第二話 新しい出会い
屋敷へ帰ると、リーベがすぐに出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、フィーアお嬢様。あら……なんだか、顔色が優れないご様子……」
「心配ないわ。それよりも、あなたに伝えたいことがあるの」
小さく息を吸ってから、リーベを真っ直ぐ見る。
「私ね……もう、ルーカス様を愛することを、やめることにしたわ」
「フィーアお嬢様……?」
リーベは、突然の報告に、戸惑いを見せていたけど、すぐに何かを察したように、小さく頷いた。
「はい。あなたにとって、それが一番でしょう」
「色々と心配をかけてしまって、本当にごめんなさい、リーベ」
「お気になさらず。あなたがお気づきになって、嬉しく存じます」
リーベの声が、いつもよりも弾んでいるように聞こえる。
「そうだ、明日の予定は?」
「午後から、建国記念日のパーティーがありますね」
国を挙げての、大きなパーティー……きっと、彼も参加をするでしょうね。
以前なら、すぐに会えると喜んでいたはずだけど、今はそんな気持ちはない。
「なら、早めに休んだ方が良いかもしれないわ」
「お休みになるまで、ご一緒いたしましょうか?」
「もう子供じゃないんだから、大丈夫よ」
大丈夫と伝えているのに、リーベの表情は、不安そうなままだ。
「大丈夫よ。ちょっとあったけど、おかげで憑きものが取れたみたいで、気分が良いのよ」
「……かしこまりました」
渋々納得したリーベに、私はごめんねと謝りながら、小さく笑う。
――今日は、珍しく悪夢を見ることはなさそうだ。
****
翌日のパーティーは、王家が持つ大きな会場で行われた。
高い天井に煌びやかな装飾、そしてそれらに負けない、キラキラと輝く参加者……いつもの光景だ。
そんな会場に到着して、早々に見かけたのは……ほかでもない、ルーカス様だった。
彼は、知らない女性と、楽しげに話している。
……いつもなら、すぐに挨拶に行くが、今日は全くその気が起きない。
だから、気にしないで通り過ぎようとしたが、リーベに止められてしまった。
「フィーアお嬢様。お気持ちは重々承知ですが、立場上お声がけをしないのは……」
「……そうよね」
小さく溜息を漏らしてから、ルーカス様に声をかけた。
「……ごきげんよう」
「……ああ、フィーアか」
ルーカス様は一度だけ視線を寄越すと、すぐに隣の女性へと微笑みを向けた。
「すまない、少しだけ席を外す」
「ええ、ごゆっくりどうぞ」
柔らかな声に頷いてから、再び視線をこちらに向けた。
「……今は手が離せない。あとにしてくれ」
周囲には聞こえないほどの声で、それだけを告げると、視線を彼女に戻した。
「待たせてすまなかったね。向こうで話そうか」
ルーカス様は、何事もなかったかのように、そのまま女性をエスコートして去っていった。
「フィーアお嬢様、よろしいのですか?」
「……ええ。行きましょう、リーベ」
「……はい」
その後、リーベと一緒に、無事に挨拶を終えると、またルーカス様の姿が目に入る。
そこでも、また別の女性と……はぁ、どうでもいいか。
「お疲れ様でした、フィーアお嬢様」
「リーベもお疲れ様。パーティーの開始時刻まで、もう少し時間があるから、少し外で休んでくるわ」
「私もご一緒いたしましょうか?」
「すぐに戻るから、大丈夫。それじゃあ、行ってくるわ」
会場を抜けて中庭に出ると、そこには先客がいた。
長くて真っ白な、雪のような髪と、切れ長の金色の目が美しい男性だった。
――その整った横顔に、思わず視線が引き寄せられた。
『……ここは静かだな』
彼の独り言が、ふと耳に入る。
今の言語……確か、外国の古代言語の一種だったはず。
「……? そこの君、私に何か用か?」
「あっ……失礼いたしました。ちょっと風にあたりに……私は、フィーア・クライリスと申します。レガリア王立学園に通っております」
「これはご丁寧に。アルヴァ・ヴィスティアだ」
「アルヴァ様ですね、よろしくお願いしますわ」
ヴィスティア……聞いたことがない家の名前だわ。
リーベだったら、知っているかもしれない。後で、聞いてみようかしら。
――そんなことを考えながら、並んで風に当たっていると、アルヴァ様が、小さく口を開いた。
『祖国と違って、この国の風は気持ちがいいな』
『……はい。優しくて、温かくて……私も好きです』
自然と口にした私の言葉に、アルヴァ様は大きく目を見開いた。
「待て。君は、祖国の古代言語を話せるのか?」
「完璧に使いこなせるわけではありませんが……」
「謙遜するな。先ほどの発音……訛りがなく、文法も乱れていなかった……我が祖国、ヴァルトベルクの民でも、使いこなせるのは、ほとんどいないというのに……」
ヴァルトベルク? それって、馬車や船で数日はかかる、遠い国だったはず。
どうしてそんな遠い国の人が、このパーティーに参加しているのかしら?
「えーっと……私、語学や歴史の勉強が好きでして。特に、古代言語が好きなのです」
「奇遇だな。私も言語や歴史が好きなんだ」
「まあ……こんな素敵な偶然がありますのね。よければ、少しお話ししませんか?」
「ああ、喜んで」
私の趣味の話なんて、あまり出来るものじゃない。
それを、自然に話せる相手に出会えるなんて……思わず頬が緩んでしまうわ。
****
気が付けば、あっという間に時間が過ぎていた。
「まさか、こんな遠い異国で、君のような人に出会えるとは。私はとても幸運だ」
「私も、こんなに楽しくて満たされた気持ち、初めてですわ」
古代言語や、両国の歴史についてだけでなく、好きな時代の話もして……なんて充実した時間なのかしら。
それに、アルヴァ様とお話していると……とても心が落ち着く。
「そろそろ、戻らなくてはいけないが……もう少しだけ、私に付き合ってくれるか? 少し、君と議論をしたい話題があってな」
「もちろんですわ。一体どんな――」
「ああ、こんなところにいたんだね」
せっかくの楽しい時間を、壊すように――聞きたくもない声が、邪魔をしてきた。
「パーティーが始まるのに、戻ってこないなんて……いつからそんな人間になった?」
「…………」
「君が遅刻したら、俺にも迷惑がかかるのが、わからないのかい? ほら、一緒に行ってあげるから、早くおいで」
「離してください」
腕を掴んで連れていこうとするルーカス様に、抑揚のない声で反発する。
今までだったら、迎えに来てもらえたと、はしゃいでいただろうが……そんな気持ちは、微塵も沸いてこない。
「……俺に迷惑をかけるな」
静かに、しかし確実に苛立ちを孕んだ小さな声。
それでも、私はもう一度、離すように促した。
「ちっ……」
「いたっ……」
私の細い腕を握る手に、力が入る。
それを見越したかのように、アルヴァ様が私達の間に割って入った。
「失礼。お二人の会話に、部外者が割り込むのは、マナー違反だと思われるだろうが……貴殿の連れ戻し方が、少々気になった。貴殿の国では、それが婚約者を連れていく作法なのか?」
「……おや、外国の方かな? はじめまして。興味を持っていただけたのなら、お話ししたいところですが……生憎、急ぎの身でして」
さっきまで、私には不機嫌そうな表情を向けていた。
しかし、今のアルヴァ様はとてもにこやかで、敵意なんて一切感じさせないものだった。
相変わらず、人当たりの良い態度を取るのが上手ね。
「とにかく、早く戻ってくるんだよ」
アルヴァ様に邪魔をされたルーカス様は、不満げな態度で会場に戻っていった。
「お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ございません。その、彼は私の婚約者なのですが……色々ありまして」
「そうか。私こそ、部外者なのに出しゃばって、すまなかった」
アルヴァ様は、何も悪くない。
むしろ、助けてくれたことに、深い感謝をしているくらいだ。
「それにしても……君のような素敵な女性には、彼はあまり相応しくないように思うのだが……いや、これは失言だった。忘れてくれ」
「あ、あはは……私も、あのお方には、関わりたくありません。できれば、私もあなたのような……もっと知的で優しくて、一緒にいると安心するような……そんな方が、婚約者だったらと思います」
「…………」
「本日はお相手していただき、誠にありがとうございました。遠い国のお方ですし、もうお会いすることは叶わないでしょうね」
本当は、もっとお話をしたかった。彼のことを知りたかった。
でも、これ以上は高望みが過ぎるわよね。
「さようなら、アルヴァ様。ご縁があれば、またお会いできることを願っております」
後ろ髪を引かれる思いで、私は振り返らずに、会場の中に戻っていく。
――神様、この願いが届くのなら。
もう一度だけでいいので、彼とお話させてください。
『まさか、この地であれほどの才を持ち、魅力的な女性に出会えるとは……レガリア王立学園……か。なるほどな』




