第6話:地獄の地下迷宮と、最短距離のピクニック
「リオ様! このセドリック、リオ様の盾として命を投げ出す覚悟はできています! いつでもご指示を!」
薄暗い地下への階段を前にして、狂信者の裏返った声が響き渡った。
ここは学園が管理している実習用ダンジョンの入り口だ。
都度、教官たちが対象エリアをレベル調整しているとのことだが、地下から吹き上がってくる風は、獣の血とカビが混じったようなひどい悪臭を運んできて不安を煽る。
俺の貧弱な身体では、あんな底知れない暗がりに足を踏み入れただけで呪い殺されそうだ。
肌を撫でる冷気に震え上がり、俺は本気で踵を返して逃げ出したくなる。
育ての親である母さんの教え――『まずは命! そして利益! 危険は買うもんじゃない』
ガメつい教えだと思っていたが、今の俺にはこの言葉しか縋るものがない。絶対に肝に銘じて挑もう。
周囲では、上位クラスのエリートたちが己の杖を掲げ、眩い光や炎をまとわせて意気込んでいた。
俺たちFクラスを嘲笑う彼らの視線が、あちこちから突き刺さる。
だが、同じ班に編成された名門貴族の三男坊は、周囲の視線など意に介さず目をキラキラと輝かせていた。
「リオ様と同じ班で感激です!」
『愛されてますね。親分♪』
(違うだろ……)
「初めての共同任務……! リオ様の盾となりましょう!」
「ならなくていいよ?」
「剣をご所望でしたか?」
「いや、自己犠牲なしで協力し合おうよ?」
「なんと慈悲深い……!」
何を言っても無駄だった。完全に子分気取りだ。
数日前まで俺を極大魔法で消し炭にしようとしていた男とは、完全に別人の顔をしている。
(普通の学園生活を送りたいんだが……)
「……私もリオ君に指示をもらえると安心だな」
反対側の隣からは、銀髪の女子生徒アリアが同調してきた。
彼女は学年トップクラスの魔力感知能力を持っている。
本来ならこの危険な迷宮を警戒しているはずなのに、周囲を探るどころかなぜか分厚い観察ノートを胸に抱きしめ、俺の横顔を食い入るように見つめていた。
死神教官の用意した理不尽な迷宮に怯えているのかと思いきや、違う。
彼女の翠の瞳には奇妙な熱がこもっており、俺の沈黙を「高度な戦術の思案中」と勘違いしているのか、ペンの裏でコツコツとノートを叩きながら、俺の指示を待ち構えているようだった。
『坊っちゃん。先生の愛情たっぷりダンジョン、楽しみですね♪』
『お友達と初めての課外学習。お弁当を作ってあげられなくて、ママ残念』
脳内ではマリアが、ピクニックにでも行くような能天気な声を上げる。
頼むからお前まで浮かれないでくれ。ここは地獄の入り口なんだぞ。
「班分けは能力に応じた配置だ。学園が管理するダンジョンだが、実戦だ。心して潜れ」
離れた場所から、ヴァルター教官の平坦な声が飛んでくる。
相変わらずの無表情で一瞬だけこちらに視線を向けた。
『先生もワクワクの【期待値:限界突破】ですね♪』
(……帰りたい)
凶悪な迷宮に本気で怯える俺と、目を輝かせて指示を待つ狂信者たち。
あまりのひどい温度差に、俺はキリキリと痛む胃を押さえる。
「さあリオ様、どうか私めに最初の御命令を!」
背後からの無駄に熱い声援に急かされ、俺は鉛のように重い足を引きずり、真っ暗な地下階段へとゆっくり一歩を踏み出した。
◆ ◆ ◆
「ぎゃああああッ!」
「前衛下がれ! 治癒魔法急げ!」
岩壁の向こうから、他の班の悲鳴と派手な魔法の爆発音が響いてくる。
鼓膜を揺らす轟音と焼け焦げた肉の匂いに、俺は冷や汗を流しながら薄暗い通路で足を止めた。
分かれ道だ。どちらも何の変哲もない石壁が続いている。
『右がおすすめですよ♪ 左はお昼寝中のオーガさんが3体います』
(……右だな)
俺は迷うことなく右の通路へ進む。左の通路の奥から、確かにオーガの大きなイビキが聞こえてきた。
「……お待ちください!」
背後から、セドリックの震えた声が飛んできた。
「リオ様は今、魔物の位置を見抜かれたのですか? 左を一瞥しただけで、魔物のいない安全経路を……!」
「いや、そういうわけじゃ」
「なんと……魔力の流れだけでなく、迷宮の気流のわずかな乱れだけで死地を回避されるとは!」
聞いてない。
少し進んだところで、今度は床の石板が淡い赤色にハイライトされた。
『坊っちゃん、その石板の下のトラップは経年劣化で壊れています。気にせずまたいじゃいましょう』
(了解)
俺は指示通り、大股で石板をまたぎ越す。
ガコン、と鈍い音がして、踏んでいないはずの石板が勝手に沈み込んだ。
「……っ!」
後ろで銀髪のアリアが息を呑んだ。
「今の……罠だったよね?」
「たぶん」
「それを、わざと起動させて安全に無力化したの……?」
「いや、壊れてたんだよ」
「……最初から、この迷宮のすべての罠の配置と状態を把握している?」
「いや、そういうわけじゃ……」
俺の最後の返事は聞こえなかったようだ。アリアが青ざめた顔でノートにペンを走らせ、小刻みに震え始める。
彼女の学年トップクラスの魔力感知能力が、ただ故障した罠をまたいだだけの俺の行動を、どうやら別次元の神業に変換しているらしい。
『坊っちゃん、前方にゴブリンが数匹います。でも大丈夫♪』
(……回避できる?)
『いいえ。全員、熟睡中なので、もう少し進んでセド君の軽めの炎魔法で一発です♪』
『多少は経験値も貰っておかないと、ですよ♪』
(セド君? おしりぺんぺんから、ずいぶん好感度上がったな)
マリアのふんわりとしたナビゲートに従い通路を進むと、岩陰でゴブリンが数匹、固まって寝息を立てていた。
ご丁寧に、いびきが届く範囲と、魔法を放つための『最適狙撃ポイント』まで光る円で表示されている。
魔力値2の貧弱な俺が殴りかかれば、間違いなく返り討ちだ。
俺は息を殺して『絶対安全ゾーン』の光る円の中に立ち止まると、背後についてくる狂信者を振り返った。
「セドリック。あそこに、軽めの炎魔法を撃ってくれないか」
「……ッ!」
俺の言葉に、セドリックは息を呑み、感動のあまり顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「私に、初陣の誉れを与えてくださるのですね! しかも、魔物たちが完全に無防備となる絶対的死角まで導いたうえで……!」
「いや、ただ安全に倒せるから……」
「リオ様はご自身で手を下さず、盤面を支配する将に徹しておられるのだ。なんという完璧な指揮能力……!」
聞いてない。また勝手に話が大きくなっている。
セドリックは涙ぐみながら杖を構え、最小限の魔力で炎を放った。
熟睡していたゴブリンたちは、反撃の隙すら与えられず一瞬で黒焦げになる。
「……すごい」
背後で、アリアが小刻みに震えながらノートにペンを走らせていた。
「敵の知覚外から奇襲できる位置を瞬時に見抜き、最小の魔力で完璧に無力化する……神業の隠密行動と、指揮官としての戦術……!」
手駒みたいに言うな。俺はただ、安全地帯から指示をパスしただけだぞ。
そもそも俺は、一歩間違えれば即死する状況に胃を痛めているだけだ。
『セド君、なかなかいい火力出しますね! 坊っちゃんのお友達として及第点をあげましょう♪』
すっかり保護者目線のマリアの声と、背後で興奮する狂信者たちの勘違いの連鎖に、俺は深く溜息をつく。
(普通の学園生活を……)
血みどろの激戦を繰り広げる他班の悲鳴を遠くに聞きながら、俺たちは無傷のまま、迷宮の奥へと散歩感覚で歩みを進めた。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
読んでいただき、ありがとうございます♪
お弁当が作れない代わりに、しっかりナビゲートしましたよ♪いきなり強敵にあたって全滅なんてさせません^^
「ビクニックは無事に完了するのか」それとも……今後の展開が気になりましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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次回は【明日20:20】に更新です♪




