第三十三話
午後11時渋谷は時間に似合わぬ喧騒が定食屋の薄い窓を突き抜ける。
「さぁいよいよお披露目よ!私の切り札を。」
鈿音は定食屋の片付いたテーブルをバンバンと叩いて注目を集めた。
既にキノ婆も鈿音も酔は覚めていた。
「楽しみだったよ。」
病人のようにくたびれた声で斧が答える。
斧はカウンターに横になって涅槃の体勢で鈿音の方を伺った。
「あんたにやってもらうことがあんのよ。ほら!鉄砲出して。」
鈿音はカウンター席に近づく。
斧は鉄砲を取り出す。そして鈿音に向けた。
「違うわよ。その弾丸を出してよ。」
斧は1発だけ弾丸を取り出し、カウンターから降りて鈿音に手渡した。
鈿音は元いたテーブルに戻って弾丸をテーブルの上へ置く。
鈿音のぷるウォが少し光を出した。鈿音がその画面を確認する。
「23時間経過。アイコンがカメラに戻ります。能力獲得のために撮影をお願いします。」
[鈿音の写真日記]の欄も出現していた。
鈿音が本当に長いこと付き合うかもしれない能力だ。一旦、勝手を調べることにした。
欄を鈿音が押してみるとそこには昨日撮影した鉄琴の写真があった。今度は鉄琴の写真をタップする。"鉄琴"という当たり前の説明が出てきた。
[鈿音の写真日記]に、歯車のマークがあるのを見つけた。
歯車のマークは"設定"ではなく、"説明"が記載されていた。
『……撮影した被写体はその主成分となる要素をサーチして、何を写したものなのかを決定している。1度撮影した被写体をもう一度撮影しても日記に追加されず、能力を得ることができない。……』
つまり、昨日と全く同じ鉄琴の写真を撮影しても能力は得られないということだ。
毎日毎日違う写真を撮り続ける必要がある。
鈿音はこの事実を絶対に斧に伝えないよう決心した。
アイコンをタッチした鈿音は湿板写真用カメラを手に持つ。
カツ丼男が目を丸くした。
「おい。君の能力は〈鍵盤ミサイル〉じゃなかったのか?何だそれは。鍵盤らしきものも付いていないし、明らかに関係ないものじゃないのか?」
鈿音は集中のため無視して、弾丸をカメラのレンズから眺めた。そのまま20秒静止した。
オッチョチョが意味もなくその場でくるくるとターンし始めた。ローディングの間の目の保養のつもりらしい。
斧が、キノ婆が、カツ丼男が普段の鈿音からは想像できない集中力に魅入っていた。空気の味もピリついたものへと変化した。
20秒後、フラッシュと共に鈿音のぷるウォにはテーブルの上に塔のように立つ弾丸の写真が送られてきた。
[鈿音の写真日記]より、その写真を選択する。
ぷるウォから鈿音の脳内に全く同じアナウンスがかかる。
「それではアイコンを変更させて頂きまして…鈿音さんの今日の能力は、〈弾丸生成〉です。
23時間後にあなたのアイコンはカメラに戻ります。それでは、いい戦いを!」
なぜ弾丸の写真は、〈弾丸生成〉なのか。
ぷるウォのアイコンは戦うためのものだ。戦えるアイコン、武器や兵器のアイコンはそのまま支給されるのだ。
(しかし、ロケットランチャーやマシンガンはその本体だけで弾は支給されない。武器アイコンは究極のハズレといえる。)
つまり、弾丸の写真もハズレといえよう。これは個人の場合だ。チームとなり共闘すればそのなかに銃の本体を持つものがいた場合それは強力な火力を持つ攻撃手段を得たことになる。
斧はひしひしと感じ取った。
斧は考える。
鈿音を完全に自分の陣営に得ることが自身の目的達成の大きな足がかりになる。どうやって鈿音を仲間として引き込むのか。
鈿音に嘘をつかれていたのは事実だ。
情報提供のとき美琴という女性を庇ったのだ。
そして鈿音は鞠雄をあまり信用していない。
これだ!と斧は思った。
鈿音が肺に思いっきり空気を詰め込んで胸を張った。フクロウの威嚇のようだった。一直線に斧の方を向いている。
斧は活路を見つけようと鈿音に提案する。
「おめでとう。これであなたは俺達の仲間だ。
さて、この歓迎ムードのままにあなたの"3回質問に正直に答えます権"だったか?を使用してもらおう。2階でね。」
斧はとにかく鈿音と会話することを優先した。会話をすればヒントを得られるかもしれない。
鈿音は2階に上がる。早速見て回ろうとしたが、驚くことに3部屋のうち2部屋は鍵をかけられていた。
斧が当たり前だろうという目でこちらを見ていた。
1部屋からはいびきが聞こえてきた。
「そこはここの店の人間の部屋だな。こっちが俺の部屋だ。」
鈿音は1番奥の扉に案内された。
合皮のソファに低い透明なテーブル。観葉植物に小さなテレビ。まるでどこかのオフィスに来たようだった。
「ここでどうやって情報を調べるのよ。」
「それが最初の質問でいいのか。」
「そんなわけないでしょ。」
ランプの魔人とのやり取りのようだった。鈿音は人差し指を1のカウントのように顔の横に出したが、その手を引っ込めて俯いた。
「実はね…考えていないのよね。そりゃ、あんたのことも知りたいけど。それってどう質問すんのよって話しよね。」
「質問しなくても話すよ。仲間となったからにはな。」
「じゃあ1番大事な目的について話そうか。金だよ。この世界は金脈だ。俺たちの現実の経済を動かす発端となる出来事がこの世界のループする10月31日に起こっている。その情報を手に入れて現実に戻り、手続きをすればものすごい儲けを得られる。」
「金のためにみんなあんたについてるの?」
「ミニ四駆の男はそうだな。彼は花が連れてきた奴だ。」
「花?」
「カツ丼の男だよ。あいつは職場の先輩だが、現実で不倫していた証拠を掴んだから、俺たちのために働いてもらっている。」
「そうね!質問1つ決まったわ。あんた鞠雄くんと同僚じゃない?鞠雄くんの印象って?」
「可愛いがられている奴だ。不思議なことに当人は可愛いがられたい訳じゃないらしい。たまにいるんだ。人間関係の頂点に君臨する奴が。それがあいつだよ。」
「だからこそ、注意が必要だと思うぜ。ここだけの話だ。俺は拉致された奴の中にキツネのために動く奴が出てきていると思う。キツネの望むであろう大きな戦いを引き起こそうとな。そういう奴は一見魅力的に見せかけて、仲間を集めている。大人数の方がより混沌として規模のデカい戦いになる。」
「あんたもそうじゃないの。」
「いいや。種明かしをすると、さっきの交渉の時点であなた達と戦えるのはミニ四駆の男ただ1人だった。あなた達を完璧に拘束したりできる程に強い能力持ちはいなかったんだ。」
「いいわよお前達で。何でかしこまってるの?」
「戦える能力を集めている。そういう奴らの周りにいるのは危険だぞ。」
鈿音は美琴の顔が頭によぎる。
斧は鈿音自身の危機感も、美琴を守りたいという鈿音の心意気も同時に刺激することに成功した。
「心あたりはあるのか。」
「ええ…あるわ。」
誘導されたことに気づかず、鈿音はまたも俯いた。
不安のつのる鈿音はハロウィンの浮かれた雰囲気に溶けて無くなりそうになった。




