第四十九話
「……もうずぐで…ゴォォォルー」
鞠雄とキノ婆が攻防を繰り広げた。鞠雄が鈿音を視界に捉えると、その場に止まり、そのままトランクケースを殴って出てきたものを投げつけた。
キノ婆は避けて避けて、時には払いのけて、受け流したが、最後に投げられたのは粉の入った袋だった。
空気が赤色に変化した。
思わずキノ婆は吸い込んでしまう。チリパウダーらしい。咳が止まらない。
「こりゃあまずい。」
鞠雄は辛いものに耐性があった。辛いものの刺激は常に刺激と冒険を求める鞠雄の臓器に、囚われておくべき代物だ。
「……ごれを……」
能力での鞠雄が近くのベビーカーに付いていた哺乳瓶を手に取る。
「これ以上老人をいたぶるな!」
鞠雄の意識が抵抗するように哺乳瓶を投げた。中にはミルクが入っている。
キノ婆は蓋を取ってガバッと中身を仰ぐ。
「酔ってもこんな経験は出来んの。」
「くそ、能力を解除してやるぞ!」
鞠雄はぷるウォに手を伸ばしたが、その手はそのままトランクケースを掴むとハンマー投げの容量で思い切り投げつけた。
「やはりな。このガラスを割ってたたき落とせばわしも死ぬじゃろ。残った鈿音を自分の拘束時間分傷つけて脱出するつもりじゃな?」
鞠雄の考えをつまらなそうにキノ婆は読み取る。
空港のガラスはもうまもなく割れる。
強化ガラスは一旦ヒビが入るとヒビの内部が脆くなっているのだ。
「ここからじゃないか?わしは先のスピリタスの酔いが回ってきておる。」
キノコヘアーをクシャクシャと自分でかき乱した。
ルーティンという奴だ。己を捨てて、闘いに専念する。
鞠雄もネコ耳のカチューシャをつけた。全く似合っていない。
動きも獣のようになった。本気らしい。鞠雄の無意識は自身の表現に猫を使ったらしい。
「行くぞ!」
2人の姿は揉み合い、絡み合いにしか見えないだろう。
実際には力の込められた滑らかな動きが、攻撃の前に受け流され合っているのだ。
「ネコなら!ボールが好きだろう!」
キャプテンが戻ってきて、キノ婆を助けようとした。ネコよくやる遊びの、ボールを転がす真似をして鞠雄を誘った。
鞠雄は振り向くと、小馬鹿にするようにニタッと笑う。笑った口を手で覆うも、体は小刻みに揺れている。
「うん!傷ついた!」
キャプテンは体育座りをして膝に顔を埋めた。
ネコの動きはしなやかで瞬発力に富んでいた。
キノ婆は人間との試合を沢山こなしてきた分、獣とは戦闘経験が少ない。
不規則かつ、人間離れした動きに対応できない。
「こりゃこりゃ。保健所に連れて行くぞ。」
キノ婆はネコの動きをする鞠雄のカチューシャを狙った。杖を手の捻りを使った回転突きで猫の耳に風を送る。
鞠雄は空港の出店や壁のおうとつを利用して跳躍し、キノ婆変化飛び込んだ。
カチューシャが鞠雄の頭から滑り落ちたものの、鞠雄の動きのパターンが変化することはなかった。
「意地が悪いことよの!」
キノ婆は杖をチャップリンのように回して鞠雄を勢いよく床に叩きつけた。
鞠雄はネコのように音もなく着地する。
キノ婆は杖を回転させ続け、あるタイミングで思い切り床に全体重をかけて体を浮き上がらせた。
体を捻りながら足で首元を掻いている鞠雄の背後まで飛ぶ。
鞠雄は視界から消えたキノ婆に気づかない。
カチューシャを被り、本気になったところで、ネコのヒゲまでは再現できない。
キノ婆は鞠雄の背中の脊髄の辺りをなぞるようにチョップした。
鞠雄に電流が走り、白目を向いて倒れる。
キノ婆が着地したが、体の状態がおかしい。まともに立てなくなっている。
白目を向いた鞠雄は床に手を伸ばし、体を揺らしながら立ち上がる。鞠雄の体、特に筋肉と骨はネコとしてベストな状態に変化している。ネコの関節は人間よりも柔軟に出来ている。
キノ婆のチョップのショックを軽減する。
人間の鞠雄ならば動けない大ダメージになったが、本気の状態でネコのようになった鞠雄には効果が少なくなっていた。
鞠雄は白目のまま無慈悲にキノ婆を蹴り飛ばす。
キノ婆はあばらの骨が折れる激痛を感じながら、飛行機が並ぶところの見える空港のまどに叩きつけられた。
「そうかお主、鞠雄の悪知恵を得たんじゃな。」
出すのが辛い声を必死に口にした。
「わしは勘違いしていた。今のお主は全くの他人じゃ。鞠雄じゃない。」
能力使用中の鞠雄は体にベストな行動を取らせる。
そこに頭を使う余裕や感情を表現する余裕は生まれない。
鞠雄であって、鞠雄ではない。
「誰からも、そう、鞠雄からもお前さんは嫌われておる。幸福なことはそれにお前さんは気づかないところじゃ。」
「わしは倒し方を間違えた。お前さんはねじ伏せるのではなく、はひへひゃふへひにゃっつあ。」
キノ婆は気絶するように眠った。
キノ婆にミルクを渡したとき、そのミルクの中に、鞠雄が用意して投入したものがある。
睡眠薬だ。鞠雄はキノ婆の能力が〈酔拳〉だと予想して対策を考えたのだ。
初めての能力中の自分と意識がはっきりしている自分とで起こした共同作戦だった。
鞠雄は眠るキノ婆に殴りかかった。
「素良さんと類さんは死亡していました。さらに人を殺すんですか!」
楢紅がキャプテンの背中をさすりながら鞠雄に声をかける。
「……ゴールだ。」
能力使用中の鞠雄は自身の黒目が戻ってきた。
と思えば、一筋の涙を流す。
仮に、能力不使用の鞠雄なら仲間の死に涙を流すことなどなかっただろう。生き返る仕様を知っているし、そもそも他人の死をイベントと捉えているからだ。自身に近しければ近しいほど得られる刺激も大きい。
無意識の鞠雄では、仲間の、そして人の死は衝撃的で悲壮なものとして感情を昂らせた。
ましては、自分が命を奪ったのだ。
空港の窓に自分が映る。
「うぬぅあぁあ!!!」
思い切り、拳が血を吹き出すほどに窓にパンチを繰り出す。
たかさ5メートル、横は10メートルもありそうな巨大で丈夫に出来ている窓ガラスの一枚が粉々になった。
鞠雄の力をキノ婆が眠りながらも増幅させていた。
キノ婆が真っ逆さまに落ちかけるが、鞠雄が受け止めて、空港の床に寝かせた。
鞠雄は『終了』を押した。キノ婆は気絶している。
鈿音もずっと『終了』を押している。
だが戦いは終わらない。
鞠雄は鈿音を倒しにいこうと決心する。
「真実を聞いてきました。鈿音さんの嘘です!カツ丼さんの能力で自白させたんですよ。あなたを暴れさせて、自分の関わる全陣営から美琴さんを守ろうとしていたって!」
無意識の鞠雄は楢紅の話をきちんと聞いている。が、理解は出来ていないようだ。
理解していても、そのまま鈿音を探して倒すのだから結果は変わらないだろうが。
「もう一度!ドッペルゲンガー作戦をやりましょう。僕たち……いえ、あなたしかいないじゃないですか!」
鞠雄は鈿音がいるであろう方向に歩き続けた。隣を追うよに歩く楢紅の声は届かない。
「あの機体に直接乗り込むぞ!」
カツ丼男は雰囲気を盛り上げようと声を上げる。
「どうやって?」
照珊は慣れたようにカツ丼男をあしらった。
「倉庫とかよ、結構あったぜ。」
ミニ四駆男が車に乗って登場した。
空港内のオモチャ店、その倉庫にある車のオモチャを能力で組み合わせて、本物の車を作りあげていた。
「あたしのおかげでしょ。自分じゃ考えつかないくせに。」
「うるさい!裏切り者!」
助手席には鈿音が座っていた。自白をした後に気まずいので、ミニ四駆男に提案し、斧たちや楢紅から離れられるよう、オモチャ店に誘導したのだった。
「これに乗り、すぐそこの飛行機に着地しよう。」
斧は指示しながら車に乗り込む。
カツ丼男も続いた。
「私はパソコン持ってくるわよ。」
照珊はスタッフルームらしいところに入っていった。
「……止まってください。戦いを…あなたが脱出したらドッペルゲンガー作戦が出来なくなるんです!腹が立つのは分かりますが、戦いを終わらせて!」
楢紅の声が響く。
「そのまま轢いて!」
鈿音はミニ四駆男の肩を力いっぱい揺すった。
「酒井くん!どくんだ!」
カツ丼男は窓から手を出してハエを払うような動きで楢紅に向かってジェスチャーをした。
「そっか、私が運転しなきゃダメージないわね。ハンドルをよこして。」
鈿音が助手席から身を乗り出してハンドルに触れる。
「死になさーーい!」
鞠雄を正面から轢いたと思ったが、ネコの目からしてみれば、車など眠ってしまうほど遅い。
ジャンプしたかと思えば車の天井に張り付いた。
「あいつ、不気味だな、カチューシャ付けてたぞ。」
「そんな趣味あったか?」
カツ丼男と斧は面白がるように後ろの席で談笑していた。
「おい!奇跡か?あの窓割れてるぞ!」
カツ丼男が興奮したように話す。
ミニ四駆男の車は寝そべるキノ婆に気づかず曲がる。
「危ない!」
キャプテンがキノ婆を抱えてそのままスライディングして車を避ける。
「鞠雄だ!止めないと!」
「ボールは友達!友達なら友達が馬鹿にされたら腹の底から怒りをぶつける!」
キャプテンは、転がっていたネコが遊ぶようなボールを、テニスラケットで鞠雄を狙って打ち込んだ。
「勢いが足りない、このままじゃ機体に乗れずに車だけ落下するぞ!」
ミニ四駆男が無駄だと思いながらもアクセス踏ん張りながら斧に報告した。
鞠雄は背後のボールをはたき落とした。そのボールは車の後ろの排気口にピッタリはまる。
排気口はカタカタ怪しい音を立てたかと思えば、車体がガスの蓄積で爆発した。
ミニ四駆男の車は元のオモチャに戻っていく。
爆発の勢いで、斧たちは目的の機体に吹き飛ばされらように着いた。




