第5話:王立学園の頂点と、最恐教師の最高傑作
(敬愛……表示がバグっているようだ)
黒焦げになって倒れ伏すセドリックの頭上に、禍々しい狂った数値が浮かび上がっている。
俺は思わず数歩、後ずさった。
さっきまで俺を平民のゴミと見下して、極大の炎で焼き殺そうとしていた男だぞ。
「はははっ、傑作だな」
静まり返った教室に、場違いなほど楽しげな笑い声が響き渡った。
振り返ると、吹き飛んだ壁の穴から、真紅のローブを着崩した男が悠然と足を踏み入れている。
『派手派手な目立ちたがり屋さんですね』
飄々とした足取りなのに、男が動くたびに教室の空気そのものが一段重くなる気がした。
「派手な魔力を検知したから確認に来たら……いやぁ、末恐ろしい新入生がいたものだ」
(誰だっけ?)
『まあ、坊っちゃん、入学式の挨拶聞いてなかったんですね』
『アストレア魔法学園の頂点に君臨する怪物、クラウス学園長ですよ』
(あー……式典って寝るものだろ?)
『坊っちゃん!? いつからそんな不良息子になったんですか!?』
(聖母というよりオカンぽくなってないか?)
『ママって呼んでもいいですよ♪』
脳内寸劇の間に、彼は焦げ臭い床を踏み越え、無表情で立ち尽くすヴァルター先生の肩を馴れ馴れしく叩いた。
「魔力値2という底辺の数値を逆手に取り、自らは一切の魔力を使わずに敵の悪意だけを煽る。その結果、自滅する位置へと完璧に誘導したうえで安全圏から見下ろすとはな」
盛大に誤解されてしまった。
「……違います。俺はただ、そこに立っていただけで……」
「謙虚だね! そこがまた素晴らしい!」
訂正しようとした言葉は、食い気味に遮られた。
学園長は俺の顔を覗き込み、底知れない瞳でニヤリと笑う。
「自分から動かず、最も危険な一手を相手に踏ませる。敵の悪意そのものを武器に変える戦術。くくっ……ヴァルター、お前の十八番の完全な上位互換じゃないか。とんでもない化け物を拾ったな」
冗談じゃないと叫びたくなった俺の視界の端で、ヴァルターの口角がわずかに上がった。
それと同時に、頭上に浮かぶ数値が激しく明滅する。
【歓喜指数:限界突破】
死神と恐れられる氷の教官は、過剰な深読み解説に対し、心なしか誇らしげな表情だ。
俺への評価の躍進が止まらない。
学園トップの権威によるお墨付きで、ただ避けただけの事実が最強の頭脳戦術として完全に確定してしまった。
狂人二人が勝手な解釈で狂喜する中、俺は疲労困憊で深い溜息を吐き出す。
だが、俺の安息は瞬き一つ分の猶予すら与えられなかった。
不意に、足元でカサリと床を擦る音がした。
視線を落とすと、全身ボロボロのセドリックが、震える腕で這いずりながら俺の足元へと近づいてくるところだった。
黒焦げの手が、俺の足首を力強く掴んだ。
「……ひっ!」
咄嗟に身を強張らせる。
まだ魔法を撃つ気か。名門のプライドを粉々にされた男による、最後の執念。
至近距離から肌を焦がす熱波が放たれることを覚悟し、俺は息を止めた。
魔力値2の貧弱な身体では、まともな防御魔法すら展開できない。
だが、足首を握るその手はひどく弱々しく、すがりつくように震えていた。
「……リオ様」
掠れた、しかし異様な熱を帯びた声だった。
見下ろした先で、煤にまみれたセドリックの顔がゆっくりと持ち上がる。
その表情を見た瞬間、俺の背筋に強烈な悪寒が走った。
負の感情は、そこには欠片もなかった。
充血した両目は、まるで神の奇跡を目の当たりにした信者のようにギラギラと輝いている。
頭上の【敬愛100】という数値はバグではなかったようだ。
「私は、己の魔力と家柄に驕り、何も見えていなかった……!」
「あろうことか、ただの平民だと見下していた!」
「ひとまず手を離してもらえないかな?」
「あなたと私では、最初から立っている次元が違ったのですね!」
いや、教室の床の上に立ってるんだけど。
俺の困惑をよそに、セドリックは俺の靴に額を擦りつける勢いで平伏した。
「私の放った炎すら、最初から最後まであなたの掌の上だった。あの巨大な魔法を、指先ひとつ動かさずにねじ伏せるとは……!」
「違う。俺はただ立っていただけなんだってば」
「その謙虚さまで……! どうかお許しください!」
どうして否定するたびに話が大きくなるんだ。
名門貴族の三男坊が、歓喜の涙を流しながら足元で這いつくばっている。
「この命、今日からあなたのために捧げさせてください、リオ様……!」
「だから、様付けはやめてくれ!」
(どうすればこの状況から逃れられる?)
『とってもお利口さんになったので、逃げる必要はないですよ♪』
うっとりと頬を染めるセドリックから逃れるように、俺は乱暴に足を振り払う。
怖い。純粋に怖い。完全に壊れている。
這い寄ってくる狂信者から距離を取るため、俺は本気で後ずさった。
『パンパカパーン♪』
後ずさる俺の脳内に、突如としてふざけたファンファーレが鳴り響いた。
色とりどりの紙吹雪が舞うような、ひどく能天気な幻覚までちらつく。
『おめでとうございます、坊っちゃん!』
マリアの声が、妙に嬉しそうに弾んでいる。
『お友達第1号ですね♪』
(違う……)
『じゃあ、子分第1号ですね!』
(……いらん)
再びの脳内寸劇中の俺の足元では、黒焦げのセドリックが涙を流してすがりついている。
「リオ様の靴を磨く栄誉を、どうか私に!」
「結構です!」
「では鞄持ちを!」
「間に合ってます!」
「なんという謙虚さ……! この胸は歓喜で満たされております!」
完全に会話が成立しない。
俺は強烈な眩暈を覚えて、両手で顔を覆った。
魔力値2の底辺なりに、目立たず平穏な学園生活を送るつもりだったのに。
「ふっ、生徒同士の熱い友情が芽生える瞬間というのは、いつ見ても良いものだな」
絶望する俺の頭上から、甚だしい誤解をした、場違いに愉快そうな声が降ってきた。
クラウス学園長が、心底楽しそうに肩を揺らしている。
「ヴァルター、お前が担任に志願した理由がわかったよ。次回のダンジョン実習が楽しみだな」
「ご期待に添います」
学園長がニヤリと笑う横で、ヴァルター教官が恭しく頭を下げる。
その頭上では、相変わらず【歓喜指数:限界突破】の文字が狂ったように明滅し続けていた。
「この底知れぬ新入生が、今度は迷宮でどんな戦術を見せてくれるのか。次も特等席で見学させてもらうとしよう」
楽しみにしているよ、と。
底知れない笑みを残し、学園長は悠然とした足取りで焦げ臭い教室から去っていく。
「そうだ。ヴァルター、今日中に修復魔法をかけておけよ。終わったら報告に来い」
「ああ、それと怪我人は、しの先生の保健室へ運んでおけ」
「…………承知しました」
ヴァルターの口角が下がった。
俺はしばらく、吹き飛んだ壁の穴へと消える背中を見送った。
視線を落とせば、足元にはセドリック。
『初日から充実した学園生活でしたね♪』
周囲の狂気などお構いなしに、マリアが弾んだ声を上げる。
俺は数日後に控えたダンジョン実習という現実から逃げ出そうとする理性を必死に繋ぎ止めながら、その場に立ち尽くした。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
読んでいただき、ありがとうございます♪
おしりぺんぺん完了したかと思いきや、とっても仲良しになれました♪拳で語る友情ですね^^
「お友達なのか、子分なのか……まさか下僕!?」などなど……今後の関係性が気になりましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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次回は【明日20:20】に更新です♪




