第十三章 再会
「はい、奉生さん、生一丁」
輝月が生ビールのジョッキを男に差し出す。
カウンター席に座っている男は雅奉生だ。
「おっ、ありがとう」
奉生は煙草を灰皿の上に置くと、輝月から生ビールのジョッキを受け取って、カウンターの上に置いた。
「忙しそうだね、輝月君」
「お蔭様で」
輝月が少し微笑んで奉生に答える。
「裕二さん、儲かってますね」
「まあね、輝月君と美姫のお蔭で繁盛しているよ」
裕二は下を向いてアジの刺身を切りながら奉生に答えた。
「あら、奉生さん、いらっしゃい」
「まいどぉ」
美姫が注文票を持ってキッチンに戻って来ると、奉生は右手を軽く上げておどけた関西弁で美姫に挨拶を返した。
「今日は一人?」
「いや、後で龍星君と優海ちゃんが来るんだ」
「えっ、優海さんも来るの?」
「ああ、来るって言ってたよ」
「うわっ、本当!」
美姫が嬉しそうに胸の前で小さく手を叩く。
「ねぇ、愛美、ちょっと」
「んっ、何よ?」
フロアー席に座っている若いホステスの女が、輝月の方を見ながら隣の女に話し掛ける。
「キッチンにいるあの若い男の子、いいと思わない?」
「あら、小雪、お目が高いわね」
「あの子、名前なんて言うの?」
「輝月君よ」
「可愛い顔してるじゃん、私のタイプだわ」
女は胸の前で手を組んで輝月の顔を見つめた。
(背が高い)(ジャニーズ系)(笑窪が可愛い)(可愛い唇)(可愛い唇)(キスしたい)(キス)(キス)(胸が厚い)(腕の筋肉)(筋肉)(筋肉)(抱かれたい)(あの子なら、お金を貢いでもいい)
女は輝月のTシャツを脱がせて、自分が輝月に抱かれている姿を想像した。
「彼、童貞よ」
「えっ、嘘!」
「本当よ、さっき、マスターに聞いたんだから」
「マジ、マジ、マジで! じゃあ、私が“筆おろし”してあげる!」
「ダメよ、私が先にやるんだから」
「え~嫌だ、私が先よ!」
「きゃははは――」
若いホステスの女達は、輝月の顔をチラチラと見ながら楽しそうにはしゃいだ。
「あの客達、輝月君の噂をしているんじゃないのか?」
奉生が横目でチラッとホステスの顔を見て美姫に尋ねる。
「輝月君は美男子だから、ホステスさん達がいつも狙っているのよ」
「へぇー、いいな、俺も狙ってくれないかな」
「奉生さんもモテるんじゃないの? 有名占い師なんだから」
「俺かい? まあ、俺もモテるけどね」
「奉生がモテるのは、“金持ちのおばさま”だろう」
「あはは、正解です! マスター!」
裕二がニヤリと笑って奉生に突っ込みを入れると、奉生は裕二の顔を指差してゲラゲラと笑った。
――入口のドアが開いて、二人の客が店の中に入って来た。
「いらっしゃいませー!」
みんなが一斉に大きな声で客に挨拶をする。
「あっ、龍星さんと優海さんだわ!」
美姫が二人に右手を上げて嬉しそうに手を振る。
「こんばんはー」
「美姫ちゃん、約束通り来たわよ」
優海は美姫に小さく手を振り返した。
「優海さん、いらっしゃい」
美姫が優海に抱き着いてハグをすると、優海は美姫の背中をポンポンと優しく叩いた。
「仕事の調子はどう? うまくやってる?」
「うん、ちゃんとやってるわよ」
優海が美姫から体を離すと、龍星が美姫にハグを求めて両手を広げた。
「美姫ちゃ~ん」
(Tシャツ)(胸が当たる)(おっぱい)(おっぱい)(おっぱい)(柔らかい)(柔らかい)(抱きしめる)(気持ちいい)
龍星は頭の中で美姫を裸にしてハグをしている。
「ダメェ~」
美姫は龍星の掌をパチンと叩いて、ハグをひょいとかわした。
「あはは、龍星君、美姫ちゃんにふられたな」
「その様です。占い師殿」
奉生が二人の様子を見てカウンター席でゲラゲラ笑うと、龍星は苦笑いをして敬礼をしながら奉生の左隣のカウンター席に座った。
「優海さんも座って」
美姫が右手を差し出して優海に声を掛ける。
「ありがと」
優海はカウンターにポーチを置いて奉生の右隣の席に座った。
「裕二おじさん、この人が優海さんよ」
美姫が裕二に優海を紹介する。
「初めまして、桃原優海です」
「美姫の叔父の真藤裕二です」
裕二と優海は目を合わせて挨拶を交した。
「結構な美人だね、長身だしモデルでも通用しそうだ。俺のタイプだな」
「あら、いきなり口説かれたかしら?」
優海は微笑んで裕二の瞳を見つめた。
「裕二おじさん、私の友達には手を出さないでね」
「美姫、それは出来ない相談だよ。俺は独身だからな」
「えー、優海さんはダメよ」
「ははは、分かったよ」
裕二は下を向いて、刺し身を切りながら美姫に答えた。
――突然、美姫の頭の中にリアルな映像が浮かんだ。
映画の撮影用カメラ。
丸めた台本を手に持って、指示を飛ばす映画監督。
美男美女の映画俳優達。
自動車レース。
高速で走る競技用自動車。
クラッシュ。
燃え上がる車体。
車から這い出てくる男。
救急病院。
左足が骨折したレントゲン写真。
花束。
美しい女優。
友人の結婚式の写真。
(これは、裕二おじさんの過去映像だわ。優海さんが回想しているのね)
美姫が優海の横顔を見つめる。
「ふーん、裕二さんは、俳優だったのか……」
「んっ?」
優海が小さな声で呟くと、裕二は顔を上げて彼女の顔を眺めた。
「えっ、マスターは俳優だったの?」
龍星がカウンターから身を乗り出して裕二に尋ねる。
「ああ、ちょっとだけな。随分と昔の話しだ」
(なぜ、分かったんだ……美姫がこの娘に話したのかな?)
裕二は眉間にしわを寄せて不思議そうに首を捻ると、下を向いてまた刺し身を切り始めた。




