絶望していた王子様
「いややっぱり駄目だよ。せっかく手に入れたユニコーンの角をケイト以外に使うなんてそんな……」
ケイト。私を守るくらいの魔法をかけて、いまだに会えていない、私の恩人。私が異世界の言葉に不自由しないくらいだから相当な魔法使いだと思うのだけれど、そんなケイトが私に会いに来ない。嫌われてるとは思えないんだけど……そうだったら防護魔法なんてかけないだろうし。なら、会いにこれない事情がある? 継母からの拘束か、病気か。
ユニコーン自ら万能薬ともいえる角をくれたのはラッキーだった。ケイトに何かあってもこれで助けられる。ユニコーンもそのつもりで渡してくれたんだろうし。だからいくら困ってるといっても、角を知らない人に使うなんて……。
「でもケイトにはどうやって会うの? 結局はどっかの王家を探るしか手がかりが得られそうにないんだろ? そう考えるとこれは最大のチャンスだ。身分も気にせず面会可とある。病気を治せば恩を売れる」
レトの言い分は最もだ。ドヴィスのサラゼルさんの事から庶民階級を当たっても無駄だろうなとは思う。そうでなくても妙な連中に追われてるし、決断は早いほうがいいのかも……。ただ。
「病気の人、王子様みたいだけど。いいの?」
異世界に来てから妙にモテて怖い今日この頃。まともな人にもてるなら万々歳なんだけどね。そうじゃないからひたすら困るだけっていうね。張り紙で男らしいと知って、私の直感が言う。また面倒なことになりそう。レトにはこのことで迷惑かけまくりだし、レトの考えはどうなんだろう。
「正直、絶対また何かあるだろうなと思う。チサだし。でもどうせまた何とかなるんだろうなとも思う。チサだし」
……え、ここ笑うとこ? レトを見たけど、顔が真面目だったからとりあえず黙っておいた。
「だから今決めちゃおう。病気の王子様と面会後、僕らが離れ離れになるようなことがあったら、どこで落ち合うか」
先の事まで考えてくれてるんだ。レトなりに心配してくれてるんだよね。多分。
「うーん特に方向音痴ではないつもりだけど、覚えられるかな」
「なら、城の庭にしよう。そこなら隠れるところもあるだろうし。ドラゴンになっても城を壊すことはないだろうから」
「え、私がピンチな時の話なのにお城の心配しちゃうの?」
「チサって案外ガサツというか豪快というか……壊していいけど手がかりまで吹っ飛んだらどうする気?」
「……てへっ☆」
時々思う。私とレトってベストパートナーじゃないのかって。……都合いい考えかな? というわけでまあ、話はまとまり城に向かうことになった。道々、噂の病気王子とやらの情報を集めてみる。
「……ああ、あの……。言っちゃ悪いけど、天命かもね」
「王子自身は悪くないと思うんだけど、業が深いと言えばいいのか」
「ほとんどの人は、この国は終わると思ってるわよ。メリアみたいにね。ここが一番先かと思ってたけど、メリアは意外だったわ。あそこ、新しい血をいれようとしたでしょ? 良いと思ったんだけどね」
何か……気分悪い。自分とこの王家じゃないの。どうしてそんなに腫れ物を触るような扱いなの? と思うのは、元の世界で王様が立派なファンタジー小説ばかり読んでたせいだろうか。でもわざわざメリアを褒めなくったって。元はと言えば、レトの父である王様が継母に溺れたからレトが苦労してるっていうのに。
「戦争でもしたの? 赤字続きとかそういうの? 王子様、病気だっていうのに凄い言われよう……」
隣を歩くレトに聞いてみる。ケイト関連のことは避けられた教育だったみたいだけど、こういうのは案外知ってるかも。
「……何というか、うん。僕もメリアの歴史からいえば傍系の子孫ということになるし、絶対王政だとこういうしがらみが……」
「???」
「会えば分かるよ」
城門に立って「張り紙を見た」 と言えばあっさりパスできた。昔の日本でも今の県境を越えるには関所があったと聞くくらいなのに……。その後あっさり後継者である病気の王子のもとへ。警備これでいいの?
でも、王子様の部屋は奥まったところにあって、空気も澱み陰鬱な気持ちにさせられた。まごついていると、部屋から一人の少女が出てきた。ちょっと疲れた様子の、細く可憐な少女だった。
その少女を見た時、何故か元の世界の、近所で祖母の世話をする孫にあたる女性を思い出した。その時は自分でも何故か分からなかった。
「ああ、新しく来た方ですね。……どうぞ。今回も無駄だと思うけど」
ここで私の疑問符は最高潮に達した。が、ベッドに横たわる王子様を見て全てに納得した。
「なんとかの下唇……」
思わず口に出てしまった。異世界在住なので記憶があやふやになるのはご愛嬌。それよりも、件の王子様。
王族には近親婚が多い。それによる病気も多い。権力や富を分散させないためとか当時の事情もあるらしい。うん。それは分かる。でも現物見ちゃうとなんでこうなるまで放っておいたって感じだわ。絶えた王家の最後の人の絵は、どうしてかいつも見るたび怖かった。レトの言っていたこともこういうことだったのね。新しい血もちょっと理解した。
ベッドの上の王子様は、一目で「障がいあるお方?」 と思わずにいられないほどの容姿だった。広いけど、暗くて殺風景な部屋でそんな彼はたった一人寝ていた。寝ているのだろうか。視線は虚ろで、口からは常に涎が出てる上に時々意味不明な言葉が漏れている。
ユニコーン、ごめん。でもきっとケイトを助け出すのに役に立つから、と心で謝ってから、持っていた角をすり潰して飲ませる。道具はさっきの少女に言って借りた。
レトがすり潰し、私が飲ませる。こういうのにも効果あるんだろうか……という心配は杞憂だった。
「う……これは……私は……」
喉を通り越し身体に馴染んだころには、王子様の身体は劇的に変化していた。ほとんど別人といってもいいくらい。お察し下さいな容貌は、燃えるような赤毛に黒点のような黒目、誰が見てもイケメンな状態になっていた。ユニコーンってすごい。
「もしや……貴女が助けてくださったのか?」
焦点が定まり、王子様が目の前にいた私を見つめる。文章を喋れてる……これなら恩を着せてケイトのいるらしい島を聞き出すのも容易かも!
「はいそうです。御身体はもう大丈夫ですか?」
「ええ。もうすっかり。そうですか、貴女が……私の名はジルといいます」
「あ、私は千沙です。名乗るのが遅れてしまってごめんなさい」
「いいのです。先程までは、聞いてもどうにかなるような私ではありませんでしたから」
事実すぎて適切な言葉が見つからない……スルーしよう。
「……治ったようですし、王様に報告しないと。でもあの、もう少しお話させて頂いてもよろしいですか?」
どこまで知ってるか分からないけど、まずは聞きやすいこの人から聞いていこう。古代魔法、移動魔法陣、ケイトの隠された島、あとは。
「その前に私から少し、いいでしょうか?」
「え、なんでしょう……」
「結婚してください」
すると、それまで黙って事態を見つめていたレトが私を庇うようにジル様との前に立った。
「失礼。……お戯れが過ぎます、王子殿下。チサは私の婚約者ですから、そのようなことはお止め下さい」
「誰だお前は。ん? 妙だな、異質な力の気配がするが。まあいい。その程度で私を止めることはできん」
ジルがそう言った後、部屋で突風が吹き荒れた。……魔法!?
その事実に気をとられて、油断した。次の瞬間にはレトが壁に叩きつけられていた。ジルは近くにあった花の葉を剣に変えてゆっくりとレトに歩み寄る。
な、何が何だか分からないけど、とにかくレトが危ない!
「ジル様! 何をなさいます!」
慌ててジルに駆け寄りタックルして止めようとする。が、びくともしない。ユニコーンは筋肉までサービスしてくれたのか。いらなかった。
「こいつを殺せば君が手に入る」
「嫌いますよ! 一生好きになりませんよ!!! いいんですか!!」
「それは困るな。なら追放刑に留めるか……む」
ジルが扉の方を見た。駆け足で誰かがこちらへ来る音がする。
「ジル様!! ご無事ですか……!?」
さっきの少女だった。慌ててきたのか、髪も服もあちこち乱れている。掃除の途中だったのか、手にはモップのようなものまで抱えていた。
「アティか。今までご苦労だった。世話をかけたな」
「ジル様、ですか? そのお姿は一体」
「チサだ、彼女が助けてくれた」
ちょっと待て、その言い方は語弊がある。
「いや、ぶっちゃけレトとの共同作業で……」
「……ああ、そこのゴミの名前か」
そう言ってまた臨戦態勢に入ろうとするのを慌てて止める。ついさっきまで病弱だったくせに、今や魔法が使えて殺意バリバリである。
うわああああ何こいつ面倒くさい!!! 力があるぶん今までのやつらの倍は面倒くさい!!!
「いい加減にしてよ!! 助けられたくらいでそこまでやるとか何考えてるの!? 私は私の目的があってジルを利用しただけよ! 貴方が思うような女じゃない!」
ユニコーンの角の意味が無くなるかもしれないが、世話になっているレトの命に代えられない。本音を吐露してジルの様子を窺う。
「……だから?」
「え」
「今まで、ずっと私の意識は闇の中にあった。そこでの私は何もする事ができず、白痴の自分をただ眺めていた。それを面白がる他人も。私は全ての人間に見下されていた。それを貴女が助けたんだ、チサ。貴女が私を真人間にしてくれた。貴女が私の命を、魂を救ったのだ。私の運命は、貴女だ」
眼前に、ケイトの姿が浮かんだ。私は何てことをしてしまったんだろう。ジルはまるで……。
「ジ、ジル様。あの、王をお呼び致しますか?」
アティと呼ばれた少女が震え声で間に入る。
「……君は今までのメイドで一番長く務めてくれたから感謝はしている。誰とも私を嘲笑しなかったことも評価している。だが、今は口を閉じていてくれないか?」
「も、申し訳ございません……」
そう言われて涙目になるアティさん。ジルの言葉とアティさんの様子で乙女心にピンときた。もしかしてアティさんってジルのこと……?
「ああでも警備兵は呼んでくれ。そこでのびている男を叩き出せと。そして父には君から伝えてくれ。私は伴侶を見つけたとね」
拘束しようとして逆に拘束されていて、レトを助け出せない。というか、下手に動いてこのチートが逆上するのが怖い。
……なんでいっつもこうなるんだろう。




