第四十三話
美琴の歩みを見てみよう。
歯医者が囮になって、美琴は駅ビルの屋上から渋谷駅の街に降り立つ。
美琴の悔しさ、怒りを理解できる者が居ないムードのお祭り騒ぎだった。
横転したトラック。戦いをしている拉致被害者たち。
脱出できる可能性が1番高いのはこのタイミングなのだろう。
美琴は、ぷるウォをブラジャーの内側に隠す。
この世界に来てから、初めての孤独。
美琴は他人に尽くすことが存在意義のように感じていた。
他人が居ない今、自分の存在意義について考える。
「どうして私はこの世界にいるの。」
美琴はサーフボードに寄りかかり、杖代わりにすることでようやく歩けた。
〔この疑問。何故私は最初からキツネを攻略することを考えたのか。
何故私はあの警察官と巡り会ったのか。
覚えたいない。全く。〕
ここに来る前から現実でも時々、自分が自分じゃなくなる。
別の誰かが私だけ代わりに生きている感覚に陥る。
「私の過去って何だ。」
「未来だ。」
お店のショーウィンドウの前にもたれていた美琴は、驚いて背筋を伸ばした。
渋谷区役員がこの光景を見ながら涙を流した。
「これが未来だ。何が町おこしだ。元からずっと起きているんだこの街は。それを……」
サーフボードが消える。美琴はまたショーウィンドウに寄りかかる。
〔私は、迷子だったんだ。だから警察官に近づいたんだ。助けてもらいたかったんだ。〕
美琴はその場にへたり込む。
「気分が悪いんですか?」
ラッパーみたいな格好の青年が美琴に話しかける。
「……」
美琴は自分自身に夢中で目の前の男の問いに答える余裕は無かった。
「しょうがないなぁ。僕もここにいよう。」
男は美琴の隣に腰掛けた。
だらしなく寄りかかる美琴と、背筋まっすぐで座る男は目線の高さが揃っていた。
「自分自身が分からないってどういう感覚だと思いますか。」
男は、この高校生くらいの少女がどうしてこんなところに1人で居たのか見当がついた。
若い時にありがちな、自分のアイデンティティに関して分からなくなっている状態だ。
大人に成長するためにはここの返答が大切だ。
勿論らこの見当は間違いだ。
美琴は、本当に自分自身が分からないのだ。
男は自分の持てる最大限の心を遣って答えを絞り出した。
「自分とはね、誰しもが追い求めるものだよ。
追い求めて、追い求めて、追い求め続ける。
でもね、その先に何もなかったりする。」
「ほら、ドッペルゲンガーって都市伝説あるだろう?あんな感じでさ、もし自分自身を見つけても、見つけた瞬間に2人共死んじゃうことだってあると思う。例え話だよ?だから、今日でその悩みを捨てよう?悩まなくても、自分を追い求める足は止まらないよ。」
美琴は考える。
〔ドッペルゲンガーか。全て私と同じ私。じゃあ、そのドッペルゲンガーも私と一緒で過去の自分を知らないで苦しんでいるのかな。〕
こんな想像をすると、不思議と元気が出てきた。
「ありがとうございます。お名前は?」
「よかった、ちょっと元気出たね。僕の名前は根戸鞠雄。よろしく。」
差し出した手にぷるウォが付いていたので美琴は、瞬間的に体が反応したが、問題なく握手した。
「僕、もう行くね。どうにかして、ここにいる人を助けないと。」
「私も連れていって下さい。」
「いいよ。」
美琴は、あっさり快諾されたことにちょっと驚いた。
「おい!俺はその女に致命傷を与えられる!大人しく戦って、俺に脱出させろ!」
ヘビのオモチャを沢山服に括り付けている男が2人に話かけてきた。
「俺は出遅れてんだよ!こいつを集めてたからな。今しかねぇだろ?」
鞠雄は大人しく、男と戦う決断をする。
男はアイコンをタップする。服に括り付いたオモチャのヘビが本物のヘビになった。
アナコンダが口を開けて鞠雄に襲いかかる。
「へへ。大人しくしろよ。あの女には即死するマムシを這わせてるからな。」
鞠雄が攻撃を受けそうになった時、美琴はブラジャーの下のぷるウォを取り出した。
ヘビのオモチャの男は、その光景を思わず凝視した。
鞠雄は美琴がぷるウォ持っていることの意味を理解してすると、アイコンを押した。
男のアナコンダの口を手で素早く掴み、極太のムチのように振り回す。
男の集めた全てのヘビが戦闘不能になる。
男は逃げようとしたが、いつの間にか足をヘビで縛られて転んだ。
鞠雄は男の鼻にアナコンダを噛み付かせて、そのままジャンプして、必死に起き上がる男の頭を踏みつけた。
そして、あえて自分を毒のないヘビに噛ませてから
『終了』を押した。
「ふぅ。君のおかげで勝てたよ。」
「確かに、これ程の実力なら、他の人も助けられるかも。」
「うん。でも、他の人を助けるならキツネをどうにかしないと。」
時は少し進んで、駅のカフェの前。
「ここから、どうする。アイツは戦いに行った。俺も安全な場所を探すか。」
警察車両がマンホールでひっくり返る騒ぎ。鞠雄は警察官だ。無線からその騒動を聞きつけた鞠雄と美琴は急いでそこに向かった。
少しでも多く、キツネに届く能力を知らなくてはいけない。
「素良さんだ。」
素良は、解散する野次馬の中に関係ないように紛れていた。
「また会えましたね。」
「うん?ああ。よかった。無事か。ここから離れるべきだ。この騒ぎに他の能力を持っている奴が近づいてくるぞ。」
鞠雄と美琴は、素良と一緒に例の映画館に入った。
人気のない映画には客がゼロだった。
「他の奴らはどうなった。再会できたか?俺と鈿音は一緒に行動したが、さっき別れたところだ。戦いで仕方なくだ。」
「私はこちらの、根戸鞠雄さんと会いました。私達2人の目的は、キツネを倒すことです。」
「僕はあなたに協力してもらいたい。」
鞠雄は深々と素良に礼をした。
素良は、初対面の相手にここまで出来る鞠雄にちょっと引いた。
「…うん。安全のためにも、集団になった方がいいだろう。協力するよ。」
「僕の能力は……」
それから、鞠雄は斧と素良、2人のアドバイスを参照しながら情報屋を開いた。
もっとも、斧自身の組織が隠れる為のものだったが。
そこで、楢紅と会う。
スクランブル交差点で見たかも知れない姉の仇を追いたいそうだ。
楢紅のお姉さんはトラウマの後、弟であろうと、心を閉ざしてしまったそうだ。
美琴は、ふと、今の話からヒントを得た。素良に話しかける。
「私に、ピッキング道具を貸していただけませんか。すぐに返します。」
「楢紅くん。先に、この子にピッキング道具を貸していいかい?」
「多分ですが、すぐに済みますから。」
鈿音は映画が上映開始した直後に、映画館のトイレに駆け込んだ。
覚悟を決めて、自分のこめかみにピッキング道具を突き刺した。
ダメージを受けないはずのこの体が痛みを感じた。
それは、ピッキング道具を突き刺した痛みだけではなく、自分の過去を取り戻した負荷による痛みだった。
舞台は定食屋に戻る。




