意趣返し
地下にいた時間が長かったのか、アティを見つけ出した頃には夕暮れになっていた。彼女はついこの間までは王子の専属介護士だったけど、今は普通にメイドをしていて部屋の床磨きをしていた所だった。自分の命の危機も知らずに、城を一心不乱に綺麗にしている。
「アティ!」
私が呼ぶとアティは不思議そうな顔をしてこちらを向いた。
「チサ! ……様。何故今ここに。夕食には早いはずですが」
「説明はあと! 今は逃げて!」
手をとって走り出す。アティの手からモップが落ちるけど、そんなの構っていられない。城の入り口に行こう。庭まで行ければ……多分、レトがいる。アティはびっくりしていたけど、すぐ察してくれたようだ。黙って二人で走る。
「王妃様が乱心された! 手段は問わぬ、保護されよ!!」
入り口まであと少しというところで警備兵がわらわら出てきた。うん、通り抜けるの無理。でも捕まりたくない。しかし私はこの城の地理を知らない。だって来て数日だし。パニックになった私は、無意識のうちに城の最上階の自室に来ていた。
そして来てから気づいた。これどうやって逃げるのよ。
「ここを開けてください! チサ様!!」
ドンドンと扉が絶え間なく叩かれる。開けられるわけないじゃん。だって開けたら一巻の終わりなのは明白。すっかり日の沈んだ自室で、アティと二人で狼狽する。いや、アティは冷静そのものだった。慌てていたのは私一人だった。
「……いやだよ。ケイトのために私、私……」
異世界の普通の女の子が王妃様――なんてシンデレラストーリーは欲しくない。私は魔法使いと行きたいの。不遇の魔法使いと。それだけなの。
「チサ……。ん? ……! チサ! 外を」
何かに気づいたらしいアティが外を指差す。
コン……コン……コン……
窓だ。窓を叩かれている。一瞬追っ手かと思ったけど、ここ、最上階で、日本なら五階ビルの屋上に匹敵する高さ。……まさかレト? 助けに来てくれたの?
「チサのためなら最上階の窓にも張り付くってこと? ジル様もよっぽど……」
アティも追っ手かと思ってるのか、苦い顔をして愚痴をこぼしている。
「ううん、多分レトだよ。ドラゴン化して来てくれたのかも!」
「ああ、あんたの呪いをかけられた彼氏……って、ちょっと待って。なら外が騒然とするはずじゃない。ドラゴンがいるなら」
「あ」
「追っ手でも別に問答無用で入るわよね、こんな時にノックなんて許可とか必要ないし。……ドラゴンでも追っ手でもないわ。なら」
夜の窓を叩くのは、何者?
しかし正体不明のものより、目の前に差し迫った追っ手が今は怖い。誰か知らないが、五階建ての最上階からそんな芸当が出来るなら、むしろ力になってください! 勢いよく窓を開ける。
「久方ぶりだな」
夜の闇をまとってそこに居たのは、見間違えるなんて絶対にない。その美貌。
「アドル? アドル・ファジェシオル?」
退治したはずの吸血鬼。寂れた村に突如現れ、そこに住むケイトさんを同族にしようとした。暴走するケイトさんを前にやむなく異世界人の私の血を吸わせて拒絶反応で死なせた。そのことでコリスは自殺して……。ケイトはもしや化け物となって生きているのでは? という疑念を持たせ、ほぼ同じ立場のコリスが死んで、私が生き残るなんて、と数日鬱にさせた、あの……。でも、こいつも私の血を吸わせて死なせたはず。
「不思議な顔をしているな、チサ。血を貰ってなるようなエセ吸血鬼と元からの吸血鬼の私では違う。あんなことで死んだりしない……と余裕ぶりたいところだが、さすがに復活するのに時間がかかった。本当ならすぐ、お前に会いたかったのだがな」
ドン引きした顔になったのは許して欲しい。モテモテも数人続けば飽きる。「またかよ」 って言いたくなるよ誰でも。
「……信用できないという顔だな。しかし、今は私の力が必要なのではないか?」
そうだ、ヤンデレ王から逃げるのにアドルは便利……ゴホン、頼もしい。あの時は教えてくれなかったけど、古代魔法に関係ある存在みたいだし。
「助けてくれるの? 代価は?」
「ある人物に会ってほしい。それだけだ」
?
いやいいけどさ、恋人になれとか言われたり、身体を要求されたりするよりは。意外とまともで拍子抜け。でもアドルの会ってほしい人って……。
ドン!
アティと二人、青ざめる。追っ手は、扉を破壊しようとしている。続けざまに強い衝撃音。
「とっととぶち破れ! もたもたするんじゃない!」
ジルの声だ。もう一刻の猶予もない。アドルと協力するしかないんだ。
「お願い、私とアティをここから……」
「アティ?」
「私です」
アドルは私しか目に入っていなかったのか、アティを目にして驚いたあと、渋い顔をした。
「……俺が『あの方』 から頂いた力は一人分なのだが」
え? この状況で何いってるの? え? どっちか一人しかここから脱出できないってこと? 思わずアティを見やる。
アティは考えていた。
あのアドルとかいうのはレトと同類らしい。異世界人だけあってそういうのに縁がある女だ。さて。
ここにいたら自分は助からないだろう。でもチサなら助かる。突然出てきて簡単にジルの心を攫った。ジルは彼女を殺したりしないだろう。手ひどい扱いは受けるかもしれないが、死ぬような事はあるまい。チサを踏みにじっても私が行くべきなのではないか。本当に何も持たない私こそ……。
「アティを連れてって。私は大丈夫だから」
チサが言った。
「どうして、私?」
震え声になるのは仕方ない。外の状況もあるし。
「ジルは私を好きなんでしょう? なら殺したりしないはず。一番危ないのはアティ。今はアティを連れ出さなきゃ」
「でも、あんただって……」
「何とかなるよ。私、運だけはあるもの」
そう言って、チサはへらへら笑った。馬鹿の笑顔だ。裏切ろうとしている人間を助ける馬鹿の……。
「そこの……アドルって言ったわね。私はあんたを知らないし、助けられる義理もないわ。チサを連れてどこへなりと行ってちょうだい」
アティが叫ぶように言った。どういう事? 残ったら死ぬって分かって言ってるの? 確かにジルは言ったんだよ、今までの世話役も殺したって!
「アティ、何考えてるの!? 死ぬかもしれないのに、いいから早く逃げて!」
「勘違いしないでよね! ……馬鹿にしてたあんたに助けられるなんて、そんなの、私のプライドが許さないだけなんだから! それに最初から言ってるじゃない、馬の骨が王妃なんて嫌ってね。さっさと出て行きなさいよ! 目障りなのよ!」
その時、扉が破壊された。
衝撃に紛れてアドルはチサを蝙蝠に変えて連れ去る。その部屋に残ったのは、アティ一人だった。
「チサはどこだ?」
破壊された扉を踏みながら、彼が近寄ってきた。ベッドに横たわっていた頃の面影が全く無い、美丈夫となったジルが居丈高な態度でアティに問う。
「さあ?」
その瞬間、ジルはアティを思い切り殴った。
「お前に情が無かったわけじゃないんだ。余り私を怒らせるな」
それで、この仕打ちなんだ。とアティは思った。どうせもう私の運命は決まっているのだろう。なら、意趣返しを出来る機会は後にも先にも今だけかもしれない。
「逃げました」
「どうやって……いや、それより誰と」
「チサの知り合いで、人外のようでした」
「レトか? クソッ、監視すら撒きやがって。両思いなどと……」
「その人じゃないと思います。意外そうな顔していたし……それに」
「それに?」
「連れてった人より、レトとかいう男より、私のほうがチサの心に寄り添えてました。もちろん貴方よりも、ジル様」
渾身のドヤ顔で言う。チサは自分の危険も省みず私を助けようとしていたんだから、間違っていない。
人間が最も屈辱を感じるのはどんな時か。個人的には、自分より下だと思っていた相手に負けた時だと思う。案の定、彼は激高し、その怒りのオーラは周囲の侍従達を怯えさせた。
「何をもってそう言えるんだ?」
「出て行こうとした時、最後まで私を気にかけてくれたから。貴方じゃなくて、私をね」
「なるほどな。お前は凄いよ……
楽に死ねると思って言っていないのだろうからな」
気がついたら空を飛んでいた。ん? 空? 落ちる――――
あれ、落ちてない? というか、両手が変な感じ。手……。
両手が翼になっていた。ああ、アドルの魔法なのかな。納得して周りを落ち着いてみると、蝙蝠が飛んでいる。アドル?
「庭に行くぞ。『あの方』 は彼もお呼びだ」
あの方とやらが誰なのか気にはなるけど、今はレトに会いに行こう。アティのことが気になるけど、こんな事態になってレトも気になる。外に出てしまった以上はレトを探そう。
見つけるのは簡単だった。城中の騒ぎで人が出払っており、レトも見つけやすいところにいた。近くまで飛んでいく。地面に降りた瞬間、魔法が解除されたのか人に戻る。
「レト……!」
「チサ! 一応聞くけど、無事?」
「……無事じゃない……とか言ってみたいけど、予言した通り無事だったよ」
「それは良かった。チサにも、ケイトにもね」
ふと思ったけど、レトはケイトをどう思ってるんだろう? 言っちゃあなんだけど、恋敵同然だし。自分は男だから所詮女相手に嫉妬する必要もないと思ってる? だから旅についてきてくれてる? それとも……。
「揃ったな。なら跳ぶぞ」
「え、跳ぶって?」
「『あの方』 からパワーストーンを借り受けてる。三人までなら持つはずだ。目的地は、『あの方』の隠れ家」
そう言ってアドルは懐から不思議な輝きの石を取り出した。パワーストーン……なんちゃってお守りくらいにしか思ってなかったけど、ここじゃあ凄いんだなあ。それを四つの月に順々にかざすと、石が煌き、私達は跳んだ。これは、ワープ?
「~~~~!」
あちこちから引っ張られるような何とも不快な移動だった。王家やユニコーンの時の移動魔法陣とは大違い。まあ、本格的なのと携帯用のが一緒って事はないんだろうけど。
身体に異常がないのを確認して、辺りを見る。
「のどかな村ですね」
レトがぼんやりと呟いた。確かに。空には真っ青で大きな雲が浮かんでいて、遠くから放牧だろうか、動物の声まで聞こえる。
「『あの方』 はこういう場所が好きらしい」
「……ねえアドル。もう追っ手もこないだろうから聞くけど、あの方って誰? 何者?」
どうせ只者じゃあないんだろうけど。こんな事ができるんだから。でも舐められたくないから心の準備をしておかないと。
「ああ。私と、レトに深く関係がある女性だ」
「僕と?」
「お前にドラゴンの呪いを、私に吸血鬼の呪いをかけた張本人だ」
「「!!」」
嘘、見つけられればいいとは思っていたけど。失われた魔法の使い手だし。
「ねえ、その人の出身って、やっぱり……」
「多くを語りたがらないが、隠された島とやらを追い出されたと言っていたな」
この世界に来てから一番、ケイトを身近に感じた。




