第二十六章 大島二尉
――午後七時三十分。
エスコートクラブLのママがフロアー席から立ち上がり、ホステスと同伴の男を引き連れて店のレジに向かう。
「マスター、ごちそうさま! お勘定ね!」
「毎度、ありがとうございます」
裕二がキッチンの中で頭を下げてママに笑顔で答える。
「美姫! お勘定!」
「はーい!」
美姫は裕二に返事をして、店の奥から小走りでレジに向かった。
「ありがとうございます。伝票をお預かりします」
美姫がママから伝票を受け取ってレジスターのキーを叩く。
「お客様四名様で、六千八百円のお会計になります」
「安いね、美姫ちゃん、今日もサービスかい?」
「はい、大島さんは、お得意様ですから毎週出血大サービスです」
大島が財布から一万円札を取り出して支払うと、美姫はお釣りの千円札をトレイの上に置いて、小銭とレシートを彼に手渡した。
(美姫はいい女だ)(まだ処女かな?)(この娘と一発やりたい)(やりたい)(やりたい)(マスターに頼んで、この娘とデートさせてもらおうか……)
大島は美姫からお釣りを受け取りながら頭の中で妄想を浮かべた。
「この娘はダメよ」
「えっ?」
「美姫ちゃんは、この店の看板娘ですからね」
「あっ、痛っ!」
大島が振り向いて後ろを見ると、ママが彼の背中をつねりながらニヤリと笑っていた。
ママは大島の気持ちを、お見通しの様だ。
「いや、ママそんなつもりはないさ……」
大島が苦笑いをして小銭とレシートをズボンのポケットに押し込む。
「ああ、そうだ、大地士長! 後で、エスコートクラブLに来いよ、奢ってやるからさ」
「あっ、はい、了解しました!」
大島がレジから龍星に声を掛けると、龍星は振り向いて彼に敬礼をしながら答えた。
「輝月君、お仕事に行って来ま~す」
ホステスの愛美がレジ横のカウンター席に色っぽくもたれて輝月に甘ったるい声を掛ける。
「愛美さん、行ってらっしゃい!」
輝月がキッチンの中から愛美に手を振ると、愛美は嬉しそうに輝月に手を振り返した。
「あっ、愛美ずるいわね。輝月君、私も名前呼んでよ」
「えーと、お姉さんのお名前は?」
「小雪、私は小雪よ」
「分かりました。小雪さん、行ってらっしゃいませ」
「きゃー」
輝月が頬に笑窪を作って小雪に手を振ると、彼女は甲高い声を上げて嬉しそうにはしゃいだ。
――エスコートクラブLのママが店を出ると、続いて、他の店のホステス達も次々と店を出て行った。
フロアー席の客が急にまばらになって、店内にジュークボックスから流れるスローテンポなモダンジャズミュージックが静かに響く。
「おい、美姫、ちょっと休憩しろよ」
「はーい」
美姫がレジの前で伝票を確認しながら裕二に返事をすると、裕二はポケットから煙草を取り出して換気扇の前でまた一服ふかし始めた。
「輝月君はフロアー席の接客に回ってくれるかい」
「はい、分かりました」
輝月はキッチンの流しで手を洗うと、タオルで手を拭いてフロアー席の接客に回った。
「席が空いたから、みんなフロアー席に座ったらどうだい?」
「裕二さん、ここでいいわよ、席を替わるのは面倒だから。それに裕二さんがいた方が楽しいし」
裕二が左手でフロアー席を指差すと、優海はカウンター席で右手を小さく振って裕二に答えた。
「そうかい、まあ、好きにすればいいけどね。もしかして、優海ちゃんは俺に惚れたかな?」
「それは無いわね、輝月君なら惚れてもいいけど」
「マジか、やっぱり、俺も年かな……」
裕二は優海の愛想無い返答を聞くと、残念そうにガクッと肩を落として、煙草の火を灰皿で揉み消した。
「優海さん、お待たせ!」
「美姫ちゃん、お疲れ様!」
美姫が優海の肩をポンと叩いてカウンター席に座ると、優海は軽く右手を上げて美姫を労った。
「みんな、さっき、何を見ていたの?」
美姫が優海の隣の席から奉生の顔を覗き込む。
「これだよ」
奉生は美姫に例のプリンタ用紙を差し出した。
「何これ?」
「十五年前の新聞記事さ」
「新聞記事?」
美姫は奉生からプリンタ用紙を受け取って、新聞記事に目を通した。
「XXXX年XX月XX日午後XX時前、新潟県XX市XX地区XX館から出火、木造二階建ての建物約三九〇平方メートルを全焼……あっ!」
美姫は新聞記事に掲載されている建屋の写真を見て声を上げた。




