第4話:圧倒的な殲滅魔法と、自壊する三男坊
「消し炭にしてやる! 跡形もなく燃え尽きろ!」
「おい、セドリック! やめろ!」
誰かの制止する叫びも届かず、セドリックの絶叫と共に教室全体が真っ赤に染まった。
彼の手元で渦を巻く炎は、先ほどまでとは比較にならない質量に膨れ上がっている。
圧倒的な熱量が教室の酸素を食いつくすように暴れ狂い、壁際に逃げていた生徒たちが悲鳴を上げて頭を抱えた。
「死ぬ、死ぬぞあれ……!」
誰かの悲痛な叫びが、やけに遠くに聞こえる。
俺自身、直撃すれば教室の半分が吹き飛ぶであろう威力を前にして、生きた心地がしなかった。
魔力値2の俺に、あんな熱量を防ぐ手段なんて一つもない。
前髪を焦がすほどの熱波を浴びて、俺の顔に濃い絶望が浮かぶ。
『あらあら。お友達、駄々っ子ですね。坊っちゃん、一歩下がりましょうか』
迫る極大魔法を前にしても、マリアの声は呑気そのものだった。
俺から少し後ろの床に、ぽわんと優しい光のサークルが浮かび上がる。
『坊っちゃん、その丸の中に入ってください。絶対安全ゾーンですから♪』
(……え、小っちゃいな)
ただの直径1メートルほどの丸である。
堅牢な盾が現れるわけでも、結界らしきエフェクトが展開されるわけでもない。
ただ淡い光の線が、床に丸く引かれているだけだ。
『ほらほら、いい子は素早く行動♪』
相変わらず呑気だ。
疑う気持ちが胸の奥で暴れ回るが、躊躇している暇はなかった。
熱波に押される形で、俺は小さな光のサークルの中へスッと一歩足を踏み入れる。
『お利口ちゃんですね♪ そこから動いちゃ、めっ、ですよ』
俺は逃げることも躱すこともせず、光の円陣の中で立ち尽くす。
セドリックからすれば、あまりの恐怖に足がすくんで、為す術なく立ち尽くしているように見えたことだろう。
「ハハハハ! 絶望して焼かれろ、ゴミがァ!」
完全に理性が吹き飛んだセドリックが、両腕を大きく振りかぶる。
ついに、教室ごと焼き尽くすような密度の炎が俺に向かって一直線に放たれた。
轟ッ!
空気を吹き飛ばすような轟音と共に、極大の炎の壁が迫ってくる。
視界の端で、見物の生徒たちが絶望して顔を覆うのが見えた。
俺は助けを求めるように教卓の奥へと視線を向けるが、ヴァルターは微動だにせずこちらを見つめている。
その頭上では相変わらず【歓喜指数:限界突破】の文字が真っ赤に明滅しており、止める気配は微塵もなかった。
(……心なしか、あいつ今、笑ってなかったか?)
迫り来る紅蓮の壁が、瞬く間に目の前を埋め尽くしていく。
もう、逃げることすら許されない距離だった。
俺はただ、マリアが描いた『丸』の中で、正面からその業火を迎え撃つことしかできなかった。
視界を完全に真っ赤に染め上げる業火が、俺の身体を呑み込もうとした――まさにその瞬間。
ズガァァァァンッ!
耳の奥が破裂するかと思うほどの、おぞましい爆発音が教室を震わせた。
だが、その音の出所は俺の目の前ではない。
極大の炎を放った、セドリック自身の足元からだった。
「な、なんだ……足元が……」
戸惑うセドリックの声が、爆音にかき消される。
俺の親切な忠告を完全に無視し、彼が強引に膨大な魔力を引き出した結果。
セドリックの右足の前に溜まっていた不安定な魔力の淀みが、耐えきれずに限界を超え、連鎖的な大爆発を起こしたのだ。
俺に向かって一直線に放たれるはずだった炎の奔流は、根元からの暴発によって完全にその軌道を狂わせた。
行き場を失ったすさまじい熱量と暴風がぐにゃりとねじれ、あろうことか術者であるセドリック自身を容赦なく呑み込んでいく。
「ぎゃあああああっ!」
自らが練り上げた致死量の炎に巻かれ、断末魔じみた悲鳴が教室中に響き渡る。
一方の俺は、マリアが指定した直径1メートルほどの光のサークルの中で立ち尽していた。
教室中を荒れ狂う暴風が制服を激しく煽り、前髪をめちゃくちゃに掻き乱す。
だが、本当にそれだけだった。
俺の肌を焼くはずだった極大の熱波は、光の円陣の境界線に触れた途端、目に見えない壁に弾かれるように外側へと綺麗に逸れていく。
火の粉一つ、俺の足元には届かない。
マリアの描いたサークルは、暴れ狂う炎の中で完全な絶対安全ゾーンとして機能していたのだ。
『あら? 破壊力抜群のおしりペンペンですね。可哀想に』
猛烈な轟音が吹き荒れる中、マリアの能天気な声が脳内に響く。
(……本当に可哀想と思ってるんだろうか?)
いくら俺が右足の前に撃つなと忠告したとはいえ、あの威力をもろに食らっては骨も残らないのではないか。
俺は光の円陣の中で固まったまま、忠告を無視して無惨に吹き飛んだセドリックの悲惨な姿と、マリアの常軌を逸した実況の落差に心底呆れ果てていた。
ただ深く、疲労の混じったため息を一つだけ吐き出す。
やがて、荒れ狂っていた炎の嵐が徐々にその勢いを失い始めた。
光の輪の外だけが、地獄のようなありさまに成り果てている。
「あ、あぁ……俺の、魔法が……」
風に流されてゆっくりと黒い爆煙が晴れていく中、焦げ臭い視界が開けた教室の惨状に誰もが息を呑んだ。
床に這いつくばっていたのは、全身を真っ黒に焦がしたセドリックだった。
高級な仕立ての制服はボロボロに引き裂かれ、自慢の金髪もチリチリに燃え尽きている。
彼は痙攣する手で床を掻きむしりながら、虚ろな瞳を彷徨わせていた。
対する俺は、制服の裾はおろか靴の裏に煤一つすらつけていない。
マリアが引いた光のサークルの中に立っていただけで、文字通り完全な無傷だった。
『坊っちゃんはお約束を守って偉いですね。いい子いい子♪』
呑気なマリアとは対照的に、壁際で縮こまっていた生徒たちが、俺を指差してヒソヒソと話している。
「避けたんじゃない。最初からあいつが自滅する場所を見切って……」
「自分は絶対安全な場所から、見下ろしてたんだ……化け物だろ」
魔力値2の落ちこぼれが、名門貴族を弄び、残酷なまでに完璧な破滅へと誘導した。
彼らの目には、俺が一歩も動かずに強敵を自壊させた冷酷なやつに映っているらしい。
ふと、教室の隅にいた銀髪の少女が、震える手でノートを握りしめたまま恐る恐る近づいてきた。
「リオくんは……安全な場所が最初からわかってたんだよね?」
「え? そういうわけではないんだけど……」
(マリア、この子誰だっけ?)
『同じ平民出身のアリアちゃんですよ♪ 素晴らしい魔力感知の才能と観察眼をお持ちです』
(マリアとアリア……ややこしいな)
『そうですね……私のことをママと呼んでもいいですよ。大歓迎です♪』
(それはちょっと……)
『まあ、照れ屋さん♪ あら? お友達はすっかり反省したようですね』
『坊っちゃんの素晴らしいご指導のおかげです♪』
(絶対安全ゾーンとやらに突っ立ってただけだろ……)
脳内で相変わらずふざけた調子のマリアに、俺は心底疲れたように息を吐き出す。
その時、ふらつきながら上体を起こしたセドリックと目が合った。
「俺は……最初から、お前に誘導されていたのか……?」
震える声で紡がれた言葉には、先ほどまでの怒りや侮蔑は微塵も残っていない。
名門貴族としての矜持も、学年トップクラスの魔力への自負も、すべてを完全に粉砕された顔だった。
俺から見下ろされる形になった彼は、絶望に顔を歪め、力なくその場に膝から崩れ落ちる。
教卓の奥を見やると、ヴァルターが腕を組んだまま、歓喜を隠しきれない様子で微かに肩を震わせているのが見えた。
狂人たちに囲まれ、理不尽に高まっていく俺への評価。
俺はひどく重い疲労を感じながら、ポツリとこぼした。
「危ないから危ないって言っただけなんだけど……」
『あら? 坊っちゃん。お友達の数値が♪』
【敬愛100】
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
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