レトがやたら人の歌声に厳しいのって」
ドヴィスのララリアのあと、森の中で歌ったらコレジャナイ感のある顔しかしなかったレト。魔物に勝てる歌声と一緒にしないで頂きたい。レトをジト目で見てたら、言いたいことを察したのかすまなそうな顔をしている。
私がそんなことをしている間に、ララリアとエリーゼ、アドルはさっきの歌についてなにやら話していたようだ。
「即興で作ったのか?」
「ええ、そんなところです」
アドルの問いにエリーゼは微笑んで答える。その様子を見て、ララリアはむくれていた。
「私だけじゃ絶対やられてた……ううう、結局は歌なの。セイレーンに絶対勝って、実力もあるってことを認めてもらおうとしてたのに」
「歌だけでも負けていたと思います。ララリアさんの演奏、本当に素晴らしかった。歌いながら興奮が増していくような、そんな高揚感がありましたから」
「エリーゼさん……」
微妙なライバルでもありながら、窮地をともに力を合わせて切り抜けた事で、二人には友情が芽生え始めていた。
アドルは先ほどの歌詞について考えていた。この世界では一般的な、結婚の際の決まり文句をもじった物だろうが……。自分を代わりに連れて行くがいい、ということだったのだろうか。少し離れたところにいるチサを見やる。
これだけ愛されているのに、彼女の心はケイトに囚われたままだ。それも時間が経つにつれ酷くなっていくような……。ケイトは魔法を使える一族の末裔か。そういう呪いでもかけたのではあるまいな。それともチサが依存すぎているだけか? 何にしろ、本人に聞かねば何も分からないだろう。セレティスまでは――――。
「! 前方に島を発見、一時停止します!」
無言で職務に徹していた船頭が声を上げた。チサが真っ先に前へ駆け出す。
―――――――???――――――――
「来る……」
その頃、セレティスの岬で青年と老人手前くらいの男が、前方を見据えながら何かを話していた。青年はローブのようなものを纏っており、顔はよく分からない。老人と思しき男は、かっちりした服――執事服に似ている――を着ていて、その道の職業の人間かと思われた。執事服の男は、ローブの男に付き従うかのように居住まいを正して凛と立っている。
ローブを着た青年はそれまでぼんやりと前を見ていたが、突然ぽつりと呟いたのを聞いて、執事服を着た男が問いかける。
「どうなさいましたか。皇太子殿下」
「……堅苦しいな、オレム。二人の時くらい名前で呼べばいいだろう」
「何を仰います。主人に対しそのような不敬ができるはずありません。特にこのオレムは恐れながら殿下の世話役として王妃メアリー様より直々に……」
「もういい。お前のボク自慢は気恥ずかしいんだ、止めろ」
オレムと呼ばれた執事服の男は、殿下と呼ばれた男の世話役のようだ。
「かしこましりました。……して、先ほどの言葉、何かを御覧になられたのでしょうか? まさか人間とは言いますまい。このセレティスに来るよそ者など、死体が流れ着くのが精々ですから」
「それはどうかな」
「殿下、不穏な発言はお止め下さい。このセレティスは神に選ばれた土地。よそ者が来るなど絶対にあってはならないのですから。まあ万が一そんな事があったとしても、建国以来の魔力保持者であらせられる殿下なら一蹴でしょうが」
ククッ、と殿下と呼ばれた男は喉で笑った。
「魔力ね。それは誰からの遺伝だろううね」
「それはもちろんお父上と母君でしょう。父上が崩御なさった時はもう終わりかと絶望したもので、この老人も殉死を考えましたが、メアリー様はよく頑張ってくれました。貴方様のような希望を産んだ」
「ケイト姉さまがいるのに、彼女は無視?」
「女人は継いではならない決まりですから」
「だからって急ぎすぎじゃないか? 生まれてすぐ培養液に浸けたりして。ボクはまだ生まれて数年。それなのに身体だけは大人なんて」
「……不安の声が強いのですよ。しかし安心くだされ、このオレムめがついております。それに不満を言うものなど、セレティスの力で黙らせればよろしいのです」
顔は見えないが、殿下と呼ばれた男はオレムの言葉に、どこか呆れているように見えた。
「もう行こうか。父の仇が来るから」
「……今、なんと?」
「父上の仇……風邪と風の洒落だよ、オレム」
「あまり上品とは言えない冗談ですな」
その二人はそう言って、その場から去っていった。




