妖精の挽歌
死んだ人をも生き返らせる大樹とやらは、妖精の丘にあるらしい。そしてその入り口は。
「ここよ」
シノアさんに案内されたその場所。ごく普通の森の入り口にしか見えない。えっと、ここで合ってるんですよね? ファンタジー小説の読みすぎなのか、異世界的な場所の入り口っていったらこう、神秘的な印象があるんだけどなあ。ゲームでいうと、キャラと仲間にしないと延々ループが繰り返される道とか、特殊な乗り物に乗らないといけない場所にあるとか!
「見た目で判断してはいけないわよ。ここは皇族の管轄地……それなりの魔法がかかってて、入るには少し手順がいるんだから」
考えてる事を読まれたのか、シノアさんが説明してくれる。疑ったりしてごめんなさい……。
シノアさんがなにやら呟いた。次の瞬間、淡い光が辺りを包み、不思議な音が響いたかと思うと、目の前に花の道があった。こ、ここだけゲームっぽい。
「準備はいい? じゃあ、いってらっしゃい。……頼むわよ。アドル、エリーゼ、レト」
「シノアさんは、行かないんですか?」
「そうねえ。大人がいたほうがいいのかもしれないけど。セイレーンの海路を越えるのに必要な人物を連れて来られるの、私くらいじゃない? 貴方達目立つし」
「え、そんな人いるんですか! というか、連れてきてくれるんですか!?」
「まあ、それくらいはね。そもそも妖精の住む地は魔法がかけられてるから、私がいても変わらないだろうし。そういえば、その影響で人探しには最も不向きな場所とされているから、堂々と歩いてらっしゃい」
ケイトのことが無かったら、私ここに住みたかったかも。そんな甘い考えを振り払って、私は妖精の住む場所に続くらしい花の道に足を踏み入れた。
花の上を歩いていくのはお姫様になったみたいで気分がいい。が、よく考えれば花が散ってるわけで。それにわざわざ花の上を通るなんて妖精の逆鱗に触れたりとかしないのかな? ギリシャ神話だかなんだかで、少女がお花を摘んだら花が悲鳴を上げた。実はそれ、妖精の変身したものだった。殺した罰として自分が花にされた……みたいな理不尽な話を読んだ事があるけど。
「そんな話もあるんだね。でもここは大丈夫。花の道は管理する王族……今だったらケイトになるんだろうけど……が迷わないようにするための目印みたいなものだから」
知識が豊富なレトは本当に頼りになる。
本当、頼りになる。シノアさんから聞いた話によると、隠された島――セレティスへの空路は常に積乱雲がある状態で、いくらドラゴン化しても突破するのは困難だろうとのこと。
そうかなあ。命かければ別じゃないのかな。レトは私のためなら何でもしてくれる。
「お兄様ったら。目印ではありませんわ。この花の道は通路そのものです。……間違ってはいないけど、微妙に語弊のある説明が多いのですから。もう」
すぐ後ろを歩くエリーゼの高めの声にハッとする。同時に、黒いものが瞬時に霧消していく。
「まあまあ。細かいことはいいのよ。ほら私異世界人だし、全部正確に覚えようとしたら頭パンクしちゃう。レトの説明はいつだって分かりやすかったから大丈夫!」
「チサ様がそう仰るのなら……。ああ、あの時、無理をしてでもついていくべきだったのかしら」
エリーゼは溜息をついて可愛らしく小首を傾げた。そのちょっぴりあざと可愛い様子に、どうしてもケイトが思い出される。
ケイトがいたからこその、このモテ状態なのかな。ケイトがいてくれたから……。じゃあケイトがもし完全にいなくなったら、また。
『佐倉さんって内気っていうか暗いよね!』
『ねー委員会やってよ、ねー、どうせ暇でしょ?』
『佐倉さんみたいにはなりたくないわ。何が楽しくて生きてるんだろうね』
……あんな中でまた生きていくの、嫌だな。好きだとか言ってくる連中も、いつか手の平かえして冷たい目を向ける日が来るんだろうか。そもそも、彼らが私を好きになったのは、ケイトの保護魔法の影響ではないのか?
私、やっぱりケイトがいなくちゃだめみたい。
チサが重たい表情をしていても、ある種の聖域を歩いているからと解釈されているのか、一同は無言でしばらく歩く。
その空気に破ったのは、意外にもアドルだった。
「そういえば、お前に聞きたいことがある。チサ」
「アドルが? 私に?」
「もしケイトが無事で、問題なく会えた後はどうするつもりだ?」
考えたこともなかった。いや、初期は考えてた。すぐ会えるんじゃないかって思ってた。少し前まで一緒だったのだからと。両親が自分より先に死ぬのが実感できない子どものように。
レトとエリーゼが注視しているのを感じる。
「それは……ケイト次第、かな。境遇がとても重いみたいだから、何とも言えないよ。どう転がるやら」
と言って、困った顔で笑ってみせる。嘘は言っていない。
「そうか。まあ、そうだろうな」
思ったんだけど、アドルは何でこの旅に同行してるんだろう? 恋情のレトと復讐のエリーゼは分かる。アドルも復讐? それとも別の思惑があるんだろうか。
「! チサ様! あれを」
少し先に開けた場所があるのが見えた。そこから溢れんばかりの光が漏れている。そこが、妖精の丘なのかな? 意図せず早歩きになる。ごくんと唾を飲み込んで入った先は……。
「……」
「……」
「……」
「…………通報物件?」
そこで見たものは、見た目がボロボロな男の人(二十代前半くらい?)と、その前で花に囲まれながら横たわり、眠っている美少女(十代前半くらいに見える)が鳥かごのような柵の中でじっとしている光景だった。
ちょっと状況が分からなくて、エリーゼに聞いてみる。そして分かったこと。男の人は人間。そして美少女のほうは、どうも妖精らしい。そして死んでいるとのこと。ここまでは確実と言える情報だけど、問題は何で男が死体とあんなとこにいて何しているのかは、さっぱり分からないとか。
まあなんだ、聞いてみれば早いよね。
「すみません、ちょっといいですか?」
「……誰だ」
返事が無事にきてほっとする。状況から見て猟奇的な人とかだったらどうしようとか思ったけど、まあ閉じ込められてるから大丈夫なはず。
「旅のもので、探し物のためここに来ました。私はチサっていいます。貴方は? ここで何を?」
「リーン……。妻とともに、墓に篭っている」
「妻? そちらは奥さんなんですか? それで、亡くなったと?」
「そうだ」
好きな人が亡くなったなんて絶望するよね。それは分かる。思わずあとを追いたい気分も。
「もしかして、自分から閉じ込められてるとか……」
「そうだ。妻のいない世界で生きたいとは思わない」
覚悟を決めてるんですね。……私もこうなりたいな。
「ん? もしかして私お邪魔でしたでしょうか」
「いや……久しぶりに人と話が出来て、嬉しかったよ」
断食何日目が知らないけど、近くで見るリーンさんはやつれていた。普通の人が見れば痛ましいかもしれないけど、私は羨望の目で見ているせいか、むしろかっこいいとすら感じていた。
「チサ様、ちょっと」
と、エリーゼが袖をひいて呼びかける。何だろう。リーンさんから離れたところまで歩かせられて、彼女は言った。
「少し妙です」
「え? えーと、具体的にどのへんが?」
「人間が妖精と結婚なんて出来ません。というのも、昔人間が妖精を奴隷売買して、それを皇家がやめさせてから以降は断絶状態。妖精の長も、人間は信用できないとして、少しでも人間と関わった妖精は死刑にするほどの徹底排除の姿勢だったはず。それが夫婦だなんて。しかもこの場所で……」
「そうだ。今まではな」
声がした。空から。
ふわふわと浮かぶ、いかにもな妖精サイズの老人。
「この場所に何用かな。そちらの兄妹と思しき二人からは微弱ながら皇家の力を感じるが、そちらの美丈夫は平民。その黒髪の少女に限ってはこの世界の者なのか疑わしい気配が漂っている」
一発で見破る貴方こそ何者だと言いたいが、何となく予想はつく。
「まあ、入り口にこんなものを置いているわけだから、疑問をもつのも最も。誤解されたままというのもよろしくはない。自己紹介させてもらおうか。この老人の名はパック……妖精の長を務めている」
会うまでに手間取ったらどうしようと思ったけど、すぐに会えて何より。旅の目的と、それからリーンの謎について聞く。
「結論から言おう。生命の木の件だが、先代が関連する記録を全て破棄したために知らん」
おい。
「リーンの件だが、あれは……愚かな孫娘があの男に惚れたことが始まりだった」
『あの人と生きたいの、お祖父様』
『血族でも例外は許さん。ここを出て行くか、この毒を煽って死ね』
孫娘は、ミィスは笑って毒を飲んだ。
『私を裏切れず、故郷を憎みきれず、その結果がこれだったのでしょう。誰も恨む気にはなれません。ただ許されるなら、ミィスの側で死なせてください』
「……というわけで、もしあのままリーンが死んだら、我らも人間の見方を変えようと思っている」
「断絶状態の歴史が終わろうとしているのかしら。いい事なのかはまだ判断できないけど。専門家が見たら失神しそうな場面ですわね」
パックの言葉にエリーゼが大方同意している。みんな、リーンが死ぬことにはどうも思ってないみたい。価値観や歴史認識の違いなのは分かるけど、ちょっとだけ可哀相になる。ふとリーンのほうを見る。
じっと妻を見ている。死んだ妻を。身動きもせず……ん? あれ、何か急に立ち上がった。気になって思わず近くまで寄る。
「私の息が続くうちは、彼女に害なすものは許さん!」
ミィスさんの側をよく見ると、足の方に一匹の蛇のような生き物……もう蛇でいいや……が這いずっていた。まあ、蛇にとっては新鮮な死体なんて美味しい餌でしかないよね。でもミィスさんを愛しているリーンさんがそれを許すはずないよね。近くにあった剣で蛇を一突き、さらに細切れにして、蛇は動かなくなった。
「ふぅむ。人間でもここまで尽くせるとは」
それを見たパック長老は感心していた。歴史が本当に変わりそうだね。まあ、私にはどうでもいいけど。変わったからって生命の木の情報が得られるわけじゃないみたいだし……ハァ。
やがて剣を抜いて、元の場所に戻し、自身も妻の側に戻ったリーン。ちょっと感動的だな。しかしその直後、また蛇が現れた。
「……」
リーンさんは警戒しているみたいだけど、その蛇の関心は死んだ蛇にあったらしい。ミィスさんに興味も示さず、死んだ蛇の周りをうろついている。……親子か、もしかしたら夫婦だったのかも。しばらく蛇に構ったあと、いずこかへと去った。と思ったら、戻ってきた。
戻ってきた蛇は、三枚の葉を銜えていた。???
ご飯食べさせれば元気になるとでも思ってるのかな。うっちょっと涙腺が……。
しかし予想とは違っていた。私は蛇を馬鹿にしすぎていた。
蛇が三枚の葉を細切れになった部分にそっと置くと、蛇が元のように戻った。傷なんてなかったかのようにピンピンしているではないか。
「なっ……!?」
目の前で起こったことが信じられなかった。だって、あの効能はまさに……。
「こ、これは……。そうだ妻にも!」
正直、すぐに自分のものにしたかったけど、リーンさんが一番の立役者だから仕方ない。リーンさんは蛇が置いていった葉っぱを、ミィスさんの両目と口にあてた。青白いミィスさんの顔に血の気が宿る。
「ん……ここは? 私は? 貴方は……」
「ミィス。私の妻よ。ありがとう、戻ってきてくれて」
死んでいたミィスさんが生き返った。この目の前で起こった奇跡に感動を隠せない。あの葉っぱ、本物だ。あれさえあればケイトが例え死んでいても生き返らせられる! そう確信していた。
しかし現実とは、いつでも皮肉なものだ。
「!!! 離れて! 何なのよ――! 私は貴方の妻なんかじゃない! 気持ち悪いこと言わないでぇ!!」
レトもエリーゼもアドルすらも、揃ってポカーンとした。私もちょっと意味が分からない。リーンさんは、ミィスさんが死んだら自分も後を追って衰弱死してもいいほど彼女好き。長老もわざわざ嘘をつくことはないだろう……私達にそんな嘘をついてもメリットはない。二人の話を総合すると、相思相愛の夫婦だったんだよね? じゃあ、これは一体? ちらりとパック長老を見ると、事態は飲み込めないまでも重く受け止めたのか、困りながらも神妙な顔つきをしている。
「嫌、嫌、いやああああ! 誰かここから出してえ!!」
パニック状態のミィスさん。パック長老は静かに籠の扉を開けた。
「言われなくとも……閉じ込める意味はとうに無いのだからな。しかし」
妖精の長老は指で宙に何かを描いた。途端に、妖精の仲間達が集まりだした。妖精流の魔法だったのかな?
「ミィスが! 生き返った!」
「奇跡だわ!」
「しかし、様子がおかしいぞ」
「やだ、リーン以外の人間もいるわ!」
辺りが騒がしくなった。居心地の悪い空気が流れる。
「客人。その葉が目当てと言ったな。持って行くがいい。しかし、少しだけこちらに付き合ってくれないだろうか」
ちょっと考えて、承諾する。だって、ミィスさんのことが気になる。この葉っぱ、もしかしなくても、副作用があったりするんじゃ……。
「口伝によると『死んだ人を生き返らせても、もうその人間ではない。何故なら記憶を失っているから』 とございます」
「それで、先代は破棄したというのか。希望という名の悪あがきが見苦しいからと……」
妖精の隠れ家にて。パック長老は慌てて専門家を呼んで詳しい話を聞いた。長老よりも老けたその妖精は、しばらく沈黙を保っていたが、「この客人が生き返らせたいと思っているのは、あの皇家の人間だ」 と説得。彼は重い口を開いた。ケイト、保護活動とかフィールドワークとか積極的だったんだなあ。
ユニコーンにも会ってたし。……会った時、そんなこと覚えているかは不明だけど。
「どうしてこの人が隣なの!? 私は妻なんかじゃない! どうしてこの人はしたり顔で私の側にいようとするのよ――!!」
すぐ近くでは相変わらずミィスが恐慌状態だ。何がそんなに嫌なのか、リーンさんを視界に入れる度にこれでもかとヒステリーを起こしている。
「ひどいわミィス」
「貴女に付き添って、墓で飢え死にしようとした人なのに」
「ミィス、貴女のやってることは恩知らずよ! 人間にも劣るわ!」
じっくりとリーンがやつれていく様子を見ていた妖精達は、人間のリーンに感情移入気味だ。
「そんなの知らない! どうして皆して私とこの男をくっつけようとするのよ! 私は好きじゃないって言ってるのに!」
「貴女は好きだったのよ、ミィス」
「……ごめんなさい、リーンさん。同属が失礼したわ」
「その、生き返ったばかりで混乱しているのよ。気を悪くしないで。全く……これでは妖精の評判が落ちるわ」
いきなり豹変したミィスさん。愛し合った人を貶めるミィスさん。仲間の妖精はそれを許さない。……理解できる。でも、何か、違和感……。
「罰なのかもしれません。死者を生き返らせるなんて禁忌を犯した私への。でもその代償がこれなら、むしろ嬉しいくらいです、ミィスは素直じゃないところがあったから、懐かしい」
彼は、未来の私の姿なんだろうか。私はケイトに罵られて笑っていられるのかな? 悶々としていたら、突然ドス声が響いた。
「このニンゲンが。いい人ぶってるんじゃないよ。何が妻なの? お前の妄想だろ」
視線が一斉にその妖精に向いた。可愛いが、目つきが悪くいらいらしたような表情をした妖精だった。
「ヴィトナ、またお前か。いい加減にしなさい。私は孫娘がリーンとの結婚を望むのをはっきり聞いているのだよ」
「……ふんっ!」
ヴィトナと呼ばれた妖精は、パック長老に一喝されて場を出て行く。……偉い妖精の機嫌を損ねた妖精なんて、心象は良くないんだろうけど、私には彼女が気になって仕方なかった。
「あの、ヴィトナさん」
「ニンゲン? ああ客人のほうの。あたしに何の用?」
長老の家の花畑で、彼女は一人ボーッとしていた。これなら気がねなく聞けそう。
「さっきの話……ミィスさんが妻っていうのが、リーンさんの妄想ってどういうこと?」
「はあ? 何でそんなのよそ者に教えなくちゃならないの」
「よそ者だから、かえって話しやすいかもしれないよ」
うまいこといいやがって、とヴィトナさんは笑った。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「リーンはあれだ、ヤンデレなんだ。しかもとある王家の隠し子だか不義の子だかなんだかで、異様に魔力が強い。……そんなやつに惚れられたって、悪夢以外の何物でもないだろう? 案の定、ミィスは泣きついてきた。『どうしよう、私があの人のところに行かなきゃ、皆死んじゃう……』 って。あたし、毒を煽って死んだって聞いて、正直安心してた。もう悩まなくていいんだって。でも死後もあいつに付きまとわれてるとこ見て同情したね。それをロマンチックだなんだ囃し立てる同属には殴りたくなるほどむかついたね。あいつら、付きまとわれる前のミィスのこととかぜってー覚えてねえし」
頭がガンガンする。死んだ想い人を生き返らせたリーンさんは私の希望だったのに。でも。
傍から見ると、私のも同じことなんだろうか?
「ありがとう。そんな大事なこと、話してくれて」
「ああ気にしないでいいよ、嘘だから」
「……………………はい?」
「長老の孫娘が、鼻つまみ者の妖精に相談とかするわけないじゃん! 少しは考えなよ。あはは、これだから馬鹿をからかうのはやめられないんだ!」
唖然とする私を尻目に、ヴィトナは笑いながら飛び去った。え、私、もしかしなくても騙された? お腹にむかむかが溜まってくるを感じながら、レトに愚痴でも言おうと勢いよく振り返って、心臓が止まりそうになった。すぐ後ろに、リーンがいた。
「こっちにヴィトナが来たと思ったんだけど」
普通に話しかけてきたけど、どこまで聞いてたの? この距離なら聞こえなかったはずはないと思うけど……。と、とにかく何か言わなくちゃ。
「え、あ、飛んで、いっちゃいました」
「そう……。あのさ、彼女はその、可哀相な人なんだ。時々いるよね。妄想と現実がごっちゃになる人。あ、彼女は妖精か」
「あ、あはは、面白いですね、そのジョーク」
怖い、なんか怖い。ぶっちゃけ無実でも怖い。
「ところで、チサさん、だよね」
「あ、はい」
「君と私は良く似ているね」
? どこがだろうか。
「好きな物に手段選ばないところとか、似てると思うんだけどなあ。それに周りの有象無象は生き物とも思ってないだろ? 分かるよ。好きな人は全部自分ものであってほしくて堪らないんだよなあ」
「……ぁ」
「お付きの人達からちらっと聞いたけど、想い人を探す旅しているんだって? 頑張ってね。先輩からの忠告だけど、用済みの始末を中途半端にしてはいけないよ? 他の候補がいると目移りしたり、情けをちょっとかけただけで同情が愛情に摩り替わったりでで大弱りだ。反乱の芽は早めに摘み取るように」
言葉が出ない。それどころか呼吸すら危うい。
「じゃあね」
そう言ってリーンがその場を離れてから、どれくらい経っただろう。心配したレトが迎えに来てくれた。
「チサ、やっぱり辛かったんだね」
「え?」
「生き返らせても、記憶を失ってるなんて。想像しただけで胸が痛むよ」
「あ、うん……違う、そんなんじゃない」
私はリーンみたいに冷酷だろうか。非情だろうか。そうなれるんだろうか。なって……どうするんだろうか? 他人を何とも思わない、そんなの、苛めてきた連中と同じじゃないか。でも、ケイトと他を選べと言われたら……。心配して近寄ってきたレトの胸に顔をうずめる。
「チサ?」
正義という名の悪魔が私の中で猛威をふるう。良心という名の神様が、私を蝕む。私は、最後にどっちになるんだろう。
「ヴィトナ、くくりつけ終わったわ」
「……ミィス、いいの? この滝に沈んだら、私達、死体も上がらないのよ?」
「それが目当てだもの。ありがとう、ヴィトナ。私、貴女がいてよかった」
「……バカ」
妖精の住処を抜けた数日後にそんなことが起こっていたのを、私は知らない。だから、リーンの行方も、その後の妖精達のことも、私には分からないまま。




