雲隠れ
主人公落としイベントあり。
月が四つあるんだもの。ユニコーンもいたし魔法も存在した。ならセイレーンがいたり命の木があってもおかしくない。
でもそれを自分で探したり会ったりするのはきっついなあ。……何かしら波乱があるんだろうなあ。でもそれをしなければケイトに会えない。
行こう。
ケイトに会わなければ、私は進む事も戻る事も出来ない。シノアさんにこれからの事を確認する。
「まずは、大樹の葉ですか?」
「ええ。その次はセイレーンの海路。でもその前に、貴方達に会わせたい人がいるわ」
そう言って彼女は立ち上がった。そして奥の部屋をノックする。中から声が聞こえた。って、……誰かいたの!?
まずい、私もレトも色々追われてる身なのに。シノアさんは一体何のつもりで。動揺する私を尻目に、シノアさんはドアを開けて何者かを誘導する。
その少女は、一瞬だけ全てを忘れるほど優雅に現れて言った。
「お久しぶりですね。お兄様。それに、チサ様」
見覚えがある少女だった。というか、剣を突きつけて人質にした、ケイトに少しだけ似た可愛い子を忘れるはずがない。名前は確か、エリーゼ。レトの妹。ぽかんとする私と違ってレトのほうが反応する。
「何で、お前がここに!?」
「私が教えたのよ。……パトロンが必要だったんでね」
といって少し気まずそうにそっぽを向くシノアさん。うんそうでしょうね。でも、王都は灰になっちゃったはずだけど。ディケドラルトがレトにやらせて、レトは人質になっていた私のために生まれ故郷を……うわああ思い出したくない!
「シノア殿から連絡が来た時は驚きました。しかもチサ様と兄の場所を知っていると言うではありませんか
「ん? お前チサを知ってるのか?」
「あらうふふ。お兄様が石になったあと少しお話しましたの。それだけでなく。ディケドラルトからあちこちで呼びかけがありますから」
やめて心臓が痛い。あいつらもまだ諦めてないの!
「王家を再興させようかと思っていましたが、肝心の父が使い物にならなくて失敗でした。私が得られたのは縁切りのための手切れ金くらいです。それでも庶民にはそこそこのお金にあたるようで、嗅ぎつけて来たシノア様の情報と交換しました」
どこからつっこめばいいのかなこれ。とりあえずエリーゼちゃんタフすぎる。戦々恐々とする私の横では兄妹のやり取りが交わされていた。
「情報を交換? 僕を探すために、か? エリーゼ」
「半分は正解です。もう半分は……」
エリーゼはあどけない微笑を浮かべて私の方を見る。
「チサ様は全てを一掃してくれました。言葉もありません」
このやり取りを見てシノアは、前もってエリーゼから「幽閉生活から助けてくれた英雄でありヒーローだ」 などと聞いているので、随分評価しているなくらいに思った。
当のチサにはこう聞こえた。「お前のせいで住むとこおじゃんなんですけど? よりにもよって身内を使ってやりやがって。こちとら庶民が使うような暴言は知らないからこれが精一杯だわ。ほんと言葉もねーよ」
「あ、あの時はエリーゼさん大変でしたから後回しになりましたけど。その、お兄様をお返しします……」
エリーゼがチサを恨んでいるという設定で考えた千沙の脳内。
前:身内も悪いが、国が滅んだ直接の原因って貴女ですよね。今は住むとこも覚束ないからお兄様は貴女に預けときます。
↓
今:何とかめどがたったのでお兄様を取り返しに。あと復讐しに。
何で今頃! せめてケイトに会ってからにして! でも会ってしまったものは仕方ない。とにかく下手に出て大樹のところへ……レトが使えなくなるのは痛いけど。彼女には復讐したり奪ったりする権利がある。うう、手段を選ばなかった報いか……。
「え? いえあの……」
「ごめんなさい! 謝ります! でも私はケイトのところへ行かなくちゃいけないの! ここは見逃して!」
「見逃すって……分かりました」
「分かってくれるんですか!」
「交換条件としましょう。お兄様――レトを連れて行ってください」
え? 兄を取り返しに来たんじゃ、あれ? 疑問符が見えたのだろうか、エリーゼはクスッと笑って言った。
「監視役です。お兄様もよろしくお願いします」
ああ、そういう事。理解。
とりあえず命の危機が去ってほっと一息ついたところで、シノアさんがタイミングを見ていたのか言った。
「話は済んだ? なら今日はここに泊まっていきなさい。もう夜だから」
言われてみれば……怒涛の展開で気にならなかったけど、窓を見れば星が見える。
「夕方以降は売れ残りが安くなるのよね。ちょっと行って来るわ、なんせ人が増えたし。ああ、貴方達は来ないように」
そう言ってシノアさんは出て行った。主婦ですね、魔法使いなのに。さて……。
部屋にはレトとエリーゼとアドル。うーん。レトだって妹と募る話もあるだろうし。よし。今まで黙りこくっていたアドルを掴んで言う。
「ちょっと外に行ってくる! アドルさん、案内して」
「私が? 構わないが……」
千沙達はレトとエリーゼを置いて外に出た。残された兄妹はしばらくまんじりとしたあと、妹のほうから言葉を発した。
「居ても構わないのに。私達にはテレパスがあるのだから」
「それ、チサの前では言うなよ? エリーゼ」
不思議そうにも心外そうにもするエリーゼの横で、不満そうに言うレト。そう、隠された島の皇家とは薄いが血の繋がりがある彼らには、昔から不思議な力があった。お互いの考えていることが読める。
あまりにも自然にそれが出来たものだから、父親もそうかと思っていたら違った。自分達は先祖返りに近いらしい。何の能力もなかった父はそれに脅威を抱いたか嫉妬したか、兄を得体の知れない旅の人間――あれがシノアだった――に頼んで強制的に排除。エリーゼも幽閉される事となった。
『まだ気にしているのですか?』
気を遣ってテレパシーで会話を始める。言葉を交わさなくて済むのならそのほうがいい。なんと言っても、チサが追われている身なのだから。壁に耳あり障子に目あり。秘密を守るなら断然テレパスだ。
『当たり前だ。この能力のせいで、僕もお前も不遇な生活を強いられたんだぞ』
『とは言っても、私はお兄様以外の人の心は読めませんし、お兄様もそうでしょう? 大したことない能力なのにどうしてこうまで迫害されるのか分かりません』
『人と違うと言うだけで問題だ。そしてそれを重く受け止めた人間が、僕らの父親だった』
『悪用した事もする気もないのに勝手に向こうが騒いだだけ。お兄様が繊細すぎるのですわ。おまけに変なところでプライドは高いし、融通も利かない。よくチサ様と旅が出来ましたね。危ない事もあったのでは?』
この妹には、幼いころから苦手意識があった。普通、兄弟というものは下の子ほど要領がいい。上の子の様子を見てどうすれば親に受けるのか考えられる。昔話でよく三人兄弟の末っ子がだけが成功~なんてのがあるが、つまりはそういう事なんだろうなと思う。先例があるってずるいよな。ともかくそんな調子で何かと得ばかりしてきた。
『腐っても嫌われても、僕は跡取りだ』
『だからドラゴンにされても、お父様とあの女の望む通りに僻地に行って一人過ごしてたのですよね。いつかは改心するとでも思ってました? こんな事を仕出かす時点でそんな望みは薄いでしょうに。私なんか割り切って、侍女をあらかじめ味方につけチャンスを狙っていましたわ。監禁されても父と義母を信じる健気な娘も演じて』
『本当にお前は要領いいな。僕にはとても出来そうにない』
『私が要領がいいのではなく、お兄様が鈍くさいのです。顔も頭もいいけど、言われた事した出来ない型にはまった事しか出来ない。だからお父様も、王になっても権力を握り続けられると思っていたのでしょうけど。それが能力の件で当てが外れてしまった』
『偉そうに……傾国の義母に媚びておいてよくも』
昔から妹に口で勝った事は無い。この妹はいつもそうだった。気がつけば自分より大人達に受けていて、筆記では自分が上でも、実地でいつも負けて、家庭教師から「妹のほうが本番に強い」 と嘆かれた。でも男しか継げないんだからと思って堪えていたのに、それすら追い出されて。何もかも諦める以外にどうしろと言うんだ。
『私はお兄様のように黙って死にたくなかっただけです。でもお兄様、変わりましたね』
『は?』
『分かりますわ。兄妹って好みが似るものですから』
『お、お前……』
『人を愛さない人生は死んだようなものって誰かが言ってましたわね。チサ様が生き返らせた、私と、お兄様を』
親に言われたから大人しく傀儡の王になる。親に呪われたから大人しく出て行く。親が許さないからしばらくそのままでいる――――正直私は、兄はもう駄目だと思っていた。それがまさかの故郷襲撃。真っ先に私のいる独房を破壊し、すぐ最上階――父と義母がいるところへ飛んでいった。兄がこんな行動力を見せるなんて一体?
理由はすぐ分かった。テレパスが僅かに反応する石を持った少女。突然剣を突きつけられた時はさすがに驚いたけど、その手は震え拘束する腕も力が入っていない。父と義母からの殺意を受けた私には笑ってしまうくらいだった。その後も震え声で憎まれてみせようとしたり……上流階級のえげつない悪意に曝された私にはコメディのようだった。さあ私を憎みなさいなんて三流小説でも出ませんよ。
同時にそこまで親身になってくれるなんて、いい人だなと感じたあと、兄に嫉妬した。最初に会ったの、お兄様なのですね。
「お兄様はずるい……」
思わず声に出てしまった。
「僕はお前のほうがずるく感じるよ。いつのまにかシノア殿のような方と繋がりを持って」
「それは副産物に過ぎません。もともとは再興して堂々と迎えに行こうと思っていたのに」
今無理矢理に着いて行っても、幽閉で鈍りきった身体では足手まといだ。先を考えるなら、地に足を着けてから会ったほうがいい。……失敗したけど。どこの親戚も蜥蜴の尻尾切りのようにこれ以上関わるなとだけ。なんだか本家? のほうで連絡が来ないから下手な事が出来ないというのもあるらしいけれど。でも結局はどこも薄情者です。
『お前の事情は分かった。それで?』
『私からのお願いは一つ。せめてお兄様だけでもチサ様を離さないで』
自分が結ばれないのなら、せめて血の繋がった兄と結ばれればいい。幸いにも一番近い異性のようですし。しかし返ってきた言葉は予想外だった。
『……どうかな。出来る限りのことはするけど』
『どうしてそんな消極的なのです? 風の噂で色々親身になっていると聞きましたけど』
『チサは、僕が一番辛い時に現れた。でも彼女はの一番辛い時に現れたのは、僕じゃない。もし僕が彼女にこれ以上近付けるならそれは……』
レトの思考は、千沙の登場によって止まった。ドアを壊すつもりかと言いたくなるくらい、荒々しく開けて戻ってきた千沙。何事か、と問おうとしてやめた。彼女の様子が尋常じゃなかったからだ。後から追いついてきたアドルは渋い顔をしている。千沙はふらふらとレトに近づきながら、こう言った。
「アティが、死んだって」
兄妹水入らずの時間のために、アドルを連れ出して田舎の月夜の中、ぼんやりそよ風にあたる。アドルは連れ出しておいて何も話さない千沙に戸惑っていた。
「何も聞かないのか?」
「聞くって、例えばどんな?」
「私とシノア様との関係は気にならないと?」
身寄りがなかったらしい失われた吸血鬼。産む子は先祖返り、魔法で拉致されたシノアさん。……何となく、分かる。でもそれを言ったら私、八つ当たりしそうだもん。
「気になるけど、聞かせていいの?」
「お前は、憎らしい言い方をするな」
ええー自分から振っといて。
「シノア様は、気の毒な方だ。お前にすれば恩人の少女を苦しめた一因かも知れぬが、彼女は充分、苦しんだ……」
「……」
「恨むなら、隠された島にいるケイトとやらの義母を恨むのだな。彼女が一番ケイトを苦しめている」
私は別に、誰も恨んでない。だってシノアにしたってメアリーにしたって、ケイトを追い詰めたからこそ、私はケイトに出会うことが出来たんだと思うと、誰も恨む気になれない。ケイトに暴言はいたっていうのは、そりゃあちょっとむかっとしたけど。彼女もただ、弱かったんだ。
アドルの言葉に沈黙で返す私。そのまま少しの間ぼんやりしていたら、いかにも田舎風のおじいちゃんが通りすがって話しかけてきた。
「おめーら、こんな時間にまだ外さ出てんのけ?」
時々思うのだけど、私の異世界語変換能力ってどうなってるんだろう……。うん気にしたらきりがないからやめよう。
「もう帰る途中だ。直に家に着く」
ぼーっとしてる間に、アドルが代わりに答えてくれた。
「そうしたらよかっぺ。最近は物騒だから、早く家さ入れ」
「え、物騒なんですか?」
見た感じ平和なのに。隠された島のごたごたは一般人は知らないはずだし。
「知んねえのけ? 王都では小娘が謀反を企んで死刑になったっつー話だ。その様子を見世物までしたらしぐてな、周辺で血の気の多い連中が騒ぎをおごしてるっつー話だ。小娘つかまえて王家も何考えでいるんだか……世の中おっかねえ」
「小娘……? 名前は、なんていうんですか?」
「名めえけ? 確か、アティだど思ったっぺ」
そのやり取りのあと、千沙はシノアに家に駆け戻り、レトに泣きついた。
「だって、あれから、すぐなんて、私そんなつもりじゃ」
「チサ……」
「私のせいじゃない! 私のせいじゃないよね!? 私だって、最初助けようと思ったもん! それをアティが拒否するから……ねえアドル?」
ショックを受けてるのは分かるが、あまりな言い草にアドルも思わず冷たい目になる。それを感じて、いつも好意的なレトに逃げる千沙。
「そんなつもりなかった、アティだって嫌いじゃなかった、ジルが勝手にやったんだ……そうでしょ?」
「最初に見たあの女の子、死んだんだね。でも拒否したなら、確かにチサはそんな悪くないな」
「だよね! ……そんな、わけないじゃん」
地面に膝をついて顔を手で覆う千沙。
「人を散々利用したよ、でも死人までは出さなかったのに。アティ、あんなこと言って、私を助けたんだ。わ、私、忘れてた。ケイトの手がかりをつかめると思って、頭から抜けてた……。拒否されたのにカチンときてたのかもしれない、でも、まさか死ぬなんて……最後、あ、あんな事まで言って……」
『お兄様、何をしているのです! 早く慰めるなりなんなりして好感度を!』
事情を知らずに事態についていけないエリーゼが、テレパスでレトに訴える。
「チサ。アティを思うなら、チサの目的を達することが一番の供養になるよ」
「ケイトに会うことが……?」
「散々邪魔した挙句にアティを殺した張本人の、ジルへの復讐にもね」
「そう……だよね! そうだよね! やっぱり私、ケイトに会わなきゃ……」
ふらふらと立ち上がり、泣き濡れた顔を洗うために水場に行く千沙。
『お兄様ったら上手いこと言って……。私、アティ? さんとやらは知りませんが、チサ様があんな恐慌状態になるなんて。試合に勝って勝負に負けた心境です。死に逃げと言ったら言葉は悪いかもしれませんが』
『やっぱり、死んだら永遠になれるんだ』
『お兄様?』
『何でもない。ああ、シノアさんの足音だね』
程なくシノアが現れ、五人での夕食となった。エリーゼのお金で旅支度は終わっている。それを持って『妖精の丘』 に行けとその席で話された。
夕食後、久しぶりのベッドに横になる。窓から月明かりが差し込んでいた。まどろみながら窓から見える星空を眺める。
その中で、空に浮かぶ四つの月……右から四つ目の月は、涙の形に似ているな、とチサは眠る前に思った。やがてその月は雲に隠れていった。




