第三十二話
時刻は午後8時。キャプテンと楢紅が大型ショッピングモールの復旧した映画館で合流した。
「えっ!鈿音は戻ってこないのか!」
素良は2人の身にあったことを正確に、正直に話した。
先刻、素良のぷるウォに表示されていたのは、鞠雄の説明した通りの能力だった。
この事実は素良が鞠雄を信用するのに拍車をかけた。もとより、その素良は鞠雄のことを気持ちのいい若者だと思っていた。
ただ、1つ気がかりなのは、鞠雄が言っていた無意識について。無意識といっても、鞠雄の深層心理が元になっているらしい。
人間の意識や理性が働く範囲は、脳が考えていること全部の1割程度なのだ。
フロイトの氷山の、沈んでいる部分が鞠雄のベストだという行動につながっている。
警戒心の強い素良は少し考えた。
もし仮に、素良の目的が"キツネを打ち倒す"や、"仲間を守る"など素良たちに危害が加わらないものなら安心だ。
しかし、今後の素良の身に起こる出来事によっては、能力による無意識の行動はいかようにも変化する。
「素良さん!全員合流しました。あなたが得た情報を共有しましょう。」
「重ねて言わせてください。僕は本当に幸せ者です。能力的にも、僕はぷるウォを失うことに本当に精神的に焦って、まいっていたんです。」
素良は少しヒヤリとした。自身のぷるウォから、鞠雄に振り返るストレスは避けるべきものだろうと知ったからだ。
「1人ならもちろん、もはや頼りに出来ない僕を見捨てる選択をとられたのなら僕は深く絶望したでしょう。でも、ここにいる全員がそうしなかった。また、戻ってきてくれた。側にいてくれた。僕は皆さんのために全力を捧げます。皆さんを助けたい。そして、現実に笑顔で帰りましょう。」
素良は頭にあった考えを打ち捨てた。
鞠雄は、ピッキング道具もなしに素良が1番固く閉ざしているであろう心を開けたのだ。
素良は心から鞠雄を信頼していた。
「正直よ?私あの子をさ〜どうしても信用できないのよね〜」
鈿音の顔はほんの少し赤く色づいていた。
「ひひ。やはりおばさんよ!おまえさんはできる女じゃな?ひひ。」
「でもぅ。話を聞く限りでは……いい人そうですよその?鞠雄?さん?」
オッチョチョは癖でメトロノームのように体を揺らす。
「会って顔を見てみなさい!何よあの生意気なクリンクリンまつ毛はいい子アピールがすぎるわ。」
「団子鼻に口ひげなんかが似合う顔じゃのに。もったいないな、スッと通った鼻に口元も毛ひとつなかったぞい。」
「?会ってみたいかも。結構かっこよくないですかそれ!」
「ダメね。あんたも騙されるわ。キー!私のお気に入りの娘もあいつにほだされてるのよ!本性なんか碌でもないくせに。」
「そん通りじゃおばさんよ。」
テーブルいっぱいのビールジョッキは鈿音の置いたジョッキを開始の合図にカチャカチャと連続して音を立てていった。
オカミは片付けようとしたが、ババアに制止されたのだった。
「この光景。圧巻じゃろう?」
「ところでよ。おばさんおばさんって、私の名前は亀螺鈿音よ。」
「ほほ。そうかい。鈿音よ。わしの名は
和院 キノ {わいん きの}じゃ。
キノ婆と呼ばれておるぞ。」
キノ婆は艶々マッシュルームヘアーを手でなびかせた。
鈿音は何故かツボに入って大声で笑った。
「そうか鈿音というのか。」
自分自身の笑い声で階段の軋む音が聞こえなかったのだろう。気がつけば隣に斧が立っていた。
「おねえさま。このぷるウォを私が回収してよろしいかな?」
「ああ構わんぞい。鈿音が借りているものじゃから、鈿音に許可をとればな。」
鈿音がキノ婆にウインクした。
「ふっふーん"私の質問に正直に答える権"……3回でどう。」
「ああ。手打ちだな。」
鈿音は握手のために手を差し出したが、斧はテーブルに置かれていた鞠雄のぷるウォを手に取り、颯爽と2階に戻っていった。
「この紙に俺たちの探す老婆の情報が書かれている。開くぞ。」
そこにはボールペンで住所が書かれていた。
“ぷるウォの持ち主1人で来い”とも。
「っ!ふざけるなこんなの情報と呼べる代物でもない!まんまとハメられたんだ。俺たち2人もそこの2人と同じように手がかりゼロだったんだ。」
素良は、真剣に鞠雄を助けたかったからこそ普段見せない程の怒りが露呈した。
キャプテンと楢紅は落ち込んでいた。
キャプテンに向かって肘打ちをして美琴が言う。
「落ち込まないでくださいね。2人はさっき、デートしてたんですよ。」
キャプテンの顔には怒る素良さえもたじろぐ程の眩い笑顔が完成されていた。
楢紅はスンとしている。
「これは罠ですね。なんとも分かりやすい。話してくれた定食屋を僕たちで特定するのが良さそうだ。」
「場所の手がかりなど分かりませんか?」
「ああ。帰る時に確認しようとしたが、すぐにドライバーの男に拘束されて無理矢理車に乗せられて気づいた時には駅だった。」
「そのドライバーの男はどんな顔でしたか?」
「?ああ。水中メガネ…いや、ゴーグルのようなものをつけていた。クリクリした目に見事な丸鼻、唇は薄めだな。」
話を聞きながら類はパソコンを開いて少し打ち込んだと思えば、画面を全員の方へ向けた。
「よく出来ているでしょ?素良さん」
画面にはミニ四駆男のモンタージュ絵が貼り付けてあった。
「この他に、店にしかいないって人は?」
「オカミだ!当たり前だが、ずっと店にいるだろうな。」
「ええ。そいつの人相はどん……」
「ちょっと待ってくれ。」
鞠雄は身を素良の方へ乗りだす類をなだめた。
「……僕はここの住所に、行くよ。」
楢紅が不思議そうに尋ねる。
「罠だと分かっているんですよね?どうして?」
「……罠だからこそ1番危険の無い僕が行くべきだ。多分、僕以外の誰かがここに向かったら傷つくことに……なると思う。」
先程までの鞠雄とは打って変わってその目には影が落ちていた。
「…ぷるウォのない僕なら安全だろう?」
「いや。それはおかしいな。この紙を渡した奴らは、多分だが、君のぷるウォを持っているんじゃないか?老婆とも何らかの接点があるんだ。」
「はい。それに、僕たちも素良さんのしたようにぷるウォを預かってもらえばいいんです。戦いにならずに一緒に行動できますよ。」
楢紅はもうついていく決心を済ませているようだった。
「……。お願いだ。1人で行かせてくれ。」
美琴は何かを察したようだった。
「1人で行かせてあげませんか。みんなで鞠雄さんに詰め寄ってしまう今の状況は良くないように思います。」
「うんうん!そうだぜい!」
「きっと無事に戻ってくると約束してください。今日中に戻ってこなかったらみんなであなたを探します。あとこれを。」
美琴はGPSアプリが入っているのを鞠雄に見せてから、自分のスマートフォンを渡した。
「類くんのパソコンに登録しておきました。あなたがこの住所から離れたときに、私たちはすぐにあなたの元へ駆けつけます。」
「ああ。分かったよ。」
鞠雄は劇場の席を立ち上がり、出て行った。
住所にあったのは鈿音と素良が連れて来られた定食屋とは違う定食屋だった。すでに営業は終わっている。
「いいだろう。営業する資格をズルで得た店や衛生検査をサボっている店だ。ちょっと脅せば建物を利用させてくれる。安全にな。」
街の光のみで仄暗い店内に、斧が肘をついて座っていた。
「どこにいたか当てよう。映画館だな。我ながら良いアイディアだからな。実践すべきだと思う。」
「ふ〜。当たりだよ。お前に言われた通り、映画館で情報屋のフリをしている。仲間もできた。」
「あ〜。素晴らしいな。ほら、これを。」
斧が鞠雄にぷるウォを投げ渡した。
鞠雄はキャッチしてアイコンを確認した。間違いなく自分のものだ。
「これを返しに来ただけか?僕の求めた情報はいつ教えてもらえる!」
「そうだぞぅ。ところで、キツネを倒そうとしているって?」
「ああ。僕のために絶対に倒す!」
「倒す方法は誰が考えた?」
「女の子だ。美琴という。」
「初耳だな。うん。よし解散だ。」
「待て。一緒にキツネを倒そう。せめて計画にアドバイスくらいくれよ。」
「……ないな。また会おう。」
斧は電気のついていない定食屋の裏口から姿を消した。




