奇策?
結局、訳の分からないまま明日にはジルとの結婚式となった。
展開が速いってレベルじゃないから!
「…………」
それを恨めしそうな目で見てくるアティさん。
「幸せにするよ。私ほど君に恩があり愛している人間もいないから」
悦ってるジル。もうこの際、人の話を聞く男の人なら私、誰でもいいような気がする。ケイトを除けば。
あれよあれよと豪華な神殿に連れて行かれる。馬車の中で抗議をしていると変なものを飲まされた。直後に声が出ないことに気づく。ここまでするか。
飲ませたのは忠実なメイドであるアティ。いかにも恨んでますって表情で固定されていたのに、その時は切なそうな顔を見せたあと、すぐ私から目を背けて力ずくで飲ませる。ああ、迷ってるんだろうな。
それは絵にも描けないような式典となった。何百人も参列してるんだから花嫁の声が聞こえないくらい何でもない。さすがに誓いの言葉辺りではアティが代理していたけど。……ジルはアティをどう思ってるんだろう。都合のいい女ってやつ? 酷い……とは私には責められない。
私がケイト、ジルが私、アティをレトと例えると、今回の昼ドラ的人間関係が分かりやすくなるだろうか。ジルを悪く言うと、そのまま自分に跳ね返ってきそうで……何も言えない。
そして夜。初夜である。
うわあああああああああああああ勘弁して!!! その気もない男となんて嫌すぎる!!!! こんなのどうやって逃げたら……レトに助けを求めることも難しいし……。
あ、でも手段を問わなければひょっとして。
「……チサ様。お召しかえの時間でございます」
「アティ」
夕方には何とか声が戻ってきた。これならいける。アティは私がジルとどうにかなるのが嫌がってるみたいだし、アティを利用すればあるいは。
「いいの? 私みたいなのが、ジルと結婚なんて」
「……いいわけないでしょう! どうして貴女なの!?」
主人のお嫁さんに怒鳴るなんて奉公人としてまずいですよ。でも私には都合がいいけどね。
「私は、ジル様が好きだった……。病弱だった頃から。最初は、大きな病人なんてって思ってたけど、何度も同じ時間に部屋の掃除を邪魔して腹立つって思ってたけど、それが、綺麗な夕日を見せるためだったって知った時、私、この人の側にいたいって思った」
「……」
「貴女、好きな人の下の世話まで出来る? 片言も喋れない人間と何ヶ月も過ごした事は? 綺麗なとこだけ見て、良いところだけ持ってこうなんて、そんなの……嫌いにならずにいられないわよ!」
『恋とは綺麗なものだけを見ること。愛とは醜い部分も愛するということ』 いつか本で見た言葉。
……そうだね。私のはただの恋で、彼女のは愛だね。
だから、報われるのは彼女であるべきだよね。
「私、この結婚は正直乗り気じゃないの」
訝しげな視線を寄越しつつ、迷っているような仕草。アティに付け入る隙はある。
「だって、婚約者がいるのに無理矢理よ? 本音を言えば、今すぐ彼の元へ行きたい。でも、アティさんは許さないでしょう?」
「当たり前よ。愛するあの人が、貴女を連れて来いと仰ってるのですもの。貴女とジル様が、なんて悲しいけれど、逆らえないわ」
「……好きな人がとられていいの? それも私みたいなジルの良さも知らない馬の骨に」
「貴女、何が言いたいの?」
信じても無い神様に祈りながら言った。
お願い、初夜を代わりにやって。私ベッドの下に隠れるから。
「どうした? 部屋が暗いな」
「……だって、恥ずかしいから」
「そうか。まあそうだろうな」
ここまで強引にことを進めてきたジル。紛れもない千沙の声に、これくらいは譲歩するかとあっさり罠にかかった。
そして、一晩中素数を数えていた千沙だった。
翌朝、他のメイドによってジルが部屋を出て行き、その間に千沙とアティが入れ替わる。千沙はちらりとアティの顔を見た。どことなく色香を含んだアティの媚態に、千沙のほうが恥ずかしくなった。
「よかったわ……」
と、不意にアティがうっとりと呟く。
「え? ……あ、そうなんだ。よかったね」
「ええ」
千沙は居心地が悪かった。目の前の人間がいきなり別の生き物になったようでどうしていいか分からない。そもそもコミュ障だし。おめでとうとか言うべき?
「ねえ知ってる? この国じゃ未通女って生き恥なのよ」
アティが急に脈絡もないことを言ってくる。いや、あるのか?
「貫通してこそ一人前の人間なのに。それをいつまでもって、ねえ? 動物以下じゃない。しかもチャンスがありながら」
「あ、あはは」
「殿下も初めてでいらしたのに。それをむざむざと……理解に苦しむわ」
「そうだね、私も異邦人だし……」
「ふーん。まあそれが良い事って国もあるのかしら。せいぜい、蜘蛛の巣張るまで守ってればいいんじゃない?」
何をそんなに怒ってるんだろう……ジルがずっと私の名前を連呼してたから? 色めいたことは分からないですほんと。とりあえず。
「そうする……ありがと」
男女の関係以前にケイトがいなければ死んでましたから。私は私を助けてくれたケイトが好き。だから会うまで他の人間と必要以上に親しくなりたくない。例外はいるけど。
何だかんだ言いつつ、アティは協力してくれてる。
「……」
アティは黙り込んでしまった。色々態度に不安なことはあるけど、共犯者になった以上は協力してくれるはず。既成事実を作ったんだ。あとは可能な限り情報を聞き出す。
「アティ、約束した通り私の目的を教えるね」
「……ああ、そういえばそんな事も言ってたわね」
「まず私の素性なんだけど……」
要点を絞って話す。知って欲しいのは二つ。
「異世界人? チサが? それにこの世界に魔法が使える人がいて、それが隠された島だなんて……」
「疑うなら血液を調べて。人外……じゃないな、この世のものじゃないって学園都市のエリートの保障つきだから」
「疑いはしないわ。こんな話、狂人か本物しかしない。ジル様のお世話で狂人なら演技かどうかなんて分かるし。貴女は本物ね」
結構簡単に信じてもらえた。あとは……。その時ドアからノックの音がした。
「王妃様。朝食の時間です」
「! じゃあ、次は勉強の休憩の後に、トイレの前で」
朝食の席でジルは機嫌が良かった。反対に私は罪悪感やら後ろめたさやらで暗い印象を隠すことができなかった。
「どうした? 顔色が優れないようだが」
「いえそんな……あんなことの後で、いつも通りに振る舞うのが気が引けるだけです」
「乙女心というものか。私もまだまだ勉強不足のようだ」
ジルは、好きな人の行動が全部美化されて見えるのかなあ。そう考えると鏡に映った自分を見ているようで、無意識に目を背けてしまう。
まあ、ユニコーンの角の威力を舐めてたってことです。こういう時に罪悪感でいつも通りに振る舞えないとか騙すのが心苦しいとか思ったら二流ですよね。
事実上の王妃様ということで、上流階級の教育を受けされられる。言葉遣いに礼儀作法に外交に……勉強は嫌いじゃないけどさ。でも無駄に終わりますよこれ。
それが終わったらアティと落ち合う。アティには隠された島のことを探らせている。手がかりと交通手段が分かりしだい、私がここから消えるということで合意したのだ。
「……色々調べたわ。古株のメイドに聞いたけど、月に一度、王様がどこかに消えるの。考えられるのは開かずの地下室。でも、そこは王族しか入れない」
「ありがとう。そこに入ればいいのね」
王族しか入れないなんていかにもって感じ。ドヴィスのサラゼルさんの証言とも一致する。
「……あのさ、本気でここから逃げるつもりなの?」
考えを巡らせていたらアティから尋ねられる。どういう意味だろうか。
「そりゃあね。王妃様なんてやってたらケイトが見つからないと思うし」
「ジル様は確かに強引な方かもしれない。でもそれを補って余りある魅力をお持ちだわ。本当に惹かれないの?」
「魅力、か」
その考えが分からない。自殺寸前でケイトに助けられた私にとっては……。ケイトという人間が全てだ。本当に魅力があって運命の相手とかいうんなら、今すぐ私が苛められてる時間に戻って私を助けてほしい。でもそれは無理でしょう。そもそもそんな時の私に誰も惚れないでしょう。結局ケイトこそ至高であるという結論にしかならない。
……ケイトは、どうなんだろうか? 今私はケイトの立場に立たされてるけど、病気状態のジルには正直引いた。ユニコーンの角と利害があったから助けた。魔法が使えてあの時身寄りもなかったケイトは……。
「どうしたのよ?」
気がついたらアティが心配そうに私を覗き込んでいた。
「何でもない、よ。アティは優しいね」
「! ば、ばっかじゃないの! 共犯関係ってこと忘れてる!? 勘違いしないでよ、アンタに倒れられたら、ジル様だって……悲しむから」
そう言って切ない表情を見せたアティ。
第三者から見たレトってもしかしてアティみたいなんだろうか。報われない相手に焦がれて尽くして。レトとアティが被る。
レトは無理でも、アティには幸せになってほしい。むしろせめてアティだけは幸せにすることで罪滅ぼしをしたいかもしれない。
「ジルが、アティに気づくといいね」
「さすがに顔と名前は知られてるわよ、ばかじゃないの!?」
「アティの優しいところに。ジルを誰よりも気遣うところに」
「……あんた」
「それじゃ、家庭教師待たせてるから」
もし、私がケイトに会えたら……。
上手くいくなら、ケイトを誘導して二人で地球の日本へ。男は全員ここに置いていく。好意? 知らない。彼らが私を好きでも、私は彼らを好きじゃない。向こうが好きだからってこっちも好きになってやる道理はない。レト? うん(都合の)いい人だよね。ほらよく正直者は損をするって言うじゃない。高い勉強代だよね。他の人よりは好きだけど、結局ケイト以下なんだから仕方ない。そう、仕方ない。
「勉強お疲れ様。私と休憩しないか?」
午後の勉強中、ジルが訪ねてきた。まあ、周りから見れば新婚さんだしね。
「はい。でもどこで?」
「地下室」
地下の深いところだった。メリアの移動陣のような場所を想定していたけど、ここはもっと厳重に感じる。
「先祖の遺産なんだ。王位を継ぐものにだけ、口頭で伝えていく。私も小さい頃に父から教わった。あの頃はぼんやり見ていただけだったけど」
「……そう。それで、どういうことを?」
「大した事じゃない。なんせ、一方的に『向こう』 から送られてくるのを見るだけなのだから」
「向こう?」
「全ての人類の祖先にあたる一族。滅びた魔法を使い、外界を遮断した島に隠れ住み、そこから世界各地の王族を牛耳っている」
「!」
「向こうが言うには管理らしいけれどね。正直いい気分じゃないな」
「その人達は、一体、どんな……」
「手元にある資料によると、男系の皇族らしい。でも今はどうなんだろう? 確か……父によるとしばらく前から現皇帝だった人が消えてその妻――皇妃メアリーが出ずっぱりだと聞いたな。噂話が好きな母は私によく言って聞かせたよ。どうせ他の人に言う頭もあるまいと思ってね。『そもそもメアリーは二番目の妻。あの島で皇位簒奪でも起こってるのではないか。メアリーの息子が本当に皇帝の子かなんてこちらには分からない。正妻の一粒種たる内親王ケイト様が行方不明になったのも怪しい』と」
そこに、いたのね……。
「ああ、ついたね。これだよ」
奥の間にあったのは、広い空間と、薄い板のような壁。天井には小さな機械っぽいものがいくつも取り付けられている。何となくだけど、映画館とか劇場を連想させた。
「……本当のこと言うとね。もう随分前から打ち切られてたんだ」
「え?」
「生まれた息子が前までの自分だったろう? 父と母も伯父と姪だし、そもそも父の両親と母の両親はどちらも親族関係になるし……。王家では、近親婚でまれに先祖がえり――魔法が使える人間が生まれる。それにあやかろうとして見事に負の面しか出なかった。向こうももう終わりだと思って見限ったのか、ある月から連絡を寄越さなくなった」
「そうなの。ん? でもどうしてそんな話を私に?」
「チサがアティから聞き出そうとしてたから」
はい?
「近親婚は、教育を受けた人間を伴侶にするという結果でもある。王家の流れを組む人間ならそれなりの教育と礼儀作法を身に付けてるからね。メイドと共謀するなんて発想もない」
冷や汗が出てきた。ジル、まさか気づいてるの?
「庶民からの突き上げ、同属との腹の探りあい、油断ならない世界に生きてるから、その辺の廊下で密談をべらべら喋ったりしないよ」
\(^0^)/ 自分の まぬけさが 辛い。
「昨夜も何かおかしいとは思ったが……まあ、いい。今夜仕切りなおしだ。だがアティには処分が必要になる」
「ちょっと待って、アティは」
「彼女は前の自分を知りすぎている。これまでのメイド同様、毒殺でいいだろ。チサ、君も彼女には随分侮辱されたようだし……」
隙をついて回し蹴り。華麗に決まって相手が動けないでいるところで逃亡。酷い事してるなあとは思うけど、今はアティが危ない!




