第十七章 グランドクロス
男の子はドアを開けて部屋の中に入ると、手招きをして裕二を誘った。
裕二が恐る恐る部屋の中を覗き込む。すると、若い女が「Welcome」と、裕二に声を掛けた。
彼女は部屋の奥で小さな木製のデスクに座っている。デスクの上には古めかしい天球儀と大きな水晶玉が置いてあり、デスクの後ろの壁には《諸行無常》と漢字で書かれた掛軸が掛けてある。
彼女の年齢は二十代半ばだろうか、軽やかでふわふわとした金髪の持ち主で、おでこが広くて理知的な容姿をしている。そして、目つきは鋭く、磁力的な魅力に富んだ眼差しをしている。
裕二が「Hi」と右手を上げて、彼女に声を掛けると、彼女は「Please」と答えて、裕二に左手を差し出した。
机の前には来客用の椅子がひとつ置いてあり、裕二は部屋の奥に進んで、その椅子に座った。
「未来が知りたいのね」
「えっ、日本語?」
彼女が日本語で裕二に尋ねると、裕二は驚いて彼女の瞳を見つめた。
「黙って座れば、ピタリと当たる。それが本当の占い師よ」
彼女は磁力的な視線で裕二の瞳を見つめ返した。
「私はシンガポール人だけれど、父の仕事の都合で子供の頃は神戸で育ったの、だから日本語は得意なのよ」
「そういう事か……」
裕二が彼女の言葉に納得する。
「お名前は?」
「真藤裕二です。あなたの名前は?」
裕二は彼女に名前を聞き返した。
「リズ・グリーン、あなた、私の名前も知らないのに、どうやってここに来たの?」
「俳優仲間の友人に教えてもらったんだよ、シンガポールには凄い占い師がいるって聞いたものだから、ぜひ占ってもらおうと思って。住所だけ教えてもらったんだけど、名前は聞いていなかったんだ」
「この店に来たのは、運命の様ね……」
リズはそう言うと、直ぐに裕二の運命鑑定を始めた。
「誕生日はXXXX年十一月二十五日午後九時三十七分。生まれた場所は京都ね」
リズが裕二の誕生日と生まれた場所を言う。
「何だって?」
裕二は驚いて椅子から落ちそうになった。
誕生日の情報は何も話していないのに、彼女は裕二の瞳を見つめただけで、誕生日時と生まれた場所を正確に言い当てた。
「奉生君、ホロスコープを表示して頂だい」
「はい、リズ先生」
男の子はリズの横に座ると、日本製のノートPCを開いてキーボードをカチャカチャと叩き始めた。
「リズ、この子は誰なんだい?」
「この子は雅奉生君、近所に住んでいる日本人の子供なの。私の一番弟子よ」
リズの話しでは、奉生の父は日系企業の重役らしく、シンガポールのインダストリアルパーク(工業団地)で技術アドバイザーをしているようだ。
「君、何歳なの?」
「僕は五歳だよ」
「へぇー、五歳でパソコンが使えるのかい? 君、天才だね」
「まあ、そうですね」
奉生が生意気な口調で裕二に答える。
「あはは、こりゃ本当に天才だな」
裕二は奉生の返答を聞いてゲラゲラと笑った。
「リズ先生、この人のホロスコープは不動グランドクロスだよ。オーブ二度以内のパーフェクトフォーメーションだ」
「あら、ほんと、見事なグランドクロスね」
リズと奉生がノートPCの画面を見て感心する。
「えっ、俺のホロスコープがどうだって?」
「おじさんのホロスコープは不動グランドクロスだよ」
裕二が机の前からノートPCの画面を覗き込むと、奉生はノートPCの向きを変えて、裕二に画面を見せた。
「これが俺のホロスコープなのか……何だか十字架みたいな線が入っているな……」
「その通り、あなたは十字架を背負っているのよ」
「何だって?」
「あなた、苦労が多いでしょう? 自分でもそう思わない?」
「確かに、その通りだな、俺には困難がつきまとっている様な気がする」
「それが、あなたの人生なのよ」
「それって、死ぬまで困難な人生ってことかい?」
裕二が少し肩をすぼめながら、胸の前で両手を小さく広げてリズに尋ねる。
「そう、ホロスコープにグランドクロスを持っている人は常に困難にぶつかるの、それが、あなたの運命よ。でも、あなたは、その困難を乗り超える力も同時に持っているわ。その力を使うか、使わないかは本人の意思に任されているのよ」
「なんだか、損な人生だな……」
リズが左手の人差し指を立てて裕二に答えると、裕二は怪訝そうに顔をしかめた。
「そうでも無いわよ。例えば、目の前に高い山があるとするでしょう。他の人はゴンドラやヘリコプターで軽々と山に登るの、そして、山頂から景色を眺めて“ああ綺麗な景色だな”と感じて山を降りるのよ。でもあなたは違う。歩いて山に登るの、何度も何度も崖から落ちそうになりながら山頂を目指すの、そして、山を登り切った時、あなたは他の人では味わえない感動を手にするのよ。更に、あなたは苦労して登頂した山を何の未練も無く降りると、また新しい山を目指して歩き始めるの。このホロスコープを持つ人はビッグな人が多いの。あなたは大物よ、人が避けて通る荒れ地を耕しながら前に進む事が出来る人なの。人生のテーマは創造と破壊。人並みならぬ苦労はあるけれど、強運の持主だから、勇気を持って生きて行けば、必ず道は開くわ」
リズは例え話で、裕二にグランドクロスの意味を伝えた。




