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彼女の溜息

 その家は、小さな家だった。一人暮らしの高齢者が住んでそうだなって思うくらいに。必要最低限のスペースしかなさそうな、そんな家だった。

 でも、そんな家にケイトの手がかりが、重要人物がいる。ごくんと唾を飲み込んで、おずおずと玄関をノックする。


「お入り」


 軋むドアを開けて入った。後からレトとアドルが続く。外は晴れているというのに、家の中は薄暗かった。暗さに目が慣れた頃、奥の暖炉の前で椅子に座っていた人は……。


「どうしたの?」


 失礼な話だが、私は魔法使いと聞いててっきり、童話に出てくるような貫禄ある鷲鼻のお婆さんか、近年のファンタジー小説の影響なのかロリおばあちゃんみたいなのを想像していた。そこにいたのは中年くらい、三十後半から四十前半くらいの女性だった。


「もしかして、疑ってる? こんなどこにでもいそうなオバチャンが魔女なものかって」


 その言葉で我に返る。私は知らぬ間に勝手に期待して、予想に外れたからと無意識に落胆していたのだ。こんなの、相手にとってはいい迷惑以外の何者でもない。


「いえ、いいえ! そう見えたのなら謝ります。魔法使いなんて見た事なかったから、その」

「あらあら。本気にしちゃった。いじめすぎたかな?」

「……」


 結構、軽い雰囲気? 言っちゃあなんだけど、呪いや魔法やら隠された島やらと重い事情がありそうには見えない。


「それで? 私、このシノアに何か聞きたいことでも?」


 重要人物――シノアさんというらしい――はまるで道でも聞かれたみたいにラフに問う。えーと……まずはあれだよね。


「レトにドラゴンの呪いをかけたのは、貴女なの?」


 後ろで歯軋りが聞こえた。顔には出さないけど、レトもシノアさんには思うところがあるんだろうな。それを私の用事優先で……うう、ごめん。


「そうよ。ごめんね、レト? くん。まあ、あの時は状況が状況でね。小金が欲しかったものだから」


 レトは沈黙したまま答えない。そうだろうね。確かお父さんが継母に狂って実息子を呪ったんだよね。金で殺されたようなものだ。


「でも、解除できるような仕掛けにはしてたわよ。ドラゴンの姿を見ても怯えない女性が情を持ってキスしたら解ける――ロマンチックじゃない?」


 そんなトレンディドラマを語るみたいに言われても。ああでも、やっぱりそういう事か。訳の分からない解除だったなーとは思ったけど、かけた当人の趣味だったんだね。それにしても他のヤンデレよりはマシだったなレベルの情でも良かったのは問題ではないのだろうか。まあ、こっちは助かったけど。


「魔物になっても生きていくのに不便しないようにしてあげたつもりだったけど? 火を噴いたり、飛んだり怪力だったり。あとは力を使いすぎたり、精神が極度に疲弊していたりしたら石になるとかね。そして呪いが解けたらある程度自由に力を使えるオマケつき。『跡取りとは言えない様な姿にしてくれ』 とは頼まれたけど、流石に人殺しはしたくないじゃない? 結構考えたのよ」


 チートだなあ。まあそれはさておき、レトの呪いの経過をぴたりと言い当てている。かけた張本人で間違いないだろうな。あとは……。


「それじゃあ、アドルも貴女が?」


 一瞬だが、シノアさんの表情が曇った。しかしすぐに何事もなかったかのように笑みを浮かべた。……?


「そうね。そうなるわね。そういえばアドル、あの村は今どうして?」


 なーんか奥歯に物が挟まったような言い方だな。でも聞かないほうがいいかも。私の勘がそう言っている。話を振られたアドルをちらりと見てみる。


「今はもう、通常通りかと。ただ」

「ただ?」 

「国からの保安隊が来た事で、過去の悪事がいくつか露見……上の者がいくつか切られたようですね。ただ、それだけです」

「そう……まあいいわ。全く日の目を見ないよりは……」


 ? あの村に何かあるのかな。シノアさん。


「さて、これで信じてもらえた?」

「はい。それで、あの、その」


 確認できた以上は、彼女をことを聞き出さなくてはならないのだが、その名前は尊すぎて、私は口に出すのに臆病になる。


「ケイトという、魔法を使える少女を知りませんか」


 ついに言った。直接知る人に、ついに。


「ああ、最後の直系の……血は繋がってないけど、私には姪にあたるわ」

「じゃあ、じゃあ!」

「何度か会ったわよ。あの忌まわしい島で」

「ピンク色の髪で、品があって、可愛くて、年齢は私と同じくらい、身長は私より少し高いくらいで」

「あと声が甘ったるいのよね。そもそも異世界人を連れてくるなんて、あの子以外には出来ないでしょうに」


 やっと、やっと! 嬉しさの余り涙がこぼれる。日本だったら、遠距離でも声は聞けた。顔だって見られた。何しているかくらいメールで確認くらい出来る。住んでいるところが雨か、大丈夫かな? なんて考えることも。でもそんな情報もないこの世界で、暗闇の中をひたすら走っていた。やっと、一筋の光が差し込んだ。間違いなく、私の探すケイトだ。


「今度はこっちの番。チサさん、でいいのよね?」

「あ、はい」

「ケイトに何があったの?」


 心臓に氷が入ったみたいになった。そうだ、彼女は身内だ。ケイトは……。私は、この異世界に来る直前のことを包み隠さず話した。


「……そういうこと」


 魔法とか時空移動とかの概念がない私にはさっぱりなので、一人納得するシノアさんが羨ましかった。だって、最後に何が起こって、ケイトがどうなったのか想像もつかないのだから。


「チサ、誤魔化すのも無意味だからはっきり言うわ」


 不意に、険しい顔つきになったシノアさん。何で? そんな顔する必要って? まさか……。


「……ケイトはおそらく生きていない」


 嘘だ。そう言おうとしたのに、掠れた空気が喉から漏れるだけだった。


「魔法は別に死んでも継続するわよ。研究家の意見? 悪いけどこっちは経験者だから。あとワープ空間で見た光の矢はどう考えてもあの女の仕業ね。ケイトもランダムに飛んだつもりで、あの女に誘導されてたのかもしれない。一度通った空間には道が出来る。道が出来れば干渉できる。空間能力はあの女の専売特許だった。それにしても、ずっとあの島にいたのにいつの間に?」


 一度通った道? それを聞いてピンとくるものがあった。それがもし、自分から『行った』 んじゃなくて、『召還』 だったなら。


「川田、勇人」

「え?」

「この世界で会ったんです。呼ばれたって……謎の女性に……」

「あー、なるほどね。カワダユウトとやらは、貴女の住んでいるところからそう離れていない場所の人間、合ってる?」

「同じ、日本です……」

「異世界の惑星で言葉が通じる範囲内、ね。確実だわ。でもあの女はどうしてそんなことを」


――――いいか、お前もどうせ利用されるためにこの世界と関わったんだ……何一つ自分の力でないくせにへらへら笑うな!!!!――――


 彼の最後の言葉。そして


――――種が欲しかった。そう言っていた――――


「あの、種馬がどうとかって」


 ちょっと意味が分からない言葉だった。私競馬とか見ないしやらなし。でも、何かの手がかりになるかもしれないと話したのだけれど。


「!」

「……っ」


 シノアさんが驚き、レトが苦い顔をした。二人で勝手に納得しないでよ。私も知りたいのに、さっぱり分からないのが悔しい。


「重罪に当るのではないですか、シノア殿」

「勿論よレトくん。あの女そこまでして……」


 だから何。シノアさんが戸惑いながらも、意を決したように話しかけてくる。


「えーとね。そういえばジル王子の件、聞いてるわよ。治癒するまでの姿、覚えてる?」


 覚えてる。でもそれとこれが何の関係があると。


「余りに血が近すぎる結婚は、よくない子供が産まれやすいの。分かる?」


 まあ、本で読んだし。


「あの島でも、ここ最近それをやりすぎてね……。皮肉よね。血が薄まると魔力も薄まるのに、濃くしようとしたら自殺行為って」


 ジルの王家と同じようなことになってたの? でもそれと勇人くんと何の関係が。


「それに危機感を抱いて、あの島は……この世界に住む魔力の強い女性を強制召還することにしたの。近親婚を避け、尚且つ魔力を消えさせないように」


 女性? ってことはまさか。


「私は自分を何の変哲もない人間と思ってたけど、潜在的に膨大な魔力がある上に先祖返りを産む子宮だと言われたわ。そしてあの女、メアリーは生まれつき魔法が使えて故郷で異端児扱いされていた。私も彼女も、気がついたらあの島にいたの。最初はついていけなくて泣いたものよ」


 それもう召還じゃなくて、拉致っていうのでは。


「私は兄に、彼女は弟に嫁いだ。でも兄のほうはすぐ死んでしまって、子供どころの話じゃなかったわ。そして弟のほうは、前の妾との間に女の子が一人いた」

「ケイト」

「そう、彼女がケイト。もう一族も少ないんだから、そう何度も言われた訳じゃないだろうに、彼女はいつも怯えていた」


『代々男子が継いだこの皇室、私の代で絶えるのでしょうか。それとも私が継ぐことになるのでしょうか? 私には、そんなの無理です』


 瞳に浮かぶのは、憂いを帯びた美少女だった。ケイトは時折シノアを訪ねては、こうして弱音を吐いている。義理の母には色々言い辛いこともあるだろうなと、あの時は気楽に考えていた。いいや――それだけではない。突然見知らぬ場所に召還された。その元凶の血筋の少女という考えは常にあった。ぞんざいな扱いをしたかもしれない。今にしてそう思う。


『そんな思いつめなくても。よそ者の私が言うのもなんだけど、貴女は充分資格があると思うけれど。それに一族に伝わる、継承者のみが使える魔法の呪文も知ってるくせに今さらじゃない?』

『いいえ、私は繋ぎです。何千年と続いた一族の長なんて、私には重すぎます』

『うーん難しいわねえ。今メアリーのお腹にいる子が男の子だったら解決するんだけど』

『そのメアリー様なのですが、私、最近あの方が怖いのです。先日から呪文を教えて欲しいと……』

『元気だから男じゃないかって言われてるからかしら? 気が早いわねえ。ほらほら、もっと前向きに考えましょうよ』

『でも……お腹の子は……もしかしたら。それに父も』

『いつまでも暗くっても何も解決しないわよ、お父さんの身体が弱いのはいつものことでしょう? 全く考えすぎな子ねえ、一応の跡継ぎなのに。何の関係もない私にそんなこと言われても。あらごめんなさい、嫌味じゃないのよ?』

『……申し訳ございません。そうですね。これは、私の問題です……』



 そして産まれたのは男子だった。その翌日、余りにも急な話を言われた。


『御機嫌よう、シノア様。跡継ぎが産まれましたので、貴女はもうここにいる必要はありませんわ。どうぞお帰り下さいまし。大陸までは送りますわ。後はここで鍛えた魔力でどうにでもできるでしょう?』


 反論の暇すら与えられなかった。

 彼女は、いつの間に島から出られる術を?

 おかしすぎる対応。ケイトの憂い。メアリーが空間魔法の使い手であること。

 薄々感づいてはいたが、だからと言って自分があの島に何かするだけの義理はないと思った。島の名を使って故郷に戻ろうと必死だったのもある。自分の魔法は子供を産むか、人間を変化させるかしかないから、あのメリアの王はうってつけだった。


「ケイトを、見捨てたの?」


 千沙が責めるような目を私に向ける。私は胸のいらつきを抑える事が出来なかった。


「あの子の良い部分だけ見たのね。私にはいいお育ちのくせにいつもうじうじした暗い子だったけど」


 唇を噛みしめて怒りを堪えているのが分かる。私が察することが出来た時点で終わりよ、普通なら。


「貴女の話が本当なら、あの赤ん坊は不義の子ってわけね。ケイトはそれに気づいた。だから身の危険を感じて逃亡した。もしかしたらメアリーの計画通りに。一旦逃げたなら、廃嫡する既成事実が作れるもの。そして用済みとなったケイトは……」

「やめろ!!」


 意外にも、怒ったのはレトのほうだった。


「そんな話、チサに聞かせるな!」


 不思議な気分だった。

 分家にしか過ぎない各地の王家。その一つの嫡男に魔法をかけた。ニュアンスを正しく伝えるなら、呪い。

 内心嫌いだった少女を追って、チサという異世界人が来た。呪った嫡男を伴って。


 何者かが、あの子を助けよ、とでも命令しているんだろうか。被害者にすぎない私に。

 無視できない程度には、私は人間だった。


「でも聞かせないと全容が分からないでしょう。助けるためにも現状の把握は必要じゃない」

「でも、死んで……るって」

「万が一の確率だけど、死んでないかもしれない。そしてもし死んでいても、生き返らせることが出来るかもしれない」

「え?」

「私に出来る事は二つ。死人を生き返らせることが出来るという大樹の葉の在り処、島に行く方法――セイレーンの海路を教えてあげることだけだわ」


 千沙は目眩がした。ケイトへの道のりの険しさに。

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