■一〇月一〇日 糖菓ちゃんとデート
昨夜、ボク――儚内薄荷――と、金平糖菓ちゃんは、一緒のベッドで、抱き合って眠った。
ボク、いつもは眠りが浅い。
凌辱される夢や、惨殺される夢を見て、悲鳴をあげて、真夜中に跳ね起きることも多い。
だけど、この夜は、糖菓ちゃんの腕の中で、安心しきって、深く眠り込んだ。
目覚めたときは、お昼近くだった。
空腹で、おなかがグウグウ鳴って、ふらふらする。
三日間以上、何も食べずに、吐き続けていたんだから、仕方ないよね。
糖菓ちゃんに手を曳かれて、平民女子寮の食堂に連れてってもらった。
本日のランチは、『油そばと豚の背脂丼』だった。
學園に入學した当初の糖菓ちゃんって、食が細くて、肉は苦手で、生野菜ばかりを、つついている子だった。
なのに、いまや、大盛りで、角切りチャーシューをトッピングしてもい、ラー油をたっぷりかけて、ズズッと啜り込んでいる。
糖菓ちゃんによれば、体内魔力量が爆上がりし、それを常時、過剰燃焼させている状態なので、相応なエネルギー摂取が必要なのだそうだ。
でも、断食明けのボクに、油でギトギトの、本日のランチは、ちょっとムリ。
食堂のおばさんに事情を話して、「何かあっさりしたもの口にいれたいの」とお願いしてみた。
おばさんは、ランチ準備で大わらわで、すげない返事。
「平民寮じゃ、ランチは日替わり一種ってきまってんだよ」
ボクは、しゃもじを握っている、おばさんの手を、自分の両手でギュッと包み込んだ。
そして、上目遣いで、耳元に「おねがい」って囁いてみた。
おばさんが、急に赤面した。
そして、サラサラの梅茶漬けが、すっと差し出された。
ボクは、ごはん粒を、ひとつひとつかみ砕くようにして、胃の腑に流し込んだ。
食べ始めたら止まらなくなって、五回、おかわりした。
おなかが、ポカポカと暖かくなって、気持ちが上向きになり、元気がでてきた。
「二人で手を繋いで、文化祭を見て回ろうよ」
糖菓ちゃんから、そう提案された。
――デートだ!
それも、二度の人生で、初めてのデートだよ。
☆
デートだから、二人っきりのはず。
……なのに、ボクは、いま、おじゃま虫に囲まれて、文化祭の会場へと歩いている。
喇叭拉太と新水泳部の十三人だ。
出掛けるにあたって、糖菓ちゃんから、諭された。
「『服飾に呪われた魔法少女』二人のお出かけなん。護衛を配するのは必須なんよ」
不満なので、抗ってみた。
「ボクね、やっと克服しかけてたトラウマが、再発症しちゃってるんだ。いまは、まだ、ちょっと、オトコの人はムリ。せめて、女子部員にして欲しいの」
「群がってくるヤジウマは、男だらけなん。警護を女子にしたら、警護の子もアブナイいん」
「ボクと糖菓ちゃんって、『服飾に呪われた魔法少女』の『セーラー服魔法少女』と『スクール水着魔女っ子』だよ。二人とも『体育服』姿で、それぞれ『勇者の剣リバ』と『鉤の鉤爪』を装備してるんだよ。二人で本気出したら、鹿鳴館學園を更地にできるよね」
「だから、そんな惨事にならんよう、よけいなチョッカイ出してくるヤジウマを、警護に蹴散らしてもらうんよ」
「ううっ……」
これ以上の反論が思いつかない。
「『真の最終決戦 第二ラウンド』では、また北斗拳斗と対峙することになるん。いまのうちに、トラウマを少しでも克服するんよ」
「うん……」
仰る通りだ。
「薄荷ちゃん、武闘体育祭のときなんて、パニエ貞操帯で思考力を制限されていたとはいえ、大勢の男子と仲良くできてたん」
「違うよ、あれは、オトコの人たちじゃなくて、オニイチャンたちだったんだよ」
「オニイチャンだって、男なん」
――あれっ、そうだよね。
ボク、オトコの人はダメなのに、
どうしてオニイチャンはダイジョウブなの?
そう考えて、思い至った。
「ボクね、転生前の『あの世界』では、オンナノコだったんだ。それも、ひどくぼんやりしたオンナノコで、オトコノコからイジメられそうになったり、知らないオトコから連れ去られそうになったりしてた。だけどね、『あの世界』のオニイチャンが、いつもボクのこと護ってくれたんだ。だから、オニイチャンだけはダイジョウブなの」
「それなら、味方になってくれる男性は、みんな、オニイチャンだって思えばいいんよ」
☆
ボクは、糖菓ちゃんが招集した、拉太と新水泳部の十三人に、「ボクのオニイチャンになってください」と頭を下げた。
もし、自分が拉太から同じことをお願いをされたなら、『ナニ、ソレ、キショイ』と、蔑みの目で見て拒絶したと思う。
なのに、拉太たちは、デヘヘと目尻を下げて、すぐに了解してくれた。
ホント、いい人ばかりだ。
寮を出て、文化祭の会場へ向う。
きょうのヤジウマって、前回出かけたときの三倍はいる。
そのうえ、なんというか、気色の悪いオトコばかり集まってる。
仲良く手を繋いで歩くボクと糖菓ちゃんを、喰い入るように見つめて、目を血走らせながら、好き勝手なことを言っている。
「ロリカップル、カワユす」
「ロリロリですぞ~」
「いや、ロリショタでありましょうが」
「至高の百合カップル、キターッ!」
「だから、あれ、オンナノコ同士じゃないんだって」
「尊い……」
「犯してぇ……」
「あんな卑猥なの、歩いてるだけで犯罪だよ」
ボクとしては、『しごく健全な成人男女のカップルです』と、抗議したい。
でも、その一方で、ボクはオトコノコとして、ヤジウマたちの気持ちが分かってしまったりもする。
いつの間にか秋も深まり、人々の衣服は、身体全体を被う暖かいものになっている。
なのに、ボクはノースリーブ、ミニスカワンピのセーラー服で、糖菓ちゃんは、素肌に旧スクール水着。
『呪われた衣装』の権能により、全く寒さを感じない。
ついでに言うと、ボクたち二人は、成人男女だというのに、その外見はロリっ子にしか見えない。
オトコなら、欲情して、衝動に身を任せたくなってしまうよね。
ボクたちって、公然猥褻罪での逮捕案件だよね。
☆
道すがら、前に、新聞部長の有瀬留版さんから貰った『鹿鳴館學園 百花繚乱文化祭の歩き方』というリーフレットを開く。
どこを巡ろうかと、糖菓ちゃん話し合う。
一番人気は、『服飾文化研究部』と『被服流行創出部』の冥土喫茶対決らしい。
どちらの冥土が、より多くのチップを集めるか、競っているそうだ。
『服飾文化研究部』には、スイレンレンゲさんが所属している。
なので、その冥土喫茶には、時折、レンゲさんが空間転移してくる。
それも、『道衣』姿で――。
――レンゲさんの『道衣』姿って、ボクも、まだ見たことないんですけど!
その衣装って、真性のロリータなんだって。
それって、つまり……女児服ってことかな……。
トップスは、丸襟でフリフリのブラウスに、胸までしかないショートボレロジャケット。
子供用のデザインであるがゆえに、レンゲ豊かな胸が、不釣合いに強調されている。
ボトムスは、短い吊りスカート。
短すぎて、その下のオーバーパンツが、覗いている。
ニーソックスや、エナメル靴まで含め、真紅で統一されている。
極めつけは、背中で真紅に輝いているランドセルだ。
トマソン法國で入手した神器で、『天使の翅のランドセル』の銘がある。
ランドセルには、巨大な蝶の翅が収納されている。
レンゲさんは、それを広げて宙を舞う。
その翅は、ベニハレギチョウという蝶のもの。
紅に黒い模様の入った、気色悪いまでに鮮やかだ……という。
それを聞いて、「うわっ、『服飾文化研究部』に女児服レンゲさんがいるんじゃ、もはや、『被服流行創出部』には勝ち目ないじゃん」って思った。
ところが、どっこい、『被服流行創出部』は、裏技を繰り出してきた。
部長のバニーメイドさんが、同派閥の貴族である宝生明星様の友情出演を取り付けたのだ。
『被服流行創出部』の冥土喫茶には、『道衣』に身を包んだ明星様が出没するという。
――ボク、『道衣』姿の明星様だって、まだ見たことがないよ。
その衣装は、『天の翅衣霰』って、いうんだって。
九十九年前にあった最初の大物語『天の岩戸』で、國津神の命を受け、唄と踊りを奉納し、天津神を『この世界』に降臨させた、宝生鈿女様の神器だよ。
何千枚ものウスバカゲロウの翅を織り込んだ、妖しい翅衣。
繊細で薄く透き通っている。
たぶん、翅衣の下には、何も着ていない。
なのに、光り輝いているせいで、その肢体を視認できない。
そんな衣装で、明星様が浮揚し、宙を舞い踊るという。
「行きたい、行きたい、両方の冥土喫茶に、行きたいよ!」
ボクが勢い込んでそう主張したら、糖菓ちゃんに、呆れられた。
どちらの冥土喫茶も、朝一で行列に並び、整理券を獲得できた人しか入れないという。
午後からノコノコやってきたら、寝言は寝てから言いなよって話らしい。
「舞台、模擬店、展示は人気で、どこも人でいっぱいなん。うちら、ヤジウマの群れを引き連れてることだし、他の方々の迷惑にならないよう、比較的閲覧者の少ない研究発表を見て回るんよ」
糖菓ちゃんから、そう諭された。
研究棟内を、摘まみ喰いでもするように、あれこれ覗いて回った。
・魔獣研究会
・魔具聖具神器研究部部
・舞踊史研究部
・呪詛実践会
・ロール研究会
・ヒーリング研究会
・湯治研究会
どれも、地味ながら、意義深い研究になっていると思う。
ボク、できることなら、こういう部活で、マニアックな活動に没頭してみたかったな。
特に興味深かったところを、二つ紹介するね。
☆
○迷宮研究会
皇都トリスの地下迷宮についての研究発表だ。
迷宮の入口は、皇宮内に隠されており、平民の出入りは許されていない。
というのも、この迷宮に入ることが、多くの貴族にとっての、トラウマイニシエーションとなるからだ。
本来のトラウマイニシエーションは、命がけであり、生き残れたとしても、精神に深い傷を残す。
ところが、一部の貴族は、それを恐れ、騎士団員に警護された状態で、比較的安全だとされるこの迷宮に入って、日帰りしてくる。
それだけで、鹿鳴館學園への入學資格が得られてしまう。
それが可能なのは、この地下迷宮が、天津神のシェルターだからなのだという。
唯一神たらんとする天津神は、『この世界』の旧き神々から怒りを買っており、旧き神々が皇都トリスに攻め込んできた際に、隠れ潜むための場所として、この迷宮を造ったのだという。
研究によれば、貴族のトラウマイニシエーションに使われる階層は、目くらましのためのものだという。
皇宮のどこかに深層に降りるためのエレベーターが隠されてて、その先が、真の迷宮なのだという。
☆
○鉄道研究会
ポコペン大陸を十字に結ぶ、大陸横断鉄道と大陸縦断鉄道。
その長大な鉄路の施行に際し、最大の難工事となったのは、雉鳴トンネルだった。
雉鳴トンネルは、大陸横断鉄道の鹿鳴館學園駅と皇都トリス駅の間にある。
さして高くない山を越えるためのもので、長いトンネルというわけでもない。
鉄道マニアが、現場を見れば、なぜ迂回しなかったのかと、首を傾げるだろう。
しかも、この辺りは、現在でこそ干拓されているものの、旧くは龍神沼と呼ばれる湖沼地帯がひろがっていた。
その掘削は、大崩落や、止まらぬ湧水に悩まされ、百名近い犠牲者を出すに至った。
それでも、工事が中止されなかったのには、秘密がある。
雉鳴トンネル内には、鉄路の分岐が隠されている。
地下で、分岐した鉄路は、カストリ皇國軍の鹿鳴駐屯地内にある地下操車場へと至るのだ。
故に、雉鳴トンネル工事は、皇都防衛の要として、犠牲を顧みることなく、続行された。
鉄道研究会によれば、その際、民の犠牲を憐れんだ國津神が、旧き神の一体に、協力を懇願してくださったのだという。
すると、地中から、その旧き神の配下である地底人たちが、ストーンゴーレムを引き連れてやってきて、このトンネルを完成させたのだ……云々。
――ホントかな。
ボクの知っている地底人やストーンゴーレムって、
すっかり、魔獣堕ちしちゃってる気がする。
☆
ボクは、急に、トイレに行きたくなってきた。
空きっ腹に、お茶漬け五杯を掻き込んだのが、いけなかった。
小用ではあるものの、我慢できそうにない。
実は、ボク、學園入學以来、トイレは自室のもの以外、使ったことがない。
外では、もよおしたとしても、懸命にガマンし続けてきた。
これには、止むにやまれぬ事情がある。
ボクは、學園の決まりで、女子トイレを使うよう指導されている。
男子トイレを使った場合、身の安全を保証できないとまで、言われている。
だけど、ボクには、女子トイレを使うことなんてできない。
オトコノコのボクが、そんなことしたら、女子全員から拒絶され、ヘンタイ扱いされてしまうに違いないと恐れている。
ホントのことと言うと、理由は、それだけじゃない。
ボク、過去に、魔法少女育成科の先輩女子二人に、女子トイレに連れ込まれ、殺されかけたことがあるんだ。
それ以来、女子トイレが恐くてたまらない。
ダメだ。
もはや、ガマンできない。
緊急事態だ。
ボクは、糖菓ちゃんと拉太オニイチャンに、わたわたと状況を告げ、トイレに向った。
もちろん、男子トイレだ。
後で學園事務局に怒られるだろうけど、背に腹はかえられない。
けっこうな数のヤジウマ男性が、自分も催しましたという顔をして、一緒にトイレに入って来ようとした。
拉太オニイチャンと新水泳部の十三人が、これを制止し、そのまま乱闘に発展した。
いまのボクには、この騒ぎをおさめてる余裕もない。
構わず、トイレに直行した。
もよおしてるのは小なんだけど、並んでいる小便器をスルーして、奥の個室に直行する。
これまた、ボクの事情がある。
ボクは、セーラー服着用を強制されるようになって以降、なぜだか立ち小便もできなくなってしまった。
『オマエはもうオトコじゃない』って、つきつけられるようで、哀しい。
だけど、いまは、落ち込んでいる余裕もない。
座り込んで……緊急避難が完了し……ほっと、一息ついた。
個室の床に、何かが落ちている。
大きめの封筒だ。
その表面に何か書かれている。
それを見て……カッと頭に血が上った。
汚いとは思ったけど、封筒を拾った。
これは、大切な証拠物件だ。
ボクは……ちゃんと手を洗ってから……トイレを飛び出した。
拉太オニイチャンと、糖菓ちゃんにそれを見せる。
封筒の表には、こう手書きされていた。
服飾に呪われた魔法少女 裏ブロマイド
薄荷/平服/Rバージョン
追加購入のお問い合わせは、写真部裏展示室まで
封筒の中は、空だった。
でも、そこに、『裏ブロマイド』なる写真が入っていたことは間違いない。
しかも、『裏』なんだから、当然、表に出せない写真だ。
この書き方からすれば、ボクだけじゃなく、『服飾に呪われた魔法少女』全員の『平服』『体育服』『道衣』について、複数バージョンの写真が用意されているということになる。
断固許せない由々しき事態だ。
糖菓ちゃんも顔色を変えている。
これは、他の魔法少女三人にも相談しなきゃってことになった。
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■一〇月一一日 糖菓ちゃんとデート……いや、これ、違うよね
あれっ、これって何だろう。
糖菓ちゃんとデートできたのが嬉しくて、夢の中でまで、デートしてるってこと!
いや、この状況って、オカシイよね。
■この物語を読み進めていただいておりますことに感謝いたします。
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