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審判

 最悪。ケイトを探す旅は、その道のりが険しいという事が分かったくらいの進展。なのに。


 馬鹿な私は自分を助けてくれるレトを自分で遠ざけた。その間に因縁の相手達に捕まった。そして戦艦に拉致。

 静かな村に戦艦が現れた時のことといったら……。レトも私に何かあったと思うだろう。そしたら助けに……来て……くれるのかなあ。


「何考えてるんだ」


 この船の艦長のロスは、私の閉じ込められている一室に定期的にやってくる。ご機嫌取り、なのかな。本当に機嫌取りたいなら、今すぐ解放してほしいです。と、前言って断られたから、ロスが現れるたびに私がすることは一つ。


「貴方達、正気じゃない……何がユニコーンよ。て、貞操を確かめるとか人を疑ってかかってさらに選択の余地もないとか! 無理矢理拉致して、私の世界じゃ犯罪ものなんだから! 私のこと好きとか言ったわね、このロリコンがあ!!」


 いいようにされるだけの鬱憤を全部ロスにぶつける。それくらいはしていいはずだ。特にロスには。マイスルやイルースと違って、私はロスに対して完全な被害者だもん。


「ロリ……? まあその話はいい。ユニコーンの件に関してはすまんが何も言えん。あの兄弟を納得させるのに聖獣を持ち出すしかなかったのは俺の力不足だしな」

「さりげなく兄弟のせいにしてない?」

「お前の鋭いところは好きだぜ」

「この流れで言うか!」


 嫌いだ。このロスとかいう男の飄々とした人間性。レトと喧嘩した。謝りにいけない。追ってきてくれるかどうかも分からない。ケイトは相変わらず行方知れず。どうすれば会えるのかもまだ明確になってない。パズルや小難しい記号の並んだ数学の問題と一緒だ。どこから手をつけていいのか分からず途方にくれるばかり。苛立ちは募っていく。目の前の男にぶつけてもかわされるばかりで、私の不満は頂点に達していた。


「大体ね、あんた気持ち悪いのよ! ほんの少しの出会いで好きになったとか信じられない! 私の何を知って言ってるわけ!? それにここまで追っかけて来たとかストーカーそのものじゃん! 私はロスも兄弟も好きでも何でもないんだから諦めてよ! こっちの迷惑も考えて!」


 まくし立てるように言った。その時のロスの顔は、不愉快を絵に描いたような表情をしていた。


「……それ、お前だけは言ってはいけない台詞なんじゃないか」


 ? どういう事?


「兄弟から聞いた。チサ、お前ケイトという少女を探して旅をしているそうだな。で、その女の何を知ってそれを続けてるんだ?」

「何って……」


 異世界のお姫様。可愛い容姿。継母に命を狙われている。私を助けてくれた。


「そうか。それでどれ位の間、彼女と触れ合ったんだ?」


 一日。厳密には二十四時間もないけれど。


「……そんな短時間でケイトという人間を把握したつもりだったのか? 思い上がるな」

「何が言いたいのよさっきから!」

「お前は俺を馬鹿に出来る立場かって言ってるんだよ。偉そうに言っていたが、実際は俺と同条件かそれ以下じゃねえか。お前はケイトの何を知っている? 数時間の出会いで愛とか言えるのか? 俺のする事は不快らしいな。それをケイトから言われたらお前はどうする気なんだ?」

「あっ……」


 傍から見ても可哀相になるほど顔色が青ざめていく千沙。ロスはそんな少女を見ても、まだ言い足りないと心では思っていたが、理性がそれを押しとどめた。


「無力なものを苛めるのは、俺の趣味じゃない。今日はこれで失礼するぜ」


 入ってきた扉から出て行くロス。千沙は何の反応もしない。ベッドに腰を下ろして、呆然としているだけだ。





 ロスが部屋の外に出ると、船員の一人が苦笑しながら待っていた。


「分かりましたよ。女に不自由しない俺らのお頭が、いつも本命とだけは上手くいかない訳」

「……ほう?」

「好きな人ほど苛めたくなるのか素直じゃなくなるのか、余裕がなくなるんですね。お頭。あんな年端も行かない子にムキになって、ちょっと可哀相なんじゃないすか」


 返事はロスの拳骨だった。ただし、これは図星をつかれたことに対する逆切れ……という事ではなく、千沙を気遣ったことへの嫉妬だ。






 部屋の中では千沙が一人うずくまって考えていた。


「ケイト……」


 考えもしなかった。現実が必死だったからというのもあっただろうけど。


 ケイトの年齢。経歴。家族構成。好きな食べ物。命を狙っている人間が何者か。


 私は何一つ、知らないのだ。



『ケイト! 会いたかった! 私だよ、千沙! 貴方を助けに来たの!』

『はぁ? あんた誰? そんな昔のちょっとした事とかいちいち覚えてないし。覚えてないのに言い寄ってこられても正直きもい。それと私には婚約者いるから迷惑だし。こっちくんなストーカー』


 考えうる限り、最悪の展開。想像しただけで泣きそうになる。……でも。

 ケイトは命を狙われてると言っていた。だから無事を確認できたなら、それでいい、とも思う。例え思いを通わせる事ができなくてもいい。出会えただけで、私は救われたのだから。


 千沙が悩みに自身で終止符を打ったその時、ディケドラルトの戦艦が停止した。


「着いたぞ。……ユニコーンの住処だ」





 それは、山の上にあった。休止している火山口が緑豊かになった風景は、ちょっと幻想的だった。自分の服装も白いワンピースで何だか夏が舞台の映画みたいな……。


「って、何で私着替えさせられてるの?」


 着替えを直接渡したのは船員の中年女性だったが、よこすように言ったのはロスだろう。睨むようにロスを見る。


「絵画なんか見ると、白いワンピースみたいなのが一般的だろ」

「確かに……あれ何か意味あるの?」


 その疑問にはイルースが答えてくれた。


「絵画という表現上、乙女の無垢や貞節を表すのに適した色ってところじゃないか? 結婚式でもそうだろ」

「チサ、綺麗だ……」


 案外頭がいいイルースと熱をもった目で見てくるマイスルは、この際放っておこう。まあ、私的には衣装が増えるのは単純に嬉しい。でも……。


「あのさ……私の世界のユニコーンとこの世界のユニコーンがどれだけ同じかは知らないけど。私の世界のユニコーンは、近寄ってきた乙女が純潔じゃなかったら蹴り殺してしまうっていう話があって……」

「奇遇だな。ここのユニコーンも同じだ」

「興味深いな。過去にケイトとやらの力で異世界に向かった種でもいたのだろうか?」

「そこまでするからユニコーンの判断は信頼できるんだろうな」


 おい。


 おい。


「ねえ、まさか皆、私が死んでもいいって思ってる……?」

「そんな事はない! が」

「純潔じゃなかったら別だな」

「ごめんねチサ」


 思ってるんじゃないか!



「それを聞いて大人しくユニコーンのところに行くと思ってるの! 私を何だと思ってるのよ!! あーもー何が聖獣よ!! 何をもって純潔って判断してるのよ!! 話で聞くにはいいけど、体験したらこれ公開処刑も同然じゃん! まさか十五歳以上はアウトとかないでしょうね!? 三十越えの純潔女性連れてったらどう判断するのか個人的に気になる! あと手を繋いだりキスしたりはセーフなわけ!? 男と一回でも話したら駄目とかないでしょうね! もうヤダヤダ! 異世界で死ぬ理由がこれだったら死んでも死に切れないよ――――!!」


 溜まっていたストレスが爆発したのか駄々をこねる千沙。ロスはそれを見越していたのか千沙に囁きかける。


「だがお前はユニコーンの元へ行くだろう」

「……?」

「ユニコーンの角の魔力を知っているか? 『魔術の触媒にしたら国一つを滅ぼせる。人を助けるのに使うなら、煎じて飲めばあらゆる難病奇病を治すだろう』 ケイトを助けるのに使えると思わないか?」

「……!」


 同じ名前の、コリスの愛したケイトを思い出した。あの時は吸血鬼と化していて、人間として死なせるためにも倒すしかなかったけれど、あの時もしユニコーンの角が有ったら治せた?

 もし、隠された島でケイトが病や悪い魔法に犯されていても、ユニコーンの角があれば……。




 辺りをうろうろする。それらしい影はない。さらに歩みを進める。


 いた。


 花と草に埋もれるように眠っている、一見、真っ白な馬ユニコーン。意を決して近づく。あと数歩の距離で、その眼がかっと見開いた。


『お前は何者だ』


 脳に直接響くような声。いや、実際にテレパシーみたいなものなのかもしれない。聖獣は植物を傷つけないように立ち上がってなおも私を見つめる。


「私は、佐倉千沙といいます。あの……」

『この世界の人間ではないな?』


 聖獣と呼ばれるわけだ。まさか一瞬で見破るなんて。


「は、はい。異世界から来ました。あの……」

『まさか、ケイトの力で来たのか? それなら辻褄が合うが』


 言葉がつまる。ケイト? 今ケイトって言った?


「知ってる……の? そうです! ケイトと来たんです! でも途中ではぐれて私……ケイトは、ケイトはどこなんですか!?」

『そうか、だからお前からケイトの名残が……。しかし少女よすまない。私もケイトとはここ数年、会っていない。隠された島のことも知らぬ。いつも、彼女からここに来てもらっていただけなのだから』


 ユニコーンは話してもいない事を、私が知りたい事を全て答えて言った。心を読めるらしい。


『少女よ……名は』

「佐倉千沙、です」

『チサ、貴女から感じるケイトの魔力からは、切羽詰ったものを感じる……。おそらく生きてはいるだろうが、自分で動けない状況下なのかもしれない』


 生きている、でもあまりよくない環境下。喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない。いや、喜ぶべきだろう。そういう事情なら、少なくとも私を嫌って私のもとへ来ないという訳ではなさそうだから。本来環境に適応できない異世界人を生命も言語も適応させるような、超チートなケイトが継母に負けるなんて考えつかない。

 でも継母がそれを上回るチートなのかな。いやそれだったらケイトは死んで、その魔法で生きている私も死ぬはず。今ケイトの身に何が起こっているのだろう……。会いたい。


『ケイトを助けに行くのか』

「はい。私はきっとそのためにこの世界に来たと思うから」

『そうか……ならばこれを』


 ユニコーンはそう言うと、静かに近寄ってきた。目の前まで来た時、角が光り輝き、ポロッととれた。角はそのままふわふわ浮いて、私の手元へ落ちてきた。


「え、これって」

『貴女の友情を祝福しよう。これが役に立つこともあるだろう……』

「私……これに相応しい人間だと思いますか?」

『完璧な生き物などいない。自分で思っている通り、貴女には欠点も多い。だが、その意志の輝き。私は好ましく思う。……成し遂げなさい』


 どうしよう。嬉しい。誰かを踏み台にしてケイトに会えなくて空回って。ユニコーンに蹴り殺されても仕方ないと思っていたのに。


『それと、客人が来ている。チサの知り合いだろう?』


 遙か後ろのロス達に気づかれないように目の動きだけで辺りを探る。花の陰に、彼がいた。


「レ……ッ。どうして」

『静かに。この近くに古代の遺跡が残した移動陣があり、離れた王都に繋がっている。彼なら血の力で発動できるだろう。行きなさい』


 逃げられるの? でもそんなのロス達に勘付かれたら……。


『貴女はケイトを探すことだけを考えなさい。さあ!』



「おーい、まだ終わらないのか?」


 これだけ離れてるなら間に合う。私は走った。背の高い花の陰で休んでいたレトをひっつかんで無我夢中で逃走する。後ろから怒声が聞こえた。レトは無言で移動陣に導いてくれた。






「……でも、よくあの場所だって分かったね」

「僕でも同じことをすると思ったから。ユニコーンの住処みたいな絶滅危惧種の生息地はこの世界でちょっとでも教育を受けた人間なら誰でも知ってるしね」


 同じことってことは同じ考えってことだよね。しかし突っ込まない。今はそれよりも現状把握と……。


「レト……ごめんなさい」


 レトに謝るのが先だ。私は結局こうして、レトに縋って生きている。レトの好意に依存している。


「チサが謝るなんて珍しいね」

「……」

「ごめん。でもいいんだ。早くケイトさんを見つければいいだけの話だし」

「ごめん……ありがとう」


 一息ついたあと、辺りを見回す。ワープした移動先は、どこかの都市の路地裏だった。ドヴィスの裏通りよりは綺麗みたいだけど、そこそこ治安のいい都市なのかな?


「チサはこれからどうするの?」

「他の王族とコンタクトが取れればいいんだけど……一般人を漁ってももう無駄だろうし」

「王族って、女?」

「え? うん。出来れば女の子のがいいけど……」


 面倒くさい男に好かれる体質なのを、本人より彼氏のレトが気にしてる。分かっていても、こればっかりはどうしようも出来ないよ。ごめんね。


「でも偉い人と直接会って話すなんて何をどうやったらいいんだろうね。しかも聞きたいのは機密事項だし」

「……チサ。アレを見て。さっそくユニコーンの角が役に立ちそう」

「え?」


 レトの指差した先には、街の掲示板だろうか。色々な張り紙が貼ってあった。その中、一番目立つポスターいわく。


《王子殿下の病を治した者に望む物を与える》


 え、でもこれはケイトのために使いたいんだけど。

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