第五十七話
「これからあなたを女王にするわねぇ。つまり、革命の時よ。気をしっかり持つのよ。」
ホログラムは薔薇に向かって自分の持っている輪ゴムサイズの鞭をふるった。
「黙りなさい。」
薔薇はホログラムが主導権を握るのが許せなかった。
「私に発言するのは許可がいるのよ。」
「いらないわよ!」
薔薇とホログラムは喧嘩し始める。
「なるほど!あなたに必要なのは競争できるライバルね!」
ホログラムはまた一つ薔薇を学習した。
「それなら……」
ホログラムは薔薇のぷるウォを叩いた。
「え!どうしたの。」
鈿音は薔薇が気を失って倒れるのを受け止めた。
「あなたも知ってるでしょ。この機会ワァン♡あなた達の身体や脳みそと繋がっているの。やろうと思えば全ての感覚器官を支配できるわ。そして今、私たちは女王の玉座をかけて競争するのよ!」
「なるほど。訳がわからん。」
鈿音はオオカミの背中に薔薇を寝かせた。
「う……ここは?」
薔薇は懐かしい光景を目にした。
拉致される前。現実世界で働いていた店だ。しかし、全てが大きい。
「起きたね。ここからが私達の運命の時よ。これを見て!」
ホログラムの従者が持っているタブレットに輝かしい玉座が映っている。
「これが私達どちらかの晴れ舞台。戴冠式よ。」
「戴冠式。」
「でもね、この先にはいばらの道が待っているわ。」
「先にたどり着いた1人だけが、王冠を手に入れる。」
「これって!」
先を見ると、某年末のスポーツバラエティ番組のようにステージ分けされたアスレチックが出現した。
アスレチックに使われているのは大人のオモチャらしい。薔薇の仕事道具もある。
「あなたは能力が使えるわ。私は従者がいる。平等だと思うわ。」
「もし…落ちたら。」
「脱落よ。」
周りを見ると、既に60人くらいの人達がホログラムの周りで陣形を作っていた。
「あなたの勝ちでいいから。帰してください。」
「そんな言葉を吐かせるためにここに連れて来てないわ。」
人間で組まれた戦車の頂点でホログラムは言う。
「落ちたら。脱落よ。」
―――――――――以下回想――――――――――
1つの才能がある。忘れてしまった。が、誰かにその才能を活かせとムチ打たれた。
並々ならない努力がある。忘れもしない。両親は私にムチを打った。両親は努力させる努力を惜しまない。
1つの才能。結局、それを活かす道に進んだ。
いばらの道を進むことになった。家族には穢れの扱いを受けた。社会からも応援してもらえない。
できることを探して気がつく。いばらの棘を剪定するのだ。
そのためにはハサミと仲良くなる!
そうして色々な相手と関わるうちに自分は適応していった。ウケのいいキャラクターを。
しかし、いばらは全く片付かなかった。増えていく気さえした。ハサミになれるような社会的な信用を持つ人は、女王に対しても平気でその刃をふるう。
相手を遊びで傷つけて、自分はいばらで取り返しのつかない傷がつく。
その中で驚いたのは自分がどんどんと美しくなっていくことだった。不気味だった。
鏡に映る自分は幽霊のようで、そしてそれ以上に幽玄だった。
自分の心を洗うために島に出かけた。辺り一面の自然に何より『青の洞窟』。
この中に溶けてしまいたいと本気で考えた。
考えているうちに水に落ちた。
冷たさ。重さ。包み込む感触。救命胴衣を捨てて水に沈み込む。死にかけているこの時、人生の中でも最高の気分だった。
帰りの飛行機。最高の気分にさせてくれた島の写真を撮った。
その形は好きなロックバンドのロゴのSにそっくりだった。
――――――――――――回想終――――――――
薔薇の能力。佐渡島のアイコンで、〈島の形のブーメラン〉だ。
ブーメランなど投げたことはない。修行が必要だ。オーストラリアで。
女王の座をかけたレースがスタートした。
ホログラムの女王は飛ぶ鳥を落とす勢いで猛進し始めた。
人間戦車はどんどんと人の位置を変え、擬似キャタピラを作っている。
ブーメランが影響を与える余地はない。
勝利は絶望的だ。
負けてもいい勝負だが、敗北が意味するところも説明されていない今、とりあえずゴールを目指そうと考えた。
最初の関門はトンネルだ。人間戦車はトンネルを中に入らずに乗り越えていった。
中に入るとラッキーなことに先に先に進もうと道が前方に向かって動いていた。
薔薇は誘導に従って奥へ奥へと進む。
行き止まりだった。先はゴムみたいな柔らかい感触で突き破るには柔らかすぎる。
薔薇は渋々戻ろうとしたが、動く道はそのスピードが速くなっていて、無理な速度のランニングマシンのようになっていた。
閉じ込められた!
ブーメランを使うのは無理だ。しかし、言葉でなら使ったことがある。
相手の言ったことがそのまま相手の特徴に当てはまったり、相手が言った末路を辿ったりしたときに“ブーメラン”と煽る。
〈島の形のブーメラン〉をどう使えば?
ネットで煽る時、皆んながどう使っているかを考える。
『ブーメラン刺さってるw』
こうだ!
ブーメランは投擲武器でぶつけるものだ。刺さるものではない!
薔薇はトンネルだと思っていたこの大人のオモチャにブーメランを刺してみた。
『見つかるのが恥ずかしい!』
トンネルの中で荒々しい声が響く。
すぐにアンサーが帰ってきた。
『この発言をしてる裏アカウントは?』
役に立ってない!
〔何よ今のやりとり!結局ここから出られないの?〕
トンネルの先はだんだんと狭くなってきた。
締め付け機能が付いていたらしい。
体が全く動かせないとき、偶然にも握っていたブーメランは自分に刺さった。
薔薇は自分の頭の中に回想が流れた。特に相手を傷つけて自分がさらに傷つくというところ。
傷ついて、傷ついて、その先に何が待つ?
それは奇跡だ。再生と復活。
薔薇はバラバラになった。花びらサイズまでに分解された。
血肉の赤色は薔薇そのものだった。
オモチャの吸引の風が止まり。
細かい花びらは吹き戻しによってトンネルの外へ脱出した。
花びらは風に乗った。下には自分が良く知る道具達で作られたコースが見えた。
ブルブルと震える棒型の足場。
サンドバッグくらいのサイズの、ブルブルと震えるコードに括り付けられた球体が、連続して真ん中に居座る一本道。
反り立つ電動マッサージ機。
人間戦車も振動に耐え切れずバラバラになってしまう。こちらは途中の震える足場に相当な苦戦を強いられていた。
バラバラになっても解決しそうにない。
むしろ、指示が悪かったということで、ホログラムの女王は、男の尻に敷かれ始めた。
花びらはそのまま玉座の前にたどり着いた。
戴冠式。薔薇は元の姿に戻った。頭にいばらの冠を被っているところだけは前と違った。
「あなたの勝ちよ。」
ホログラムはブーメランを持って玉座の前に来て、薔薇に手渡した。
「これが私に刺さっていたみたい。」
薔薇は思った。
〔私が、本気で女王だったとしたら、この子と同じ結末だったんだ。心から本気で人を嫌っていたから、世の人々がバラバラでチグハグだと思っていたから、私はああなったんだ。〕
薔薇は苦笑いしながらいばらの冠を撫でた。
棘が手に刺さって久しぶりに痛みを感じた。




