第三十七章 古代のカレンダー
――高山リゾート一階、セキュリティルーム。
天井の防犯カメラは回転して向きを変えると、ズーム機能を動作させて第三会場の片隅に焦点を合わせた。カメラユニットの指向性マイクが奉生の声を拾う。
保安員は監視モニターを眺めながら、音声入力の調整ボリュームを回して、低周波アンプの感度を上げた。
「来たかね?」
「ええ、来ました。間違いなく彼らの様です」
「そうか、とうとう来たか……」
制服の男は保安員に声を掛けると、彼の肩を軽く叩いて監視モニターを覗き込んだ。
――市民美術展覧会第三会場。
ガラスケースの前で、みんなが奉生の手帳を眺めている。
「こっちが表で、こっちが裏」
「えっ、こっちが表なの?」
「そうだよ、鏡のある方が表なんだ」
奉生が手帳を指差して美姫に答える。
「私、こっちが表だと思っていたわ」
「青銅鏡の資料は紋様を撮影している写真が多いから、みんな勘違いするんだけれど、これは鏡だから、こっちが表なんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
美姫が手帳を眺めてふんふんと頷く。
「まず、裏の紋様なんだけど、歯紋帯と呼ばれる部分が重要なんだ」
「歯紋帯?」
「そう、この直線のギザギザ模様が櫛歯紋帯で、この三角のギザギザ模様が鋸歯紋帯。櫛歯紋帯は内周部に一帯あって、歯紋数は三百六十五。鋸歯紋帯は外周部に四帯あって、歯紋数は内歯紋帯から数えると、百十五、百二十一、百三十で、合計は三百六十六。そして、最外周にある鋸歯紋帯の歯紋数は百三十三なんだ」
「…………?」
「美姫ちゃん、この数字が何を意味しているか分かるかい?」
「三百六十五は一年の日数で、三百六十六は閏年の日数よね、だからこれは暦を示しているんじゃないの」
「その通り、この数字は暦を示しているんだよ」
「じゃあ、この百三十三って数字は何かしら?」
「この数字は章と関係のある数字なんだ」
「章って?」
「章は暦の基準だよ。太陰太陽暦では冬至を含む月を十一月と定義しているんだけど、十九年に一度、冬至の日が十一月一日になることがあるんだ。これを朔旦冬至と言ってね、古代の人達は、この日を年の始まりとして暦を数えたんだ。この十九年の周期を章と呼ぶんだよ」
「十九年が章で、その章を更に七回繰り返す。つまり、百三十三年で暦をリセットするってわけね」
「美姫ちゃんの計算能力は抜群だね」
奉生が左手の親指を立てて美姫に微笑む。
「そうでしょう、私、数学は得意だもの。でも、なぜ、百三十三年で章をリセットするのかしら?」
「それはね、エイリアン達が彗星の周期を利用して暦を作ったからなんだ」
「彗星? どんな彗星なの?」
「『スイフト・タットル』って言う彗星さ、その彗星は百三十三年周期で太陽系を周回しているんだ」
優海が奉生の肩をポンポンと叩く。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「んっ?」
「と、言うことは、一万二千年前に暦は既に存在していて、青銅鏡は古代のカレンダーだったって事?」
「そうだよ、縄文人は、この暦を使って生活をしていたんだ」
「えっ! それって、奉生君が発見したの?」
「いや、違う、銅鐸や青銅鏡が暦であることを発見したのは、森浩司先生だ」
「森浩司先生? 誰それ?」
「予備校の先生」
「はぁ? 予備校の先生?」
「個人で古代文明の研究をしている人だよ。森先生の理論はとても素晴らしいんだ。特に超古代文明とエイリアンについての謎解きは抜群だね。あの理論は賞賛に値すると思うよ」
「……あの理論?」
優海は奉生の話を聞いて首を捻った。
「優海ちゃん、驚くのはまだ早いよ、青銅鏡にはもっと沢山の秘密が隠されているんだ」
「えっ、まだあるの?」
「あるある、ただし、ここからは独自理論だけれどね」
奉生は優海に返答すると、手帳に青銅鏡の断面図を書き始めた。
「オリジナルの青銅鏡は銅と錫の合金で作られていてね、合金比は銅が六十七パーセントで、錫が三十三パーセントなんだ。錫が多いから割れやすいんだけど、研磨すると表面がピカピカの銀色に光り輝いて理想的な鏡になるんだ。しかも、この鏡は最適温度で熱処理されているから全く錆びないんだよ」
「銅鏡なのに銀色なの?」
「人間がオリジナルを真似て作った青銅鏡の模造品は、錫の使用量が少ないから黄銅色なんだけど、オリジナルの青銅鏡は錫の使用量が多いから銀色なんだよ」
「へぇー、そうなんだ――」
美姫が手帳を眺めて、また、ふんふんと頷く。
「奉生君、オリジナルの鏡は、なぜ凹面になっているの? 私、東京の美術館で青銅鏡を見たことがあるんだけど、あれは凸面鏡だったわよ」
「優海ちゃん、いい質問だね。それをこれから話そうと思っていたんだ」
優海が奉生に質問をすると、彼は鏡の構造について話し始めた。
「青銅鏡には凸面鏡と凹面鏡の二種類があるんだけど、凸面鏡は人間がオリジナルを模造したもので、祭式用の飾りなんだ。オリジナルの鏡は凹面鏡になっていてね、光や電波を一点に集めることが出来るんだよ」
「光や電波を一点に集めることが目的なの……じゃあ、望遠鏡とか……まさかね?」
「優海ちゃん、大正解だよ」
「奉生君、さすがに、それは冗談でしょう?」
優海が流し目で、奉生の顔をチラッと覗く。
「いや、冗談じゃない、オリジナルの青銅鏡は天体望遠鏡なんだ。しかも、大口径で高解像度な、チェレンコフ式望遠鏡なんだよ」
「えっ! それは凄いわ!」
優海は奉生の話に感動すると、両手を上げてまた天を仰いだ。
「実は青銅鏡が天体望遠鏡であることを僕に教えてくれたのは君なんだよ」
「えっ、私が教えた? それ、何の話?」
優海は前を向くと、右手を下げて自分の顔を指差した。
やばい、なんか、凄い話になってきましたぜぇ。(汗)




