第十章 赤いコートの女
――先頭車両。
しばらくして、みんなは電車の先頭車両に集まった。
奉生が運転席のドアの前に立ってガラス窓を覗き込む。
運転席に人影は見当たらない。
奉生は運転席のドアのハンドルを手で回した。
(やはり、鍵が掛かっているな……)
運転席のドアは鍵が掛かっていて開かなかった。
「龍星君、このドアの鍵を開けてくれ」
「よし、ちょっと待ってろ」
奉生が振り返って龍星に話し掛けると、龍星は右手を小さく上げて奉生に答えた。
「えっ、開くの?」
「ああ、簡単さ」
美姫が龍星に尋ねると、龍星はドアのハンドルに手を掛けて鍵穴を見つめた。
(スイッチオン)
美姫が心の中で精神感応スイッチを入れる。
(彼の頭の中は、どうなるのかしら?)
美姫は龍星の精神状態に興味津々の様だ。
龍星はドアの鍵穴に意識を集中して、頭の中で鍵が回るイメージを描いた。すると、ドアの鍵はガチッと音を立てて簡単に外れた。
「みんな、ホームに降りるぞ」
奉生が合図を出すと、みんなは運転席を通り抜けて右側のドアからホームに降り始めた。
「龍星君、済まないが、ドアの鍵をもう一度締めてくれ」
奉生がホームから龍星に声を掛けると、龍星は「了解」と答えて念動力で運転席のドアの鍵を締め直した。そして、龍星が電車の運転席からホームに降りると、みんなは跨線橋の階段を上り始めた。
――突然、美姫の頭の中に映像が浮かんだ。
赤い点滅ランプ。
パトカー。救急車。レスキュー車。
警官。駅員。レスキュー隊員。
駅の改札口。
駅前に停車している白いタクシー。
運転手に手を上げる男。
駅前でタクシーに乗車する四人の男女。
(これは奉生さんの予知夢だわ。そうか、私達はこの駅でタクシーに乗るのね)
美姫は階段を上りながら、奉生の背中を見つめた。
四人は跨線橋の階段を降りて、駅の改札口に向かった。
――駅の改札口。
奉生は改札口の前に立って、駅前の風景を眺めた。
駅前にはパトカーと救急車とレスキュー車が赤いランプを点滅させて止まっている。
警官と駅員は救急車の周辺で野次馬の整理をしている様だ。
「よし、今なら改札を出られるぞ」
奉生が改札口の横にある通路を通り抜けると、みんなは彼の後に続いた。
(あっ、赤いコートの女だわ)
美姫が通路を通り抜けようとした時、駅事務所の奥に女の姿が見えた。
その女は母親と赤ちゃんを駅のホームから突き落とした女だ。彼女はヒステリックな状態で、警官と駅員の足を蹴り上げて抵抗を続けている。
美姫は通路で一瞬立ち止まって、赤いコートの女に視線を向けた。すると、女の意識が美姫の頭の中に流れ込んだ。
(あの人は私のものよ)(あの女さえいなければ)(あの女さえいなければ)(殺したはずなのに)(殺したはずなのに)(なぜ、死なないの)(もう一度、殺してやる)(殺してやる)(あの人は私のものよ)(あんたにはやらない)(絶対やらない)(畜生)(畜生)(畜生)(なぜ、死なないのよ……)
彼女の心は恐ろしい程の憎悪で満ちている。
「母親と赤ちゃんを、線路に突き落とした女ね」
優海が美姫の後ろから声を掛けて、彼女の姿を一緒に眺める。
――突然、美姫の頭の中に映像が浮かんだ。
赤提灯。
スナックの看板が立ち並ぶ綺羅びやかな夜の街。
色鮮やかな照明に照らされたダンスホール。
外人の踊り子達。
スーツを着た背の高い壮年の男。
男の腰に手を回して、楽しそうに笑うホステスの女。
ホテル。ベット。セックス。
男からプレゼントされた高級なダイヤの指輪。
左手の薬指を見つめて微笑む女。
外国産の高級煙草。
ライターの火。
赤ちゃんを抱いて嬉しそうに微笑む女。
灰皿の上で燃える写真。
憎悪に顔をしかめる女。
(これは、優海さんの回想映像だわ)
美姫が振り向いて優海に視線を向けると、優海は彼女を見つめながら「あの女、愛人ね」と美姫に話し掛けた。
「そうみたいですね」
「可哀想な女ね」
「えっ?」
「悪いのは男の方よ」
「そうなんですか?」
「そうよ、あの女は男に利用されたのよ」
「そうなんだ……」
美姫が振り返って、もう一度赤いコートの女を見つめる。
「行きましょう。私達には関係の無いことよ」
優海はそう言うと、美姫の肩にそっと手をかけた。
駅前には白いタクシーが一台停車していた。
タクシーの運転手が車の窓から駅前の騒動を眺めている。
奉生が手を上げてタクシーを呼ぶと、運転手は彼に気付いて改札口に車を回した。
運転手がトランクを開けて荷物を積み込むと、みんなはタクシーに乗り込んだ。
「どちらまで行かれますか」
「福井までお願いします」
「福井ですか、結構高いですよ」
「大丈夫です」
奉生が運転手にそう答えると、運転手はアクセルをゆっくりと踏み込んで車を静かに発進させた。
みんなが振り返って、タクシーの窓から駅を眺める。
(あの人は私のものよ……)
美姫には女の声が微かに聞こえた。




