第四十四話
定食屋の2階はカオスの空気感を漂わせた。
「何故に?私はキツネ様のためにここにいるのよ。もっと恐れて然るべきよ!」
「るせぇ。おい!あたしの言うことよく聞け!
あたしの目的はキツネの捕獲。あたしは未来人。
そして、アイツと渡り合うためにあたしの脳みそをアップグレードする必要がある!未来の技術を脳みそにアップロードさせろ!」
鈿音はオッチョチョを羽交い締めにした。
「ハア?そんなこと出来るわけないでしょ?」
「……ちょっと聞かせて……」
「今はムリ!キツネに気づかれたなら急がなきゃいけない。鈿ねぇは口にチャック!」
キツネの使った"神経縛り"を美琴が完璧に再現した。
「本体時間を弄れば未来に繋がるんでしょ!急いで……この場合…1000年後とか……」
「アップロードが出来ないの!設備が……」
「いいえ。未来の設備ならあるでしょ!これ!」
美琴がぷるウォを見せる。
鈿音は、ドッペルゲンガー作戦の時に、ぷるウォを使用する提案をしなかった美琴がますます気に入った。
「これ!コード接続したいなって思ったら、ほら!出てきた。」
スマホと繋がるタイプCのコード接続部がぷるウォの横の部分に現れる。
「設定出来る限りの未来と繋げて!」
「やるわよ。どうせ減るもんじゃなし。でもあなたについて解明させてね。」
照珊は指が擦りむけるのではないかというほどにスクロールを続け、このスマホの想定する限界の未来まで本体時間を動かした。
「繋げて!」
「分かってるっての。」
照珊のスマホと美琴のぷるウォを繋いだコード。
黒色のコードは赤色に変色する。運命の糸そのものなのだ。
鈿音のおしゃべりな口が復活した。
「あなた!いつもと感じ違くない?」
照珊は気になるところはそこじゃないだろうと思ったが、ほぼ初対面の鈿音に対して、照れ屋な照珊はそのことを言う勇気はなかった。
「いつもの私は、脳内の低性能の会話補助機を元に魅力を作りながら話しています。」
「でも、鈿ねぇにはこれからのあたしを見せておこうと思った。鈿ねぇはあたしに尽くしてくれた。それに、鈿ねぇとあたしは何故かシンクロ出来るの。だから、お口チャックも出来た。後は、鈿ねぇの発言とかは脳に直接溜めたり出来るよ。」
ショートしたようなパチパチという不快な音が部屋中をかける。
美琴は苦しそうになりながらも鈿音に感謝を伝えてきた。
その事実に鈿音は心打たれた。
「……」
鈿音は美琴がこれ以上しゃべる必要がないように黙った。
代わりに照珊に話しかけた。
「今のこれが上手くいったらどうなるの?」
「キツネくらいか、それ以上の存在になる…とか?起きたら面白いなぁ〜っていう適当な発言よ。」
照珊はいつもなら無視するところを、目の前の出来事に対する興奮を誰かと共有したくてたまらなかった。
鈿音は、美琴の目の中に確かに花火を見た。
美琴の髪が逆立ち、続けて髪が緑色に変色していった。辺りに、ドーナツ屋のような油の熱された匂いが広がる。
「ダメよ。そのコードを抜くわ。」
照珊のスマホから赤色のコードを抜こうとしたが、
照珊が抵抗した。
自由になったオッチョチョが今度は美琴のぷるウォに自身のぷるウォを合わせようとした。2人でオッチョチョを取り押さえた。
「こうなると思ったわ。1人の未来人の脳みそに耐えられるわけないじゃない。キツネはそれ以上の存在だもの。」
「話が分かりますねぇ〜〜それじゃあの娘をキツネ様に……」
鈿音はオッチョチョを畳に擦り付けた。
手汗が止まらなかった。
「助けられない?」
「この体なのに傷ついているのよ。私たちの想像の範疇を超えているわ。」
渋谷は停電した。あらゆる電気設備が止まった。
「ロードが完了しました。」
美琴の声がその一言だけ発した。緑色の頭の美琴が倒れる。
「ロードが完了した!!」
照珊は鼻血が出そうだった。今、現代人の前には、神に近い存在がいる。
「私は神ではなく。AIです。ただし、正真正銘の。本物の知能であり智脳です。この体に対応したバージョンまで性能を合わせています。」
「でも、美琴なのよね。」
「この娘の中にある、感情、意識というものを取り込むことで"美琴"を再現することもできます。お望みとあらば。」
「絶対にい!やめなさい!」
照珊が強く反対した。
「ええ。美琴ちゃん。これからどうするの。」
そう言いながら、鈿音は美琴をビンタした。
「何してんの?アンタ?」
「"ばあちゃんの豆知識"よ。」
美琴が顔を上げる。
「……え!ありがとう……ええ。これからこの世界を作っているキツネをあたしが飼う!」
美琴にオッチョチョが質問した。
「……そ…そのぅあなたは、神と会ったの?」
「まぁ、未来人だから?キツネより高性能だったかなって分かるよ。」
「つまり、キツネ様を超えた存在の御使いってコト?」
「ええ。」
オッチョチョは美琴の足に抱きついた。
「お導きを……!毎日が不安で仕方がないんです。」
オッチョチョはオカルトに入れ込みすぎていた。
恐怖、畏敬する対象が普通の人間のボーダーよりも
遥かに広い。要はなんでも信じる内に、何を信じればいいのか分からなくなっているのだ。
「ええと、あたしと接続しているAIによるとね……あたしに従いなさい!」
「はぃぃいい」
オッチョチョは土下座の体勢を取った。
「私もあなたが気になるから協力したいけど、多分斧がここに戻ってくるわよ。」
照珊は定食屋の時計を指差す。
「いいえ。計画は失敗よ。今頃、鞠雄が全てを破壊してるはず。」
鈿音は『継続』をしっかりと押しながら照珊と一緒に時計を見ている。
「さ!気を取り直しましょう。」
美琴は低性能の会話補助機を再起動した。
「未来を見ていいですか?」
「いいですよ。」
美琴は鈿音が最初に会ったときにも見せた眩しい笑顔をオッチョチョに浴びせた。
オッチョチョが鈿音と手を取り合う。
「悪魔が神に会って天使になったんですかぁぁ!」
「違うけど、この子は天使よぉぉお!」
照珊が舌打ちした。
「……あなたの未来は、え?」
「どうしたの?」
「未来が、美琴様はその… 真っ暗なんです。私も始めての事態で。」
照珊が何の躊躇なくも無しに言う。
「アンタさ、この世界で唯一、死ぬんだね。」




